ユーリイ・ガガーリン空軍少佐を乗せた世界最初の有人衛星宇宙船ボストーク1号が、中央アジアにあるバイコヌール宇宙基地から打ち上げられ、約1時間半で地球を1周し、ソ連領内に着陸した。このとき、人類で初めて宇宙に行ったユーリイ・ガガーリンの、「地球は青かった」の言葉は、世界に残る名言になっている。この世界初の有人の宇宙衛星船・ソ連のボストーク1号が打ち上げに成功したことを記念し4月12日が、「世界宇宙飛行の日」となっていることについては以前に、このブログで1度書いた(以下参考の※:4月12日「世界宇宙飛行の日」参照)が、その時は、米ソの宇宙開発競争のことなど、宇宙船のことを中心に書いたので、今日は、そのPart 2として、ガガーリンが言ったと言われている有名な言葉「地球は青かった」をテーマーして書いてみる。
前のブログでもこの部分については、“ガガーリンは、帰還後、「暗黒の空を背景に地球は美しい青色のかさ(「ハロ」と言うらしい)をかぶっていた。それは、地平線を見るとよく分かった」と語った。この俗に言われる「地球は青かった」は当時流行語にもなった。このときのガガーリンが感動して、「青い」といったのは、弧を描く地球を薄く覆っている大気のことであったが、ガガーリンはそれを、人類として初めて大気圏の外から見たことになった。”・・・と書いておいた。
ハロ(=ハロー [halo])とは、広辞苑を見ると以下のように書かれている。
①暈(かさ)。天文用語。太陽または月の周囲に見える光の輪。光が微細な氷の結晶からなる雲で、反射・屈折を受ける結果生ずる。
②光輪。キリスト教芸術で、聖人や神的人格を象徴するために頭の周囲や描いた光の輪。
③渦巻銀河の円盤を広く取り囲むほぼ球状に星が分布している部分。
ガガーリンが宇宙船の窓から地球の姿を見て「地球は青かった」といった言葉は有名だが、以下参考の※:「ガガーリン地球は青かった原文探し旅」では、実際に、ガーリンがどのように語ったかを徹底的に調べているがその中で、“ロシア語では〔青い〕を表す単語が二つある。それは「синий(シーニー)」と「голубой(ガルボイ)」であり、研究社露和辞典によると、シーニーはガルボイに比べ、暗青色。ガルボイはシーニーに比べ、淡青色、空色と書かれている”。そして、 ガガーリンが、“ボストーク1号から9時27分に地球を見たとき語った言葉は「地球の縁、地平線の際は非常に美しい青い光の輪になっています。この光の輪は地球から離れるにつれ、暗くなっていきます。」・・であり、ガガーリンが感じた青は、「シーニー」ではなく「ガルボイ」であった。”旨、それと、“『地球という惑星が青かった』といったのではなく、宇宙空間との境い目の大気の層が青く見えたことを語っていた”のだと解説している。つまり、”今、あたりまえにのように、私たちが宇宙からの地球の写真で目にしている、あの青いオーラのような薄い層の色合いを。ちなみに、『光の輪』と訳したのは原語ではОРЕОЛ(アリオール)。露和辞書では光の輪、円光、後光、光背、ハレーションと訳されています。”・・・・と。ここに見られるように、宇宙船の中から地球を見たとき、ガガーリンは、地球を青かったとは言っていないが、地球に返ってきてから、イズベスチヤ4月13日掲載のオストロウーモフ記者による着陸地点からのルポの中で、ガガーリンの言葉として、 「空は非常に暗かった。一方、地球はガルボイがかっていた」・・・と語っているのが、日本の各誌などで「地球は青かった」と訳され報道されたようだ。そして、「ガルボイ」の色の説明として、“ブルーキュラソーの青。ピカソの”「青の時代」の青”を例に出している(「青の時代」については以下参考の※:「ピカソの「青の時代」 [アート論]」参照)。
面白いのは、”ガガーリンはプラウダに連載した『ダローガ・フ・コスモス(宇宙への道)』(ガガーリン著)の中で、地球の夜の面から昼の面へ飛行する時に地平線上に現われる色彩の美しさに感嘆し、まるでニコライ・レーリヒの絵のようだと語っているという。
ニコライ・レーリヒといっても、私はこのブログを書く為に色々に調べるまでよく知らなかったが、ロシア語名では、ニコライ・コンスタンチノヴィチ・リョーリフ、と言い、ロシアのサンクトペテルブルク生まれのドイツ系ロシア人で、美術界と法曹界で訓練を積み、文学や哲学、考古学にも関心を寄せた知識人で、一般的には、ストラヴィンスキーの「春の祭典」では生贄の処女が死ぬまで踊り狂うという古代の異教の徒の死の儀式がテーマとなっており、これを最初に着想・構想し、舞台デザインに関わった美術家として知られているようだが、私は、この作品も見たこともないのでこの作品のことは、以下参考の※:「ストラヴィンスキー/春の祭典」を見られると良い。
