スピードメーターの正確性
ここでは、旧来からクルマに装着されていたスピードメーターの動作原理の変遷と、許される誤差などについて記すと共に、近年若干の関心を生み出しているEDR(イベントデータレコーダー)の記録についても記してみたい。
1.旧来のスピードメーター
旧来のスピードメーターは、トランスミッションアウトプットシャフト部(FRの場合)に、シャフトに嵌合したドライブギヤがあり、これに被駆動されるドリブンギヤがあり、車両が走行することで、トランスミッションアウトプットシャフトの回転数をドリブンギヤの回転数として取り出す仕組みだった。このドリブンギヤの回転は、スピードメーターケーブルにより当該スポードメーター近くまで引き回されており、旧来のスピードメーター根元の嵌合部と接続されていた。
ここで、スピードメーターを機械的に振らせる原理だが、添付図の様にアルミ製のカップ内で永久磁石が回転するとアルミ板内に生じた渦電流により、磁石の磁力に引きずられてスピードメーター指針が振れるというものだ。
この原理は、これも近年はデジタル化されてしまったが、昔の各家庭の電力メーターに使用されていたガラスカバーの中で丸いアルミ板が回転する「アラゴ円盤」の原理と同様のものだ。添付図2に示すが、アラゴ円盤に電力が流れる導体を適宜設置しておくと、その導体(コイル)に流れる電流により電磁力が発生するが、それが別部位の誘起された電力との相互作用で引き付けられてアラゴ円盤が回転するというもので、電力が大きい程流れる電流=電磁力も強くなり、アラゴ円盤も速く回転するというものだ。
スピードメーターの場合は、アルミカップ内の磁石が高速回転するほど、アルミカップは渦電流で引きずられて、リターンスプリングに逆らって指針を大きく振らせることができる。
ただし、この時代のスピードメーターの目盛りを観察すれば判るが、0~20km/hの間にある10km/hの目盛りは、必ずしも中央値でなく0寄りの位置に付されていることに気付くだろう。これは、指針の起動時に、静荷重から動荷重に変わろうとする際の抵抗力の違いをムリヤリ補正するために、この様な目盛りの不一致として極低速の速度値を補正していると云うことなのだ。
このことは、アナログ式スピードメーターは現在でも使用されているが、現在のものは指針の振らせ方がまったく異なっており交差コイル式(指針振角を高角度に270°振らせる方式)もしくはステップモーター式(指針振れ角度を一定角度づつステップ状に振らせる方式)の使用を前提にして、全速度域で均等な目盛り配置となっている。
この時代の速度計の誤差は、かつて(H18以前)は道路運送車両法の保安基準にて、正に15%、負に10%とされていた。車検場での速度計のチェックは、校正されたテスター上で車輪を転動させ、操作者が時速40km/hの速度にして、そこでヘッドライトを付けるなどの操作をすることで、テスター速度値として36km/h以上、46km/h以下ならOKだったのだ。
ところが保安基準の細目が変更され、(V1=当該車の速度計、V2=基準速度計)
平成18年12月31日以前製造の車(軽自動車・二輪車等を除く)の場合、
10(V1-6)/11≦V2≦(100/90)V1
※この場合、該当車の指示速度を40km/h前提で、代入して計算すると、30.9km/h以上、44.4km/h以下となる。
・平成19年1月1日以降製造の車(軽自動車・二輪車等を除く)の場合、
10(V1-6)/11≦V2≦(100/94)V1
※この場合、該当車の指示速度を40km/h前提で、代入して計算すると、30.9km/h以上、42.5km/h以下となる。
つまり法令改正以前と比べると、下に甘く上に厳しく改正されたことが判る。
2.旧来速度計での637rpm回転入力の試験
旧来の機械式スピードメーターですが、一般の修理工場ではまず保有していることはなかったのですが、速度計を製造しているとか校正を行う業者には、速度計単体での指示値校正が行える試験機として、スピードメーター入力回転数(ドリブンギヤ回転数)を637rpmを精度良く再現できるテスターが利用されていた。この637rpmで速度計を駆動した際に、速度値が60km/hを正しく指せば単体性能はOKと診断できたのだった。
【過去記事】
機械式アナログスピードメーターのこと(637rpm判る?)
