たぶん、この話は何度かブログに書いたと思うが、また書きたくなった。重複する場合はご容赦頂きたい。
個人的には、人の運命とは既に決まっていると思っている。
しかし、先がわからないから、喜びも悲しみもあり、頑張ったり投げ出したりと、その人生を体中で表現しながら歩んでいる。
若い頃は、ほんとに我がままで迷惑な奴だったと(今も?)思い返す事がとても多いが、これからは恩返しする役目だと思うようにもなった。
私の場合、昔を振り返り後悔する事はほとんどないが、あの時はひとつの分岐点だったと思う事は何度もある。
その分岐点から運命は二手にわかれ、私は今の人生の枝を進んでいるのだ。
そんな分岐点は人生に多数あり、上の写真のような木を見ると、「今はこのあたりか?」と指さしたくなるが、果たして現在が根元の方か枝先の方か検討がつかないから眺めるだけになってしまう。
この木、かなりの紆余曲折があるようで、苦労も多かろう。
でも、幸せか不幸せか、俯瞰して見る側が決める事ではない。(←ここ大事!)
歩んでいる本人が、分岐点で自分の道を決め、進むだけの事。
それが良いか悪いかは、「どの枝を選んだか」ではなくて、本人がその枝を「どう解釈するか」にかかっていると思う。
枝を太くするも細くするも自分次第だと思うと、人生楽しく感じないかい?