どもですあきらです~。
Twitterにてワンライ参加したゼルアメSSです。
お題「お化粧」
化粧品の甘い匂いを漂わせるアメリアに複雑な感情を抱くゼル。
-----------------------------------------------------------
――それは、霧深い森の中で。
目深にフードを被り、急ぎ足で道を行く。日が暮れる前にこの森を抜けてしまいたい。先ほどまで自分の真上にあった太陽が徐々に沈んで行くのに内心で焦りながら、青年――ゼルガディス=グレイワーズは疲労で重くなる足をなんとか前へ前へと運んでいた。
道に間違いはないはずだ。だが、霧が深いせいで視界が良くない。賊やタチの悪い獣にこれまで遭遇していないのは幸運と言って良かった。
「……そんな事を言っていると、タイミングよく不運にぶち当たる事もあるがな」
ぼそりと呟いた独り言。……まさにその言葉に応じるように、背後、少し後方でがさがさと音が響いた。続いて、蹄の音と馬の鳴き声が耳をつく。
――おいおい。
こんな森の中に野生の馬は居ない。馬車を使うなら金持ちか、それとも金持ちから馬車を奪った賊だろう。ゼルガディスは後者に備えてそっと腰に挿した剣の柄に手を掛けた。近づいてくる音。隠れるべきかそれとも……。逡巡しながら背後にちらと視線を投げれば、視界の端に『ソレ』が映った。
「六芒星のマーク……セイルーン王家の紋章か!」
まさか。その可能性が頭を過った瞬間、近づいてきた馬車から、ひょっこりと人の顔がのぞく。――その顔は、ゼルガディスには見覚えがあり過ぎた。
「アメリアっ!」
「わー! ゼルガディスさんじゃないですかー!?」
*
従者が慌てて止めるのも聞かず、お姫様は軽やかにドレス姿で馬車から降りてくる。
「お久しぶりです。こんな所で会うなんて驚いたわ!」
「……本当にな」
霧深い森の中で。にっこりと微笑みながら、ドレスの裾を軽く摘まんで挨拶をする彼女は、ゼルガディスの知る彼女の姿とはだいぶ異なっていた。
以前共に旅した時の身軽な旅装束とは打って変わって、裾を引きずる程にたっぷりと布が使われたドレープの美しい白のロングドレスには、淡いブルーと金糸の刺繍が豪奢に縁どられている。そして、纏められた黒髪を飾るように、彼女の頭上に煌めく金色のティアラ。……まさに彼女は『姫』なのだと、ゼルガディスは改めてそれを思い知らされた思いがした。
「アメリアは、公務か?」
「ええ。この森を抜けた先のライゼ―ル帝国にちょっと……ゼルガディスさんは?」
「俺もまあ、そっちの方に用がな」
姿を元に戻す方法を探す為の、当てのない旅。次の行先をそちらに決めたのはほとんど気まぐれだった。
「なら、途中までご一緒しませんか?」
「姫様!」
傍で控えていた従者の、非難の声が飛んだ。……当たり前だ。どこの馬の骨とも知れぬ、怪しげな見た目の男など連れて行けるわけが無いだろう。
「大丈夫よ、彼は以前共に旅をした人です。信頼のおける人よ」
「……しかし……」
困惑したように顔を見合わせる従者や馬の御者たちに、彼は思わず苦笑した。お転婆の姫様の従者というのも、なかなか苦労するようだ。
――それにしても、この自分を『信頼のおける人』、とは。すぐにそう言い切った彼女の、まるで手放しな信頼になんだかむず痒い気持ちになって。
「アメリア。俺は別に……」
「ゼルガディスさん、お願い! せっかく会えたのだから久しぶりに色々話を聞きたいわ。正義について熱く語り合う事もしたいし……」
「それはしない」
「ええー!?」
ガーン、と背景に効果音が付きそうな程大きなリアクションをするアメリアは、豪奢なドレスを纏っていても以前と全く変わっていなかった。
「まあ、そちらさんに不都合が無いなら、俺はどちらでも構わないが……」
「ほんとに?」
瞬間ぱっと表情を明るくする彼女はなんとも少女らしい。
「ほら、皆さん! 彼、剣の腕もあるのよ。護衛は一人でも多い方が良いでしょ? ね?」
「……むむ、姫様がどうしてもとおっしゃるなら……」
従者を困らせるちょっとした我儘も、元お尋ね者の自分を『信頼』していると言い切る素直さも、くるくると変わる表情も。それら全ては彼女を年相応の少女に見せる。
なのに、以前には感じなかった、今彼女に感じるこの胸のざわつきのようなものは何なのだろうか。その正体が掴めぬままに、彼は彼女に腕を引かれて馬車へと足を踏み入れる。
その瞬間、彼の鼻を付いたのは甘い匂いだった。花の匂いでもなく、砂糖菓子の匂いでもない。ふわりと、至近距離のアメリアから漂う甘い匂い。視線をやって、そして気が付いた。
「……」
少女の唇と頬を染める紅と、白粉の匂い。それが鼻を付いたのだ。
――そうか。
彼の胸をざわつかせる正体は。まるで以前と変わらぬようにふるまう少女が、着飾り化粧を施されて、大人の女のように自分に微笑みかける、そのアンバランスさ。
「どうしたんです? ゼルガディスさん」
