私の思いと技術的覚え書き

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交通事故鑑定人の不信

2017-11-25 | 事故と事件
 ここで述べる交通事故鑑定人とは、交通事故の隠された真実を、残された物証や、工学、物理、生理的な分析に基づき、客観的に解析する者を指す。似た様な名称で事故鑑定人などがあるが、事故車両の損害額を評価する者であり別のものである。

 交通事故鑑定人の扱う事例だが、航空機とか列車などの事故は、国など公的機関において事故調査委員会が構成され、事故原因の調査究明が行われるので該当しない。自動車事故の場合でも、刑事責任を追求する前提において、警察とか科捜研による分析が行われるが、あくまでも刑事としてのもので、民事としての捜査が行われることは稀なこととなる。そこで、多くの場合に交通事故の当事者間(および関係する保険会社)に民事的争いがある場合に、その委託により分析するのが交通事故鑑定人ということになる。具体的な争いは、責任割合、運転車が誰か、事故か自殺か(故意性があるか)などが多いのだろう。なお、交通事故鑑定人なる職種に、なんら資格制度はない。誰でも何時でも名乗り仕事を引き受けることができるのである。といっても、一般の信頼を受け要請を受けるのは、それなり経歴とか実績がものをいうのが、この世界の実態だろう。旧来は、工学関係の大学教授などが行う例が多く、我が国のパイオニア的な交通事故鑑定人が江守一郎氏(故人)として高名であり、同氏の著述本を何冊か保有し感銘を受けた方だ。

 この交通事故鑑定人には、かなり以前から感心を持ち、関係する書籍を保有しているが、図書館で借りて読み込むこともある。つい最近、ある交通事故への関わりから、図書館で交通事故鑑定の本を数冊借りたのだが、下記の書籍は内容のお粗末さに呆れ果てると共に、とんでもない該当社の自社讃歌本だと断じた。そして、この様な稚拙な内容をさも真実らしく書きて自己宣伝することに怒りを感じた次第だ。この本は、端的に云ってトンデモ本もしくは駄本といえるもので、この法科学鑑定研究所なるものも信用ならない企業(組織)といえると判断した。

 だいたい、法科学鑑定研究所なる名称が、如何にも権威高そうな印象で、もしかしたら公の機関かとも思わせるが、間違いなく民間企業であり、想像だが元科捜研(警察関連の科学捜査研究所の略称)の関係者が退職後に起業したのではないだろうか。なお、この私見はあくまでも下記書籍だけを読んで(数ページ見ただけで偽物と判じ、後は流し読みだが)判じたもので、もしかすると交通事故以外の分析もしくは鑑定において、有益なものがあるのかもしれないが・・・。しかし、こういう本を世に出してしまう様では、そういう可能性は極めて少ないだろう。

該当本:事故はなせ起こる!? 法科学鑑定研究所 石橋 宏典 ISBN978-4-8401-3238-1

 それでは、この本の何処に呆れ果てたのかを記してみたい。

1.「高性能バンパーが人を引きずり込む」という項
 石橋なる著者は、この表題の項において、PPバンパーが薄肉化されているとして、これが死者減に結び付いたと記している。しかし、この項の末には、ミニバンやRV車が増え、その車高の高さ故、引きずり込む事故が増えたのだとしている。つまり、文章に論理矛盾を生じており、薄肉化されたバンパーと引きずり込む事故は、関係がないと容易に読み取れることは、明らかに稚推な文章だ。

2.トンネル内での事故について
 同本ではトンネル内での事故が多いとして、居眠り運転など覚醒(かくせい)レベルが低下するとしているが違和感を覚える。トンネル内は暗く、左側方にはトンネル外壁が迫り、自己体験としても緊張レベルは高まりこそすれ、覚醒レベルが低下するとは思えないのだが・・・。
 また、これは大きな間違いだと感じる記述だが、道路は極端に云えばカマボコ型をしており(これは事実そのとおり)、うっかりするとトンネル外壁に浅い角度で衝突する事故が起きる。その場合、車両は左前を衝突すると共に、直後に左後部を衝突させる。つまり右周りのスピンをするとしているが、そんなことは幾多の事故の現実を知る中で、お目に掛ったことはない。
 さらに、その様な事故では、運転者は強く左斜め前方に投げ出されシートベルトも役立たず、大きな負傷を負うと記してあるが、乗員に左斜め前に強い減速Gが働き得るのであろうか? ほとほと疑問を生じる記述だと感じる。

3.高額な鑑定料の想像させる記述
 この様な鑑定に要する費用は、特に決まりはなく競合他社も少ないから言い値が通る世界である。確かに過去に伝え聞く、HH鑑定人などは100万を超える鑑定料を請求するという様な話を聞いたことがある。この本の中では、鑑定費用に直接触れた文章はないが、「我々に対する鑑定料は罰金50万円までより、ずっと高額だ。」なる記述があり、多分100万を下ることない鑑定料が請求されているのだろう。

