共同通信 日産新月プロッジェクトのお笑い
マスメディアが流す記事を同解釈するか、それは情報と諜報、もしくは情報を読み解くリテラシィと云えるだろう。
以下の共同通信が流す47NEWSのちょっと長文記事だが、ゴーン逮捕後に日産の代表だった西川廣人(さいかわひろと)が仕組んだ「新月プロジェクト」なりがあったと記者は信じて記したという内容だが、自動車業界を見る目がある識者はどう見るであろうか?
そもそも、私見るところこの西川という人物に信用ならないと云う思うが根強くある。その前提で、この西川が、ルノーを振り切るには、仏国を相手にする訳だが、そんな日産回帰へ欠ける矜持のある男だろうかと思うと、この共同通信の子供の書いた物語は、信憑性に疑いを持つ他なくなる。
だいたい、西川の朝自宅前で記者会見した時の映像で忘れがたい姿が、自分の左右に見るからに凶暴そうなボデーガードを2名貼り付けるという程、此奴は臆病な者だということを実証している。
しかも、ゴーンを検察に売り飛ばし、自らの罪は免責される司法取引したり、それ以前の三菱株を日産が買い取る件も、そもそも共同開発した時点で判っていた燃費偽装の問題を、ここぞと云うタイミングで国交省にたれ込み、三菱株が下がりきったタイミングで買収したのを指揮したもの此奴だろう。こういう裏ある行動を繰り返し、しかも臆病この上もない性格を持つ男に、日産回帰の矜持なんぞありっこないというのが私の思いだ。
なお、このニュースを知ることになったのは、フォローしている郷原氏の以下ツイードによるものだが、私の思いとまったく共通する意見を端的に述べている。
ツイッターツイート
郷原信郎【長いものには巻かれない・権力と戦う弁護士】
@nobuogohara
ゴーン氏を追行した西川氏が、自らも報酬をめぐる不祥事で退陣に追い込まれたので、名誉回復のために、共同通信に、「世界最大の自動車連合」の構想などと針小棒大言っているだけではないか。そんな構想を実現できるような力が、あの「西川氏」にあったとは到底思えない。
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「世界最大の自動車連合」日産が描いた幻の構想はいかにして生まれ、消滅したか 三菱グループ入りの先に見据えたホンダとの提携
47NEWS(共同通信) 12/31(土) 11:02配信
日産自動車がフランス大手ルノーによる実質支配から脱し、三菱グループに合流する方向で2019年9月に関係各社の首脳がいったん合意していたことが今年11月、共同通信の取材で判明した。日産はその先にホンダへの提携を打診する青写真まで描いていた。だが発表予定日のわずか1週間前、当時の日産トップでプロジェクトを主導していた西川広人社長が失脚し、計画は霧消した。日産、ホンダ、三菱自動車の国内3社でトヨタ自動車やドイツ大手フォルクスワーゲン(VW)などに対峙する「幻の大連合」構想はいかにして生まれ、ついえ、そして現在にどう受け継がれたのか―。取材の舞台裏と合わせて振り返る。(共同通信取材班)
▽日産の再生託した「新月プロジェクト」
日産とルノーの関係は1999年までさかのぼる。経営危機に陥った日産に対し、ルノーが救済の手を差し伸べた。立て直しのためにルノーからカルロス・ゴーン氏が派遣され、2001年に日産の最高経営責任者(CEO)に就任した。ゴーン氏の辣腕の下、日産の業績はV字回復し、事業規模で上回る日産をルノーが支配するいびつな関係が生まれた。現在、ルノーは出資比率で日産の43%を握る筆頭株主だ。
この関係の解消に向けたプロジェクトの存在を共同通信の記者が把握したのは今年8月。携わった日産の元経営幹部の証言がきっかけだった。「3年前に日産が三菱グループに入ることで合意し、ホンダに(提携の)秋波を送る準備を整えていた。ホンダと手を組めば、トヨタに対抗する大きなまとまりができる。あと一歩だっただけに悔やまれる」。
計画は日産社内で「新月プロジェクト」と呼ばれていた。ルノーが持つ日産株の一部を三菱商事に売却し、日産が三菱グループに加わる壮大な構想だ。ルノーによる日産への影響力を抑え再出発を図ることを目的とし、闇から新たに光を放ち始める新月と日産を重ねて名付けられた。
