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交渉事案の思い出(その5)・ベンツ3

2021-11-07 | 賠償交渉事例の記録
交渉事案の思い出(その5)・ベンツ3
 何時もの通り工場経営者と打ち合わせを開始するが、当方が一言発すれば、それに対する反論が10言以上返されるという様な強い自己主張の工場経営者なのだ。双方のボルテージは上昇し、とうとう工場経営者は「もうあんたとは話さない。契約者と修理費協定してくれ! 」との発言を最後に電話を一方的に切られたのだった。本項では、このような交渉の始まりから完了までを紹介してみたい。

1.損傷内容等補足
 対象車両はベンツ(140型)で、車両全面(ルーフにまで)落書きがされたというものである。この「全面らくがき」については、そもそも契約者等のモラル的な要素や、入庫工場のキズ増しの要素等々、いわゆるモラルリスク的要素についての調査・検討が欠かせないものとなる。

 今回の事案紹介については、これらは調査済みであり、あくまでも修理費の妥当性としての合意に至る経緯を紹介する。

2.交渉経緯(概要)

①交渉の開始
 ベンツの修理費協定を開始する。見積内容について、当方が一言発すれば、それに対する反論が10言以上返るという感じで遅々として進まない。口頭で減額を促すが、総額で3万円程度までとの思いが伝わってくる。これでは、とても協定に至れるレベルではないとし、牽制の意味も込めて暫く検討させてもらう(考えさせてもらう)として交渉中断としたのである。

②相手のジャブ
 当方不在時(盆休み中であった)に入庫工場より修理費督促の連絡が入電したらしい。電話に出て対応した者(損害センター課長)によれば、当方の対応が悪い等と相当の苦言を聞いたとのことだ。

 しかし、休み明け速やかに連絡を取った当方に対し、それほどの文句もない。対峙する相手方がこのような対応を行うことは時々見られることであるが、相手者の示す一種の陽動作戦(揺さぶり)と見て良いであろう。従って、不在中にこのような電話があり、そのことを告げられるとプレッシャーを感じてしまう者も多いと思う。しかし、特に放置した等の欠点がないのであれば、まったく焦る必要もないのである。

③当方との話し合いの拒否
 再度、電話での見積内容の折衝である。見積書一行目のバンパー「脱着工賃が割高だ」とする当方に対し、「ロリンザーだから高くなる」と工場経営者。「何でロリンザーだから工賃が高いの?、ボルトの数や構造が同じであれば、同様の工賃のはずである}と当方。「ロリンザーは車両が高い、だから工賃も高くなる}と工場経営者。「そんな考え方はおかしい」と当方。こんな会話が暫く続き、そして冒頭記した「もうあんたとは話さない。契約者と修理費協定してくれ! 」との破局の発言である。

 しかし、当方にしてみれば、「この親父を早く怒らせなければしょうがない」と思っていたのであって、してやったりの感である。というのは、一方的に電話を切り開き直ったのは相手であって、この結果として、これで当方も開き直った行動が取れるということである。

④代理店への説明
 工場から契約者(代理店主)に下手な入れ知恵をされても大変である。直ちに、扱い営業担当者へ連絡し、今回の出来事の経緯報告と、改めて見積内容の問題点を整理して報告することを知らせたのであった。そして、翌日には見積内容の問題点として整理した文書(別添)を営業担当者に送付し、これを代理店主に明示しつつ説明を依頼したのであった。その結果、数日して扱い担当者より、代理店主は本件争いには関わるつもりがないとの報告を受けたのであった。添付資料(1)


⑤反撃文書の発送
 代理店主の関わるつもりはないとの報告を聞き、いざ反撃開始である。以後の主張はすべて文書で行うこととし、別添文書を直ちに送付したのである。なお、文書の要点としては、以下のものである。
・一方的に話し合いを拒否され大変残念であること。
・社会的公益性の高い保険会社として厳正なる査定は欠かせないことであること。
・契約者が修理費協定に参加することの不合理は誰が見ても明かであること。
・今回発送の当社意見は絶対不変とまで言い切るつもりはないこと。
・今後も工場側の意見に耳を傾け、早期の協定を願っていること。
・返事は文書で欲しいこと。(添付資料(2)と(3)