彼は、1920(大正9)年渡米後、英語風にニコラス(Nicholas)と名乗ったそうで、さまざまな神智学協会に加入するうち、美術活動よりも、むしろ、宗教活動が生活を支配するようになったようだ。1925(大正14)年から5年半に渡り、理想郷シャンバラを探し求めて中央アジア一帯、チベット、モンゴル、シベリアまでの広範囲を探索。当時シャンバラは地球の中心にあると言われる伝説上の都市アガルタの首都だと信じられていたようだ。レーリッヒやシャンバラの話などについては、以下参考の※:「ユートピア伝説」や※:「謎の地底王国アガルタ」などが詳しい。
晩年は、北インドのクルー渓谷(神々が住まう聖なる地と言われているようだ)に移住し、ヒマラヤ研究に専念したという。現地の風景を題材にした数多くの作品を残し、生涯で約7000点の絵画を創作しているというが、その独特な “レーリヒの青”を基調とした絵は、宗教性が強く、その幻想的、神秘的な作風は独特で示唆に満ちている。以下参考の※:「Nicholas Roerich Museum」には沢山の絵が展示されている。the-collecction また、 paintingsを覗かれるとよい。
ロシアの宇宙飛行士・ガガーリンが、地球の色を語るとき、地球の夜明けの色彩の美しさは、ニコライ・レーリヒの絵のようだと語っていることについて、以下参考の※:「ガガーリン地球は青かった原文探し旅」の管理者は、“ソ連の宇宙科学者たちが地球の外の「宇宙」についてみた夢と、レーリヒが地上の秘境、そして精神の奥底について見た夢は、じつは深いところで通底するものだったのではないか。そう考えると、ガガーリンが初めて宇宙に飛び出したときレーリッヒの名前を出したのも、単なる偶然とは思えなくなってくる。”・・・と述べているが、この管理者が、ガガーリンについていろいろ調べたことを書いているのを読んで、私もそのように思った。初めて見た光景の表現に、ガガーリンの文学的な才能も感じられる。
ガガーリンが、世界最初の有人宇宙飛行に成功したときのコールサインは「ケードル」(ロシア語:Кедр、ヒマラヤスギの意味)であったという。又、飛行中「祖国は聞いている」という歌(エヴゲーニー・ドルマトフスキー作詞、ドミトリー・ショスタコーヴィッチ作曲・作品86)を口ずさんで自分自身を元気づけていたという。
そういえば、1955(昭和30)年前後、日本では歌声喫茶が流行っていたが、このような歌を歌った記憶があるよ。当時、労働運動、学生運動の高まりとともに唱歌、童謡、歌謡曲などのほかに労働歌、反戦歌などと共に、ロシア民謡などがよく歌われていた。年輩の人なら覚えがあるのじゃないかな。⇒祖国は聞いている。同じドルマトフスキー作詞、ショスタコーヴィッチ作曲で、映画「エルベ河の邂逅」(1948年)の主題歌、エルベ河もあったよ。この頃は、本当に真面目な良い歌を歌っていたね~。
少し、脱線したが、ところで、それでは、地球がどうして青く見えるのかな?・・・。
冒頭掲載の画像は、1972(昭和47)年、アメリカのアポロ17号、ハリソン・シュミットから撮影した地球であるが、青く写っているところは、海だけではなく、陸地のところも青い。写真は、青い海、白い雲が大部分だが、雲の間から見える陸地を良く見てみると、砂漠を除くほとんどの部分が青く写っており、青く見える陸地の部分は、緑の森林・草地で覆われた地域である。そこは、本当は緑のはずだが宇宙から見ると青く見える。
それは、以下参考の※:「キリヤ化学/色と化学についてのQ&A」に詳しく書かれているが、要するに地球をとりまく大気が青いからだが、地球をとりまく大気を地上から見ると青空となって見えるのは、光の波長より小さな空気分子が短い波長をより多く散乱するレイリー散乱によるものだそうだ。その青空は、地上から見た場合だけでなく、宇宙から見た場合でも地球の大気は青く見える。それで,本当は緑である森林の緑も青に変わって見えるようだ。私は、この分野の専門家ではないので、興味があるなら、Q-51 青い目と空の青とは同じ? 。Q-41 海が青く見えるのはなぜですか? 。Q-25 空はどうして青く、夕焼けはどうして赤いのですか? ・・などを見てみると良い。
(画像は、1972年12月7日、アポロ17号、ハリソン・シュミットの撮影した地球。Wikipediaより)