この話を聞いた記者は、当時の記録を見返した。2019年の世界販売台数は日産とホンダがそれぞれ約518万台、三菱自動車が約123万台だ。単純に足し合わせると1150万台を超え、当時の世界トップだったVWグループの約1097万台、2位のトヨタグループの約1074万台を抜いて、首位に躍り出る。世界の自動車業界を揺るがす未曽有の巨大再編構想だったのではないかと身震いした。これを報じるにはさらなる裏付け取材が欠かせない。数人のチームを組み、幹部を一人ずつたどる地道な取材が始まった。
▽核心人物の証言「ルノーを説得し、いけるという感触があった」
だが取材は一筋縄ではいかなかった。過去の話とはいえ、日本を代表する巨大企業が絡む再編に関係者の口は一様に重かった。計画がごく少数の幹部の間で極秘に進められたため、詳細を把握していない取締役もいた。日産のある幹部は「新月プロジェクトなどという計画は一度も聞いたことがない。日産がホンダとの連携を本気で考えていたなんて、ホンダ側が聞いたら笑っちゃうぐらい飛躍しすぎた構想ではないか」と真っ向から否定した。
事実関係の確認に手間取る中、プロジェクトの核心を知る立場にあった日産の元首脳が10月中旬、取材に応じた。現役時代はメディアの前でめったに本音を見せない印象が強かっただけに、取材の依頼を快諾してくれたのには正直驚いた。
「日産とルノーのいびつな資本関係は将来に禍根を残す。正常化に向けた道筋を早く付けたいと思っていた。整理すべきだとルノー側をずっと説得し、これはいけるなという感触があった」。当時の思いについて淡々と、それでいて力強く語るやりとりの中で、取材チームは新月プロジェクトが間違いなく存在したのだと確証を得た。
日産とルノーに三菱自動車も加わった3社連合をルノー主導ではなく緩やかな連合体に移行させる。そのために三菱自動車と関係が深く日産株を買い取る資金力がある三菱商事に協力を仰ぐ。元首脳は一連の計画は「自然な発想だった」と話した。
▽混乱の中、求心力の回復を狙った経営陣
複数の証言をまとめると、プロジェクトが日産の社内で持ち上がったのは2019年5月ごろ。社長の西川氏がルノー支配から脱するために側近に示した切り札だった。日産の取締役会など正式な議論を通さず、限られた幹部がわずか数カ月間で練り上げた。
最終的に固まったスキームは次のような内容だ。まず三菱商事がルノー保有分の半数に当たる最大約22%の日産株を数千億円程度で買い取り、日産の独立性を確立する。その後、日産と三菱自動車は上場やブランドを保ったまま新会社を立ち上げ、その先にホンダとの提携を見据える。
日産の経営は当時、混乱のまっただ中にあった。会長だったゴーン氏が2018年11月に金融商品取引法違反の疑いで東京地検に逮捕された。ゴーン体制下での拡大路線がたたり、業績が悪化。ルノーは日産に対し、水面下で経営統合を打診するなど支配力を強めようとしていた。一方で、西川氏が社内規定に反して役員報酬を受け取った問題が発覚し、社内での求心力が低下していた。
日産にとって、ルノーのくびきから脱することは最重要課題の一つ。当時の経営陣には、新月プロジェクトでルノー問題に成果を出し求心力を回復しようとする狙いがあったのではないかと、取材チームは感じた。
ルノー側には日産への発言力が低下するリスクがあったが、日産株の売却で巨額の資金を調達でき、企業連合の一層の規模拡大も期待できると判断して賛同に傾いたとみられる。ルノーのジャンドミニク・スナール会長もおおむね了承し、2019年9月上旬には日産、ルノー、三菱自動車、三菱商事の4社間で大枠合意に至った。ホンダ首脳にも水面下で接触し感触を探っていた。
▽祝賀会のさなかの電話に会場は凍り付いた
9月9日夕方、東京都千代田区のホテルに日産や三菱商事の垣内威彦社長ら三菱グループの幹部が集まり、秘密裏に会合を持った。プロジェクトの合意を記念した祝勝会だった。会合は佳境を迎え、デザートが運ばれるころムードが一変した。
