テンションロッドとコンプレッションロッド
事故車の見積技法に関わり、主に前輪ホイール(タイヤでも同意)が後退しているかどうかというのは、欠かせない観察ポイントの一つだろう。ただし、この時、その該当車のサスペンションがテンションロッド式かコンプレッションロッド式かを意識して判断することを忘れている場合や、まったく眼中にないという見積者(担当整備工場者や損保調査員)に未だいることに呆れることがある。今更ながら一言触れておきたい。
ここで、ホイールなりタイヤなりの車輪の位置決めをしているロッドを大別すると、テンションロッド式かコンプレッションロッド式かに大別できる。つまり、添付図に示す様に、車輪の前後位置決めをテンションロッドで規制しているのか、コンプレッションロッドで規制しているのかに別れると云うことだ。なお、テンションもコンプレッションもロッドがない、俗にL型ロワアームを使用した車種も多いが、ここではコンプレッションロッド式と同様だと解釈する。
テンションでもコンプレッションでもサスペンションにおいて、前後位置の規制は、適当なラバーブッシュを使用して、路面の凹凸に応じて、ある程度の範囲で前後に追従する機能が持たされている。この追従機能により、段差とか凹凸を通過した際のショック(これを正式にはハーシュネスと呼ぶ)を軽減しつつ衝撃や打音を軽減する機能を持たせている。この様な、前後への動きをある程度追従可能にしたブッシュを「コンプライアンスブッシュ」と呼ぶ場合もある。現代では、「コンプライアンス」と云うと法令遵守と訳される場合が多いが、そもそも語源の意味は追従、応諾、承諾、などの意味合いを持つが、自動車工学的な意味では、追従するとの意味合いで使用されて来たのだ。
さて、ここで文頭の損傷車の損害見積において、車輪の後退が認知された場合だが、2つの要素で思考しなければならないだろう。1つは、車輪自体に外部からの直入力があるかどうかと云うことだ。車輪に前方から後方への大きな直入力があれば、既に述べたテンション式だろうがコンプレッション式であろうが、サスペンション構成部品に変形を生じ、後退するのは一般論として理解できるところだ。
2つめの要素として、車輪に直入力を受けた形跡はないにも関わらず、車輪の後退が認知できる場合だろう。この場合に、サスペンションの車輪の前後位置規制がテンション式かプル式かということで、サスペンションの損傷把握が大きく異なることに留意が必要となるだろう。
つまり、テンション式において、サスペンション前方に設置されることになるテンションロッドの支持部(アンカーBKT)は、モノコック(ユニボデー)の骨格となるサイドフレーム前方に装着されることになる。もしくは、サスペンションに大型サブフレームが採用される車種においても、そのサブフレームの前部固定部位(アンカーポイント)はやはり、モノコックのサイドフレーム前部に位置する。
ところで、前方衝突車のサイドフレームの縦潰れ剛性は、衝突による入力の大小によるが、何れにしても前部から後部に向かって座屈などの変型が進行する様に留意されて設計なされていると考えてよいであろう。つまり、衝突の結果として、車体の減速度(⊿V=速度変化)を生じるが、できるだけピークGが高まることない様に順次サイドフレームを奥に向けて潰していくと云う設計思想から、その断面形状、断面積とか内部補強板の構成が設計上の留意なされていると云うことだ。しかも、サイドフレーム前方には、予めその断面周囲に凹凸状の形状(アコーディオン形状)を施し、比較的経度の入力でも、恣意的に座屈を生じ易くしている場合もある。比較的新しい車両ではサイドフレームの先端にバンパーリインホースメントに連続する延長縦断面を有している設計の車両が比較的多いが、この場合には、ほぼその縦断面は、サイドフレームより一段小さいとか、入力時の座屈を考慮した凹凸断面の形状加工がなされている車両は多い。
ここで、車輪への直入力がなく、サスペンションの車輪位置決めがテンション式の場合、サイドフレーム前方が座屈などで縮むと、その分車輪の後退が生じることを意識する要ことがあると云うのが、本論の核となるべき事項なのだ。
関連して、こういうテンション式で大幅に車輪が後退し、場合によっては車輪が後部ボデー構成部品(ダッシュだとかフロントピラー)に当たっている場合、サスペンションストラットが曲がる余地があるかという意見があり、損保所属員時代から見解の相違が生じる場合があったことについて触れておきたい。
これについて、フロントサスのストラットをアッパーマウントだけを仮固定し、ストラット下部を前後左右に動かして見れば明らかだが、かなり広範囲に動く余地がある。これは、ストラットアッパーマウントインシュレーターは比較的大容量のラバーブッシュを介して装着されており、これはサスペンションスプリングで除去できない様な高周波微振動をインシュレーション(遮断)する目的と、前後への車輪の移動を十分吸収できるための設計から来ているのだろう。
と云うことで、事故車の損害見積について、車輪の前後移動を観察するのは至極妥当なことではあるが、それが示す要因として他の構成部品の波及を構造的に想定しなければならないということだ。
最後に、私は見積屋の意識はまるでないが、過去から現在までに恐らく万台を越える事故損傷車の見積診断に関わり、その修理の実際までも知見してきた者として付言しておきたい。これは以前にも記したことであるが、見積とは目に見える現象を評価するものだと思っている者が未だ多い(意外に多い)が、それは見積の本質ではないと感じている。外部の目に見える損傷から、内部の直接目に見えない部位の損傷を何処まで見落とすことなく、かといって拡大することもなく的確に想定できるか、これが見積という行為の真髄なのではないだろうか。
