今日のことあれこれと・・・

記念日や行事・歴史・人物など気の向くままに書いているだけですので、内容についての批難、中傷だけはご容赦ください。

「ジャケ買い」?、麻生首相?

2009-02-26 | ひとりごと
今朝の朝日新聞「天声人語」を読んでいると、以下の様な事が書いてあった”本を手に取るきっかけは様々であるが、近頃は「ジャケ買い」が多いらしい。中身を吟味するより、ジャケット、つまり、表紙で選ぶことをいうそうだ。麻生太郎首相も当初、有権者の「ジャケ買い」を期待されたが、今や、「麻生おろし」の風が吹き、自民党は、新たなジャケットを探して蠢(うごめ)いている。20年前、「本の中身を変えず、表紙だけを変えてもだめ」と総裁就任を断った元外相、伊東正義の実直は、もはや遠い感がある”・・・と。
本当に私もそう思うよ。朝日新聞の記事そのものが好きで新聞をとっているわけではないが、昔から、この「天声人語」だけは大好きである。
前に、このブログ「『菊と刀』が日本で翻訳・出版された日」で触れたことがあるが、アメリカの文化人類学者ルース・ベネディクトが、第二次世界大戦末期の1944(昭和19)年)に、アメリカ戦時情報局の委託で行われた日本文化の研究の成果をまとめた日本文化論が『菊と刀』である。日米戦争終結を目前にして、アメリカは、欧米人と全く異なった考え方を持つ日本人の行動パターンを予測することが、戦後の占領政策策定のために必要としたためのものであろう。彼女は、日本映画や文学の分析などを通じて日本社会の体質に鋭く迫り、「菊(美)」を愛でる一方で「刀(武)」を好む矛盾に満ちたその性質を、内面的な規範ではなく、外面的な強制力(他者からの評価)によって、行動を律する「恥の文化」として抽出している。それらの調査・分析結果の解釈に関しては、少々表面的であったり、的外れであったり、かなり問題がある面も見受けられるものの、当時の日本人の本質はずばり、見抜いている面もある。
彼女は本の中で、”恥を基調とする文化は、「他人の批評、『世間』の評価に気を配る社会」であり、人は「外面的強制力にもとづいて善行を行う」”・・・ものだと述べている。確かに、戦前から戦後暫くの間の日本人には、彼女が”恥の文化においては、恥は「すべての徳の基本」と考える・・・、「罪の重大さよりも恥の重大さに重きを置く」文化”・・であると言っているように、”恥”をかくということを一番嫌っていたように思う。兎に角「恥”をかかないように言論や行動をつつしみ、”徳”を積むように努力をしていた。
しかし、今の日本人に”恥”という言葉はあるのだろうか・・・?
現代の日本では、子供や女子、年寄りなど、弱いものをいじめたり騙す、挙句には殺してしまっても平気な顔をしている人が非常に多くなった日本。若い女の子からは羞恥心などといったものは全く見られず、駅や公共の場などで股を広げて地べたに座り込んみ平気な顔をしている。又、公務員は公僕であることを忘れて、自分たちだけのことを考えた都合の良いことばかりやっている。企業は企業で、金儲けのためには、産地や日付の偽装、品質を偽っての販売ぐらいは、何とも思っていないらしい。
政治家は・・・政治を職業としているようであり、国民の側を向かず、選挙の際の票になり、金にもなる企業や特定の集団の方を向いた政治をしていると思われる人が多くなった。又、そんな、政治家に言ってはならないことを言ったり、つまらぬ失言ばかりしている人が多いが、そんな政治家らしくない発言や失言ぐらいは、ちっとも恥などとは思っていないようだ。中には外国まで行って、記者会見の席で酔っ払った醜態を見せ、外国メディアから顰蹙を買っても、そのようなことを恥とも感じず、すんなりと自ら辞職をしようともしない大臣がいる。回りの人から非難され、しぶしぶ辞任はしたが、そんな人を大臣に選んだ麻生首相は、お止めになったらともいえないだらしなさ。もっとも、麻生首相自身が、漫画ばかり読んでいるせいか漢字もまともには読めないらしい。それに、前に言った発言とは全く違うことを後で述べてシャーシャーとしている厚顔無恥な人。そういう点では、今までの日本の政治家の中ではピカ一だろうね~。国会答弁も周りの人の言うことに振り回され、あっちへ行ったりこっちへ行ったりと迷走三昧。空気が読めない上に決断力もリーダーシップもない。国民や、野党は勿論、同じ自民党議員からさえも、このまま、麻生氏が首相を続けていると自民党が再起できなくなってしまうので早く解散して選挙を・・と言うものが出ているにも関わらず、首相に解散権があるのを良いことに、なんだかんだと理由をつけて、首相の座にしがみ付き、国民の審判を仰ごうとはしない。