参考:
※:4月12日「世界宇宙飛行の日」
http://blog.goo.ne.jp/yousan02/e/14e3a3d1a9a19d3fea00b56265de2cd1
※:今日も星日和/ガガーリン地球は青かった原文探し旅
http://hoshi-biyori.cocolog-nifty.com/gagarin/cat6261514/index.html
※:ユートピア伝説
http://www.geocities.co.jp/berkeley/3860/Utopia/048.html
※:謎の地底王国アガルタ
http://members3.jcom.home.ne.jp/dandy2/works/works_14_w.html
※:Nicholas Roerich Museum
http://www.roerich.org/index.html
※:ピカソの「青の時代」 [アート論]
http://hikosaka.blog.so-net.ne.jp/2008-03-23
※:ストラヴィンスキー/春の祭典
http://www.geocities.jp/proglink/artists/harusai.htm
ニコライ・レーリッヒの思想と生涯(PDF)
http://www.saturn.dti.ne.jp/agni/life_of_roerich.pdf#search='クルー渓谷'
※:キリヤ化学/色と化学についてのQ&A
http://www.kiriya-chem.co.jp/q&a.html
祖国は聞いている【C】
http://bunbun.boo.jp/okera/saso/sokoku_kiite.htm
エルベ河 【Dm】
http://bunbun.boo.jp/okera/aaoo/erube_gawa.htm
ユーリイ・ガガーリン-Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A6%E3%83%BC%E3%83%AA%E3%82%A4%E3%83%BB%E3%82%AC%E3%82%AC%E3%83%BC%E3%83%AA%E3%83%B3
ニコライ・リョーリフ - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8B%E3%82%B3%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%BB%E3%83%AA%E3%83%A7%E3%83%BC%E3%83%AA%E3%83%95
前のブログでもこの部分については、“ガガーリンは、帰還後、「暗黒の空を背景に地球は美しい青色のかさ(「ハロ」と言うらしい)をかぶっていた。それは、地平線を見るとよく分かった」と語った。この俗に言われる「地球は青かった」は当時流行語にもなった。このときのガガーリンが感動して、「青い」といったのは、弧を描く地球を薄く覆っている大気のことであったが、ガガーリンはそれを、人類として初めて大気圏の外から見たことになった。”・・・と書いておいた。
ハロ(=ハロー [halo])とは、広辞苑を見ると以下のように書かれている。
①暈(かさ)。天文用語。太陽または月の周囲に見える光の輪。光が微細な氷の結晶からなる雲で、反射・屈折を受ける結果生ずる。
②光輪。キリスト教芸術で、聖人や神的人格を象徴するために頭の周囲や描いた光の輪。
③渦巻銀河の円盤を広く取り囲むほぼ球状に星が分布している部分。
ガガーリンが宇宙船の窓から地球の姿を見て「地球は青かった」といった言葉は有名だが、以下参考の※:「ガガーリン地球は青かった原文探し旅」では、実際に、ガーリンがどのように語ったかを徹底的に調べているがその中で、“ロシア語では〔青い〕を表す単語が二つある。それは「синий(シーニー)」と「голубой(ガルボイ)」であり、研究社露和辞典によると、シーニーはガルボイに比べ、暗青色。ガルボイはシーニーに比べ、淡青色、空色と書かれている”。そして、 ガガーリンが、“ボストーク1号から9時27分に地球を見たとき語った言葉は「地球の縁、地平線の際は非常に美しい青い光の輪になっています。この光の輪は地球から離れるにつれ、暗くなっていきます。」・・であり、ガガーリンが感じた青は、「シーニー」ではなく「ガルボイ」であった。”