記者会見で辞任を表明する日産自動車の西川広人社長=2019年9月9日夜、横浜市の日産本社
参加者の一人、三菱自動車の益子修会長に届いた電話に場が凍り付いた。「西川社長が辞任する」。日産が同じ日の夕方、役員報酬の問題で西川氏の処遇を議論することは知られていた。西川氏は当日朝、報道陣の取材に早期に辞任する考えはないと話していたが、一部の取締役から引責を迫られた。普段から連絡を取り合っていたプロジェクトのメンバーでも、辞任表明は予想外だった。
新会社設立の公表を1週間後に控えた突然の出来事だった。トップの失脚で日産社内は混乱。ホンダへの正式打診前に首脳主導の極秘合意は白紙となった。
▽再び動き出したルノーとの交渉、楽観論は消え協議は難航
この20年間ルノーによる日産への出資引き下げは幾度となく浮上しては消えたが、新月プロジェクトはその実現に最も近づいた瞬間だったと言える。
日産は今、再びルノーとの資本関係を整理する交渉のさなかにあり、ルノーによる出資比率を43%から15%に引き下げるよう求めている。それと同時に、ルノーが設立を目指す電気自動車(EV)新会社に対する日産の出資も協議されている。
協議入りが報じられて以降、日産幹部からは「議論は前向きに進んでおり、後は正式発表を待つだけだ」という楽観的な声が聞かれた。ところが当初想定していた11月15日の発表は見送りとなった。新たな交渉期限は明かされていない。
ルノーが株式の過半を握るEV新会社には、米半導体大手クアルコムが出資するほか、グーグルと手を組む計画がある。こうした企業を通じ、「リーフ」などで培った日産のEV技術が第三者に流出する懸念が拭い去れず、協議の足かせになっているとみられる。
ルノーにとって日産株は虎の子だ。出資比率の引き下げを認めさせるためには、それなりの譲歩を甘受する必要がある。日産幹部は「資本関係の見直しは、知的財産面でのリスクをどれだけ受け入れるかにかかっている」と明かす。
▽記者に届いたメッセージ「今思っても、実に惜しいプログラムだった」
ルノーの影響力が低下すれば、日産は他社との連携で新たな戦略を広げられる可能性がある。日産や三菱グループは3年前、ルノーとの資本関係を見直した先に、ホンダに提携を持ちかける構想を描いた。職人集団で独立志向が強いホンダとの提携に反対意見もあったが、西川氏は側近に「うまく付き合えると思う」と自信を示していたという。
EV事業の提携で基本合意したソニーグループの吉田憲一郎会長兼社長(左)とホンダの三部敏宏社長=2022年3月、東京都港区
だが、現在は両社を取り巻く環境が激変し、同様の計画が再検討されることは考えづらい。3年前の時点では、ホンダは電動化への対応加速に向けた戦略を模索している段階だった。今は米自動車大手ゼネラル・モーターズ(GM)と提携し、電動車向けモーターや車台の共通化に向けて協力している。業界の垣根を越え、ソニーグループとEVの新会社も設立するなど着々と手を打っている。
三菱自動車の会長だった益子氏は2020年8月、心不全で亡くなった。会長退任からわずか20日後だった。益子氏は三菱商事出身で日産、ルノー首脳からの人望も厚く、各社を結びつけてプロジェクトを推し進める隠れたキーマンだった。西川氏も絶大な信頼を寄せていた。
プロジェクトを巡る一連の記事を配信し終えた11月上旬、計画を最初に証言した日産幹部は記者にこうメッセージを寄せた。「結果論だが、原材料価格の高騰で業績が好調な今の三菱商事からすれば、ルノーから日産株を買い取る費用として想定していた数千億円は決して大きな負担ではない。日産だけでなく、三菱グループをも強化する有効な策だったと確信している。今思っても、実に惜しいプログラムだった」。(肩書は当時)
マスメディアが流す記事を同解釈するか、それは情報と諜報、もしくは情報を読み解くリテラシィと云えるだろう。
以下の共同通信が流す47NEWSのちょっと長文記事だが、ゴーン逮捕後に日産の代表だった西川廣人(さいかわひろと)が仕組んだ「新月プロジェクト」なりがあったと記者は信じて記したという内容だが、自動車業界を見る目がある識者はどう見るであろうか?