国民の1割しか支持していない人、何時まで政権の座に居られるのか分からない・・そんな政権基盤の弱い麻生首相が、「俺は外交が得意」などと言って、米国のオバマ大統領との会談に出かけ、1時間ほどの対談だけをして、共同記者会見もさせてもらえず、昼食会や夜食会などの場も用意してもらえず、米国の重要なパートナー日本としての役割だけはきっちりと約束させられて帰ってきたようだ。
米国の複数のメディアがそんな麻生首相について、「たった1時間の会談のために1万1千キロの長い旅」「日本の追い詰められた指導者、オバマと会談へ」「日本の麻生首相、訪米でイメージアップを狙う」などと、皮肉を込めて報じられている。
また、オバマ政権関係者の間には麻生首相のことを「DEAD DOG(死んだ犬)」などと評する声もあるというのに、そんな人を日本の代表者として送り出さなければならない日本国民として、私など、ただただ恥ずかしい限りなのだが、当のご本人さんは、全く、そのようなことは、感じておられないらしい。
どこまで、ずうずうしいの・・・?と思うのだが、ただ、漢字を読めない人だから、“恥”と言う字も言葉の意味も知らないだけなのだろうか?
冒頭の画像は、2月24日、ホワイとハウスで日米首脳会談にのぞむオバマ米大統領と麻生首相(245日朝日新聞夕刊掲載より)。彼にとっては、この写真を撮ってもらいたくて、ただそれだけでのこのこと出かけたのかもしれない。麻生家の大事なお宝(記念写真)として残すために・・・。
参考:
『菊と刀』が日本で翻訳・出版された日
http://blog.goo.ne.jp/yousan02/e/092fd841cad62978028d7c6e3c7cc7ea
asahi.com相訪米 中・ロ紙「冷遇された」、英紙ほとんど報じず
http://www.asahi.com/politics/update/0225/TKY200902250302.html
外交巡る集中審議、首相は成果強調―News i - TBSの動画ニュースサイト
http://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye4071287.html

スティーブン・スピルバーグ監督の映画 「未知との遭遇」が日本で公開された

2009-02-25 | 歴史
1978(昭和53)年の今日・2月25日は、スティーブン・スピルバーグ監督の映画 「未知との遭遇」(以下参考に記載のgoo映画参照)が日本で公開された日である。
映画は、世界各地で発生する未確認飛行物体(UFO)との遭遇事件と最後に果たされる異星生命体(宇宙人)と人類との接触を描いたSF作品であり、ラストのデビルズ・タワーに舞い降りた不夜城を思わせるUFOの巨大なマザーシップ(母船)が壮麗、圧巻である(冒頭の画像)。空前の大ヒットで、日本での配給収入は32億9千万円にも上ったという(アサヒクロニクル「週間20世紀」映画の100年より)。この映画は、以後のSF映画ブームの火附け役になった。
映画の原題は、『Close Encounters of the Third Kind(第三種接近遭遇)』。接近遭遇とは、空飛ぶ円盤とその関係のものとの目撃、接触で、この映画製作のスーパーバイザーを務めた元アメリカ空軍UFO研究部顧問のアレン・ハイネック博士の分類によるものだそうで、接近遭遇には大きく分けて4段階あり、第三種接近遭遇は”空飛ぶ円盤の搭乗員と接触すること”を言うのだそうだ(フリー百科事典Wikipedia 接近遭遇参照)。つまり、初めての異星生命体(以下宇宙人という)との遭遇を言うのだが、なにか、UFOについての専門知識がなければ判らない難しい原題よりも、日本で翻訳した題名”未知との遭遇”の方が、ずっとこの映画の内容を上手く表現しているし、観客にどのようなものかと興味を引かせ、夢がある。翻訳レベルの高さには脱帽だ。
スピルバーグは、ロシア系ユダヤ移民の3代目で、ユダヤ系であったため、いじめを受けたこともあり、両親も離婚しており、これが後の作品に大きな影響を及ぼしているという。
この映画は、スピルバーグの初期の代表作であり、1975(昭和50)年公開の「ジョーズ」(Jaws)の大ヒットを受けて、彼が少年時代から暖めていた企画を基に制作された作品だといわれ、彼は監督だけではなく自ら脚本も手がけるという力の入れようである。
