「体罰は自立妨げ成長の芽摘む」
桑田真澄さん経験踏まえ
2013年1.11朝日
体罰問題について、元プロ野球投手の桑田真澄さん(44)が朝日新聞の取材に応じ、「体罰は不要」と訴えた。
殴られた経験を踏まえ、「子どもの自立を妨げ、成長の芽を摘みかねない」と指摘した。
【岡雄一郎】
私は中学まで毎日のように練習で殴られていました。
小学3年で6年のチームに入り、中学では1年でエースだったので、上級生のやっかみもあったと思います。
殴られるのが嫌で仕方なかったし、グラウンドに行きたくありませんでした。
今でも思い出したくない記憶です。
早大大学院にいた2009年、論文執筆のため、プロ野球選手と東京六大学の野球部員の計約550人にアンケートをしました。
体罰について尋ねると、「指導者から受けた」は中学で45%、高校で46%。
「先輩から受けた」は中学36%、高校51%でした。
「意外に少ないな」と思いました。
ところが、アンケートでは「体罰は必要」「ときとして必要」との回答が83%にのぼりました。
「あの指導のおかげで成功した」との思いからかもしれません。
でも、肯定派の人に聞きたいのです。
指導者や先輩の暴力で、失明したり大けがをしたりして選手生命を失うかもしれない。
それでもいいのか、と。
私は、体罰は必要ないと考えています。
「絶対に仕返しをされない」という上下関係の構図で起きるのが体罰です。
監督が采配ミスをして選手に殴られますか?
スポーツで最も恥ずべきひきょうな行為です。
殴られるのが嫌で、あるいは指導者や先輩が嫌いになり、野球を辞めた仲間を何人も見ました。
スポーツ界にとって大きな損失です。
指導者が怠けている証拠でもあります。
暴力で脅して子どもを思い通りに動かそうとするのは、最も安易な方法。
昔はそれが正しいと思われていました。
でも、例えば、野球で三振した子を殴って叱ると、次の打席はどうすると思いますか?
何とかしてバットにボールを当てようと、スイングが縮こまります。
それでは、正しい打撃を覚えられません。
「タイミングが合ってないよ。どうすればいいか、次の打席まで他の選手のプレーを見て勉強してごらん」。
そんなきっかけを与えてやるのが、本当の指導です。
今はコミュニケーションを大事にした新たな指導法が研究され、多くの本で紹介もされています。
子どもが10人いれば、10通りの指導法があっていい。
「この子にはどういう声かけをしたら、伸びるか」。
時間はかかるかもしれないけど、そう考えた教え方が技術を伸ばせるんです。
「練習中に水を飲むとバテる」と信じられていたので、私はPL学園時代、先輩たちに隠れて便器の水を飲み、渇きをしのいだことがあります。
手洗い所の蛇口は針金で縛られていましたから。
でも今、適度な水分補給は常識です。
スポーツ医学も、道具も、戦術も進化し、指導者だけが立ち遅れていると感じます。
体罰を受けた子は、「何をしたら殴られないで済むだろう」という後ろ向きな思考に陥ります。
それでは子どもの自立心が育たず、指示されたことしかやらない。
自分でプレーの判断ができず、よい選手にはなれません。
そして、日常生活でも、スポーツで養うべき判断力や精神力を生かせないでしょう。
「極限状態に追い詰めて成長させるために」と体罰を正当化する人がいるかもしれませんが、殴ってうまくなるなら誰もがプロ選手になれます。
私は、体罰を受けなかった高校時代に一番成長しました。
「愛情の表れなら殴ってもよい」と言う人もいますが、私自身は体罰に愛を感じたことは一度もありません。
伝わるかどうか分からない暴力より、指導者が教養を積んで伝えた方が確実です。
日本のスポーツ指導者は、指導に情熱を傾けすぎた結果、体罰に及ぶ場合が多いように感じます。
私も小学生から勝負の世界を経験してきましたし、今も中学生に野球を教えていますから、勝利にこだわる気持ちは分かります。
しかし、アマチュアスポーツにおいて、「服従」で師弟が結びつく時代は終わりました。
今回の残念な問題が、日本のスポーツ界が変わる契機になってほしいと思います。
◇
大阪府出身。PL学園高校時代に甲子園で計20勝を記録。
プロ野球・巨人では通算173勝。米大リーグに移り、2008年に現役を引退した。
09年4月から1年間、早稲田大大学院スポーツ科学研究科で学ぶ。
現在はスポーツ報知評論家。
今月、東京大野球部の特別コーチにも就任。著書に「野球を学問する」(共著)など。
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