今回の病変に関わらず、あるものごとなどを切っ掛けに、表題の様な憂慮すべき論評などが繰り返される現代なのだが・・・
私は、その事象の専門家でない一井の人の論評にはまったく問題はないとは思うが、世に知名度があるタレント、有名人、評論家を業にする者、犯罪者や元犯罪者、何か背後に他の思惑を秘めていると想像される政治家、官僚、指導者などの言動は、世に影響度が高いだけに発言を自制する倫理感があってしかるべきと感じる。
言論の自由という大前提がある訳だが、愛知トリエンナーレなどもそうだが、言論の自由の名を借りて、世の秩序、倫理、正義を狂わせ、国家の歴史観を損なうという、個人主義の行き過ぎを嘆くばかりだ。
私は、その事象の専門家でない一井の人の論評にはまったく問題はないとは思うが、世に知名度があるタレント、有名人、評論家を業にする者、犯罪者や元犯罪者、何か背後に他の思惑を秘めていると想像される政治家、官僚、指導者などの言動は、世に影響度が高いだけに発言を自制する倫理感があってしかるべきと感じる。
言論の自由という大前提がある訳だが、愛知トリエンナーレなどもそうだが、言論の自由の名を借りて、世の秩序、倫理、正義を狂わせ、国家の歴史観を損なうという、個人主義の行き過ぎを嘆くばかりだ。