私の思いと技術的覚え書き

歴史小説、映画、乗り物系全般、事故の分析好きのエンジニアの放言ブログです。

荒む、病む人心の時代

2011-09-01 | コラム
 近年、情報で知る内容や、具体的に知り合う人々達において、心が荒み、病んでいることが益々進行していることを感じずにはおれません。これは自らのこととしても自覚するところです。

 その理由は何なのでしょう。経済の停滞、、国際競争と云う名の元での労働環境の悪化、そして個人評価と自己責任という名の元での仲間意識の分断、そのくせ高位者は自己評価もされず責任を取らず言い逃れれるデタラメさ等々、数え上げたらきりがないでしょう。

 先に上げた様に職場環境は悪化の一途を辿っていますし、政治や官僚機構のデタラメ振りも凄まじいものです、そして、テレビや新聞と云った大手メディアは、ウソは云わないまでも、伝えるべきを恣意的に伝えないという、ジャーナリズムの使命を捨て去っています。

 町を歩けば、喧噪や猥雑な看板の羅列に神経を逆なでられ、テレビを見れば白痴な番組と、どのチャンネルでも同様内容のワイドショー等々、下らな過ぎて直ちにスイッチを切ります。

 何れにしても、テクノロジーは進化し、何事に付けても便利で快適な生活をできる時代にはなったのですが、人間が人間らしく生活するという心の環境が悪化していることが根本にあるのだと感じます。

 そんな中、人々の取る行動は未来に絶望し、そのことを考えたくないとでも云う様な、刹那的とも云えるその瞬間だけの快楽の追求が増えている様にも思います。そして、人々の心は孤独感に支配されます。

 仙人みたいな賢者でない限り、普通の人々は孤独ということには絶えられないと感じます。そんな中、仲間や救済を求め、結社や宗教というものに逃げ込む人も増えているのでしょう。

 以上の様な嘆き節としての実感を持たざるを得ないのですが、凡人が取り得る自衛策として思い付くのは、仕事以外に何らかの道楽もしくは趣味として傾注できるものを持つことであると思います。それは決して高度なものでなくて、例えば近隣を散策し花や樹木や風景といった自然や遺物を愛で感動すると云ったことでも良いと思うのです。



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