2019-10-18 | 車両修理関連
https://blog.goo.ne.jp/wiseman410/e/f791d368d28afcc4ab1a1c7f62282284
3.デジタルメーターの出現による過渡期の速度計
おそらく国産車ではデジタル式速度計が最も速く装備されたのは、トヨタソアラ(Z10系)だったと思うが、これの場合にはドリブンギヤやスピードメーターケーブルは従来のものが踏襲されていた。ただし、スピードメーター内部は、従来のアラゴ円盤方式は廃され、パルスセンサーを使用して、単位時間のパルス数を読み取る方式に変更なされた。この動作原理だが、電子回路をある程度知る者なら理解を得るところだが、一種の周波数カウンターというものだ。仮にここでパルスセンサーが1周すると20パルスの信号を出力すると仮定する。このパルスセンサー回路で、別の基準信号発生回路とゲート回路を利用し、ゲート開時間値を0.3947秒間のパルス値をカウントすると59.994(km/h)というカンター積算値が出て、表示を整数値のみとすれば60km/hが表示できる。なお、約0.4秒毎に速度値が更新されると、1の桁の動きが頻繁に変わり読み取り辛いという問題があるので、別回路でラッチ信号というのを設けて、設定した時間毎(例えば0.8秒毎)に表示を書き換えるという操作を行っていたと記憶している。
なお、このスピードメーターワイヤーを使用する方式は、コスト圧縮上とか車両組み立て上からもムダが多く、程なくスピードメーターケーブルを廃し、ドリブンギヤ部にパルスセンサーを直付けして、電気パルスのみ速度計に流す方式に変えている。
4.現在のスピードメーター
現在の車両においては、ABSだとかVSCなどの装置が普及し、4輪それぞれにパルスセンサーが装着される時代になっている。トヨタの解説書によると車輪センサーはタイヤ1周毎に48パルスの信号が出力される。これら4輪それぞれの独立したパルス信号は、ABSユニットまではダイレクトに入力され、ABS制御、VSC制御、トラクション制御などに利用される。なお、ABSユニットは車載LAN機能であるCANバスで他ECU(コンビネーションメーター含む)と通信するが、ここでは、パルス値ではなく、速度値のおそらく小数点第1位程度までを、連続値としてデコード(符号化)して送信していると想像する。(20.1,21.2,23.4・・・など)さらに、4輪独立の信号値は、平均化されるか明らかな異常値があれば、これをDTCエラーとして記録し、残されたデータの平均値をデコード送信しているのだろう。
また、同解説ではCAN非対応機器への車速信号として、トランスアクスル1回転当り4パルスの信号を送出と記してあるが、これはおそらくオドメーターのカウントアップ用として利用しているのだろう。
5.車速値の信頼性
車速と記される当該データだが、あくまで車輪の回転速度であることに留意が必要だろう。つまり、車両の状態がABSが付かないクルマでは、全力制動を行えば車輪はロックし、速度値は直ちにゼロになるが、そこではスリップが生じるから、車速はタイヤの摩擦係数に応じて減速するが直ちにゼロになる訳でない。
また、ABS装置は、車輪のスリップ率を最大動摩擦係数となるスリップ率20%程度に制御するが、この場面でも実速度と車速の乖離は大きくなるだろう。さらに云えば、例えば車体が横すべりもしくはスピン状態で推移している様な動画を観察すると、4輪それぞれのタイヤは、バラバラだったり、ほとんど回転していない場合もある。なお、過大駆動力での空転(パワードリフト)が生じれば、実測より車輪回転速度は余程高い値に乖離するだろう。
この様な車両自体で自律的に速度を測定しようとすると、車両の運動が極めて平坦な直線路を定常的な運行をしていれば、実速度との大きな乖離は生じないものと想定できるが、事故直前など車両の運動が急激に変化している場合など、車両運動を十分考察しながら推定する以外にないと思われる。
なお、現在はGPS衛星が民生用に開放されたり、その測位精度を上げるため、日本独自でも基準衛星を設置することで、その測位精度は向上してきている。スマホ用アプリなどで、GPS衛星測位の一定時間当りの移動距離から、移動速度を計算表示できるものがある。この場合には、衛星の条件(多数の衛星群を利用することで誤差を押さえるGNSSなど)にも影響を受けるのと、測定検出から表示までのレスポンスと反復測定でのタイムラグの問題が生じて来る。