「……いいや、なんでも」
なんとも言えない、その複雑な感情を。自分ですらも上手く頭の中で処理出来ていないというのに、彼女に何か言えるわけもないのだった。
目深にフードを被り、急ぎ足で道を行く。日が暮れる前にこの森を抜けてしまいたい。先ほどまで自分の真上にあった太陽が徐々に沈んで行くのに内心で焦りながら、青年――ゼルガディス=グレイワーズは疲労で重くなる足をなんとか前へ前へと運んでいた。
道に間違いはないはずだ。だが、霧が深いせいで視界が良くない。賊やタチの悪い獣にこれまで遭遇していないのは幸運と言って良かった。
「……そんな事を言っていると、タイミングよく不運にぶち当たる事もあるがな」
ぼそりと呟いた独り言。……まさにその言葉に応じるように、背後、少し後方でがさがさと音が響いた。続いて、蹄の音と馬の鳴き声が耳をつく。
――おいおい。
こんな森の中に野生の馬は居ない。馬車を使うなら金持ちか、それとも金持ちから馬車を奪った賊だろう。ゼルガディスは後者に備えてそっと腰に挿した剣の柄に手を掛けた。近づいてくる音。隠れるべきかそれとも……。逡巡しながら背後にちらと視線を投げれば、視界の端に『ソレ』が映った。
「六芒星のマーク……セイルーン王家の紋章か!」
まさか。その可能性が頭を過った瞬間、近づいてきた馬車から、ひょっこりと人の顔がのぞく。――その顔は、ゼルガディスには見覚えがあり過ぎた。
「アメリアっ!」
「わー! ゼルガディスさんじゃないですかー!?」
*
従者が慌てて止めるのも聞かず、お姫様は軽やかにドレス姿で馬車から降りてくる。
「お久しぶりです。こんな所で会うなんて驚いたわ!」
「……本当にな」
霧深い森の中で。にっこりと微笑みながら、ドレスの裾を軽く摘まんで挨拶をする彼女は、ゼルガディスの知る彼女の姿とはだいぶ異なっていた。
以前共に旅した時の身軽な旅装束とは打って変わって、裾を引きずる程にたっぷりと布が使われたドレープの美しい白のロングドレスには、淡いブルーと金糸の刺繍が豪奢に縁どられている。そして、纏められた黒髪を飾るように、彼女の頭上に煌めく金色のティアラ。……まさに彼女は『姫』なのだと、ゼルガディスは改めてそれを思い知らされた思いがした。
「アメリアは、公務か?」
「ええ。この森を抜けた先のライゼ―ル帝国にちょっと……ゼルガディスさんは?」
「俺もまあ、そっちの方に用がな」
姿を元に戻す方法を探す為の、当てのない旅。次の行先をそちらに決めたのはほとんど気まぐれだった。
「なら、途中までご一緒しませんか?」
「姫様!」
傍で控えていた従者の、非難の声が飛んだ。……当たり前だ。どこの馬の骨とも知れぬ、怪しげな見た目の男など連れて行けるわけが無いだろう。
「大丈夫よ、彼は以前共に旅をした人です。信頼のおける人よ」
「……しかし……」
困惑したように顔を見合わせる従者や馬の御者たちに、彼は思わず苦笑した。お転婆の姫様の従者というのも、なかなか苦労するようだ。
――それにしても、この自分を『信頼のおける人』、とは。すぐにそう言い切った彼女の、まるで手放しな信頼になんだかむず痒い気持ちになって。
「アメリア。俺は別に……」
「ゼルガディスさん、お願い! せっかく会えたのだから久しぶりに色々話を聞きたいわ。正義について熱く語り合う事もしたいし……」
「それはしない」
「ええー!?」
ガーン、と背景に効果音が付きそうな程大きなリアクションをするアメリアは、豪奢なドレスを纏っていても以前と全く変わっていなかった。
「まあ、そちらさんに不都合が無いなら、俺はどちらでも構わないが……」
「ほんとに?」
瞬間ぱっと表情を明るくする彼女はなんとも少女らしい。
「ほら、皆さん! 彼、剣の腕もあるのよ。護衛は一人でも多い方が良いでしょ? ね?」
「……むむ、姫様がどうしてもとおっしゃるなら……」
従者を困らせるちょっとした我儘も、元お尋ね者の自分を『信頼』していると言い切る素直さも、くるくると変わる表情も。それら全ては彼女を年相応の少女に見せる。
なのに、以前には感じなかった、今彼女に感じるこの胸のざわつきのようなものは何なのだろうか。その正体が掴めぬままに、彼は彼女に腕を引かれて馬車へと足を踏み入れる。
その瞬間、彼の鼻を付いたのは甘い匂いだった。花の匂いでもなく、砂糖菓子の匂いでもない。ふわりと、至近距離のアメリアから漂う甘い匂い。視線をやって、そして気が付いた。
「……」
少女の唇と頬を染める紅と、白粉の匂い。それが鼻を付いたのだ。
――そうか。
彼の胸をざわつかせる正体は。まるで以前と変わらぬようにふるまう少女が、着飾り化粧を施されて、大人の女のように自分に微笑みかける、そのアンバランスさ。
「どうしたんです? ゼルガディスさん」
「……いいや、なんでも」
なんとも言えない、その複雑な感情を。自分ですらも上手く頭の中で処理出来ていないというのに、彼女に何か言えるわけもないのだった。