そもそも、私見るところこの西川という人物に信用ならないと云う思うが根強くある。その前提で、この西川が、ルノーを振り切るには、仏国を相手にする訳だが、そんな日産回帰へ欠ける矜持のある男だろうかと思うと、この共同通信の子供の書いた物語は、信憑性に疑いを持つ他なくなる。
だいたい、西川の朝自宅前で記者会見した時の映像で忘れがたい姿が、自分の左右に見るからに凶暴そうなボデーガードを2名貼り付けるという程、此奴は臆病な者だということを実証している。
しかも、ゴーンを検察に売り飛ばし、自らの罪は免責される司法取引したり、それ以前の三菱株を日産が買い取る件も、そもそも共同開発した時点で判っていた燃費偽装の問題を、ここぞと云うタイミングで国交省にたれ込み、三菱株が下がりきったタイミングで買収したのを指揮したもの此奴だろう。こういう裏ある行動を繰り返し、しかも臆病この上もない性格を持つ男に、日産回帰の矜持なんぞありっこないというのが私の思いだ。
なお、このニュースを知ることになったのは、フォローしている郷原氏の以下ツイードによるものだが、私の思いとまったく共通する意見を端的に述べている。
ツイッターツイート
郷原信郎【長いものには巻かれない・権力と戦う弁護士】
@nobuogohara
ゴーン氏を追行した西川氏が、自らも報酬をめぐる不祥事で退陣に追い込まれたので、名誉回復のために、共同通信に、「世界最大の自動車連合」の構想などと針小棒大言っているだけではないか。そんな構想を実現できるような力が、あの「西川氏」にあったとは到底思えない。
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「世界最大の自動車連合」日産が描いた幻の構想はいかにして生まれ、消滅したか 三菱グループ入りの先に見据えたホンダとの提携
47NEWS(共同通信) 12/31(土) 11:02配信
日産自動車がフランス大手ルノーによる実質支配から脱し、三菱グループに合流する方向で2019年9月に関係各社の首脳がいったん合意していたことが今年11月、共同通信の取材で判明した。日産はその先にホンダへの提携を打診する青写真まで描いていた。だが発表予定日のわずか1週間前、当時の日産トップでプロジェクトを主導していた西川広人社長が失脚し、計画は霧消した。日産、ホンダ、三菱自動車の国内3社でトヨタ自動車やドイツ大手フォルクスワーゲン(VW)などに対峙する「幻の大連合」構想はいかにして生まれ、ついえ、そして現在にどう受け継がれたのか―。取材の舞台裏と合わせて振り返る。(共同通信取材班)
▽日産の再生託した「新月プロジェクト」
日産とルノーの関係は1999年までさかのぼる。経営危機に陥った日産に対し、ルノーが救済の手を差し伸べた。立て直しのためにルノーからカルロス・ゴーン氏が派遣され、2001年に日産の最高経営責任者(CEO)に就任した。ゴーン氏の辣腕の下、日産の業績はV字回復し、事業規模で上回る日産をルノーが支配するいびつな関係が生まれた。現在、ルノーは出資比率で日産の43%を握る筆頭株主だ。
この関係の解消に向けたプロジェクトの存在を共同通信の記者が把握したのは今年8月。携わった日産の元経営幹部の証言がきっかけだった。「3年前に日産が三菱グループに入ることで合意し、ホンダに(提携の)秋波を送る準備を整えていた。ホンダと手を組めば、トヨタに対抗する大きなまとまりができる。あと一歩だっただけに悔やまれる」。
計画は日産社内で「新月プロジェクト」と呼ばれていた。ルノーが持つ日産株の一部を三菱商事に売却し、日産が三菱グループに加わる壮大な構想だ。ルノーによる日産への影響力を抑え再出発を図ることを目的とし、闇から新たに光を放ち始める新月と日産を重ねて名付けられた。
