木春菊の雑記帳

2005年6月開設の徒然日記。その時みたマーガレット(木春菊)が名前の由来です。

嫡男の墓所

2016-05-18 18:54:30 | 信州
真田幸綱嫡男であり
信繁にとっては伯父にあたる人物
真田信綱
その信綱の菩提を弔うために
建てられたのが「信綱寺」(しんこうじ)

細いながらも山門が立派です

墓所は寺院裏手奥の高台にありました
まるで要塞のような細く急な道でした
中央に信綱公、左に信綱夫人
右に昌輝公が並んでいました

信綱・昌輝兄弟は設楽が原の戦いで
討ち死にしました
もし討ち死にしなかったら
武田が滅んだとしても真田は
信綱を中心に動いたことでしょう
信繁の父は武藤昌幸として
真田を支える有能な家臣として
人生を終えたことでしょう

そして日の本一の兵として
講談の主役となる幸村は誕生しなかったでしょう

ここはそんな歴史のもしもを
考えさせる場所です

ちなみに先ほど訪れた
真田本城跡から
信綱寺の方向を撮影したのがこちら

画面中央の小山の山麓部にあります
ここからは見えませんが。
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真田の原点

2016-05-18 18:53:28 | 信州
真田の居城といえば上田城
その前に居城としたのは砥石城
その前にいたのが真田本城
そこには郭が再現されています

回転率が高いため
駐車に困ることはありませんが
小さい駐車場は常に満車です
大河ドラマ効果ですね

その「真田丸」第3話で
信繁ときりが座っていた丸太が
今も残されています
「真田丸撮影の地」という看板付きで。

信繁ときりのお土産に関する会話が
実際にあったかは定かではありませんが
信繁と高梨内記娘(文献上の名前)も
この景色をみたことでしょう
眼下には砥石城の跡地が見えました

ここから1.7㎞下った場所にあるのが
真田屋敷跡
屋敷とはいえ城郭の様相をなし
堀の跡もありました
現在はそこに神社が立ち
600本のツツジが植えられています
見ごろは先週ということで
今は色あせたり散ったりしていました
残念ですが仕方ないですね


公園内にある真田歴史館も訪問
撮影禁止のため館内は紹介できませんが
大坂夏の陣屏風などが展示されているので
興味がある方はどうぞ
「真田太平記」と「真田丸」の
ポスターが並んでいるのも魅力です

これまで歩き続けたので
「真田庵」のおはぎで一休み

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