「 歳月ではなく
れわれを老いさせるのは関係である
人と人との関係ではなくて 物と物との関係ではなくて
男と女との関係ではなくて
裂けた傷と裂けた傷の関係である」
※関係の絶対性の概念をやっとこさつかまえた。やがて、あの有名になってしまった、‘対幻想’、これが <共同幻想論>の重要なスタートになる。で、良かったかな、思いつくままに書きつらねる。
<沈黙のための言葉>
一片の雲が空のなかでちぎれる
風のように遠くで眼に視えない傷が裂ける
老いるということを無くすために
われわれは耐えねばならぬ
歳月ではなく
われわれを老いさせるのは関係である
人と人との関係ではなくて 物と物との関係ではなくて
男と女との関係ではなくて
裂けた傷と裂けた傷の関係である
われわれは一瞬 こころを通りすぎる刃の痛みがあれば
それを忘れるために こころをもっと奥へ沈める
すると傷は空を通りすぎる
そのようにして肥大してゆくものは
われわれのなかの何であるのか
貌を支配する筋肉と神経を
しだいにひとつの動かないものにしてゆくとき
われわれのこころは遠く底のほうへ下るばかりである
老いた農夫の貌は岩石や土に似てくる
老いた行商人の貌は貨幣に似てくる
老いたブルジョワの貌は牛肉に似てくる
老いた政治家の貌は浮浪者に似てくる
老いた学者の貌は書物に似てくる
だがわれわれのこころの貌は何に似てくるのか?
その広いはてしない空間のなかを
誰が果てまでたどりついたか
そして誰がたどりついたことについて沈黙したか
言葉をつかわないために たれが言葉を所有したか
無数の膨大な波のように われわれは沈黙をきく
それをきくためにわれわれは生きる
今日も生きる
さけられない運命のように 沈黙の声をきくために
それがこの世界をおおいつくし
やがて<敵>と<味方のような敵>の言葉をおおいつくし
やがて<敵>と<味方のような敵>の生活をおおいつくし
ついに倒すために
この世界の空のなかで一片の雲がちぎれる
われわれはそれに触れずに
われわれの傷を解き放すとき
自然と人間のあいだの裂け目に
しずかに眠ることができるが
きっと永遠に死ぬことを赦されないだろう
「模写と鏡」 (昭和39年) 所収
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