東海道五十三次ひとり歩きシリーズ⑰一泊二日の二日目。
二日目9月8日(月)のコースは
「掛川宿」→「日坂宿」(掛川市)→「金谷宿」(島田市)
朝、宿泊ホテルで5時に起床、資料で今日のコースの確認を行う、コ
ースのイメージをしっかりと叩き込む、特にポイント毎の到達時間の
設定は、歩程管理に大事なことなので地図に記入しておく。
デジカメのバッテリーと携帯電話の充電をチェック、病んでいる家内
のことが心配なので携帯電話を入れる。
準備に手間取り8時15分に掛川駅前のホテルを出る。
コースに入る前に、まず掛川城へ向かう。
山内一豊が城主であったときに建立した天守閣は、平成6年に日本
で初めてという木造によって復元されたばかり、快晴の秋空に見事
にそびえて、実に美しい。城もたくさん見てきたが、規模は別とし
て、天に高く向う姿はお見事。
しばらく城内を見物して、その一豊が整備したかっての城下町をす
すむ。
掛川も宿場の面影はほとんど残っておらず、わずかに新町七曲りが
その形を残している程度。その七曲りに行くにはガソリンスタンド
が最初の曲がり角と資料にはあるが、ない、まだ、先なのか、行っ
てもない、仕方なしに路地に入ると運よく掃除中のご婦人がいたの
で尋ねたら、やはり行き過ぎていた、あのガソリンスタンドはなく
なっているという。
今日も最初からツキがない!と思ったら、そのご婦人が、路地の角
まで連れてくれてこと細かく教えてくれてツイテた!しかし、50メ
ートルくらいは東海道を通っていないことになるかなあ、愛想のい
い掛川の奥さん、ありがとう。
道は女性に聞くなというけれど、そんなことはないぞ! 逆や。
新町七曲りから葛川一里塚をめざして歩いていると、背が低くて
、幹が白くて、ちいさな実をたくさんつけている街路樹が珍しくて
たまたま、庭先の花の手入れをしていたご婦人に声をかけて聞いて
みたら「モチ」の木とのこと。
それで失礼すればいいものをこのおっさん、花をほめたばかりに、
さあ、大変、そのご婦人の話術に取り込まれてしまった。
子供さんのこと、亭主どののこと、自分のこと、同窓会でのこと
、化粧のこと、青春18切符の旅行のこと・・・拝聴して、住所
メモを交換してようやく放してもらった。
おじさんが、あの有名なお茶メーカーのロゴ文字を書いた人と言
っていたのでそれなりの家柄なのだろう、70歳と言っていたが、
自分より年下とばかりと思っていたので驚いた。
とても明るくて、さわやかで、気持ちのいいご婦人だった。相手
をして遊んでくれてありがとう。
さらに少し行くと向いに「もちや」というきれいな作りの店が見
えたのでなにげなくのぞいてみた。
いちじく4個300円、おっ安い!買った、店の奥さんに聞くと
この店は、掛川名物の「振袖餅」の店だという。それなら、それ
も買った・・・大福もちみたいかなあ・・・3個入り。
買ったのはいいけど、ずっと持って歩くつもりか・・・リュック
の中はすでに満員なのに。
朝、食べなかったパンに夕べコンビニで今日のために買ったおや
つと非常食用の餡ドーナツ10個入り袋、ホテルでもらったパン
も入っている。重い!
すぐ向かいの葛川一里塚で早い休憩、さっそく餅といちじく一個
を食べたが、当分は背中が重いぞ、ほんまにあほなおっさんや!
馬喰橋をわたり旧道をすすむ、成滝というところで1号線に合流。
ここからしばらく交通量の激しい1号線にそってどんどんすすむ
、今日も暑い。
しばらくすると左手にわずか茶畑が見えてきた。そうだ、今日は
、にっぽんの茶畑を歩くんだ!
本所のわかれ道の歩道橋の下で休憩、いちじく2個目。
まだ熟しておらずおいしくない。
食べれば中身はへるが皮を捨てるところがなくてそれも再び荷物
に。あー計算外。
しばらくすすみ再び1号線へ。諏訪神社前で向こうからきた男女
二人に、また、声をかけた。
“東海道を歩かれているのですか”?
