・赤茄子の腐れてゐたるところより幾程もなき歩みなりけり 「赤光」所収。 「赤茄子」はトマトの旧称。作者は道を歩いている。おそらくは道端に腐ったトマトが転がっていた。潰れていたかも知れぬ。 そこを通り過ぎて、程なく、作者は何らかの感慨を受けた。どのような感慨か。それは作者にも判然としなかったらしい。 斎藤茂吉の「作家40年」のなかでも「何らかの」と述べるにとどめている。 だがこの不思議な . . . 本文を読む
・薄明のわが意識にてきこえくる青杉を焚く音と思いき 「歩道」所収。 「薄明」は薄明り。この場合は夜明けであろう。目が覚めるか覚めないか微妙な瞬間だ。この瞬間に作者は音を聞いた。聞いた気がしたのかも知れない。「青杉を焚く」とあるから、枯葉ではなくてまだ青々とした杉の葉だろう。 どのように聞こえたのか。乾燥した「チリチリ」という音だろう。 この一首を読んで感じるのは。感覚の鋭さだ。薄明で意識が鮮明で . . . 本文を読む