無責任な「首切り屋」(私に云われ「詭弁屋」」)が横行していることが、日本の発展を妨げている
4/20(土) 5:03配信 現代ビジネス
まず、2014年のセウォル号沈没事故とはどのようなものであったのかについて見てみる。
例えば、AFPBBニューズ 2014年4月17日「『愛してる』『また会おう』、沈没する韓国船から届いた生徒らの声」が一つの象徴であろう。
このような状況の中で、乗客を置き去りにして、船長や船員がさっさと避難したことは強い非難の的になった。その結果、産経新聞 2015年4月28日「控訴審で船長に無期懲役判決 殺人罪認める 他14人の乗務員は全員減刑」となったのも当然といえよう。
この事故に限らず、船長(リーダー)・船員(幹部)が「最後の責任」を持つことが「組織のモラル」を維持するために必要不可欠である。船長(リーダー)が責任をとらない船(組織)に乗り合わせた乗客(従業員、組織の構成員)は不幸としか言いようがない。
また、リーダーの最も重要な仕事は「(最後の)責任をとる」ことであり、その「重要な仕事」に比べれば、その他の仕事は「些末」なものであるとさえ言える。
そして、現在の日本において、セウォル号船長のような「無責任経営者」がはびこっていることが、「日本の衰退」を招いていると考える。
会社という「船」が危機に直面し、従業員を大量にリストラするにもかかわらず、社長(リーダー)である自分自身が居座るということだ。
このような「無責任なリーダー」が支配する企業が、長期的に成長するはずがない。
また、2019年8月10日公開「日本の企業と社会を破滅させる『過剰コンプライアンス』のヤバイ正体」の副題「上司の保身で未来をつぶすな」で述べたように、経営者・幹部の保身が優先され「将来を見据えた大胆な攻め」を実行できなくなったことが、「日本企業疲弊」の原因だ。
結局のところ、「自身の保身に汲々とする『小物』」の経営者、幹部がはびこり、「責任を背負って企業の長期的将来を見据える『大物』の経営者が過去30年近くにわたって排除されてきた」ことが、日本企業弱体化の最大の原因だと言える。
これが松下幸之助のリストラのやり方
「明日クビになるかもしれない」、「明日転職するかもしれない」企業に忠誠心を保てるであろうか。
よく言われるのが、「もしどうしてもリストラが必要な状態に追い込まれた時には、思い切って大胆に行え。しかし、絶対に『1回限り』にすべし」と言うことである。
実際過去、日本型経営においてリストラ(従業員の解雇)が行われなかったわけではない。
例えば、2019年8月6日公開「従業員の不信を引きずったパナソニックに復活はあるのか?」冒頭「松下は義理と人情で成長してきた会社である」で紹介した松下幸之助のケースである。
もちろん、彼にとっては苦渋の決断であったが、次の三つを従業員たちに告げた。
1. 自活する道がある社員はそちらに進んでほしい。
2. どうしても、自分と一緒に残りたいものは、一緒にやろう。但し給料の保証はできない。再建の努力はするが、満足のいく給料は払えないと思う。
3. 会社の業績がよくなった時には、いつでも帰ってきてください。
もちろん、会社の経営が苦しくなった責任を「リーダー」である松下氏は充分感じていた。だから、「自分ができることはすべてやるから、みんなも『一緒に頑張ってほしい』」と「協力」をお願いしたのだ。
これが、経営の神様と呼ばれる松下幸之助の「リストラのやり方」である。
「信頼関係」が企業発展の基礎
前記記事3ページ目「パナソニックの不調の原因は中村時代にある」で述べた、「中村改革」と称される「松下幸之助遺産の徹底的破壊」=「無慈悲なリストラ」と「松下氏の手法」は根本的に違う。
また中村氏は、FACTA 2013年7月号「パナソニックに居座る中村相談役は非常識」で述べられているように、2012年度に合計18億5500万円もの退職慰労金が支払われた、退任したパナソニックの取締役4人のうちの一人だ。
この記事でも、津賀一宏社長(当時)の「パナソニックの危機の本質は2年連続の赤字ではなく、将来展望がないことだ」との発言が伝えられる。実際、2022年9月21日公開「中韓に『劣勢』な家電メーカーの中で、パナソニックの『大躍進』が始まった…!」のように、「正しい戦略」によって飛躍が期待されるのに、結局「羽ばたいていない」のが現状だ。
