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【意見】レバーレート訴訟判決・その検討に不足はないのだろうか?

2021-01-22 | 問題提起
【意見】レバーレート訴訟判決・その検討に不足はないのだろうか?
 私は過去に某損保においてアジャスターとして20数年間活動を行って来た者です。そして、現在でも事故や修理に関連する諸問題について、各種相談に乗ったり、損保および修理業界に対する関心を絶やさず見つめ続けている一人でもあります。その私が、このところのある訴訟事案の判決を持って、その判決が指し示す方向が果たして正しいものかどうか疑問を持っていることを今回紹介しつつ、本問題の根源を考察してみたいと思います。

1.今回の判決とはどういうものか
 今回の訴訟は、いわゆるレバーレート(工賃を決める基本条件ととなる1時間当たりの工賃単価)の過多が、修理工場と特定損保の間で争いになり訴訟となった案件です。本訴訟は添付資料1の通りの経過(NETよりボデーショップレポート2018年12月号)の抜粋)を辿り決着したものです。また、本訴訟は、日刊自動車新聞において添付資料2の通り、都合6回の連載記事として掲載されたりして、関係業界にはそれなりの注目を集めているものと想像されます。

 すなわち、訴訟の原告となる修理工場において、提示したレバーレート(¥8千円)が、該当損保は認めず訴訟が提起され、一審(地裁)の判決では、損保の主張した¥6,640円が認められると云う結果となりました。しかし、これを不服とした修理工場が控訴し、二審(高裁)判決において、該当修理工場の主張する8千円のレバーレートは、社会通念上に不当とは云えず認められるべきだと、修理工場側が逆転勝訴したものです。なお、該当損保は不服として最高裁に上告しましたが、棄却され結審したというのが概略の経緯なのです。

2.どういう根拠を持って争われたのか
 私はこの訴訟に直接関わった訳でもありませんし、現時点で高裁判決を直接見た訳でもないから、すべての内容は判り兼ねますが、NET情報だとか予て類似訴訟も含め多数の案件に長年関わって来て、今でも各種問題について質問や論議を行う機会のある大先輩と、今回の訴訟内容を決したと思われる要因を以下の様に把握して理解したのです。

 すなわち、本案件は原告となった修理工場は、予てより自社のレバーレートを8千円として、幾つかの損保に提示しており、それが認められて来たと主張したのでしょう。一方、被告となった損保は、修理工場の主張するレバーレートは、同地域のレバーレートの相場価の上限を大幅に超えるものとして認容できないとの主張を繰り返したということの様です。

3.レバーレートを決定する根拠は何か?
 ここで、添付した日刊自動車新聞の表題(副題)にも記されている、「レバーレートは誰が決めるのか」と云うことについて、若干触れてみます。ここでは、これを決定権という意味と捕まえ、それが修理工場にあるのか、それとも地域相場にあるのか、もしくは料金を負担する者(今回は損保だとして)の何れかと考えた時、どう考えれば良いのでしょうか?
 この答えとしては、資本主義自由経済だから、売り手に決定権はあり、それで買う買わないはの決定権は買い手にあると考えて当然なのでしょうか?
 このことは、マスプロダクションされた既成商品なら、正札を見て、もしくは製品の品質とかデザインの好みなどを含め、商品の売り買い自体が成立しないから争いになることは極めて希なことと考えられます。しかし、車両の整備だとか建て売り建築を除外して注文住宅の購入については、売り手に必ずしも決定権なるものは生じないことが一般的でしょう。つまり、購入の決定に際し、売り手は予め購入者側の要望を十分聞き取り、見積書を精査しつつ作成し、その内容の妥当性となる説明を十分尽くし、購入者の納得を得て売り買いが成立するということなのでしょう。

4.業界の指導者が示すもの
 本国の中で修理業界の指導的立場にある者を想定すると、国土交通省(従前は運輸省で以下国交省)、業界の自主団体としての日本自動車整備振興連合会(以下日整連)、日本車体組合連合会(以下日車協)などの組織体があることはご承知のところでしょう。