⑥呼び水
 手紙を出して一週間が経過した。発送文書で要請した返事は予想した通り来ないのである。そこで、当方から呼び水として、電話を入れた。しばらくの会話の後、「ウチも食っていかなければならん、あんたと協定するよ」との発言を聞くのである。そこで、改めて伺うことを約したのである。

⑦最終着地
 そこで暫くして工場を訪問した。雑談の後、協定へ向けた核心部分に入るのであるが、ここからは双方が協定に向けた妥協点の探り合いという局面となる。

 まずは工場経営者から、「ウチは今まで5万以上の値引きをしたことはないが10万までなら」の発言。それに対し、「私の主張もすべてが正しいと言い切るつもりはない、しかし双方には主張の差がありほぼ中間値の20万円(減額)であれば協定したい」としたのである。そして、決め言葉は「私も今回の事は手紙も含めすべてを会社に報告してあり私もそれ以上は引き下がれない」と発言し、もしこれで協定出来ないのであれば、帰らしてもらうという態度を取ったのである。(実際半値以下での協定は絶対しないという決意を持って望んでいる)

 工場経営者は「判ったそれで協定しよう」との発言で最終協定に至ったのである。この最終協定訪問では、最初の雑談30分、協定折衝30分、その後の雑談30分でほぼ1時間30分を要した。

3.担当者としての雑感等

①主張は最大限に
 争い極まって改めて開き直った主張を行うべきステージでは、その主張は最大限に行うべきである。それは、その後に再会される交渉においては、双方に一定の譲歩が求められるからである。そして、最終着地点としては、どちらかの主張に相当大きな欠点でもない限り、双方主張の中間値になるのが一般的なことだからである。(民事訴訟の多くがそうなる)

 ただし、いいかげんな論理もない主張は厳に慎まなければいけない。その様ないいかげんな主張を行えば、そのことは容易に見透かされてしまう。そして、逆に揚げ足を取られるように大きな譲歩を求められる局面も想像されるからである。

②怒らない工場主への対応
 今回のように、なかなか怒らないタイプというのは対峙する相手として手強い相手といえる。その様な相手は、怒って理性を失えば、その後の話し合いというものが途切れ、より高次な交渉のステージ(調停、訴訟、弁護士対応等)に移らざるを得なくなることを知っているからである。

 交渉の進め方は種々あろうかと思うが、私の場合この様な対峙する相手は、まず「怒らせてやろう」と発想する場合が多い。そして。相手方の怒った開き直りの発言に対し、「そこまでいうのなら、こちらも開き直った新たな対応に出ます」と宣言出来るのだと考えている。

③自らを崖っぷちに立たせる
 最終協定の局面で当方が示した「すべてを会社に伝えてあり中間値以上の敗北は許されないことである」というのは強い交渉を行う条件の一つである。今回の件でも、文書等で自分の考え方を社内にも示してあり、中間値以上の譲歩は許されないという局面に自らを追い込んで望んだのである。

 このような気迫は、相手にも伝わると思うのである。この様に、あえて自らを崖っぷちに立たせることも、強い交渉には必要なことだと思うのである。

④意見はあくまでも会社として
 表明すべき意見は個人として提示するのではなく、あくまでもこれは会社の意見であると言い切ってしまうべきだと考える。受け取る相手にしてみれば、個人の意見ではなく複数以上の者を含んだ組織としての意見として捕らえるから、効き目が違うのである。

 なお、あまりにも独断専行し過ぎた個人意見を会社の意見として言い切ることは、まったく持って論外のこととなるのはいうまでもない。自信のない問題は、管理者や職員、同僚等と打合せ、十分確かめてから発言し、仮にも間違った主張を行わないように注意すべきは当然のことである。

⑤組織として戦うこと
 まれに職員が頼りないから戦いに負けたんだ等という意見を聞くことがある。しかし、この様な意見を持った方に、今一度考えてもらいたい。その時、自分の意見を職員に伝えるに際し、十分な説得力を持って問題点を整理しつつ説明が出来たのであろうかということである。

 私は過去の幾多の経験から、決して修理に精通していない職員であっても、論理的で説得力を持った内容を整理して伝えれば、(一定の良識を有した職員であればであるが、)共に戦って戴けるものであると信じている。何れにしても、自分の強い主張を通したいのであれば、廻りの者(職員、管理者等)を巻き込んで、協力者に仕立て上げて行くことが重要だと思うのである。


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