その理由を、「自己の保身に走る経営者」の残した傷跡が大きく「企業と従業員の信頼関係が(修復不能なほど)破壊されてしまったから」と考えるのは間違いであろうか。
幾度となくリストラを続けていれば「次は自分の番かもしれない」と従業員が考えるのはごく自然である。そうなれば、「会社の将来のために頑張ろう」などという気持ちは失せる。
さらには、「他社に高く売れる自分(だけ)の技術」を磨き、「転職活動」のことで頭がいっぱいになる。その結果、本来の仕事に集中できない。
ひどい時には、2022年10月10日公開「社長逮捕! 会社を渡り歩く渡世人問題を解決できなかったかっぱ寿司」のように、「他社への転職の際に、自社のデータを盗んで持ち出す」ようなことまで行われるのだ。
船と共に沈む船長と経営者
バブル崩壊以前、「日本型経営」がきちんと維持されていた頃は、船長(社長)が一つの船ともいえる会社の乗客・船員(従業員・幹部)の安心・安全(安定的雇用)に気を配るのは当然であった。だからこそ、社員たちは「自分の首がどうなるのか」などと、余分なことを心配せず本来の仕事に集中して高い成果を出すことができた。日本企業が世界で大躍進できた大きな理由の一つでもある。
ところが、バブル(崩壊)の本当の原因は(バブルに)浮かれた経営者たちであったのに、日本型経営に責任が押し付けられた。そして「終身雇用は時代遅れ」などという論調がはびこったのだ。当然のことながら、これは間違いである。
すでに述べたように、「明日クビになるかもしれない」、あるいは「明日やめるかもしれない」企業で、「(会社のために)仕事に全力投球」する人々がどれほどいるであろうか? 例えば、日雇い労働者が「今日だけ自分を雇う」会社の数十年先の将来を考えたり、頑張ったりするであろうか?
「日本型経営」では、心ならずもリストラを行った経営者や幹部(特に人事担当者)は、その作業がひと段落すると、「責任を取って辞職」した。
経営責任は彼らにあるのだから、従業員だけに痛みを押し付けるなどという非道なことを行ったりしなかったのだ。たとえ人員削減を行っても、企業と従業員の信頼関係を維持できたのは「経営者や幹部が潔く責任を取った」からに他ならない。
潤ったのは人材会社だけなのか
また、特に小泉内閣以来の雇用の流動化が、日本企業の経営に悪影響を与えた。
米国でも、かつての黄金時代においては、転職を繰り返す人々は「ジョブ・ホッパー」と呼ばれ、「安定感の無いふらふらとした人材」とみなされていた。当時は、IBMなどを筆頭に米国でも終身雇用の企業は、それなりに存在したのだ。
ところが、ベトナム戦争終結以後の経済的苦境の中で、リストラがごく日常の風景となり、昨年1月2日公開「年功序列は×だが終身雇用は〇~ビジネスでこれから大事になるのはSDGsではなく「企業と人材の『持続可能性』」だ」2ページ目「世界標準はどっち?」で述べたように、生涯10回以上(概ね4年に1回)転職する国になってしまった。
小泉純一郎政権は極端な米国追従内閣と言われ、目玉であった「郵政民営化」も(その巨額な資金を狙った)米国の都合によるものであったと噂される。少なくとも、かんぽ生命不正問題や郵便料金の値上げなどの現状を見る限り「郵政民営化」は大失敗に終わり、日本国民は大きな損害を被ったといえよう。
そして、その小泉政権で郵政民営化担当大臣や総務大臣を歴任した竹中平蔵氏は、文春オンライン 2018年7月1日「『正社員はいらない』“煽る人”竹中平蔵とは何者なのか? 規制緩和とともにある人の『変遷』をたどる」と伝えられる。
そして、同記事3ページ目「小佐野賢治、小泉改革、人材派遣業をつなぐもの」で述べられている総合人材サービスのパソナグループと竹中平蔵氏は、2007年に特別顧問に就任し、2022年に会長を退くまで緊密な関係を維持していた。
すでに述べたように「人材流動化」は日本企業を(長期的に)弱体化したが、逆に「人材会社」は「人材流動化」による市場拡大の恩恵を大いに享受した。もし、終身雇用が維持されていれば「人材市場」は現在よりもはるかに小さなものであったはずである。
この観点から、竹中氏とパソナの「関係」は大いに気になるところである。
問題はリーダー(社長)の人格と大局
