云わずと知れた東京裁判ですが、第二次世界大戦(太平洋戦争)で、戦勝国の米国・他は、敗戦国の日本に対し「東京裁判(極東国際軍事裁判)」において、数々の戦犯を一方的に断罪し、A級戦犯として7名(東条英機氏・他)を絞首刑としました。この裁判において、11名の判事の中で唯一、被告全員の無罪を主張したのが、インドのパール判事なのです。
パール判事は「この裁判はその方向性が予め決定付けられており、判決ありきの茶番劇である」との主旨でこの裁判そのものを批判し、被告の全員無罪を主張しました。「裁判憲章の平和に対する罪、人道に対する罪は事後法であり、国際法上、日本を有罪であるとする根拠自体が成立しない」という主旨によるものであると云います。
しかし、戦争とは無残なものです。戦勝国の米国は、我が国に数々の無差別絨毯爆撃を繰り返し、超大量殺戮兵器である原爆を広島、長崎に投下し、いったい何名の民間人を殺戮したのでしょう。その是非は、現在に至るも一切問われていないのです。勝てば官軍と云いますが、正にことの正義はないに等しいのです。
東京裁判は、結局、日本人に「東京裁判史観」という名の虚構を作り出す茶番劇に過ぎなかったのです。戦後も日本を米国の支配下に置くための策謀なのであって、米国の狙いはまんまと成功し、戦後、日本は米国から押しつけられた枠組みの中で、戦前とは断絶した国家を築き上げて来ました。それは多分に、日本人の国民性、文化、歴史に合っているとは云いがたいものと感じられます。パール判事は、東京裁判で何もかも悪かったとしたデマゴーグが日本人に与えた東京裁判の影響は、原爆の被害よりも甚大だ と嘆かれたと伝えられます。
戦争は悪であり決してしてはならないものであります。しかし、国の独立を守ることは国家とし絶対に必要なことであって、その戦争で国を守るため命を落とした国民は最大限に尊重されるべきことであると感じます。首相を含め靖国神社に参拝することは、独立国家として当然のことであって、これを他国が批判することは内政干渉というのは当たり前のことです。
※写真は愛知県幡豆町・三ヶ根山にある殉国七士廟です。