旨、それと、“『地球という惑星が青かった』といったのではなく、宇宙空間との境い目の大気の層が青く見えたことを語っていた”のだと解説している。つまり、”今、あたりまえにのように、私たちが宇宙からの地球の写真で目にしている、あの青いオーラのような薄い層の色合いを。ちなみに、『光の輪』と訳したのは原語ではОРЕОЛ(アリオール)。露和辞書では光の輪、円光、後光、光背、ハレーションと訳されています。”・・・・と。ここに見られるように、宇宙船の中から地球を見たとき、ガガーリンは、地球を青かったとは言っていないが、地球に返ってきてから、イズベスチヤ4月13日掲載のオストロウーモフ記者による着陸地点からのルポの中で、ガガーリンの言葉として、 「空は非常に暗かった。一方、地球はガルボイがかっていた」・・・と語っているのが、日本の各誌などで「地球は青かった」と訳され報道されたようだ。そして、「ガルボイ」の色の説明として、“ブルーキュラソーの青。ピカソの”「青の時代」の青”を例に出している(「青の時代」については以下参考の※:「ピカソの「青の時代」 [アート論]」参照)。
面白いのは、”ガガーリンはプラウダに連載した『ダローガ・フ・コスモス(宇宙への道)』(ガガーリン著)の中で、地球の夜の面から昼の面へ飛行する時に地平線上に現われる色彩の美しさに感嘆し、まるでニコライ・レーリヒの絵のようだと語っているという。
ニコライ・レーリヒといっても、私はこのブログを書く為に色々に調べるまでよく知らなかったが、ロシア語名では、ニコライ・コンスタンチノヴィチ・リョーリフ、と言い、ロシアのサンクトペテルブルク生まれのドイツ系ロシア人で、美術界と法曹界で訓練を積み、文学や哲学、考古学にも関心を寄せた知識人で、一般的には、ストラヴィンスキーの「春の祭典」では生贄の処女が死ぬまで踊り狂うという古代の異教の徒の死の儀式がテーマとなっており、これを最初に着想・構想し、舞台デザインに関わった美術家として知られているようだが、私は、この作品も見たこともないのでこの作品のことは、以下参考の※:「ストラヴィンスキー/春の祭典」を見られると良い。
彼は、1920(大正9)年渡米後、英語風にニコラス(Nicholas)と名乗ったそうで、さまざまな神智学協会に加入するうち、美術活動よりも、むしろ、宗教活動が生活を支配するようになったようだ。1925(大正14)年から5年半に渡り、理想郷シャンバラを探し求めて中央アジア一帯、チベット、モンゴル、シベリアまでの広範囲を探索。当時シャンバラは地球の中心にあると言われる伝説上の都市アガルタの首都だと信じられていたようだ。レーリッヒやシャンバラの話などについては、以下参考の※:「ユートピア伝説」や※:「謎の地底王国アガルタ」などが詳しい。
晩年は、北インドのクルー渓谷(神々が住まう聖なる地と言われているようだ)に移住し、ヒマラヤ研究に専念したという。現地の風景を題材にした数多くの作品を残し、生涯で約7000点の絵画を創作しているというが、その独特な “レーリヒの青”を基調とした絵は、宗教性が強く、その幻想的、神秘的な作風は独特で示唆に満ちている。以下参考の※:「Nicholas Roerich Museum」には沢山の絵が展示されている。the-collecction また、 paintingsを覗かれるとよい。
ロシアの宇宙飛行士・ガガーリンが、地球の色を語るとき、地球の夜明けの色彩の美しさは、ニコライ・レーリヒの絵のようだと語っていることについて、以下参考の※:「ガガーリン地球は青かった原文探し旅」の管理者は、“ソ連の宇宙科学者たちが地球の外の「宇宙」についてみた夢と、レーリヒが地上の秘境、そして精神の奥底について見た夢は、じつは深いところで通底するものだったのではないか。そう考えると、ガガーリンが初めて宇宙に飛び出したときレーリッヒの名前を出したのも、単なる偶然とは思えなくなってくる。”・・・と述べているが、この管理者が、ガガーリンについていろいろ調べたことを書いているのを読んで、私もそのように思った。初めて見た光景の表現に、ガガーリンの文学的な才能も感じられる。
ガガーリンが、世界最初の有人宇宙飛行に成功したときのコールサインは「ケードル」(ロシア語:Кедр、ヒマラヤスギの意味)であったという。又、飛行中「祖国は聞いている」という歌(エヴゲーニー・ドルマトフスキー作詞、ドミトリー・ショスタコーヴィッチ作曲・作品86)を口ずさんで自分自身を元気づけていたという。
