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保守記事.391-7-2 想定外の対応

2011-08-24 18:21:19 | 記事保守

「冷蔵庫が舟に」…大川小児童ら生々しく証言

 東日本大震災の津波で全校児童の7割近い74人が死亡・行方不明になった宮城県石巻市立大川小学校の被災時の状況について、市教育委員会が教諭や児童などから行った聞き取り調査の結果をまとめた文書の内容が22日、明らかになった。

 地震発生時や津波に巻き込まれた際の状況などを児童らが生々しく証言している。一方、市教委は、文書作成後、記録作成のもとになった教諭や児童らからの聞き取り調査時の手書きメモを廃棄したこともわかった。

 同小の教諭、児童たちは、避難のため北上川近くの小高い場所に向かう途中、津波にのまれた。市教委は、津波に遭いながらも助かった男性教務主任と児童4人を含む計28人から、3月から5月26日までに聞き取った内容を調査記録としてまとめていた。

 地震発生後、教諭と児童たちは、校庭に約40分とどまった後、同小近くの北上川にかかる新北上大橋たもとにある「三角地帯」と呼ばれる高台に向かったが、途中で津波が目の前から迫り、のみ込まれた。

 三角地帯への避難は6年生を先頭に、1年生が最後尾になって向かった。山の中腹に埋まっていて助けられた男児は「津波が来るのが見えたので、すぐ 来た道を山側へ走った」「(列の後ろだった)低学年の子たちは、なんで高学年が走って戻ってきたのか分からないようだった」と、津波が迫る中で反対側の裏 山に向かっていった様子を証言した。

 津波にのまれた後の状況では、「ヘルメットの空気が浮力となって浮き上がったら、ドアがはずれた冷蔵庫があり、中に入ったら舟のようになった」と の証言もあった。山に流れ着くと、同級生の男児が半分土に埋まって動けなくなっていたのを見つけ、「右手で枝をつかんで、骨折した左手で土を掘った」と話 していた。

(2011年8月23日09時14分  読売新聞)


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