とても愛想のいい二人ずれ、夫婦なんだろう、気さくに話にのっ
てくれた。関東の人なんだろう、歯切れのいい話し方が好きだ。
二人とも、前にリュックをかけ、さすがに東海道を歩く人は、工
夫しているなあ・・・
姿形から、相当に歩ける人とみた。
今日は、自分の歩くコースとまったく逆を歩くという。朝の出発
時間も同じでこの場所に来ている。
おどろいた。自分はまだ全体の三分の一、その二人はすでに三分
の二を歩いている。
“お茶畑がきれいですよ”と言ってわかれた奥さんの笑顔がとて
も清々しくて素敵だった。ありがとう、お二人さん、お元気で!
去っていく二人の歩きの早さは、自分の比ではない。
すごいなあ・・・あの人たちから見れば、自分はどんなに映って
いるのやろ・・・?
伊達方一里塚を過ぎ、八坂で再び一号線へ、昼時間で自分の危険
時間帯だ、快晴で暑い。
やっと昼前の目標、「事任八幡神社」が見えてきた。
大同2年(802年)に坂上田村麻呂が興したと伝えられ、願いが
「事のまま叶う」ということで
評判になり参拝者が多いそうだ。樹齢1000年といわれるクスノキ
の巨木がそびえ立っている。この神社は、枕草子にも記述がある
らしい。
ここは、東海道五十三次の応援コミュニティをつくってくれた友
のSさんが体調を崩して休養しているのでその快癒祈願のお守り
を「快癒の願いが叶う」ことを願ってほしかったので、一番寄っ
てみたいと決めていた神社だ。
お参りする前に神社横で地図の確認をしながらいちじく三個目と
餅を食べているとご婦人が声をかけてきた。・・・なんだか今日
は婦人デーみたい。
この八幡神社が有名な神社であること、これから行く日坂峠から
金谷までのめぼしいところの説明を熱心にしてくれ、おまけに宮
司さん亡き後の神社を取り仕切っているという社務所の奥さんの
ところへ案内して紹介してくれた。
ここで奥さんからまたいろいろ話を聞かされた。大阪に縁のある
人でびっくりした。結局、ここを発つ時点で予定時間をほぼ1時
間もオーバー。12時40分。
このペースではもしかしたらと思っていた島田までは無理だろう、
やっぱり金谷ゴールになるだろう・・・と。
予定の帰りの電車は決めている、島田駅なら17時16分、金谷
駅は17時21分。
これから日坂宿へ向かう、どんな出会いがあるやら・・・
事任八幡宮から1号線を横断して左の日坂宿へ通ずる道へ入る。
集落へ入り少し進むと左に入る道の角に若宮神社の小さな鳥居
と秋葉常夜燈を発見、撮影して元の道へ戻ればいいのに、疑いも
せず、確認もせず、そのまま神社前を行ってしまった。
左右に大きくカーブする道がつづき田園風景が広がる。小学校前
を通過するが・・おかしいなあ、これは宿場の雰囲気ではない、
日坂宿へは坂道を上がると聞いていたが、平地だ。
だれか聞く人はいないかと歩き続けるが、人影はまったくない。
もう、間違っていると確信。
自分の持っている地図は、東海道の道しか書いてないので、他の
道を入ってしまうと、その道は書かれていないので現在地の確認
ができなくてどうしょうもないのだ。
道端で思案しているとき、車が走ってきたので、厚かましくも止
めて聞いてみた。
“すみません、道に迷ったらしくて困っています、・・・”と言
って、地図も見せて聞いてみたが土地の人ではなくてわからない
という。
仕方なしにあの神社まで戻ろうとしたら、30歳くらいの車の男
性が、そこまで送りましょうと、わざわざ運んでくれた。助かった!
