8月24日、アベノハルカス24階で開催されていた中村佑介展に行ってきました。CDのジャケットや小説『謎解きはディナーの後で』や『夜は短し歩けよ乙女』などの書籍カバーなどを手掛けておられるイラストレーター中村佑介氏の2002年から20年間に渡り活動されて来られた作品の数々が展示されていました。
『夜は短し歩けよ乙女』の単行本の表紙になった作品
さだまさしさんのジャケットの作品も展示されていました。さだまさしさんそっくりですね。
こけしのさださんのお顔もそっくりでした。
8月24日、アベノハルカス24階で開催されていた中村佑介展に行ってきました。CDのジャケットや小説『謎解きはディナーの後で』や『夜は短し歩けよ乙女』などの書籍カバーなどを手掛けておられるイラストレーター中村佑介氏の2002年から20年間に渡り活動されて来られた作品の数々が展示されていました。
『夜は短し歩けよ乙女』の単行本の表紙になった作品
さだまさしさんのジャケットの作品も展示されていました。さだまさしさんそっくりですね。
こけしのさださんのお顔もそっくりでした。
レンタル店で借りてきたアニメ映画『アンネ・フランクと旅する日記』の感想です。 第二次大戦下の1942年、13歳の時に、父からプレゼントされたチェック柄の日記帳に、キティと名付け、その日記に、ナチス下で、隠れていた住まいでの日常やそのときの思いを綴っていました。 空想上の友達キティに日々の切実な思いを綴った日記は後に出版され、多くの人々に読み継がれていることで有名ですね。 その日記はアムステルダムにあるアンネの博物館で展示されていましたが、その展示されていた日記の中から、キティが現れ、アンネを知るために、現代のアムステルダムをキティが旅する物語でした。 博物館を訪れる多くの人々はアンネのことを知っていたのにキティはアンネのことを知らなかったという設定で、 キティの視点で、アンネが生きた時代とアンネが伝えたかった思いを知る旅がこの映画の中で描かれていました。
現代のアムステルダムでは病院や図書館などアンネ・フランクの名前が付けられた建物がたくさんありますが、アンネが遺したかったのは名前ではなく、自分と同じ思いをする子供たちがいなくなることを望んでいたということが本当に伝えたかったことだったとこの映画を見終えると伝わってきます。 閉ざされた世界の中でも、想像力を働かせながら、人間の本質は善良だと信じていたアンネの気持ちが切なかったです。「不思議だわ。 これほど人間の邪悪な面を見てきても、 今なお心の奥底で私は信じてる。 人間の本質は“善”なのだと。」
本当にアンネが思っていたことは、過去のことだけではなく、今を生きる現代人にも未来にも繋がっているということを投げ掛けていたかのような描かれ方でした。 最後のシーンで、「I am here」と叫んでいたシーンが、象徴的でした。この後に鑑賞したアニメ『ホートン』でも、ダレダーレ国の危機が迫っていたときに、「I am here」とダレダーレ国の国民が一斉に叫んでいたのを思い出しました。現代世界のどこかで「I am here」と訴えている人々の存在はアンネが生きた時代の過去だけのものではなく、現代世界に、未来の世界に繋がっている世界の課題なのだということが描かれていた映画だったと思いました。
9月7日、大阪中之島美術館に行ってきたときの続きです。今年の2月に開館したこの美術館を訪れたのは、今回で2回目でした。2月に訪問したときは開館日の初日でしたので、2階の入口では入場するまでに約30分ほど掛かるくらいの混雑ぶりでしたが、この日はそれほど並ばなくても入場できたのですが、平日でもたくさんの方々がすでに入場されていて、驚きました。電車で行くよりも小回りが利く自転車でいつも行くと、日本銀行の側の道をまっすぐ行くと美術館前にすんなり辿り着くことができました。前回は、遠回りしてから辿り着けたので、遠く感じたけれど、中之島付近からそれほど遠くなかったんだなあということに気が付きました。
2階
窓から大阪市立自然科学館と大阪国際美術館が見えました。
2階で開催されていた展覧会
1階に展示されていたタローマン
美術館から少し行ったところにあったフェスティバルプラザで当日の半券を提示したら特典があると書かれていた美術館にあったちらしを見て、お昼ごはんをそちらでいただいてから帰ろうかと思いましたが、自転車を止める場所を探さないといけないのがしんどかったのでやめて天満橋駅まで移動することにしました。
天満橋駅の駐輪場に自転車を止めて、ホテルの3階にあったレストランでお昼ご飯にレディースセットをいただいてから帰りました。大阪城公園を通って、まだ時間が早くてこの日はお天気も崩れないという予報だったので、野鳥がいそうな場所を回ってみましたが、まだ今月になってからは、個人的には野鳥を見ることができてないのでこの日もからぶりに終わりました。まだまだ彼岸花も咲くような季節には程遠い蒸し暑い公園内を後にして、午後3時前に自宅に戻りました。