内閣改造を行っても新鮮味を感じる人がどのくらいいるだろうか?
内閣改造ですから少しは目玉というものがあるのでしょうが、なぜ新鮮味を感じないか?
内閣改造は安倍総理への疑惑が深まることによる逃げの改造でした。そして総理は安倍さんです。旧内閣から引きずるものとしては一連の安倍総理への疑惑だけではなく、閣僚の失言やスキャンダルそしてとどめは稲田防衛相の『戦闘』隠しです。
この引きずるものをリセットして新たに出直すと頭を下げることでは国民が新内閣に新鮮味や期待を持つことはできないでしょう。
また経済優先が言われていますが、これまでも経済優先だったはずです。しかしふたを開けてみればアベノミクスは失敗をして総括もないままにアベノミクスの真骨頂は構造改革だと。訳の分からないアベノミクスの継続です。経済が混迷を深める中で、政治は集団自衛権としてのアメリカとの軍事同盟京香であり、共謀罪の成立そして改憲の意欲でした。それも十分な国民の理解を得ることなく数の力で押し切りました。
ですから新内閣が経済優先を言っても結局は改憲をどう進めるかにあるでしょう。
すでに消費増税10%をやると言っています。構造改革は労働の規制緩和として過労死容認法ともいわれる労働時間の「規制」や残業代不払いそして労働力の流動化(正社員をどう解雇しやすくするか)が目指されています。個人消費の拡大は企業にお願いして賃上げをするという。これも失敗をしているはずなのに。社会保障は切り下げられるでしょう。これでは経済の好循環は生まれるはずもないのです。しかしここを国民に期待を持たせなくてはいけない。そこで「人間作り革命」という大げさな言葉が出てきます。この国民受けする言葉の羅列は、「輝く女性」や「女性が活躍する社会」がとん挫して政治でも女性大臣や議員の失態があり、新内閣では女子大臣が減っています。
言葉と実態の乖離が進むと同時に期待が失望に変わっているのです。
政治政策や経済政策においても新鮮味はなくなっています。
保守内での安倍の次の動きが活発化するでしょうが大きな流れは同じでしょう。
内閣改造ですから少しは目玉というものがあるのでしょうが、なぜ新鮮味を感じないか?
内閣改造は安倍総理への疑惑が深まることによる逃げの改造でした。そして総理は安倍さんです。旧内閣から引きずるものとしては一連の安倍総理への疑惑だけではなく、閣僚の失言やスキャンダルそしてとどめは稲田防衛相の『戦闘』隠しです。
この引きずるものをリセットして新たに出直すと頭を下げることでは国民が新内閣に新鮮味や期待を持つことはできないでしょう。
また経済優先が言われていますが、これまでも経済優先だったはずです。しかしふたを開けてみればアベノミクスは失敗をして総括もないままにアベノミクスの真骨頂は構造改革だと。訳の分からないアベノミクスの継続です。経済が混迷を深める中で、政治は集団自衛権としてのアメリカとの軍事同盟京香であり、共謀罪の成立そして改憲の意欲でした。それも十分な国民の理解を得ることなく数の力で押し切りました。
ですから新内閣が経済優先を言っても結局は改憲をどう進めるかにあるでしょう。
すでに消費増税10%をやると言っています。構造改革は労働の規制緩和として過労死容認法ともいわれる労働時間の「規制」や残業代不払いそして労働力の流動化(正社員をどう解雇しやすくするか)が目指されています。個人消費の拡大は企業にお願いして賃上げをするという。これも失敗をしているはずなのに。社会保障は切り下げられるでしょう。これでは経済の好循環は生まれるはずもないのです。しかしここを国民に期待を持たせなくてはいけない。そこで「人間作り革命」という大げさな言葉が出てきます。この国民受けする言葉の羅列は、「輝く女性」や「女性が活躍する社会」がとん挫して政治でも女性大臣や議員の失態があり、新内閣では女子大臣が減っています。
言葉と実態の乖離が進むと同時に期待が失望に変わっているのです。
政治政策や経済政策においても新鮮味はなくなっています。
保守内での安倍の次の動きが活発化するでしょうが大きな流れは同じでしょう。
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