この作品のストーリーの骨子になっているのは、1956(昭和31)年に「旧約聖書」内の2番目の「出エジプト記」を原作として制作されたセシル・B・デミル監督のスペクタクル映画「十戒」だという。映画『「十戒」では、預言者モーゼが、エジプトの圧制からヘブライ人(ユダヤ人)を救い出し、シナイ山十戒を授かるが、彼が不在の間にそのヘブライ人達は信仰を忘れ、偶像崇拝を初めとする享楽に耽っていた。それを見た神は“紅海が真二つに割れて道ができるなど、神による数々の力を見、その奇跡に救われてきたというのに、まだお前たちは神の存在を信じられないのか」と、モーゼを通じて罰を与えられる。そして約束の地カナン(神との約束の地)を目指すといったストーリーである。
「未知との遭遇」では、“山”が非常に重要な意味を持っている。フランスのヌーヴェルヴァーグを代表する映画監督の一人でもあるフランソワ・トリュフォー演ずるラコーム率いる調査団がメキシコの砂漠で第二次大戦時の戦闘機を発見。それは、消失当時と変わらぬ姿で残っていた。一方アメリカのインディアナ州では、町一帯の停電を調べていたリチャード・ドレイファス演じる電気技師ロイがUFOのような光を発見。以来、彼はこの不思議な光にすっかり魅了され、その正体を探っていく。やがて、ラコームがインドの群集の叫びから採取した、天から聞こえてきたという五音階のメロディを分析した結果、どうやら光が行き着く先は、ワイオミング州のデビルズ・タワーという山だと判明する。ロイをはじめ何らかのケースでUFOに遭遇した者が何かに導かれるような形で、その山に集まってきた。この山はいったい何なのだろう?映画では、“山”に向かうことになる主人公の家族が家のテレビで「十戒」を観ているシーンがある。ワイオミング州に実在する「デヴィルズ・タワー」はアメリカ最初の国立記念碑である。以下参考に記載の「※アメリカの国立公園 デビルズタワー国定公園」の写真をみていると何となくモーゼが十戒を授かったというシナイ山とイメージがダブってくるような気がする。
スピルバーグの父親は電気技師だといわれているが、映画の主人公である電気工事員のロイ又、ラコーム博士はスピルバーグの分身ともいえるものかもしれない。
彼は、単にSF映画として、宇宙人がやってきたということ自体を描くことよりも、そのことが引き起こす社会的な問題自体を描きたかったのでは・・・。彼には、純粋に神のような絶対的な存在があることを信じているふしがある。
イギリスの作家H・G・ウェルズが1898年に発表したSF小説『宇宙戦争』は、宇宙人による侵略をテーマとする世界初のフィクションであるが、これを、1938年アメリカでラジオドラマとして放送された「宇宙戦争」が全米で聴衆にパニックを引き起こしたことは、以前にこのブログ「ニュースパニックデー」でも書いたことがあるが、この後1953年には同名で映画化もされている。このような、かっての映画や漫画・小説などのフィクションにおいては、地球を訪れる宇宙人の来訪目的は地球侵略である場合が多く、地球人にとって宇宙人は恐いまた悪い存在であったが、スピルバーグのこの映画は、従来の宇宙人=侵略者といったイメージを完全に覆すものであり、スピルバーグにすれば、光に先導されながらデビルズ・タワーへと導かれてきた者は、宇宙人と何らかのコンタクト(接触)をもった者の中でも、特に宇宙人の力の凄さを知り、なお、彼らが必ずしも敵ではないのだということを体感したものだけが選ばれてきたということになるなのだろう。そして、マザーシップから降りてきたグレイ(宇宙人)との対面に感動と衝撃を受けた人たち。ラストシーンはそんな宇宙人と地球人の交流を音と光によって壮麗(壮大、おごそかで、でうるわしいこと。)に描き、そのような地球人の中から宇宙人に選ばれたロイがUFOに乗り込み、そして上昇し、宇宙へと旅立って映画は終わる。
このようなスピルバーグの宇宙人に対するスタンスは、後に製作し、大ヒットした「E.T.」に結実されている。 
ただ映画「未知との遭遇」に出てくる宇宙人が裸のようなグレイであるなど、スピルバーグの映画にしては、少々子供っぽいところが多いと批判する節もあるようだが、幼い頃から、ディズニー映画に影響され、娯楽性を重視していた時代の映画であるが、その中にしっかりと、旧約聖書のシーンをも織り込んでいるなど、流石・・といえるのではないか。第50回アカデミー賞8部門にノミネートされ、残念ながら監督賞などは受賞できなかったが撮影賞特別業績賞(音響効果編集)の2部門で受賞している。
参考:
未知との遭遇 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%AA%E7%9F%A5%E3%81%A8%E3%81%AE%E9%81%AD%E9%81%87