#テンションロッドとコンプレッションロッド
事故車の見積技法に関わり、主に前輪ホイール(タイヤでも同意)が後退しているかどうかというのは、欠かせない観察ポイントの一つだろう。ただし、この時、その該当車のサスペンションがテンションロッド式かコンプレッションロッド式かを意識して判断することを忘れている場合や、まったく眼中にないという見積者(担当整備工場者や損保調査員)に未だいることに呆れることがある。今更ながら一言触れておきたい。
ここで、ホイールなりタイヤなりの車輪の位置決めをしているロッドを大別すると、テンションロッド式かコンプレッションロッド式かに大別できる。つまり、添付図に示す様に、車輪の前後位置決めをテンションロッドで規制しているのか、コンプレッションロッドで規制しているのかに別れると云うことだ。なお、テンションもコンプレッションもロッドがない、俗にL型ロワアームを使用した車種も多いが、ここではコンプレッションロッド式と同様だと解釈する。
テンションでもコンプレッションでもサスペンションにおいて、前後位置の規制は、適当なラバーブッシュを使用して、路面の凹凸に応じて、ある程度の範囲で前後に追従する機能が持たされている。この追従機能により、段差とか凹凸を通過した際のショック(これを正式にはハーシュネスと呼ぶ)を軽減しつつ衝撃や打音を軽減する機能を持たせている。この様な、前後への動きをある程度追従可能にしたブッシュを「コンプライアンスブッシュ」と呼ぶ場合もある。現代では、「コンプライアンス」と云うと法令遵守と訳される場合が多いが、そもそも語源の意味は追従、応諾、承諾、などの意味合いを持つが、自動車工学的な意味では、追従するとの意味合いで使用されて来たのだ。
さて、ここで文頭の損傷車の損害見積において、車輪の後退が認知された場合だが、2つの要素で思考しなければならないだろう。1つは、車輪自体に外部からの直入力があるかどうかと云うことだ。車輪に前方から後方への大きな直入力があれば、既に述べたテンション式だろうがコンプレッション式であろうが、サスペンション構成部品に変形を生じ、後退するのは一般論として理解できるところだ。
2つめの要素として、車輪に直入力を受けた形跡はないにも関わらず、車輪の後退が認知できる場合だろう。この場合に、サスペンションの車輪の前後位置規制がテンション式かプル式かということで、サスペンションの損傷把握が大きく異なることに留意が必要となるだろう。
つまり、テンション式において、サスペンション前方に設置されることになるテンションロッドの支持部(アンカーBKT)は、モノコック(ユニボデー)の骨格となるサイドフレーム前方に装着されることになる。もしくは、サスペンションに大型サブフレームが採用される車種においても、そのサブフレームの前部固定部位(アンカーポイント)はやはり、モノコックのサイドフレーム前部に位置する。
ところで、前方衝突車のサイドフレームの縦潰れ剛性は、衝突による入力の大小によるが、何れにしても前部から後部に向かって座屈などの変型が進行する様に留意されて設計なされていると考えてよいであろう。つまり、衝突の結果として、車体の減速度(⊿V=速度変化)を生じるが、できるだけピークGが高まることない様に順次サイドフレームを奥に向けて潰していくと云う設計思想から、その断面形状、断面積とか内部補強板の構成が設計上の留意なされていると云うことだ。しかも、サイドフレーム前方には、予めその断面周囲に凹凸状の形状(アコーディオン形状)を施し、比較的経度の入力でも、恣意的に座屈を生じ易くしている場合もある。比較的新しい車両ではサイドフレームの先端にバンパーリインホースメントに連続する延長縦断面を有している設計の車両が比較的多いが、この場合には、ほぼその縦断面は、サイドフレームより一段小さいとか、入力時の座屈を考慮した凹凸断面の形状加工がなされている車両は多い。
ここで、車輪への直入力がなく、サスペンションの車輪位置決めがテンション式の場合、サイドフレーム前方が座屈などで縮むと、その分車輪の後退が生じることを意識する要ことがあると云うのが、本論の核となるべき事項なのだ。
関連して、こういうテンション式で大幅に車輪が後退し、場合によっては車輪が後部ボデー構成部品(ダッシュだとかフロントピラー)に当たっている場合、サスペンションストラットが曲がる余地があるかという意見があり、損保所属員時代から見解の相違が生じる場合があったことについて触れておきたい。
これについて、フロントサスのストラットをアッパーマウントだけを仮固定し、ストラット下部を前後左右に動かして見れば明らかだが、かなり広範囲に動く余地がある。これは、ストラットアッパーマウントインシュレーターは比較的大容量のラバーブッシュを介して装着されており、これはサスペンションスプリングで除去できない様な高周波微振動をインシュレーション(遮断)する目的と、前後への車輪の移動を十分吸収できるための設計から来ているのだろう。
と云うことで、事故車の損害見積について、車輪の前後移動を観察するのは至極妥当なことではあるが、それが示す要因として他の構成部品の波及を構造的に想定しなければならないということだ。
最後に、私は見積屋の意識はまるでないが、過去から現在までに恐らく万台を越える事故損傷車の見積診断に関わり、その修理の実際までも知見してきた者として付言しておきたい。これは以前にも記したことであるが、見積とは目に見える現象を評価するものだと思っている者が未だ多い(意外に多い)が、それは見積の本質ではないと感じている。外部の目に見える損傷から、内部の直接目に見えない部位の損傷を何処まで見落とすことなく、かといって拡大することもなく的確に想定できるか、これが見積という行為の真髄なのではないだろうか。
#テンションロッドとコンプレッションロッド