そういえば、1955(昭和30)年前後、日本では歌声喫茶が流行っていたが、このような歌を歌った記憶があるよ。当時、労働運動、学生運動の高まりとともに唱歌、童謡、歌謡曲などのほかに労働歌、反戦歌などと共に、ロシア民謡などがよく歌われていた。年輩の人なら覚えがあるのじゃないかな。⇒祖国は聞いている。同じドルマトフスキー作詞、ショスタコーヴィッチ作曲で、映画「エルベ河の邂逅」(1948年)の主題歌、エルベ河もあったよ。この頃は、本当に真面目な良い歌を歌っていたね~。
少し、脱線したが、ところで、それでは、地球がどうして青く見えるのかな?・・・。
冒頭掲載の画像は、1972(昭和47)年、アメリカのアポロ17号、ハリソン・シュミットから撮影した地球であるが、青く写っているところは、海だけではなく、陸地のところも青い。写真は、青い海、白い雲が大部分だが、雲の間から見える陸地を良く見てみると、砂漠を除くほとんどの部分が青く写っており、青く見える陸地の部分は、緑の森林・草地で覆われた地域である。そこは、本当は緑のはずだが宇宙から見ると青く見える。
それは、以下参考の※:「キリヤ化学/色と化学についてのQ&A」に詳しく書かれているが、要するに地球をとりまく大気が青いからだが、地球をとりまく大気を地上から見ると青空となって見えるのは、光の波長より小さな空気分子が短い波長をより多く散乱するレイリー散乱によるものだそうだ。その青空は、地上から見た場合だけでなく、宇宙から見た場合でも地球の大気は青く見える。それで,本当は緑である森林の緑も青に変わって見えるようだ。私は、この分野の専門家ではないので、興味があるなら、Q-51 青い目と空の青とは同じ? 。Q-41 海が青く見えるのはなぜですか? 。Q-25 空はどうして青く、夕焼けはどうして赤いのですか? ・・などを見てみると良い。
(画像は、1972年12月7日、アポロ17号、ハリソン・シュミットの撮影した地球。Wikipediaより)
参考:
※:4月12日「世界宇宙飛行の日」
http://blog.goo.ne.jp/yousan02/e/14e3a3d1a9a19d3fea00b56265de2cd1
※:今日も星日和/ガガーリン地球は青かった原文探し旅
http://hoshi-biyori.cocolog-nifty.com/gagarin/cat6261514/index.html
※:ユートピア伝説
http://www.geocities.co.jp/berkeley/3860/Utopia/048.html
※:謎の地底王国アガルタ
http://members3.jcom.home.ne.jp/dandy2/works/works_14_w.html
※:Nicholas Roerich Museum
http://www.roerich.org/index.html
※:ピカソの「青の時代」 [アート論]
http://hikosaka.blog.so-net.ne.jp/2008-03-23
※:ストラヴィンスキー/春の祭典
http://www.geocities.jp/proglink/artists/harusai.htm
ニコライ・レーリッヒの思想と生涯(PDF)
http://www.saturn.dti.ne.jp/agni/life_of_roerich.pdf#search='クルー渓谷'
※:キリヤ化学/色と化学についてのQ&A
http://www.kiriya-chem.co.jp/q&a.html
祖国は聞いている【C】
http://bunbun.boo.jp/okera/saso/sokoku_kiite.htm
エルベ河 【Dm】
http://bunbun.boo.jp/okera/aaoo/erube_gawa.htm
ユーリイ・ガガーリン-Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A6%E3%83%BC%E3%83%AA%E3%82%A4%E3%83%BB%E3%82%AC%E3%82%AC%E3%83%BC%E3%83%AA%E3%83%B3
ニコライ・リョーリフ - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8B%E3%82%B3%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%BB%E3%83%AA%E3%83%A7%E3%83%BC%E3%83%AA%E3%83%95