4.シミー現象は制動中に起きるのか
 同本に事故の状態を再現する表現に「急制動を行いシミー現象が起き後輪スリップから蛇行し・・・」という記述がある。欄外にシミー現象の解説があり、何らかのきっかけでハンドルが小刻みに振動し・・・と記述されているが、ほぼ正しいが、正確にはハンドルが周方向に振動する現象をシミーと呼ぶ。ここでいう何らかのきっかけが制動にあるとは、長年に渡る自動車工学の知識において、到底信じられる記述でなく失当したものと断じる。

 ここで、シミー現象や関連するキャスター角の意味などのウンチクを記してみたい。シミー現象は、フロントサスペンションのキングピン軸を左右に回転させ様とする振動な訳だ。その多くは、ホイールバランスの内、ダイナミックバランスが狂っていると、80km/h程度以上の高速で生じることが知られている。また、キャスターシミーと呼ばれる現象が知られている。これは、強いキャスター角の持った車両において、路面の凹凸などで左右両輪の抵抗差をきっかけとして生じ、その振れ(ワンダリングとも呼ばれる)が継続的に続く現象を指す場合である。但し、キャスターシミーについては、製造メーカーでも十分テスト評価し、過剰に生じることがない様に強いキャスター角を付けた車両においては、工夫が凝らされている。そもそもキャスターは直進性を増す目的で付加される値だが、実態はキャスター軸の延長と路面との交点と車軸の垂線の路面との交点との距離をトレールというが、この値により直進安定性は確保される。従って、強いキャスター角でも、車軸の位置をキャスター角より後方に配置(フォアラウフ)にすれば、トレールは小さくすることが出来る。では、なんのための強いキャスター角か、そんなフォアラウフにしなくても弱いキャスターでいいじゃないかという疑問だが、ステアリングを切った時の外側タイヤのキャンバー変化を考えて欲しい。つまり、現実には30度ちょっとが最大切れ角の限界だが、仮に外側タイヤが90度切れたとすれば、キャンバー角はネガティブ側にキャスター角だけ傾く訳である。だから、仮にキャスターが9°あるクルマで外側タイヤを30°切ると、キャンバーは直進時よりネガティブに3°となる訳である。この時、当然車両はロール角が生じているから、対地キャンバーはゼロか若干ネガティブになり、路面グリップを最大に発揮するというものだ。

5.コンピューター云々による解析がどこまで真実に迫れるのか
 同本内で、車両を3Dモデル化するなどによって、より精度が高まったなどの記述が盛んになされている。コンピューターシミュレーションを否定するつもりは毛頭ないが、正しいデータやパラメータを高い精度でインプットすることで正しい評価が得られるのであろう。そもそもの考察が不足している中、コンピュータ解析することに、何処まで意味がある分析が得られるのかということを考えてしまう。確かに、3D画像や動画は視覚的に、そういうものなのかと納得させてしまう力があるだろうが、そもそもの前提条件が狂っていれば、そんなものは架空の世界だと思うのだが・・・。

6.世に通らない用語を使う
 同本の中で「ガウジ痕」なる用語が使われているが、欄外にある解説では丸ノミで彫った様な痕と解説されている。つまり、事故現場の路面などに関係車両の車体の一部が擦りキズを付けている状態を指している様だ。この場合、キズは細い鋭角状の場合もあれば、鈍器用の太い局部的な打痕もあり、バンパーなど樹脂部品の擦過によるものなど多様だろう。つまり、何時も丸ノミ様のキズとは限らない訳で、カウジ痕なるオーソライズされない用語を使う意図が不適切だと感じる。なお、一般にだが何らかの権威付けを狙う者は、この様なオーソライズもされない用語を使い、さも権威付けのための装飾として使う事例は、過去に幾多の駄本で見て来たことだ。

7.強い同業批判と警察捜査への批判のなさ
 同本では、同業の交通事故鑑定人のことを「エセ鑑定人」として強い批判を行っている。具体的には「元アジャスターとか行政書士などの有象無象(うぞうむぞう)が・・・」と記している。確かにアジャスターに交通事故の分析や解析能力の素養がある者が極めて少ない(私見としては10%あるかどうかだろう)が、そもそも何ら資格制度もない中、十把一絡げ(じゅっぱひとからげ)にエセ鑑定人の代表として記すのは妥当なのかと憤然とする。私事であるが、アジャスターたる交通事故鑑定人であるY氏からは、数々の考え方の教えを受けた者としては、許されざる記述と感じている。
 それと、交通事故鑑定とは警察捜査(調書)と食い違いが出る場面は往々にしてあるはずだが、何ら警察の実況見分調書の批判などがないこと自体が不思議だ。これは、組織体の構成員が元警察関係者であり、そこを利用して裁判所などから仕事を得ようという思惑が絡んでいるからではないかと想像せざるを得ない。

以上

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