ボコ・ハラムに拉致され妊娠、救出後も疎外 被害女性が語る実態
2015.06.17 Wed posted at 16:08 JST
(CNN) ウム・ハリーマさん(仮名)は当時まだ16歳だった。ナイジェリアの過激派「ボコ・ハラム」に拉致され、結婚を強要されて妊娠。生まれ育った村は放火や略奪の被害に遭った。
拘束されていた間、男性や女性や子どもたちが虐殺される場面を目の当たりにした。無理やり結婚させられた「夫」を憎みながら、待つことを強要された。3人の友人と共に何度も逃げようとしてつかまり、ようやく脱出できたのは半年後だった。
「夫が2週間不在だった時に逃げようとしたが、見張りに連れ戻されて殴られた」。
やがて見張りの隙を突いて脱出に成功する。恐怖に駆られながら歩き続け、ようやく安全な場所にたどり着いた。
父がボコ・ハラムに殺害されたことは、自宅に戻ってから知った。さらに自分がボコ・ハラムの夫のために妊娠していたことも知る。
妊娠7カ月でCNNのインタビューに応じたハリーマさんは、ボコ・ハラムの犠牲になった女性たちの代表にはなりたくないと話した。そして今、恐怖を感じるのは、自分自身の村の男性たちだという。
「この村の人たちは、妊娠を理由に私を拒絶する。私が死んだら喜ぶ人もいるだろう。中絶すべきだという人もたくさんいる」
それでも中絶は考えないという。ボコ・ハラムの子どもが村にいるのは許せないという態度をあからさまに示されても、自分と生まれた子どもを殺すと脅されても。
援助団体や政府当局者は、ボコ・ハラムから救出された少女が高い確率で妊娠していることに危機感を募らせる。
ナイジェリア国内に避難した人たちのキャンプを運営する国連人口基金(UNFPA)によれば、キャンプ内だけでも外見から妊娠が分かる女性は214 人に上っている。ただ、ボコ・ハラムに拘束されている間に妊娠した女性の数は把握できておらず、まだ妊娠初期の女性がいる可能性もある。UNFPAは解放 された女性たちの身体的、精神的ケアに努めている。
ナイジェリア軍はボコ・ハラムの拠点を急襲して女性や子どもを救出する作戦を展開。4月下旬から5月上旬にかけて700人あまりの女性を救出した。
ハリーマさんの母親は、娘が連れ去られた時点で最悪の事態を覚悟したと振り返った。「ボコ・ハラムに拉致された人は死んだものと想定される」
妊娠を知った母親の多くは、中絶しかないと考えるという。しかしハリーマさんの母親は、娘がその危険を冒すことを望んでいない。「中絶を試みた後に死亡した少女もいる。母も赤ん坊も助からなかった。その少女は母親にとって唯一の子どもだった」
村の自警団の指導者はCNNの取材に対し、「この村にボコ・ハラムに妊娠させられた女性がいるとは認識していない」と話した。「もし妊娠している女 性が見つかれば、伝統に従ってその妊娠はハラム(不法)と見なされる。それを心から受け入れることはできない。言ってみればヘビの子どものようなものだか ら」
イスラム社会では、意思に反した妊娠であることを母親が証明できない限り、婚外妊娠は不法とみなされることがある。
ハリーマさんが結婚を強要されたという話は信じていないと自警団長は話し、母親も生まれて来る子どももずっと不信の目で見られるだろうと語った。自分たちがどう対応するかについては明言しなかった。
しかし他人に何を言われようと、拉致されて脱出し、生き延びた経験は自分に強さを与えてくれたとハリーマさん。生まれてくる子どもには生きる価値があると力を込めた。
ボコ・ハラムからの解放女性、恐怖を語る
2015 年 5 月 11 日 12:55 JST
【マルコヒ・キャンプ(ナイジェリア)】ファティマ・ブカルさん(27)が自宅で夫を最後に見たのは昨年12月だった。イスラム系過激派組織ボコ・ハラムが彼女の村を急襲し、女性や子供たちを拉致した夜だ。
武装した反政府勢力はブカルさんと2歳の娘など数十人を駆り立てて「サンビサの森」にある拠点に連行した。サンビサの森はカメルーンとの国境沿いの荒野で、そこには既に女性と子供約300人が収容されていた。
彼らは飢えの中、日々を過ごし、薪(まき)や食用植物を探した。またボコ・ハラムの男たちの妻にさせられたり人間の盾となったりした。男たちの行動は、残虐さと冷淡さの間を揺れ動いた。
ブカルさんは昨年12月の急襲の際に逃げた夫について「会えるように神様に祈っている」と述べた。しかし「恐らく、生活は以前と同じでないかもしれない」と語った。
ブカルさんは先週、撤退するボコ・ハラムの武装勢力からナイジェリア軍の手で救出され、現在はマルコヒ・キャンプという臨時避難所に住んでいる。 ナイジェリア軍は女性や子供約1000人を解放し、反政府勢力をサンビサの森の遠隔地に追いやった。だが、この勝利が続くかどうか誰も知らない。
女性たち十数人は、自分たちの負った傷や、失われた子供たち、そしてボコ・ハラムというゲリラ集団の監視下での日々の生活の残酷さをウォール・ストリート・ジャーナルに語った。ボコ・ハラムは2カ月前、過激集団のイスラム国(IS)への忠誠を誓っていた。
ザラ・モハメドさん(24)はボコ・ハラムの戦闘員が彼女の夫の頭部を切断するのを目撃したと語った。数カ月後、彼女は娘を出産した。また、アミナ・アブ バカルさん(16)は昨年結婚した1週間後に拉致された。彼女は「夫に会いたいだけだ」と述べ、「彼のもとに帰りたい」と語った。
飢えで死んだ女性もいる。また彼らを救出するため派遣されたナイジェリア軍の装甲トラックにひかれて死んだ女性もいる。医師たちは、一部の女性は、拉致した戦闘員によって妊娠させられたかもしれないと述べている。
欠乏生活
女性たちは、ボコ・ハラムの拠点では厳格なヒエラルキー(階層社会)になっていたと言う。そこではイスラム教に改宗するか、戦闘員と結婚するかによって扱 われ方が異なった。森の中のボコ・ハラムの拠点では、食料と住む家が乏しかった。彼らは赤道直下の日光を避けるため木陰を求め、ヘビやサソリを避けながら 屋外で眠った。
救出された彼らは現在、マルコヒ・キャンプで安全で、庭で日々カウンセリングを受けている。彼らの苦難の深刻な影響は、明らかになり始めたばかりだ。
一方、何百人もの拉致者は行方不明のままだ。国際人権団体アムネスティ・インターナショナルは、昨年以来ボコ・ハラムによって拉致された女性と子供2000人のうち、半分は依然として行方不明のままだと述べている。
このキャンプにいる女性たちは、残された不明者の中には、昨年4月にナイジェリア北東部の町チボクの寄宿舎から誘拐されて国際的に注目を集めた女子学生200人強の一部もいると述べている。
ナイジェリア軍による今年の反撃は、この地域の同盟国や、精巧な武器、そして戦場での新たな士気によって補強された。軍はこれまでボコ・ハラムの領地を 80%以上減らした。つまり、ベルギーほどの広さだったボコ・ハラムの領地は、サンビサの森の一部、つまり少数の町の広さにまで縮小しているという。