この話を聞いた記者は、当時の記録を見返した。2019年の世界販売台数は日産とホンダがそれぞれ約518万台、三菱自動車が約123万台だ。単純に足し合わせると1150万台を超え、当時の世界トップだったVWグループの約1097万台、2位のトヨタグループの約1074万台を抜いて、首位に躍り出る。世界の自動車業界を揺るがす未曽有の巨大再編構想だったのではないかと身震いした。これを報じるにはさらなる裏付け取材が欠かせない。数人のチームを組み、幹部を一人ずつたどる地道な取材が始まった。
▽核心人物の証言「ルノーを説得し、いけるという感触があった」
だが取材は一筋縄ではいかなかった。過去の話とはいえ、日本を代表する巨大企業が絡む再編に関係者の口は一様に重かった。計画がごく少数の幹部の間で極秘に進められたため、詳細を把握していない取締役もいた。日産のある幹部は「新月プロジェクトなどという計画は一度も聞いたことがない。日産がホンダとの連携を本気で考えていたなんて、ホンダ側が聞いたら笑っちゃうぐらい飛躍しすぎた構想ではないか」と真っ向から否定した。
事実関係の確認に手間取る中、プロジェクトの核心を知る立場にあった日産の元首脳が10月中旬、取材に応じた。現役時代はメディアの前でめったに本音を見せない印象が強かっただけに、取材の依頼を快諾してくれたのには正直驚いた。
「日産とルノーのいびつな資本関係は将来に禍根を残す。正常化に向けた道筋を早く付けたいと思っていた。整理すべきだとルノー側をずっと説得し、これはいけるなという感触があった」。当時の思いについて淡々と、それでいて力強く語るやりとりの中で、取材チームは新月プロジェクトが間違いなく存在したのだと確証を得た。
日産とルノーに三菱自動車も加わった3社連合をルノー主導ではなく緩やかな連合体に移行させる。そのために三菱自動車と関係が深く日産株を買い取る資金力がある三菱商事に協力を仰ぐ。元首脳は一連の計画は「自然な発想だった」と話した。
▽混乱の中、求心力の回復を狙った経営陣
複数の証言をまとめると、プロジェクトが日産の社内で持ち上がったのは2019年5月ごろ。社長の西川氏がルノー支配から脱するために側近に示した切り札だった。日産の取締役会など正式な議論を通さず、限られた幹部がわずか数カ月間で練り上げた。
最終的に固まったスキームは次のような内容だ。まず三菱商事がルノー保有分の半数に当たる最大約22%の日産株を数千億円程度で買い取り、日産の独立性を確立する。その後、日産と三菱自動車は上場やブランドを保ったまま新会社を立ち上げ、その先にホンダとの提携を見据える。
日産の経営は当時、混乱のまっただ中にあった。会長だったゴーン氏が2018年11月に金融商品取引法違反の疑いで東京地検に逮捕された。ゴーン体制下での拡大路線がたたり、業績が悪化。ルノーは日産に対し、水面下で経営統合を打診するなど支配力を強めようとしていた。一方で、西川氏が社内規定に反して役員報酬を受け取った問題が発覚し、社内での求心力が低下していた。
日産にとって、ルノーのくびきから脱することは最重要課題の一つ。当時の経営陣には、新月プロジェクトでルノー問題に成果を出し求心力を回復しようとする狙いがあったのではないかと、取材チームは感じた。
ルノー側には日産への発言力が低下するリスクがあったが、日産株の売却で巨額の資金を調達でき、企業連合の一層の規模拡大も期待できると判断して賛同に傾いたとみられる。ルノーのジャンドミニク・スナール会長もおおむね了承し、2019年9月上旬には日産、ルノー、三菱自動車、三菱商事の4社間で大枠合意に至った。ホンダ首脳にも水面下で接触し感触を探っていた。
▽祝賀会のさなかの電話に会場は凍り付いた
9月9日夕方、東京都千代田区のホテルに日産や三菱商事の垣内威彦社長ら三菱グループの幹部が集まり、秘密裏に会合を持った。プロジェクトの合意を記念した祝勝会だった。会合は佳境を迎え、デザートが運ばれるころムードが一変した。