距離にして1.5キロくらいか、無駄な歩きと時間を使ってしまっ
た。・・・今回の失敗その3。
その車の人の写真を撮らせてもらおうとしたらデジカメのカード
がいっぱい、カードを入れ替える時間がないので一枚削除して撮
ろうとした、その操作をあわてたために、大変なミスをしてしまう。
きっと変なところをさわったのだろう、設定が変更になったらしく
て、それに気がつかなくて以降の貴重な写真の数々が全てピンボケ。
・・・失敗その4
横道に入り込まずにそのまますすんでおれば、小さな上りを50
メートルほど行くと、そこは日坂宿。考えられないミスをしてし
まった。
坂道で6人ほどのウォーキンググループに出会ったが、こちらの
会釈にも無視するがごとく無愛想に行ってしまった。
日坂宿は、五十三宿の中では三つ目に小さい宿場だったそうだが
ここには当時の雰囲気が残っており興味深く歩いた。旅籠屋川坂
屋跡、萬屋、趣のある建物が残っている。
街道の各家には、昔の屋号の木札もかかっていて当時を偲びなが
ら歩くことができた。
ここでも・・・失敗-その5
元幼稚園跡前にある本陣跡で小雨が降ってきたので休憩をしてい
ると、また、二人ずれの男女がやってきた。13時30分になっ
ていた。
お互いにあいさつを交わして、また、質問形式で話しかけた。
びっくりした、けさ、茨城県の霞ヶ浦の近くから東京経由で金谷
まできて11時にスタートしてここまできたという。
この二人、夫婦、夏休みに入って江戸から歩き始めたそうだ。
ついこの間じゃないか!ということは、来月あたりは京都にゴー
ルだ。いや、まいった、まいった。
ここで終わっておればよかったのに、また、このおセッカイおっ
さんが言うた。
“写真を撮りましょうか、お送りしますから・・・”
と言うと、とても喜んで二人並んでくれたので二枚ほど撮った。
住所まで書いてもらったが、撮った写真は結局ピンボケ、おまけ
に自分も撮ってもらったつもりだが、写真は撮れていなかった。
奥さんが、何度もお礼を言って、これからは坂が大変だから気を
つけてくださいと、と言ってわかれた。
とても純朴で感じのいい二人、いいなあ、定年退職をして歩き始
めたのだろうが、先ほどの二人と言い、普段から歩いていないと
とてもこの長い東海道を夫婦で同じ歩きはできないはずだから、
きっと日頃から仲良く歩いているのだろう・・・いいなあ。
しばらく後ろ姿を見送っていた・・・お気をつけて!
日坂宿からいよいよきつい上り道が続く、なるほど、これはきつい!
13時48分、急な坂道をほぼ上りきってから、こんどはアップ
ダウンが続く。
それに午後の太陽が照りつける。汗が噴き出してタオルはふる操業。
しばらくすすむと左右に茶畑が広がってきた。
あっ、きたきた、これが、本場静岡の茶畑だ。
道の両側の斜面は茶畑が続く、すばらしい景色だ。
一番暑い時間帯で日影もない道はきつく、日坂で買った水も残り
少なくなり節制非常宣言。
夜泣き石、芭蕉句碑、妊婦の墓、涼み松広場、馬頭観世音前をも
くもくと歩き続ける。
小さな白山神社の木陰でしばらく休憩。14時8分。
日坂を越えて坂を上りはじめて35分ほどなのに、ずいぶんと時間
が経過したと思ったがこの程度か・・・さらにアップダウンが延
々と続く。小夜鹿一里塚跡で休憩。14時24分。
ここで四つ目のいちじくと餅を食べる。水がほしい。
昼食のパンもおやつのドーナツもリュックの中で納まって背負っ
ているだけ。
少しすすむと、店の案内図が見えた、しめた、そこで休憩して水
を買おう・・
急いで店の前に行くとシャッターが下りている!