 この内、日整連ではどのような業界内指導をしているかといえば、レバーレートは自社独自で原価要素を適切に計算し決めなければならないことを予て指導しています。このことは、だいぶ以前となりますが、H5年7月19日付けの現国交省(当時は運輸相)が局長通達(以下H5局長通達・添付資料3)というのを発令していることも大きな要因としてあることを知識として欠かす訳にはいかないでしょう。

 このH5局長通達の内容は、毎年日整連から発刊されている「自動車整備関係法令と解説」(表紙 添付資料4)の「通達」関係の部位に過去から現在までの通達として知らしめています。そして、H5年局長通達の内容の原文は添付資料で確認してもらいたいですが、今回の問題に大きな影響を与える内容として、おおむね以下の様に記されています。(一部省略)

 曰わく、H5局長通達の表題としては、「自動車の整備料金・整備内容の適正化について」となされています。そして、序文として「運輸審議会の答申から今後の自動車ユーザーの理解と信頼を得る観点から、自動車の整備料金、整備内容について適正化を諮るべきだと提言されている。」という書き出しで始まるのが本通達なのです。すなわち、この通達を発令した意図として、先の整備料金とか整備内容に必ずしも適正でないものが内在しており是正を図ろうという趣旨であることを伺わせるのです。

 国交省の発令の宛先としては日整連、及び同関連団体である日本自動車整備商工組合連合会宛になされ、傘下会員個別工場に対し、具体的事項として改善策を要請しています。さらに、個別整備工場が実施すべき事項として幾つかの要点を列記しています。ここでは、本論の整備料金もしくはレバーレートに関わる事項に限定して、抽出して以下に列記します。

項目表題「整備料金の説明について」として、
・自動車ユーザーに概算見積を提出すること。
・概算見積を提出する際、ユーザーが理解しやすい様にするため、整備箇所を図解したしたもの等を用いて説明すること。
・整備料金の設定と請求に関わり、料金の設定は自社のレバーレートと標準点数表等を活用し、的確な整備原価の把握に基づく適正な料金を算定すること。

 なお、ここでは内容は大幅に省略しますが、H5局長通達以前となる昭和56年11月24日付けでも、局長通達(以下56局長通達・添付資料5)として、H5局長通達に近似した内容の通達で要請されていることも併せ知っておくことが肝要と思います。同56通達で、先のH5通達と同様に整備料金に関わる改善方策として、1項目だけ抽出し以下に記しておきます。

・事業場(整備工場)ごとに整備原価を把握してレバーレートを設定し、作業の種類ごとに標準作業点数表等を活用して適正な整備料金を算定すること。また、整備作業以外の料金についても原価の的確な把握により適正な料金の算定に努めること。

 と云うことで、日整連では傘下整備工場には、局長通達に沿って指導がなされて来たのでしょう。一方、今回の記述に際し近日に日整連のHPより、日整連がユーザーアンケートを集計した資料を眺めてみました。その集計の中に、ユーザーが整備工場に要望する事項として、幾つかの要望に区分されているのですが、一番多いのは「わかりやすい料金体系」という項目が最上位にあるのに気づきます。(添付資料6)このことは、単に整備料金が高いと考えているだけではないでしょうが、未だに局長通達にある「自動車ユーザーの理解と信頼を得る」という観点での指摘を十分満たしておらず、ユーザー側になんらかの不信を与えているケースが内在していると理解せざるを得ないところです。

5.今回意見のまとめ
 元某損保のアジャスターだからと云えども、現職の当時からですが、決して損保上層部の命じられるままに自らの業務を行って来つもりはありません。ちなみに、このことはなかなか他人には認めてもらいがたいことだと思いますが、そんな葛藤が定年以前に某損保を退職する要因たる根源の一つになったのかもしれません。話しを戻しますが、私は損保にも修理工場にも一方的に組みすることなく、矛盾に満ちた世ではあるものの、自らの業務はあくまでも公平に妥当な料金決定に努めてきたつもりです。この妥当とは、単に工場と損保の中間値を採用するという単純なものでなく、ものごとの核心というか真実をなるべく把握し、妥当に近づきたいという思いです。

