日付が変わって昨日の出来事になるが、父の一周忌法要を営んだ。悲しみと混乱の中で過ごした、この一年の時は、長いようでもあり、またとても短いようにも感じられた。思う存分悲しむこともままならず、様々な現実問題が遺された家族には、次々としなければならないことが降りかかる。しかしそれが、もしかすると、つかの間悲しみを忘れさせてくれるのかもしれないとも、ふと思う。
そして一周忌。普通一周忌では、自宅にお坊さんを招いてお経をあげていただき、法話を聞かせて頂いたりするようで、我が家でもそのように段取りをした。さて、厳かな雰囲気の中、読経が始まり、神妙な面持ちで手を合わせるみんな。そして私。だが、5分もしないうちに...ヤバイ。足が痺れてきた...。周りを見回せば、皆一様にモジモジゴソゴソ。元々、供養というのはスタイルではなく、気持ちの問題だと考えている私だが、「やはり足を崩すのはマズイだろう」などと、供養どころではないことばかり、いつしか考える。そしてそれは、亡き父への思い出へと繋がっていった。
幼い頃、私は父母に大変厳しく躾けられた。それこそ、普段から正座、みたいな生活で、食事のマナーにも、襖の開け閉めにも、果てはトイレの行き方にまで細かく指示が与えられた。それを破れば、容赦なく、父の大きな手が私の頭を叩き、泣き虫だった私はそのたび泣いた。4歳ぐらいの時に私が、近所の子供に、「汚い格好をしているから」という理由だけで、怪我をさせてしまったときは、母親によって手の甲に、タバコの火が押し付けられた。その傷痕は今も残っているが、身をもって痛みを知ったおかげで、私はそれ以降、むやみに暴力をふるわなくなった。私の家庭環境はとても複雑で、小さい頃から親には、色々と大変な思いをさせられたが、それでも厳しく躾をしてくれた事には、今でも本当に感謝している。3つ子の魂は100まで生きなくとも、割と有効期限が長いのだ。 ...でも。でも。どうして?どうして正座がこんなに辛くなちゃったの!?
私は16歳の時に父の家を出た。それ以来、あまりにグウタラした生活を送ってきたため、正座も満足に出来なくなってしまったのだ。いまでは椅子の上に胡坐をかいて、ブログを更新している有様の日々。そんな私を父は今、どんな気持ちで見ているだろうか。
...ごめんね、お父さん。
でもね、私は今、最高に楽しく生きていますって!
そして一周忌。普通一周忌では、自宅にお坊さんを招いてお経をあげていただき、法話を聞かせて頂いたりするようで、我が家でもそのように段取りをした。さて、厳かな雰囲気の中、読経が始まり、神妙な面持ちで手を合わせるみんな。そして私。だが、5分もしないうちに...ヤバイ。足が痺れてきた...。周りを見回せば、皆一様にモジモジゴソゴソ。元々、供養というのはスタイルではなく、気持ちの問題だと考えている私だが、「やはり足を崩すのはマズイだろう」などと、供養どころではないことばかり、いつしか考える。そしてそれは、亡き父への思い出へと繋がっていった。
幼い頃、私は父母に大変厳しく躾けられた。それこそ、普段から正座、みたいな生活で、食事のマナーにも、襖の開け閉めにも、果てはトイレの行き方にまで細かく指示が与えられた。それを破れば、容赦なく、父の大きな手が私の頭を叩き、泣き虫だった私はそのたび泣いた。4歳ぐらいの時に私が、近所の子供に、「汚い格好をしているから」という理由だけで、怪我をさせてしまったときは、母親によって手の甲に、タバコの火が押し付けられた。その傷痕は今も残っているが、身をもって痛みを知ったおかげで、私はそれ以降、むやみに暴力をふるわなくなった。私の家庭環境はとても複雑で、小さい頃から親には、色々と大変な思いをさせられたが、それでも厳しく躾をしてくれた事には、今でも本当に感謝している。3つ子の魂は100まで生きなくとも、割と有効期限が長いのだ。 ...でも。でも。どうして?どうして正座がこんなに辛くなちゃったの!?
私は16歳の時に父の家を出た。それ以来、あまりにグウタラした生活を送ってきたため、正座も満足に出来なくなってしまったのだ。いまでは椅子の上に胡坐をかいて、ブログを更新している有様の日々。そんな私を父は今、どんな気持ちで見ているだろうか。
...ごめんね、お父さん。
でもね、私は今、最高に楽しく生きていますって!
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