「君が代」不起立再任用拒否高裁逆転勝訴判決確定に寄せて
志水博子
梅原さんが、そして私も含めてZAZAのメンバーの多くが「君が代」起立斉唱職務命令に従わず、懲戒処分を受けることがわかっていても、それでも「不起立」であったのは、人権教育を私たちが行ってきたからだ。
人権教育(同和教育)において、差別の不当性はもちろんのこと、理不尽なこと、おかしなことに対しては声を上げなければ何も変わらないと、私たちは生徒に説いてきたわけだ。その私たちが、かつて教え子を戦場に送る役割を果たした「君が代」を起立して歌えという理不尽な命令には到底従うことはできなかった。
そして、再任用をめぐって、今後「君が代」起立斉唱の職務命令に従うかどうかの「意向確認」なるものが行われた。面従腹背ーー従います!という道もないではなかったが、梅原さんはそうはしなかった。なぜなら、それも人権教育と関係がある。
大阪府立高校の教員は、進路指導の際、人権教育の観点から、就職差別をさせないため生徒たちに近畿統一応募用紙(かつて広島信用金庫で起こった就職差別を契機に生まれた履歴書)の趣旨に反する質問には答えなくてよい、いや、もっというなら、差別につながる質問にはたとえ自分が答えてなんら支障がなくとも、それは差別選考につながる恐れがあるので、「学校の指導で答えてはいけないお言われています」と応じてほしいと説明する。
もしも、生徒が就職面接で「あなたは『君が代』を歌いますか?」という質問を受けたならば、明らかにそれは統一応募用紙の趣旨に反する違反質問であり、学校は大阪府教育委員会にすぐさま報告し、大阪府商工労働部は、その企業を指導することになる。
梅原さんは、生徒にそのように指導している以上、その自分が答えるわけにはいかないと、意向確認には応じなかった。結果、再任用選考不採用とされたわけだ。
この意向確認は憲法違反であると裁判では主張したが、残念ながらそれは認められなかった。だが、私たちは確信している、意向確認は明らかに憲法19条思想および良心の自由に抵触する。大阪府教育委員会が、梅原さんより後のグループZAZAの面々の再任用を行ったことこそ、その証左である。
勝訴判決へ導いたのは、意向確認とは別の論理である。再任用選考については、雇用と年金の接続を図る観点から、基本、再任用希望者は概ね採用される。体罰で戒告より重い減給1ヶ月の懲戒処分を受けていても、再任用選考は合となった事例もある。そこから考えると「君が代」不起立で戒告処分の梅原さんを再任用拒否することは明らかに裁量権の濫用ということになる。
高裁の主任裁判官であった浅見宣義裁判官(今では退官されたので、“元”になってしまったが)、『裁判所改革のこころ』を著すなど、良心的な裁判官として知られているらしい。かつて、裁判は裁判官次第といった人もいるが、そういう点で裁判官に恵まれたといえないこともない。これも梅原さんの人徳かもしれない。
高裁判決で私たちにとって最も喜ばしい点は、裁量権の濫用と認められた理由を裁判所が次のように述べている点である。
「控訴人の勤務に関し、・・国歌斉唱時の起立斉唱に関するもののほか、特に問題点を指摘されたことは窺われないこと、公立学校の式典における国歌斉唱時の起立斉唱等に関する職務命令に従わなかった事例における懲戒処分の選択に関し、事案の性質等を踏まえた慎重な考慮が必要となる旨が判示されたところ(最高裁H24年1月16日判決P253参照)、雇用と年金の接続を図る必要性が増大していることなど近年の事情を勘案すれば、本件事案の懲戒処分歴の扱いについても、定年退職前の懲戒処分の選択と同様に事案の性質等を踏まえた慎重な考慮が望まれるべきことからすると、府教委の本件不採用の判断は、客観的合理性や社会的相当性を著しく欠くものとして、裁量権の逸脱または濫用にあたり、違法というべきである。」
つまり「国歌斉唱時の不起立」を理由とする再任用不採用は違法であることをはっきりと認めている点である。
これまで、「君が代」不起立者に対し、まるで恫喝のように再任用拒否を発出していた大阪府教育委員会には猛省を迫りたい。
そして、さらには、そもそも全国で唯一大阪にだけある、教職員への「君が代」起立斉唱を義務づけた条例の廃止を訴えたい。少なくとも、大阪府教育委員会には、本年も発出した「君が代」起立斉唱の職務命令は、これを機に中止すべきである。