未知との遭遇 - goo映画
http://movie.goo.ne.jp/movies/PMVWKPD8750/
※アメリカの国立公園 デビルズタワー国定公園
http://dreamswan.com/home3/ryokou/wdrive/USACO/WY/NPS/Devil/Devil.htm
国士舘大学/文学部/今月の衛星画像デビルズ・タワー 「未知との遭遇 マザーシップが降りる山」 
http://bungakubu.kokushikan.ac.jp/Chiri/EarthWacht/Dec2003/RSgazou.htm
きょうのことあれこれと・・「ニュースパニックデー」
http://blog.goo.ne.jp/yousan02/e/1cd1637cced212c8b1dd0d3b1b1753d6
宇宙戦争 - goo 映画(1953年)
http://movie.goo.ne.jp/movies/PMVWKPD935/
Yahoo!映画 - 未知との遭遇
http://info.movies.yahoo.co.jp/detail/tymv/id22811/

年金水準30年後2割減

2009-02-24 | ひとりごと
今日の朝日新聞第1面に「年金水準30年後2割減」の記事が載っていた。
今の公的年金制度を維持するには、65歳以上の高齢者が受け取る厚生年金の水準を段階的に引き下げ、2038年度以降は、現在よりも20%低くする必要があるとに厚生労働省が年金財政の長期見通しを公表した(23日)というのである。
それでも現役世代の手取り収入に対する厚生年金の割合は50.1%で、政府が約束した5割を維持できると説明しているようだが・・・。
現在の100年に一度と言われる経済危機による積立金の減少と少子化の進行が主な原因のようであるが、このような見通しは、非常に甘いと言うのが世の評論家など見方のようだ。今世界の経済は、想像を絶する勢いで収縮しており、世界の中でも類を見ない高齢化と少子化が進んでいる日本で、新聞が指摘しているように、これからも厚生労働省が見込んでいるような、賃金の上昇と保険料の徴収が可能かは疑問だろう。
現在、日本では、派遣労働者の雇用打ち切りなどで、職を失った人が大勢発生しているが、これからも、まだまだ、派遣労働者どころか、企業倒産や企業の業務縮小などから正規社員でも職を失う人が増えそうな状況である。
これからの努力によって、企業がこの状況を脱したとしても、それらの企業が、今までのように雇用を増やしていくかは、非常に疑問である。
今の時代、全てがグローバル化している。それは、人についても同じである。世界の中で、人の総力と賃金を比較すると、日本の労働者の賃金が、他国の同じ能力の人と比較して低い方ではないことは、承知の通りである。それに、少子化は日本経済が何事もなく普通であっても、放っておけば収縮してゆくことを意味している。日本の企業は、発展の見込みのない日本よりもこれからはどんどんと海外へてくれないと日本は空洞化してしまう可能性がある。日本人は、今まで、日本へ出稼ぎに来ていた外国人労働者と同じ様に、これからは、海外へ出稼ぎに行かないと職が見つからない国になってしまうかもしれない。・・そんな、恐ろしいこと・・・と思う人が居るかもしれないが、・・・本当にそうなりかねない気がする。
今の日本の人口構成の歪さは深刻である。今まで、外国への輸出に頼って成長を続けてきたが、これからは、輸出頼みではなくどこの国もが内需を増やさなければな良くならない時代が続くだろうし、そのような時代に、日本は、どうして行くのだろうか・・・。既に、大手のメーカー他優良企業ほど、企業活動を海外に移して行っているようなのだが・・。今の日本の政治家を見ていると、このような状況に対処できる人が居そうにもないのが悲しい・・。
(画像は厚生年金の標準的な給付水準見込み。厚労省試算。朝日新聞朝刊より)

妊婦さんの日

2009-02-23 | 記念日
日本記念日協会の今日の記念日を見ると今日(2月23日)は、「妊婦さんの日 」だそうだ。
”妊娠している女性(妊婦さん)に対して、もっと思いやりの心を持って接しようと、2009(平成21)年5月23日に「BABY BABY BABY!」という映画を全国で公開する東映株式会社が制定。映画は出産をテーマとしたエンタテイメント作品で、大ヒットした「ナースのお仕事」のキャスト、スタッフが手がけたもの。日付は2と23で「妊婦さん」と読む語呂合わせから。”・・・とか。
急げ!急げ!オリンピックまでに!