リーダーに必要なのは小手先の実務能力ではない。
米国で(バブル崩壊後もてはやされた)プレイングマネージャー型が多いのは、(現場で実務を行う)部下が能力不足でモラルも低い(基本的にジョブ型雇用のため企業内での「出世」のチャンスに乏しいし、そもそもいつ首になるかわからない)からだ。「現場力」が低いから、トップ自らが細かいところまであれこれ指示を出さなければならないのである。
「中間層」が厚く、「現場の人材」の水準が高い日本では、日常業務は現場に任せた方が上手くいく。トップがあれこれ指図する必要性がほとんど無い。いわゆる「ボトムアップ」が機能する。
したがって、日本のトップに求められるのは「企業の進むべき『大局』を示し、その大局に向かう求心力となりえる『(魅力的)人格』である。
自らの責任をとらずにトカゲのしっぽ切りをするリーダーには誰もついていかない。
バフェットも「終身雇用」が不可欠と考える
2019年1月25日公開「バフェットが実践する『実力主義の終身雇用』こそが企業を再生する」で述べたように、バークシャー・ハサウェイの定年は104歳(実質的には存在しない)である。
そして、他社から引き抜いたり他社から引き抜かれたりせずに、『バークシャーを愛する人々』によってビジネスが支えられていることを誇りにしている。
リストラは、目先の業績を改善する場合もあるが、長期的にはダメージを与えるから「企業の長期的将来に投資する」バフェットも嫌っている。
プロ経営者はレンタカーを運転している
欧州などに多い「首切り屋」のカルロス・ゴーンのように、従業員の首を切り取引先に無理難題を吹っかけて値切るだけでは長期的に企業が衰退する。
また、ストック・オプションにもバフェットは批判的だ。プロ経営者の在任期間だけ、リストラなどを乱発して費用を圧縮し、(従業員の)教育投資なども大幅に削る。その結果、(見かけの)利益を膨らませてストック・オプションで稼ぐことは簡単だからだ。
要するに、「自分がその企業に長居するつもりが無い」人々は、前記記事4ページ目「難しい実力主義にこそ挑戦すべきである」で述べたバフェットの「レンタカーを洗って返す人はいない」という言葉の「レンタカー」と同じように自らの会社を扱う。マイカーのように、自分で洗車したりワックスがけをしたりなどしないということだ。
結局、企業経営者も、従業員も「企業の遠い先の未来」に強い関心を持たなくなったことが、日本企業衰退の本質的原因ではないだろうか。大原 浩(国際投資アナリスト)
4/20(土) 5:03配信 現代ビジネス
まず、2014年のセウォル号沈没事故とはどのようなものであったのかについて見てみる。
例えば、AFPBBニューズ 2014年4月17日「『愛してる』『また会おう』、沈没する韓国船から届いた生徒らの声」が一つの象徴であろう。
このような状況の中で、乗客を置き去りにして、船長や船員がさっさと避難したことは強い非難の的になった。その結果、産経新聞 2015年4月28日「控訴審で船長に無期懲役判決 殺人罪認める 他14人の乗務員は全員減刑」となったのも当然といえよう。
この事故に限らず、船長(リーダー)・船員(幹部)が「最後の責任」を持つことが「組織のモラル」を維持するために必要不可欠である。船長(リーダー)が責任をとらない船(組織)に乗り合わせた乗客(従業員、組織の構成員)は不幸としか言いようがない。
また、リーダーの最も重要な仕事は「(最後の)責任をとる」ことであり、その「重要な仕事」に比べれば、その他の仕事は「些末」なものであるとさえ言える。
そして、現在の日本において、セウォル号船長のような「無責任経営者」がはびこっていることが、「日本の衰退」を招いていると考える。
会社という「船」が危機に直面し、従業員を大量にリストラするにもかかわらず、社長(リーダー)である自分自身が居座るということだ。
このような「無責任なリーダー」が支配する企業が、長期的に成長するはずがない。
また、2019年8月10日公開「日本の企業と社会を破滅させる『過剰コンプライアンス』のヤバイ正体」の副題「上司の保身で未来をつぶすな」で述べたように、経営者・幹部の保身が優先され「将来を見据えた大胆な攻め」を実行できなくなったことが、「日本企業疲弊」の原因だ。