最後に強調しておきたいのは、エアバッグ装置に内蔵される機構としてEDR(イベントデータレコーダー)という機能があり、この装置はエアバック起爆前5秒間の車速、アクセル、ブレーキなどのペダル位置、ステアリングの操舵角、シートベルトキャッチのON・OFFなどが自動記録されるが、もっとも注意深く見なければならないのが車速のパラメーターではないだろうか。車両の運動状態によっては、実速度と大きな乖離が生まれる場合もあり得るからだ。
#スピードメーター #歴史 #精度 #車両運動による乖離
ここでは、旧来からクルマに装着されていたスピードメーターの動作原理の変遷と、許される誤差などについて記すと共に、近年若干の関心を生み出しているEDR(イベントデータレコーダー)の記録についても記してみたい。
1.旧来のスピードメーター
旧来のスピードメーターは、トランスミッションアウトプットシャフト部(FRの場合)に、シャフトに嵌合したドライブギヤがあり、これに被駆動されるドリブンギヤがあり、車両が走行することで、トランスミッションアウトプットシャフトの回転数をドリブンギヤの回転数として取り出す仕組みだった。このドリブンギヤの回転は、スピードメーターケーブルにより当該スポードメーター近くまで引き回されており、旧来のスピードメーター根元の嵌合部と接続されていた。
ここで、スピードメーターを機械的に振らせる原理だが、添付図の様にアルミ製のカップ内で永久磁石が回転するとアルミ板内に生じた渦電流により、磁石の磁力に引きずられてスピードメーター指針が振れるというものだ。
この原理は、これも近年はデジタル化されてしまったが、昔の各家庭の電力メーターに使用されていたガラスカバーの中で丸いアルミ板が回転する「アラゴ円盤」の原理と同様のものだ。添付図2に示すが、アラゴ円盤に電力が流れる導体を適宜設置しておくと、その導体(コイル)に流れる電流により電磁力が発生するが、それが別部位の誘起された電力との相互作用で引き付けられてアラゴ円盤が回転するというもので、電力が大きい程流れる電流=電磁力も強くなり、アラゴ円盤も速く回転するというものだ。
スピードメーターの場合は、アルミカップ内の磁石が高速回転するほど、アルミカップは渦電流で引きずられて、リターンスプリングに逆らって指針を大きく振らせることができる。
ただし、この時代のスピードメーターの目盛りを観察すれば判るが、0~20km/hの間にある10km/hの目盛りは、必ずしも中央値でなく0寄りの位置に付されていることに気付くだろう。これは、指針の起動時に、静荷重から動荷重に変わろうとする際の抵抗力の違いをムリヤリ補正するために、この様な目盛りの不一致として極低速の速度値を補正していると云うことなのだ。
このことは、アナログ式スピードメーターは現在でも使用されているが、現在のものは指針の振らせ方がまったく異なっており交差コイル式(指針振角を高角度に270°振らせる方式)もしくはステップモーター式(指針振れ角度を一定角度づつステップ状に振らせる方式)の使用を前提にして、全速度域で均等な目盛り配置となっている。
この時代の速度計の誤差は、かつて(H18以前)は道路運送車両法の保安基準にて、正に15%、負に10%とされていた。車検場での速度計のチェックは、校正されたテスター上で車輪を転動させ、操作者が時速40km/hの速度にして、そこでヘッドライトを付けるなどの操作をすることで、テスター速度値として36km/h以上、46km/h以下ならOKだったのだ。
ところが保安基準の細目が変更され、(V1=当該車の速度計、V2=基準速度計)
平成18年12月31日以前製造の車(軽自動車・二輪車等を除く)の場合、
10(V1-6)/11≦V2≦(100/90)V1
※この場合、該当車の指示速度を40km/h前提で、代入して計算すると、30.9km/h以上、44.4km/h以下となる。
・平成19年1月1日以降製造の車(軽自動車・二輪車等を除く)の場合、
10(V1-6)/11≦V2≦(100/94)V1
※この場合、該当車の指示速度を40km/h前提で、代入して計算すると、30.9km/h以上、42.5km/h以下となる。
つまり法令改正以前と比べると、下に甘く上に厳しく改正されたことが判る。
2.旧来速度計での637rpm回転入力の試験
旧来の機械式スピードメーターですが、一般の修理工場ではまず保有していることはなかったのですが、速度計を製造しているとか校正を行う業者には、速度計単体での指示値校正が行える試験機として、スピードメーター入力回転数(ドリブンギヤ回転数)を637rpmを精度良く再現できるテスターが利用されていた。この637rpmで速度計を駆動した際に、速度値が60km/hを正しく指せば単体性能はOKと診断できたのだった。
【過去記事】
機械式アナログスピードメーターのこと(637rpm判る?)
