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TSMCの工場誘致で日本の半導体産業が復活するはずはない

2024-04-12 | コラム
TSMCの工場誘致で日本の半導体産業が復活するはずはない
4/12(金) 7:02配信 ダイヤモンド・オンライン

● TSMC熊本工場が生産スタート 年内には第二工場建設開始

 日米の株価が今年になって急騰したのは、半導体関連企業の株価急騰が大きな原因だと言われる。

 政府が熊本に誘致した世界最大のファンドリー(受託製造会社)である台湾のTSMCの工場が2月下旬に操業を開始したことが、日本の半導体産業復活のきっかけになるとも言われている。

 操業を始めた第一工場に続いて年内には第二工場の建設が始まり、投資額は計約3兆円、このうち政府は最大1兆円を超える補助金を支出するという。

 今後、10年間で地元の熊本県だけで雇用などを含めた経済波及効果は7兆円弱、九州全体での他の半導体関連企業を含めて約20兆円といった試算もでている。

 だが、補助金による半導体メーカー誘致が本当の半導体産業の復活につながるかどうかは大いに疑問だ。

 TSMCの熊本工場で、いまのところ生産が計画されているのは、AIなどに使われる最先端半導体ではない。そもそも日本の半導体産業の凋落には別の原因がある。

● 米NVIDIAが起こした AI向け半導体ブーム

 半導体はいまやあらゆる製品やシステムに使われ、経済動向を大きく動かすことは確かだ。

 だが半導体にはさまざまなものがあり、用途も違うし要求される技術水準も違うことを理解する必要がある。したがって一括りで論じることはできない。

 機能から分類すると、まず「ロジック半導体」がある。これは、パソコンなどにCPU(中央演算処理装置)として搭載される。

 「メモリ半導体」は、情報を電気的に格納して蓄積しておく記憶素子だ。

 「センサー半導体」は、温度や色・圧力など、外界の情報を検出して電気信号に変換する。イメージセンサーは、デジタルカメラやスマートフォンのカメラのレンズから入射した光を電気信号に変換し、データを転送する。

 「パワー半導体」は、モーターや照明などの制御や、電力の変換を行う。

 なお、「車載用半導体」とは、自動車に搭載する半導体の総称だ。

 まず、走る、曲がる、止まるなどの機能をコントロールするマイコンがある。これは、多数の電子部品を超小型にして集積化したLSI(大規模集積回路)だ。パワー半導体は、電気自動車(EV)の中核部品となっている。

 いま経済成長や競争力、製品やシステムの革新などで話題の中心にあるのはロジック半導体だ。

 なかでも、アメリカの半導体設計企業、NVIDIAのGPU(リアルタイム画像処理に特化したロジック半導体)だ。

 これは、AI(人工知能)が機械学習をする際に用いられる。ChatGPTなどの新しいAIが登場し、需要が高まった。最近の半導体ブームはAIブームが引き起こしたものだ。

 GPUは、もともとは、3Dグラフィックスを描画する際に必要な計算処理のために開発されたが、AIの機械学習に高い能力を持つことが分かったのだ。

 GPUはNVIDIAが設計し、TSMCが作る。

 最先端のロジック半導体の生産には、1工場当たり1兆円を超える巨額投資が必要となる。量産できる企業は、TSMCや韓国のサムスン電子などに限られる。

 戦略的な半導体企業としては、以上の他に、オランダのASMがある。同社は露光装置の生産で世界をリードしており、EUV(極紫外線)装置では圧倒的なシェアを持っている。

● 米中対立など安全保障上の観点から 高まった自前の半導体への需要

 経済安全保障上の観点からも、半導体調達の重要性が高まっている。

 米中対立の激化によって、中国の通信機器メーカー、ファーウェイで作っていたスマートフォンのロジック半導体が、2020年に事実上、禁輸になった。これによって、ファーウェイはスマートフォン生産から撤退せざるを得なくなった(その後、高性能ロジック半導体の生産に成功し、23年8月にスマートフォンの発売に復帰した)。

 車載用半導体は、技術的にはさして高度でないが、これがないと車両を作れない。コロナ期に中国での車載用半導体の生産が停滞し、このため、自動車の生産が混乱した。

 ウクライナ戦争では、半導体部品不足のため、ロシアの戦車生産に支障を来し、日本の食洗機や冷蔵庫などに使われた家電用半導体が転用されていたと報道された。

● 日本が強いのは半導体製造装置や原材料 市場の変化に合わせて開発

 日本経済新聞社が3月25日から、東証に上場する主要な半導体関連銘柄で構成する「半導体株指数」の算出を始めた。

 半導体株指数の上昇率は、同期間の日経平均株価上昇率を大きく上回る。ただし、そのほとんどは半導体製造装置や原材料関係の企業の株価上昇による。

 その半面で、半導体指数に入っている半導体生産企業はソニーとルネサスだけだ。

 前者はイメージセンサーの生産、後者は車載用半導体の生産を行なっている。これらの株価上昇率は高くない。

 また、東芝の主力事業だったフラッシュメモリー部門はキオクシアになったが、業績は低迷している。このように、半導体関係といっても、生産と製造装置や原材料は大きく違う。

 半導体の製造装置や原材料で日本企業の世界シェアが高いことは、これまでも言われてきた。そうなった原因は、製造装置や原材料のメーカーは従来の日本の製造業大企業とは異質のものだったことにあると考えられる。

 これについて、東京工業大学学長の益一哉氏と、長瀬産業執行役員の折井靖光氏の対談が、大変興味深い論点を提示している(「日本の半導体産業に、希望はある」Newspicks 2022年1月31日)。

 垂直統合で自社に半導体部門を持っていた電機メーカーは、マーケットの変化を読めなかった。そして、世界の市場を見ず、自社製品のために半導体を作るという視座にとどまってしまった。しかし、材料メーカーは、材料を他社に使ってもらわなければ生きていけないので、デバイスメーカーがこれから何を作ろうとし、どんな半導体を望んでいるのかについて、必死になってヒアリングをし、材料開発をしてきた。 こうした地道な努力によって、日本の材料メーカーは存在感を維持し続けてこられたというのだ。

 まさにその通りだと思う。

● 10年前の技術を誘致しても 日本の半導体産業は復活しない

 TSMCの熊本工場が日本の半導体産業復活の起爆剤になるとの評価が一般的だ。しかし、私はこの評価は全く見当違いだと思う。

 現在、世界最先端の半導体メーカーは4nmの半導体を量産している(nm/ナノメートルは半導体回路の線幅。これが小さいほど高度の技術)。アメリカがテキサス州に誘致するTSMCの工場は、4nmの最先端半導体を生産する。

 しかし、熊本工場の第一工場で生産する半導体は、22/28nmおよび、12/16nmの製品と言われている。これは10年程度前の技術で、いまでは誰でも生産できる。この半導体は、隣にあるソニーの工場が生産しているイメージセンサーと組み合わされて使われると考えられる。ソニーにしてみれば、自ら設備投資をしなくても高性能半導体が利用できる。

 また、地域振興の意味もあるだろう。しかし、日本の半導体製造の凋落の原因である大企業体質を変えることにはならないだろう。

 第二工場では6~7nmと言われているが、それでも、日本の半導体産業を復活させるためにどの程度の意味があるかは、疑問だ。

 さらに、半導体製造装置や材料についても、手放しで楽観できるわけでない。世界でのシェアは低下しているからだ。

 世界的半導体ブームといって浮かれるのでなく、また、政府の補助金さえあれば日本の半導体産業が復活すると考えるのでなく、地道な努力を重ねることが必要だ。野口悠紀雄


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