結局のところ、「自身の保身に汲々とする『小物』」の経営者、幹部がはびこり、「責任を背負って企業の長期的将来を見据える『大物』の経営者が過去30年近くにわたって排除されてきた」ことが、日本企業弱体化の最大の原因だと言える。
これが松下幸之助のリストラのやり方
「明日クビになるかもしれない」、「明日転職するかもしれない」企業に忠誠心を保てるであろうか。
よく言われるのが、「もしどうしてもリストラが必要な状態に追い込まれた時には、思い切って大胆に行え。しかし、絶対に『1回限り』にすべし」と言うことである。
実際過去、日本型経営においてリストラ(従業員の解雇)が行われなかったわけではない。
例えば、2019年8月6日公開「従業員の不信を引きずったパナソニックに復活はあるのか?」冒頭「松下は義理と人情で成長してきた会社である」で紹介した松下幸之助のケースである。
もちろん、彼にとっては苦渋の決断であったが、次の三つを従業員たちに告げた。
1. 自活する道がある社員はそちらに進んでほしい。
2. どうしても、自分と一緒に残りたいものは、一緒にやろう。但し給料の保証はできない。再建の努力はするが、満足のいく給料は払えないと思う。
3. 会社の業績がよくなった時には、いつでも帰ってきてください。
もちろん、会社の経営が苦しくなった責任を「リーダー」である松下氏は充分感じていた。だから、「自分ができることはすべてやるから、みんなも『一緒に頑張ってほしい』」と「協力」をお願いしたのだ。
これが、経営の神様と呼ばれる松下幸之助の「リストラのやり方」である。
「信頼関係」が企業発展の基礎
前記記事3ページ目「パナソニックの不調の原因は中村時代にある」で述べた、「中村改革」と称される「松下幸之助遺産の徹底的破壊」=「無慈悲なリストラ」と「松下氏の手法」は根本的に違う。
また中村氏は、FACTA 2013年7月号「パナソニックに居座る中村相談役は非常識」で述べられているように、2012年度に合計18億5500万円もの退職慰労金が支払われた、退任したパナソニックの取締役4人のうちの一人だ。
この記事でも、津賀一宏社長(当時)の「パナソニックの危機の本質は2年連続の赤字ではなく、将来展望がないことだ」との発言が伝えられる。実際、2022年9月21日公開「中韓に『劣勢』な家電メーカーの中で、パナソニックの『大躍進』が始まった…!」のように、「正しい戦略」によって飛躍が期待されるのに、結局「羽ばたいていない」のが現状だ。
その理由を、「自己の保身に走る経営者」の残した傷跡が大きく「企業と従業員の信頼関係が(修復不能なほど)破壊されてしまったから」と考えるのは間違いであろうか。
幾度となくリストラを続けていれば「次は自分の番かもしれない」と従業員が考えるのはごく自然である。そうなれば、「会社の将来のために頑張ろう」などという気持ちは失せる。
さらには、「他社に高く売れる自分(だけ)の技術」を磨き、「転職活動」のことで頭がいっぱいになる。その結果、本来の仕事に集中できない。
ひどい時には、2022年10月10日公開「社長逮捕! 会社を渡り歩く渡世人問題を解決できなかったかっぱ寿司」のように、「他社への転職の際に、自社のデータを盗んで持ち出す」ようなことまで行われるのだ。
船と共に沈む船長と経営者
バブル崩壊以前、「日本型経営」がきちんと維持されていた頃は、船長(社長)が一つの船ともいえる会社の乗客・船員(従業員・幹部)の安心・安全(安定的雇用)に気を配るのは当然であった。だからこそ、社員たちは「自分の首がどうなるのか」などと、余分なことを心配せず本来の仕事に集中して高い成果を出すことができた。日本企業が世界で大躍進できた大きな理由の一つでもある。
ところが、バブル(崩壊)の本当の原因は(バブルに)浮かれた経営者たちであったのに、日本型経営に責任が押し付けられた。そして「終身雇用は時代遅れ」などという論調がはびこったのだ。当然のことながら、これは間違いである。
すでに述べたように、「明日クビになるかもしれない」、あるいは「明日やめるかもしれない」企業で、「(会社のために)仕事に全力投球」する人々がどれほどいるであろうか? 例えば、日雇い労働者が「今日だけ自分を雇う」会社の数十年先の将来を考えたり、頑張ったりするであろうか?