休日だ、あー残念!休日だ、あー残念!二連発、思い切り大きな
声で言ったが、閉まっている店には聞こえていないなあ。
くそっ、月曜だからか、もう月曜の東海道歩きはやめた、がっか
りした。
気を取り直してすすむと久延寺の前に着いた。
久延寺は、掛川城主の山内一豊が、関ヶ原合戦に向かう徳川家康
を接待するために、境内に茶室を設けたと伝えられている寺で、
家康手植えの五葉松や芭蕉の句碑。
また、寺の向かいの小夜の中山公園には、西行法師の歌碑や接待
茶屋跡があった。
ここから、今度は下り、猛烈な急降下、一気に茶畑を下り続ける
これもきつい、ひざに負担がこないように、ソフトにソフトに着
地して、踏ん張りすぎないように、あわてないように下って行っ
た。ここは青木坂というらしい。下りるのもきつかったが、上っ
てくるのはもっとしんどいぞ。
下りきったところが菊川の四郡の辻、かっては、ここが日坂と金
谷との間の宿の菊川だ。
菊川に降りた時点で無理して島田へ行くことはやめておこうと決
めた。決めた要因の一つは、デジカメのバッテリーがとても持ち
そうになかったことがある。
デジカメが使えなければ記録の写真を撮ることができない。
菊川の集落をしばらく行くと菊川坂の入口につく、疲れを感じた
ので心拍数の確認をしたら140、菊川坂は、石畳の上りが続く
ので10分ほど休憩をする。
距離にして600メートルほどの石畳だが、あまり人が通らない
からなのだろう、草が生え放題で歩きにくい。もう少しと思うと
ころで一匹の蜂がやってきて、ぐるぐる前を飛ぶ。
よそ者は通さんぞと言うているのか、通行手形を見せろと言うて
いるのか、あまりにひつこいので少しバックして様子をみて、ま
た、その場所に行くとやっぱりぶんぶん、脅してくる。
もしかして、大軍になってやってきて襲われたら逃げるところが
ないと思うと怖くなった。
恐怖からか、心拍数140を超えっぱなし。
おまけに止まっていると蚊が容赦なく刺してくる。これにはまい
った。
ウォーキング協会の友人の姫さんから、蜂は黒い服に反応するの
で着ないようにと言われていたのを思い出したが、着替えの白い
シャツ着ようにも、その間に蚊にやられたら大変。
意を決して突入することにして・・・石畳をすべりそうになりな
がら50メートルほど、走るようにして上がった。上りきったと
ころでラッキー、ログハウスの素敵なコーヒーハウスが見えたの
で、そこに入って休憩をさせてもらうことにした。
店の奥さんが気さくに話しかけてきていろいろなパンフレットを
くれた。たぶん、この店、東海道歩きの人が寄る店なんだろう。
島田行きを中止して金谷止まりにしたので、コーヒーハウスでゆ
っくり休憩をさせてもらってすぐ近くの諏訪原城跡をぐるり一周
して最後の金谷の石畳を下りて行った。
楽しみにしていた金谷の石畳だったが、雨が降った後で、石がぬ
れていて何度も転びかけ、とても楽しむどころではなかった。す
べらぬ地蔵というのがあったが、とんでもない・・・
かってこの金谷は、江戸から京をめざす人には、大井川を渡りほ
っとする間もない旅の難所だったそうな。
今日、午後の日坂からここ金谷までは、平坦な道はなく、高度差
のあるアップダウンの道できつかった。京都からここまでで、一
番きつかったかもしれない。
石畳みを降りてJR金谷駅はすぐ近くにあったので予定していた帰
路のJRには、余裕をもって乗ることができた。
今回の二日間は、楽しい出会いの連続だった。失敗もあった。
怖い目にもあったし、くらくらする場面もあった。
暑さも真夏と変わりなくて決して楽な歩きではなかった。
でも、地元の人々には今回も親切にしてもらった。
旅は、お互いにやさしくなれるのかなあ・・・
帰路 青春18きっぷ
金谷駅17:21発→浜松乗り換え→豊橋乗り換え→金山乗り換え→
米原乗り換え→新大阪22:54着→仕事場へ→地下鉄終電で自宅へ
二日間 50.5キロ 前回の二日間とほぼ同じ。よく歩いた。
足にさほどの疲れもなくいい歩きができたのかなあと感謝している。