私の思いと技術的覚え書き

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令和に決まる今朝(4/1)の富士

2019-04-01 | 沼津そして伊豆周辺
 今朝(4/1)の早朝の富士です。雲一つない晴天の朝日を浴び輝いていました。
 そして、昼前、5月1日付けで元年となる新元号「令和」が報知されました。とうとう、30年続いた平成が恣意的に改元されることに相成ったのです。この30年の概観私見を述べれば、バブルの絶頂から反転しひたすら下り続け、世に限界感だとか閉塞感が高まり、モラルの低下も高まるといいことなかったのが平成ではなかったのかという思いです。


追記 令和の出典は万葉集

①新元号は万葉集の次の歌から切り出したということです。
「初春の令月にして、気淑く風和ぎ、梅は鏡前の粉を披き、蘭は珮後の香を薫らす」。新元号「令和」

 原典を辿ると、これは730年(天平2年)正月13日に開かれた宴の描写であるそうです。今の福岡県、大宰府にあった万葉集を代表する歌人、大伴旅人の邸宅であった「梅花の宴」だそうです。例月の令とは良いという意味(ご令嬢だとかご令息という様な)だそうで、風和(やわ)らぎの和らぎと組み合わせたと解説していました。

②最近図書館で借りた万葉集の入門書冒頭に解説されていた恋物語

「紫は灰さすものそ椿市の八十の衢(ちまた)に逢える児や誰(巻11・3101)

 紫染めは(触媒として)椿の灰を入れて(発色を良くするが)、80もの道が集まる(多くの人々が集う)市(会場)で、であった児(ここでは魅力的な女)にあなたは誰と問う。というような意味らしいです。 



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