記者会見で辞任を表明する日産自動車の西川広人社長=2019年9月9日夜、横浜市の日産本社
参加者の一人、三菱自動車の益子修会長に届いた電話に場が凍り付いた。「西川社長が辞任する」。日産が同じ日の夕方、役員報酬の問題で西川氏の処遇を議論することは知られていた。西川氏は当日朝、報道陣の取材に早期に辞任する考えはないと話していたが、一部の取締役から引責を迫られた。普段から連絡を取り合っていたプロジェクトのメンバーでも、辞任表明は予想外だった。
新会社設立の公表を1週間後に控えた突然の出来事だった。トップの失脚で日産社内は混乱。ホンダへの正式打診前に首脳主導の極秘合意は白紙となった。
▽再び動き出したルノーとの交渉、楽観論は消え協議は難航
この20年間ルノーによる日産への出資引き下げは幾度となく浮上しては消えたが、新月プロジェクトはその実現に最も近づいた瞬間だったと言える。
日産は今、再びルノーとの資本関係を整理する交渉のさなかにあり、ルノーによる出資比率を43%から15%に引き下げるよう求めている。それと同時に、ルノーが設立を目指す電気自動車(EV)新会社に対する日産の出資も協議されている。
協議入りが報じられて以降、日産幹部からは「議論は前向きに進んでおり、後は正式発表を待つだけだ」という楽観的な声が聞かれた。ところが当初想定していた11月15日の発表は見送りとなった。新たな交渉期限は明かされていない。
ルノーが株式の過半を握るEV新会社には、米半導体大手クアルコムが出資するほか、グーグルと手を組む計画がある。こうした企業を通じ、「リーフ」などで培った日産のEV技術が第三者に流出する懸念が拭い去れず、協議の足かせになっているとみられる。
ルノーにとって日産株は虎の子だ。出資比率の引き下げを認めさせるためには、それなりの譲歩を甘受する必要がある。日産幹部は「資本関係の見直しは、知的財産面でのリスクをどれだけ受け入れるかにかかっている」と明かす。
▽記者に届いたメッセージ「今思っても、実に惜しいプログラムだった」
ルノーの影響力が低下すれば、日産は他社との連携で新たな戦略を広げられる可能性がある。日産や三菱グループは3年前、ルノーとの資本関係を見直した先に、ホンダに提携を持ちかける構想を描いた。職人集団で独立志向が強いホンダとの提携に反対意見もあったが、西川氏は側近に「うまく付き合えると思う」と自信を示していたという。
EV事業の提携で基本合意したソニーグループの吉田憲一郎会長兼社長(左)とホンダの三部敏宏社長=2022年3月、東京都港区
だが、現在は両社を取り巻く環境が激変し、同様の計画が再検討されることは考えづらい。3年前の時点では、ホンダは電動化への対応加速に向けた戦略を模索している段階だった。今は米自動車大手ゼネラル・モーターズ(GM)と提携し、電動車向けモーターや車台の共通化に向けて協力している。業界の垣根を越え、ソニーグループとEVの新会社も設立するなど着々と手を打っている。
三菱自動車の会長だった益子氏は2020年8月、心不全で亡くなった。会長退任からわずか20日後だった。益子氏は三菱商事出身で日産、ルノー首脳からの人望も厚く、各社を結びつけてプロジェクトを推し進める隠れたキーマンだった。西川氏も絶大な信頼を寄せていた。
プロジェクトを巡る一連の記事を配信し終えた11月上旬、計画を最初に証言した日産幹部は記者にこうメッセージを寄せた。「結果論だが、原材料価格の高騰で業績が好調な今の三菱商事からすれば、ルノーから日産株を買い取る費用として想定していた数千億円は決して大きな負担ではない。日産だけでなく、三菱グループをも強化する有効な策だったと確信している。今思っても、実に惜しいプログラムだった」。(肩書は当時)