かれこれ何年か前にある先輩との会話で聞いた『俺たちは時代に咲いた徒花(あだばな)だったんだ』という言葉が、それからというもの頭の隅に何時も存在し続けて来ました。現在のアジャスター制度と云うのが作られたとのは、昭和50年(1975年)のことで、これは自研センターの設立とほほ時を同じくしています。この年の国内自動車保有台数は2800万台でしたが、それから33年を経過した現在、自動車保有台数は7900万台ですから約3倍に増加した訳です。現在の交通事故件数は、軽微な物損事故も入れれば、おそらく推定ですが年間600万件程度が生じているのではないかと思います。そんな交通事故で物損事故にほぼ限定されるというものの、アジャスターは最前線の兵士として日々活動している訳です。
先の『時代に咲いた徒花』のことに戻ります。徒花とは辞書を引けば「咲いても実を結ばずに散る花。転じて、実(じつ)を伴わない物事。むだ花。」とされています。つまり先輩曰く、時代が要請した一過性の必要性に応じた職種だったんだろうと云うことなのでしょう。ちょっと以前の本ブログで記した、エンジンにおけるタイミングベルトが正にそうでした。重量やコスト的に有利と多くのメーカーに採用されましたが、一過性のメカニズムとして陶太されて行きつつあります。
そんな先輩の言葉を否定しつつも、私の24年に渡るアジャスター業務を振り返って、その異常さとして感じることを思いつくままに以下に羅列して見ます。
①およそ経営という概念からは程遠い理念も理想も持たない思想を持った使用人たる経営人達により運営される企業であること。
②この経営陣に媚びいることで、自らの上昇志向を最優先する参謀たるアジャスター達が多いこと。
③必要以上のアジャスターの能力向上を望まず、云われたことだけに従うことを最善のものとした平準化を推し進める業務運営のこと。
④能力給という名の基に、狂った計りにより間違った能力判断をし続けること。
⑤効率化の名を基に必要以上に分業化を進め、画像センターなるものを推し進め修理業界の不信を招く会社が増えつつあること。
⑥アジャスターの活動や活躍範囲を狭め、その地位向上を制限していると感じられること。ある会社では、アジャスターが社外に出す文書は、親会社の検閲を受けた上でなければ禁止されていると聞く。
⑦仲間意識が希薄で、現場のリーダーも先頭に立って戦おうとしないこと。
⑧新しい会社の施策等の指令を、ただその瞬間の自分の損得だけの評価により判断し、その施策が未来に及ぼす弊害や地位低下を招くということを考えない者が増加しつつあること。
⑨総てのことを嘆き諦めているのか、下を向きもの言わず、ただ定年満期までとひたすら耐える先輩達の多いこと。
相当に酷いことを書き連ねましたが、これでもまだ一部分でありもっと記したいこともあります。これを読んだ方は、私が正に絶望していると思うのでしょうが、確かに絶望はしかけています。しかし、ある信頼関係を持った鈑金工場経営者が私に云ってくれた『俺たちにはあんた達がいなければ困るんだ!』という言葉が、今の私を支えてくれるものだと思っているのです。