1963(昭和38)年、この年は、東京オリンピックが、翌年に迫っていた。
こんにちわ 赤ちゃん あなたの 笑顔
こんにちわ 赤ちゃん あなたの 泣き声
その小さな手 つぶらな瞳
はじめまして 私がママよ
「こんにちわ 赤ちゃん」作詞:永六輔、作曲:中村八大
当時、東京の街で梓みちよの大ヒットした曲「こんにちわ 赤ちゃん」を、口ずさみながら街を歩いていると、おっと、坂本九の「上を向いて歩こう」(作詞:永六輔、作曲:中村八大)でなくてはいけなかった・・・などといったことが冗談ではないほどに、東京中が”突貫工事”中であった。この当時の日本にとって、オリンピックは「参加するため」だけに意義があるのではなく、「建設をする意義」の方が大きかったともいえる。高速道路や地下鉄を建設し、新幹線を走らせ、競技場やその付帯設備を造る。ついでに電話や下水道も整備し、首都を一気に改造する。高度経済成長の仕上げとしての「戦後」の一掃を計るために・・。そして、東京の街から下町情緒や人々の様々な郷愁を一掃して、無機質な近代都市へと変貌していった。しかし、1964(昭和39)年頃から経済は急速に縮小し事態は一変した。
1964(昭和39)年にサンウェーブと日本特殊鋼(現大同特殊鋼)が、1965(昭和40)年には山陽特殊製鋼が倒産した。さらに大手証券会社各社が軒並み赤字に陥った。こうした事態を受け、不況拡大を防ぐために政府は、1965(昭和40)年5月に山一證券への日銀特融、7月には戦後初である赤字国債の発行を決めた。結果、当時の政財界の関係者が危惧していた昭和恐慌の再来を未然に防ぎ、高度経済成長を持続していくこととなったが、今又、米国のサブプライムローン問題に端を発した世界的経済収縮が始まっている。
何か難しい話になったが今日は、何もそんな難しい経済の話しを書こうと言うのではない。ただ、妊婦さん、出産、あかちゃん・・と連想し、梓みちよの「こんにちわ 赤ちゃん」の歌を思い出していると丁度、この歌が、今と同じ様な経済状況になった数年前の曲であったことを思い出しただけである。
こうした昭和の高度経済成長の影で社会公共投資や福祉支出は低水準にとどまり、また環境破壊が起こり、公害病の発生、大量生産の裏返しとしてのゴミ問題などの公害の問題が高度経済成長期後半になると深刻化した。これは国民が環境よりも経済成長を優先した結果であると言える。また、都市への人口集中による過密問題の発生と地方からの人口流出による過疎問題も発生させた。戦後の経済成長の中で、変っていったものはそれだけにとどまらないだろう。私などから見ると一番変化したのは、日本人のものの考え方、価値観の変化だろう。都市への人口集中から、核家族化が始まり、女性の社会進出などもあり、ファミリー(家庭)を中心とした近隣社会との繋がりはなくなり、公共のことよりも自己中心的なそれも物欲の世界にどっぷりと浸かっている。そして、家族内での団欒もなくなり、学校から帰っても家に親の居ない孤独な子供、又、核家族化による老夫婦だけの孤独な生活や果ては、孤独死する老人も多くでてきた。そして、日本の人口が高齢化しているなかで、結婚をしない若者や結婚をしても子供を生まない若者層が増え、少子化問題が非常に深刻化しているのが現状である。この問題については、以前にこのブログ「1991(平成3)年の今日(8月14日)、総務庁が1世帯あたりの人数が初めて3人を下回ったと発表した」でも簡単に触れた。
梓みちよの「こんにちは赤ちゃん」には、「二人だけの愛のしるし すこやかに美しくしく 育てといのる・・・」といった、生まれた子どもへの限りない愛情あふれる言葉が出てくる。
しかし、折角誕生した子供を親が育てるのが面倒だからと、簡単に捨てたり、また、虐待し、挙句には、死に至らしめてしまうような親もいるのが今の日本の現状である。
そして、今の時代には、タレントだけではなく「できちゃった婚」・・・などと言う言葉が、普通の若者たちに流行語のように使われているのである。
子供を作った人達のただ、セックスの結果として「できちゃった・・・」子供って、どんな、将来が待っているのだろう?又、最近は、バツイチなんて言葉がさもトレンディな言葉のように使われている。離婚をした男女双方にはそれぞれに、それなりの言い分があるのではあろうが、子供にとっては、好むと好まざるとにかかわらず、片親の欠けた環境で育たなければならないのである。それは、決して、幸せなことではないだろう。そういう環境で育った子供は、成長し大人になったとき、結婚と言うもの、出産と言うことにたいしてどのような考え方を持つようになるのだろう・・・?。ふと考えさせられることである。
