「短歌に於ける写生の説」は斎藤茂吉の歌論の核心をなすもの。1920年(大正9年)4月から11月にかけて「アララギ」に掲載されたものですが、1929年(昭和4年)に刊行されるにあたり、「後記」1章を付け加えたものです。 . . . 本文を読む
浪漫派歌人・生活派歌人・思想詩人・社会主義歌人。さまざまな呼ばれ方をされる石川啄木。わずか27歳でこの世を去ったにもかかわらず、名前が広く知られ、人口に膾炙した作品も多いのは驚きです。やや線の弱さもあるのですが、その実像は・・・。 . . . 本文を読む
島木赤彦と斎藤茂吉。ともに伊藤左千夫の弟子でした。大正期の「アララギ」をともに支えるとともに、伊藤左千夫とも二人揃って反発しました。二人の歌論の展開にも共通点が見えます。岡井隆は二人を「友人であるとともにライバル」というのですが。 . . . 本文を読む
島木赤彦の「歌道小見」を齊藤茂吉の写生論の「祖形」とするには、正確さを欠いているかも知れません。しかも同門ですから、どちらが優れているかという比較も意味はないでしょう。茂吉にとって赤彦は「同輩」だからです。しかし茂吉の「短歌に於ける写生の説」執筆のきっかけとなったことは確かなので、その意味で「祖形」と呼びました。 . . . 本文を読む
斎藤茂吉の作品の魅力を支えているものは、叙景歌に見える描写力でしょう。しっかりした描写力があるからこそ、象徴的・暗示的な作品も活きてくる、不思議な魅力が漂うと思うのですが。・・・ . . . 本文を読む
佐藤佐太郎を「思想的白痴」と言ったのは杉浦明平でしたが、本当に佐太郎には思想がなかったのでしょうか。そうではないと僕は思います。戦後社会を鋭い独特の目で切り取った作品が、いくつもあるからです。・・・ . . . 本文を読む
1961年(昭和36年)に浅間山が爆発(噴火)しました。そのとき佐太郎は軽井沢にいたのですが、爆発力は相当に強かったようです。おりしも霧島連山の噴火が連日報道されていますが。・・・ . . . 本文を読む
「近代における写生を遠近法で世界を捉える方法だと思うようになった。」とは、佐佐木幸綱著「百年の舟」の後記にある言葉。斎藤茂吉の作品にはその「遠近感」を表す作品が多数ありますが、これもそのひとつです。・・・ . . . 本文を読む