図書室の階段(1)
「お母さん、おそいね…」
放課後の人気のない校舎でひとりつぶやく。
さっきまでにぎわっていた子どもたちも一人帰り二人帰り、
とうとう周りには誰もいなくなった。
いつのまにかこの子は、車椅子で眠ってしまった。
「疲れたのかな」
その寝顔を見ながら、昼間のことを思いだす。
木曜日の4時間目、みんないつものように3階の図書室に行く。
私はこの子をおんぶして上がる。
担任が言う。
そこまでしなくてもいいのよ。
教室にもこの子の好きな絵本を何冊も用意してあるんだから。
あなたが一緒に絵本を読んで過ごしてあげればいいのよ。
学校にはエレベータもないし、車椅子を3階まであげても、
またすぐに降ろすんだから大変でしょ。
それに、この子は図書室でも教室でも、
本なんかろくに読めないんだから…。
私は黙って聞いている。
でも担任の声は私には届かない。
私はこの子の声を聞いてしまったから。
先週、みんなが図書室に行った後の教室で、
私はこの子と二人で楽しく過ごしていた。
授業をしている担任の機嫌を気にすることもなく、
周りの子どもたちに気を遣わなくていいのが楽だった。
私はこの子と二人きりの穏やかな時間を感じていた。
「こんな時間があってもいいよね」
そう思ったとき、
この子はふと何か思い出したように廊下に出ていった。
授業が終わるまで、まだ15分ある。
ゆっくり後を追いかけていくと、
この子は階段の下で、上を見上げた。
そこからは見えない3階の図書室のにぎわいに目を細めていた。
その瞳のなかに、ささやきい、笑いあう子どもたちの姿が、
私にも見えた。
みんなが降りてくるのをじっと待っている。
あの時の、この子の後姿を見てしまったときに、
私ははじめて気づいた。
子どもたちが、図書室で何をしているのか。
子どもたちが、教室で何をしているのか。
この子たちが、ここで何をしているのか。
この子たちは、ここで、仲間を呼吸している。
人と人ととのつながりの間にいて、自分を感じている。
どうしてそんなことに気づかなかったんだろう。
私と二人で過ごすのもいいかな、なんて。
大人が子どもの代わりはできないなんて、当たり前のことなのにね。
私はこの子が階段を上がれないから、
私はこの子をおんぶするんじゃない。
この子が図書室で本を読まなくてもいい。
みんなと一緒にいる図書室で、
この子は、ただの一人の子どもになれるのだから。
そうして、ただの子どもの時間を積み重ねながら、
この子はありのままでいることの安心を感じていくような気がした。
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