「こんにちは赤ちゃん」は、作曲者・中村八大の第一子生誕をヒントに永六輔が作詞した作品で、当初は、そのエピソードからパパの心情を歌詞にしようと思いついたが、それをママの心情に置き換えたのだというが、この歌詞には、かっての古きよき時代の人々の「あかちゃん誕生」に対する根源的な気持ちが表現されている。ちょっと、その歌、聴いてみる?本当に良い歌だよ。
YouTube - 1963年 梓みちよ / こんにちは赤ちゃん
http://www.youtube.com/watch?v=OYanE9CBSpQ
2人の愛情の賜物として生まれてきた子供。そんな子供の幸せを想う親の気持ちがあふれている。少なくとも、私たちの年代の者は、そんな親の愛情の中で育まれてきた。
第2次世界大戦で街中焼きつくされ着るものどころか食べるものもない苦しい時代に、親は、自分たちは食べるものもろくに食べずに私たちに食べさせてくれた。本当に苦しい家庭事情の中で、精一杯の愛情を注ぎ込んで育てられた私たちは、貧乏のどん底にあっても、親への不満など感じたこともないし、自分を生んでくれた親に対して心から感謝している。又、親は、親で生まれてきた可愛い赤ちゃんは成長し、5歳になったくらいで、十分に「親に生んでもらった恩返しをしていると思っている」ものだと何かで読んだことがある。
私の場合、家人の身体上の都合から1人しか子供が出来なかったが、私たちにとって何よりも可愛い子供は、その成長過程で、私たちに子供を育てるという幸せを与えてくれた。それで、十分に親孝行してくれたと感謝している。この後は、私たちと同様に、自分達が生んだ子供を私たちがしたと同じように愛情を注いで育てて欲しいと思っている。私たちもその孫の成長を暖かく見守っている。
西洋には「赤ちゃん(幸運)を運んでくるこうのとり」の伝説があるようだが、日本のこうのとりのゆりかごは赤ちゃんポストと呼ばれて、捨て子が運ばれてくるようだ。そういえば、以前にこのブログで慈恵病院で「こうのとりのゆりかご(赤ちゃんポスト)」運用を開始のことを書いたことがあるが、今はどうなっているんだろうね~。
戦後の日本は経済成長と引き換えに、かっての日本のよき風習や伝統、そして、世界に誇れる美しい心を失ってしまった気がする。
今の若い人達には、赤ちゃんの誕生が、どれほど幸運なことであるかを、わかって欲しいものだが、今の時代、出産をするのに、産科医や入院できる病院などが不足していることがマスコミなどで報じられている。
映画BABY BABY BABY!」について、”東映の川田亮プロデューサーが「不妊治療や妊婦の労働条件など、社会問題も取り上げ『子供を産むっていいな』と思ってもらえる作品にしたい」とコメントした”・・・との記事をどこか見た。映画のチラシにも、”男には出来ないお仕事”のサブタイトルが付いているが、その通りで、子供を生むことは女性にしか出来ない。だから、女性には、他のどのようなことよりも子供を生むこと、また、その子供を育てられることの幸せを感じて欲しい。そのためには、女性が子供を生み易い、そして、育てやすい環境を如何に作り上げてゆくかが日本の将来を決めることにもなるだろうね。このような問題について、国は責任をもって、取り組んでくれないと困る。
しかし、子供を出産する側の人達も、余り、医者や病院側、企業などばかりを責めてもダメだろう。今のようなことになってしまった根本には、企業も人も日本の全ての人達が、効率や金銭のみを追求し、そして仕事や働き方についても、キツイ、汚い、危険なことを避け、ただただ、楽で、責任のない仕事をして簡単に金を得る、自分にとって都合の良いことばかり考えるようになったことに大きな原因があるのだと思う。だから根本的な解決のためには、原点に帰って、日本人の誰もが、自分のことばかりでなく、人のことを思いやる優しい心を取り戻さないといけないのではないだろうか。世界的な大不況が到来している今の時代は、経済の仕組みだけでなく、このような人の考え方も全て見直す時期に来ているのだと私は思う。
(画像は、映画のチラシ「BABY BABY BABY」)
参考:
日本記念日協会
http://www.kinenbi.gr.jp/index2.html
東映株式会社HP
http://www.toei.co.jp/