「日本型経営」では、心ならずもリストラを行った経営者や幹部(特に人事担当者)は、その作業がひと段落すると、「責任を取って辞職」した。
経営責任は彼らにあるのだから、従業員だけに痛みを押し付けるなどという非道なことを行ったりしなかったのだ。たとえ人員削減を行っても、企業と従業員の信頼関係を維持できたのは「経営者や幹部が潔く責任を取った」からに他ならない。
潤ったのは人材会社だけなのか
また、特に小泉内閣以来の雇用の流動化が、日本企業の経営に悪影響を与えた。
米国でも、かつての黄金時代においては、転職を繰り返す人々は「ジョブ・ホッパー」と呼ばれ、「安定感の無いふらふらとした人材」とみなされていた。当時は、IBMなどを筆頭に米国でも終身雇用の企業は、それなりに存在したのだ。
ところが、ベトナム戦争終結以後の経済的苦境の中で、リストラがごく日常の風景となり、昨年1月2日公開「年功序列は×だが終身雇用は〇~ビジネスでこれから大事になるのはSDGsではなく「企業と人材の『持続可能性』」だ」2ページ目「世界標準はどっち?」で述べたように、生涯10回以上(概ね4年に1回)転職する国になってしまった。
小泉純一郎政権は極端な米国追従内閣と言われ、目玉であった「郵政民営化」も(その巨額な資金を狙った)米国の都合によるものであったと噂される。少なくとも、かんぽ生命不正問題や郵便料金の値上げなどの現状を見る限り「郵政民営化」は大失敗に終わり、日本国民は大きな損害を被ったといえよう。
そして、その小泉政権で郵政民営化担当大臣や総務大臣を歴任した竹中平蔵氏は、文春オンライン 2018年7月1日「『正社員はいらない』“煽る人”竹中平蔵とは何者なのか? 規制緩和とともにある人の『変遷』をたどる」と伝えられる。
そして、同記事3ページ目「小佐野賢治、小泉改革、人材派遣業をつなぐもの」で述べられている総合人材サービスのパソナグループと竹中平蔵氏は、2007年に特別顧問に就任し、2022年に会長を退くまで緊密な関係を維持していた。
すでに述べたように「人材流動化」は日本企業を(長期的に)弱体化したが、逆に「人材会社」は「人材流動化」による市場拡大の恩恵を大いに享受した。もし、終身雇用が維持されていれば「人材市場」は現在よりもはるかに小さなものであったはずである。
この観点から、竹中氏とパソナの「関係」は大いに気になるところである。
問題はリーダー(社長)の人格と大局
リーダーに必要なのは小手先の実務能力ではない。
米国で(バブル崩壊後もてはやされた)プレイングマネージャー型が多いのは、(現場で実務を行う)部下が能力不足でモラルも低い(基本的にジョブ型雇用のため企業内での「出世」のチャンスに乏しいし、そもそもいつ首になるかわからない)からだ。「現場力」が低いから、トップ自らが細かいところまであれこれ指示を出さなければならないのである。
「中間層」が厚く、「現場の人材」の水準が高い日本では、日常業務は現場に任せた方が上手くいく。トップがあれこれ指図する必要性がほとんど無い。いわゆる「ボトムアップ」が機能する。
したがって、日本のトップに求められるのは「企業の進むべき『大局』を示し、その大局に向かう求心力となりえる『(魅力的)人格』である。
自らの責任をとらずにトカゲのしっぽ切りをするリーダーには誰もついていかない。
バフェットも「終身雇用」が不可欠と考える
2019年1月25日公開「バフェットが実践する『実力主義の終身雇用』こそが企業を再生する」で述べたように、バークシャー・ハサウェイの定年は104歳(実質的には存在しない)である。
そして、他社から引き抜いたり他社から引き抜かれたりせずに、『バークシャーを愛する人々』によってビジネスが支えられていることを誇りにしている。
リストラは、目先の業績を改善する場合もあるが、長期的にはダメージを与えるから「企業の長期的将来に投資する」バフェットも嫌っている。
プロ経営者はレンタカーを運転している
欧州などに多い「首切り屋」のカルロス・ゴーンのように、従業員の首を切り取引先に無理難題を吹っかけて値切るだけでは長期的に企業が衰退する。
また、ストック・オプションにもバフェットは批判的だ。プロ経営者の在任期間だけ、リストラなどを乱発して費用を圧縮し、(従業員の)教育投資なども大幅に削る。その結果、(見かけの)利益を膨らませてストック・オプションで稼ぐことは簡単だからだ。
要するに、「自分がその企業に長居するつもりが無い」人々は、前記記事4ページ目「難しい実力主義にこそ挑戦すべきである」で述べたバフェットの「レンタカーを洗って返す人はいない」という言葉の「レンタカー」と同じように自らの会社を扱う。マイカーのように、自分で洗車したりワックスがけをしたりなどしないということだ。
結局、企業経営者も、従業員も「企業の遠い先の未来」に強い関心を持たなくなったことが、日本企業衰退の本質的原因ではないだろうか。大原 浩(国際投資アナリスト)