私の思いと技術的覚え書き

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高熱隧道の話

2015-09-14 | 車と乗り物、販売・整備・板金・保険
 トンネルの話が続きますが、丹那隧道に続き忘れられないのは、富山県の山中に人知れず存在する高熱隧道のことです。この隧道は黒部と云えば第4発電所と黒部ダムが有名であるが、それより以前に開発された千人谷ダムと第3発電所の開発および保守用として作られたものです。

 このトンネルの外側は黒部川に沿うほとんど絶壁で、そこをコの字型にくり抜いて幅1mに満たない水平歩道というのがあるそうです。毎年、雪のない一部期間に限って登山者が通る様ですが、滑落事故は多いと聞きます。ということで、冬期間は通行不可ですし、重量物の運搬も不可であることから、高熱隧道が掘られることになったという訳です。何故高熱かというと、地下のマグマか温水かなのでしょうが、30m掘り進んだところで70°Cの温水が出だし、掘り進むに従い水温は上昇していったそうです。そして、とうとう発破用のダイナマイトが誘爆するまでの温度に達したというのですから恐ろしい話です。

 そして、トンネル工事以外に大きな犠牲者を出したこととして、泡雪崩(ほうなだれ)の恐ろしさです。千神谷ダム近くに設けた宿舎が、急傾斜を時速200km/hを越えて落下するという袍雪崩で吹き飛び多くの犠牲者を出しているということです。

 結局、この高熱隧道や袍雪崩の被害などの第3発電所関係により失われた人命は、300名に達するというから驚きます。当時の富山県警も何度も工事中止命令を出しつつも、昭和9年工事開始と日増しに厳しくなりつつある我が国の電力事情などにより、国家は容認したのでしょう。

 高熱隧道は、現在では当時より相当温度も下がって来ている様ですが、10年くらい前に関西電力の見学ツアーで通過した際は、それまでの冷気が暖気に変わるのが感じられました。

※この物語は吉村昭氏の「高熱隧道」に詳述されています。

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