東映映画・BABY BABY BABY!公式サイト
http://www.babybabybaby.jp/
妊娠-Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A6%8A%E5%A8%A0
梓みちよ - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A2%93%E3%81%BF%E3%81%A1%E3%82%88
高度経済成長 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%98%E5%BA%A6%E7%B5%8C%E6%B8%88%E6%88%90%E9%95%B7
サブプライムローン - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%83%96%E3%83%97%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%A0%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%B3
You Tubu・Nurse no Oshigoto
http://www.youtube.com/results?search_type=search_playlists&search_query=Nurse+no+Oshigoto
バツイチ - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%84%E3%82%A4%E3%83%81
今回のゲストは… : 映画「Baby Baby Baby!」
http://cmail.exblog.jp/8216005/

同窓会の日

2009-02-21 | 記念日
日本記念日協会の今日(2月21日)の記念日を見ると今日は、「同窓会の日 」だそうだ。
"懐かしい再会と感動の場である同窓会により多くの人々に参加してもらおうと、ウェブ同窓会「この指とまれ!」などを運営する「株式会社ゆびとま」が制定したそうだ。日付は月初め、月末を除き連休になる確率の高いことから毎月第3土曜日にしたのだ"という。
「この指とまれ! 」は、現在、 株式会社この指とまれが運営するウェブ同窓会。2007(平成19)年までは、株式会社ゆびとまが運営していたが、同社役員の逮捕からネット風評を引き起こし、売上の低迷により業績が悪化し、同窓会サイト「この指とまれ!」などの事業は、2007(平成19)年8月29日をもって、株式会社この指とまれ(本社:東京都中央区)へ売却され、現在は、同社が運営しており、、サービス内容等に変更はないようだが・・・。余り、このような話には、関わりたくないので、詳しいことは、以下参考に記載の※印のHPなど参照されるとよい。
しかし、ネットで同窓会と言う発想は良いね~。私が現役時代勤めていた会社では、会社を退職した人達とをつなぐネットでのサークル(会社退職者の同窓会)のようなものがつくられており、HPで交流できるようになっている。退職後も、社内報などが自宅宛に送付されてくるので、現役時代の会社のことも良くわかる。又、年に2回ほど、退職者だけではなく現役のものも参加しての同窓会ならぬゴルフコンペなどの催しもしている。
ただ私自身は、学生時代の仲の良い友や、会社の現役時代の気の会う仲間とは、今でも個人的には付き合っているが、学校の同窓会や会社の色んな団体やサークルでの繋がりにはあまり関心もなく、どちらかというと好きではない。だから、学生時代の同窓会にも余り積極的には参加をしていないが、50代も過ぎた頃、高校時代から親しく付き合ってる仲間が久しぶりに同窓会の幹事をやるので是非参加してくれというので、参加したときのことである。久しぶりのクラスメイトとの再開は、それなりに懐かしく、昔のことを思い出しながら楽しく一日を過ごして帰った。同窓会では、久しぶりに、会って、その後の現況など話しあい、名刺の交換などもしていたのだが、同窓会が終わっった数日後のこと、余り親しくもない同窓会メンバーの何人かからさも親しげに電話がかかってきた。最初は何の話しかとあれこれ話していたが、電話の目的は、仕事に関する話やあるサークルへの勧誘などであった。サラリーマンも50代になるとそれなりの地位についていたり、重要な仕事を任され、その分、ずっしりと重い責任がのしかかってくる。当時、私が勤めていた会社などでも、特に部課長以上の者などには、積極的に自社以外の会社の仲間と広く交流をすることを勧めていたことがある。要するに交流の範囲を広げ、その仲間とのコネを仕事などに生かそうというものであり、そのようなことが、当時はどこの会社でも流行っていた。私自身は、余りそのようなことは、好まないし、当時の私には仕事柄余り必要性もなかったので、何も行動をしていなかったが、電話をかけてきた連中は、営業を担当している者ばかりだったので、早速同窓会メンバーとの繋がりを生かそうと活動を始めたのであろう。