2019-10-18 | 車両修理関連
https://blog.goo.ne.jp/wiseman410/e/f791d368d28afcc4ab1a1c7f62282284
3.デジタルメーターの出現による過渡期の速度計
おそらく国産車ではデジタル式速度計が最も速く装備されたのは、トヨタソアラ(Z10系)だったと思うが、これの場合にはドリブンギヤやスピードメーターケーブルは従来のものが踏襲されていた。ただし、スピードメーター内部は、従来のアラゴ円盤方式は廃され、パルスセンサーを使用して、単位時間のパルス数を読み取る方式に変更なされた。この動作原理だが、電子回路をある程度知る者なら理解を得るところだが、一種の周波数カウンターというものだ。仮にここでパルスセンサーが1周すると20パルスの信号を出力すると仮定する。このパルスセンサー回路で、別の基準信号発生回路とゲート回路を利用し、ゲート開時間値を0.3947秒間のパルス値をカウントすると59.994(km/h)というカンター積算値が出て、表示を整数値のみとすれば60km/hが表示できる。なお、約0.4秒毎に速度値が更新されると、1の桁の動きが頻繁に変わり読み取り辛いという問題があるので、別回路でラッチ信号というのを設けて、設定した時間毎(例えば0.8秒毎)に表示を書き換えるという操作を行っていたと記憶している。
なお、このスピードメーターワイヤーを使用する方式は、コスト圧縮上とか車両組み立て上からもムダが多く、程なくスピードメーターケーブルを廃し、ドリブンギヤ部にパルスセンサーを直付けして、電気パルスのみ速度計に流す方式に変えている。
4.現在のスピードメーター
現在の車両においては、ABSだとかVSCなどの装置が普及し、4輪それぞれにパルスセンサーが装着される時代になっている。トヨタの解説書によると車輪センサーはタイヤ1周毎に48パルスの信号が出力される。これら4輪それぞれの独立したパルス信号は、ABSユニットまではダイレクトに入力され、ABS制御、VSC制御、トラクション制御などに利用される。なお、ABSユニットは車載LAN機能であるCANバスで他ECU(コンビネーションメーター含む)と通信するが、ここでは、パルス値ではなく、速度値のおそらく小数点第1位程度までを、連続値としてデコード(符号化)して送信していると想像する。(20.1,21.2,23.4・・・など)さらに、4輪独立の信号値は、平均化されるか明らかな異常値があれば、これをDTCエラーとして記録し、残されたデータの平均値をデコード送信しているのだろう。
また、同解説ではCAN非対応機器への車速信号として、トランスアクスル1回転当り4パルスの信号を送出と記してあるが、これはおそらくオドメーターのカウントアップ用として利用しているのだろう。
5.車速値の信頼性
車速と記される当該データだが、あくまで車輪の回転速度であることに留意が必要だろう。つまり、車両の状態がABSが付かないクルマでは、全力制動を行えば車輪はロックし、速度値は直ちにゼロになるが、そこではスリップが生じるから、車速はタイヤの摩擦係数に応じて減速するが直ちにゼロになる訳でない。
また、ABS装置は、車輪のスリップ率を最大動摩擦係数となるスリップ率20%程度に制御するが、この場面でも実速度と車速の乖離は大きくなるだろう。さらに云えば、例えば車体が横すべりもしくはスピン状態で推移している様な動画を観察すると、4輪それぞれのタイヤは、バラバラだったり、ほとんど回転していない場合もある。なお、過大駆動力での空転(パワードリフト)が生じれば、実測より車輪回転速度は余程高い値に乖離するだろう。
この様な車両自体で自律的に速度を測定しようとすると、車両の運動が極めて平坦な直線路を定常的な運行をしていれば、実速度との大きな乖離は生じないものと想定できるが、事故直前など車両の運動が急激に変化している場合など、車両運動を十分考察しながら推定する以外にないと思われる。
なお、現在はGPS衛星が民生用に開放されたり、その測位精度を上げるため、日本独自でも基準衛星を設置することで、その測位精度は向上してきている。スマホ用アプリなどで、GPS衛星測位の一定時間当りの移動距離から、移動速度を計算表示できるものがある。この場合には、衛星の条件(多数の衛星群を利用することで誤差を押さえるGNSSなど)にも影響を受けるのと、測定検出から表示までのレスポンスと反復測定でのタイムラグの問題が生じて来る。
最後に強調しておきたいのは、エアバッグ装置に内蔵される機構としてEDR(イベントデータレコーダー)という機能があり、この装置はエアバック起爆前5秒間の車速、アクセル、ブレーキなどのペダル位置、ステアリングの操舵角、シートベルトキャッチのON・OFFなどが自動記録されるが、もっとも注意深く見なければならないのが車速のパラメーターではないだろうか。車両の運動状態によっては、実速度と大きな乖離が生まれる場合もあり得るからだ。
#スピードメーター #歴史 #精度 #車両運動による乖離