 そんな、ものごとの核心に近づきたいという思いからは、今回記しているレバーレート訴訟が、何故に従前の局長通達が示す、レバーレートは個別の工場が原価計算に基づいて独自に決めるという視点が抜け落ちていることを考えた時、誠に残念な訴訟内容であったかと嘆かざるを得ません。

 私は現職の当時は当然こと、現在でも変わりませんが、意見の対立が生じた時、その理由を徹底的に追求して止みません。つまり端的に云えば、今回記した局長通達のことは大先輩との論議の中で知ることだったのですが、独禁法の内容からもレバーレートというものの基本は、まずは工場ごとに自社の原価計算(工場人件費、工場費、一般管理費の加算値を実働時間を稼働率から把握した直接作業時間で除した値となる工賃総原価を算出)、これに妥当な利益率を加えレバーレートを決定するのが基本だということは常に意識して来ました。しかし、実態は、ほとんどの整備工場が自社のレバーレートを算出しておらず、損保の立場として、その様な場合は工場が立地地区の同種・同等の規模の工場の平均的な値を採用しつつ業務をしていたと云うことでしょう。
 しかし、希に今回訴訟となった事例に見られる様な、同地区で同種・同等の規模からかけ離れたレバーレートの宣言を受けるという事案もありました。この場合、私は直ちに同地区の平均値だけを持って、その争いを解決してきたつもりはありません。当然において、先に述べたように。レバーレートは、自社が原価計算に基づいて算出するのが大原則だと意識していましたから、おたずねを繰り返すことになった訳です。その結果、おおむね、自社でレバーレートの算出基準に沿った、納得できる説明を出来る工場はなく、ただただ設備が新しいとか、資本主義自由経済だから売値は自由だろ見たいな、誰が聞いてもそりゃないだろという回答しかなかったと云うのが私の経験です。
 これを考えれば、今回の工場が直ちに訴訟を提起したとは考え難く、見積書の提示なりがあり、その結果採用されているレバーレートがその地区の平均を大幅に上回るということから、それだけの理由を持って、ことの是非を争って来た訴訟にしか見えない訳です。この場合、判事(裁判官)には、原告もしくは被告が、レバーレートを、同種・同地区の平均値のことしか訴えなければ、訴えた中身でしか判断しようがないのは当然のことで、判事にレバーレートの基本は自社が独自に原価計算して求めるのが当然だということを求めることは不可能なことでしょう。

 最後に、関連することとして、若干触れておきたいと思います。近年、コンプライアンス(直訳すれば法令遵守)という言葉と共にアカウンタビリティ(直訳すれば説明責任)の重要性が重要視されていることはご承知のところと思います。このアカウンタビリティとは、決して争いに限りませんが、不信を生じることがない様に十分説明する責任が請求者とか命令者には生じることだと理解しています。一方、アカウンタビリティをまっとうするためには、購入者とか被命令者には、説明を求める権利が必然として生じることを意識しなければなりません。つまり、今回のレバーレートの問題でも、訴訟以前に何故、どうして、と妥当性の説明を求める必用の不足があった様に思えます。
 もし、先に私の経験で述べたごとく、自社独自のレバーレート算出根拠を質し尽くしていさえすれば、今回の工場が、レバーレートの算出根拠を客観性を持って説明できたか疑問であることは確かでしょう。もし、その説明が出来るなら、自らの提起した訴訟の陳述の中で、レバーレートの妥当性を示すために、その詳細を提起しなかったことは不自然とすら想定せざるを得ないと感じています。









付言
 本文中で記した大先輩や、日頃触れあう主に車体修理工場から聞き知るところですが、今回訴訟の工場主(日整連および日車協の両加盟工場)が、全国各地の主に日車協加入工場の集まりなどに巡回するがごとく訪問し、今回の訴訟内容を中心にだと想像ですが触れ回っているという話しを間接的に耳にします。私はその工場主の話しを直接聞いた訳でもなく想像になりますが、もし自慢話も交え、「こうすれば損保を出し抜ける」みたいな内容を広めようとしているとしたらですが、世を大きく間違った方向に導く怖れもあるのかもしれないという思いが、今回の記述をなす大きな理由なのです。

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