学校の同窓会であろうが会社の退職者を対象としたサークルであろうが、このような団体やサークルは、ただ単に、学生時代の、又、現役時代の友好を深めるといった純粋な目的以外に、往々にして、それを主催する人や団体又、参加している人には最初から、そこでの交流を何かに生かそうとの打算が入っていることも多いように思う。だから、私は、気のあった仲間とは、それぞれ、個人的にはお付き合いをしているが、そのようなサークルには余り積極的には参加しないことにしている。
それに50歳を過ぎての同窓会に出席してつくづく感じたことであるが、一応皆同じ様な立場に居た学生時代の仲間も、社会に出て、約30年もの月日が経つと、それぞれが違った人生を歩み、生活環境も、生き様もそうとうな違いが出てきている。それが当たり前と言えば当たり前のことなのであるが、同窓会に出席し、久しぶりに再開すると、最初は、童心に返り、学生として同じ境遇にあった仲間同士が、昔話に華を咲かせていても、次第に、月日の経過と、それぞれの立場の違いなどが目に付き始める。それが、その後の付き合いのなかにも微妙に影響してくるものがある。昔の仲間と何時までも変わらぬ友情を保つということはなかなか難しいものだよね~。
でも、高校などを卒業した後の5年や10年くらいの青春時代の人達にとっては、学生時代に胸をときめかせたあの人のことや懐かしい先生のこと、クラブ活動で楽しく過ごした仲間のことなどが、色々思い出される人も多いだろう。卒業式について、ネットで検索していたら、そんな人達の好まれそうなシンガーソングライターの故村下孝蔵の良い歌があった。以下で、聞けるし歌詞も見れる。村下孝蔵〝同窓会〟を聴く|随書雑感
http://ameblo.jp/pippu-t-takenoki/entry-10183643495.html
村下孝蔵:同窓会 の歌詞
http://www.kasi-time.com/item-3398.html
なにかの目的をもっての仲間の交流などで、「この指とまれ!」・・・は、良い合言葉ではあるよね。
そういえば、人気歌手・TOKIOで大ヒットした曲「この指とまれ!」(作詞・作曲:和気優)も良い歌詞だね。以下で歌詞が見れる。
歌ネット - TOKIO - 歌詞 - この指とまれ!
http://www.uta-net.com/user/phplib/view_0.php?ID=10227
(画像は、CDS・シングル/TOKIO/この指とまれ!)
日本記念日協会
http://www.kinenbi.gr.jp/index2.html
※この指とまれ! - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%93%E3%81%AE%E6%8C%87%E3%81%A8%E3%81%BE%E3%82%8C!
同窓会 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%8C%E7%AA%93%E4%BC%9A
※YUBITOMA,Inc
http://www.yubitoma.co.jp/
※この指とまれ!」ホームページ
http://www.yubitoma.or.jp/
※「ゆびとま」社長、逮捕の元組長だった
http://www.news.janjan.jp/media/0702/0702180250/1.php
※ゆびとまが「この指とまれ!」事業を売却、役員逮捕で売上低迷
http://internet.watch.impress.co.jp/cda/news/2007/09/06/16823.html
村下孝蔵 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%91%E4%B8%8B%E5%AD%9D%E8%94%B5