哲ノート

gentle heart!! ヤサシイココロ・オトナノココロ

どうなることやら・・・・・。

2010-08-30 23:57:53 | ちょっと気になる
最近のニュースから。

今の首相といい、前の首相といい・・・・・。

「何かあたらしいことを」

「今までとは違った考え・行動を」

「今までの慣習・既得権益をなくさねば」

「マニフェストの存在」

などなど、なにか“呪縛霊”みたいなものにかかっているように思える。

「いま何をするか」

「いま何をしなければならないか」

考えてはいるのだろうけど、踏み出せない。踏み出そうとしない。

見えないプレッシャーが、世間というバッシングを警戒するあまりに、特に「痛み」をともなう主義・思想・行動をふさいでしまっている。(もっとのびのびやればいいのに・・・・)

そんな時。

「俺はまだ隠居しないよ」と言わんばかりに“おざわ”さんが、いったん退いていたのに表舞台に出てきた。

おいおいこんな時期にまたまた「政争」かよ。いいかげんに・・・・・・。

しかし、コロコロ変わる「首相」には“ただあきれる”ばかりだが、“おざわ”さんが「もしかしたら・・・・・・・」と思わせるくらい今の政治をなんとかせねばと期待したくなる気もある。

むかし「列島改造論」をぶちかました「コンピューター付きブルトーザー」こと“たなかかくえい”首相が、高度成長著しい日本をさらにさらに押し上げる政策を打って出た。

金権・権力を手玉に・・・・とかダークな部分は残るが、当時の日本に“おおきなチカラ”を与え、その実行力、国を代表してのリーダーシップ、国民からの求心力、魅力あふれるキャラクター・・・・・・・いずれもがいずれもが「今の日本」に必要なものなのではないかと思う。

“たなかかくえい”擁護ではないが、でもすこしでも“すがりたい”くらいに日本は衰退しているような雰囲気・焦燥に包まれている。

この国の行く末がどうなるかの「岐路」にいまたたされている。

「いま何かをしなければ」

「いま何かをしておけば」

だからこそ、日本に“活”をいれる存在感ある人物・起爆剤が必要なのではないだろうか。

ただ、「政争」は早めに切り上げないとすっぽかされるよ。
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蕎麦には山葵でしょ。

2010-08-29 00:17:11 | いま、これです。
蕎麦には山葵。

お取り寄せの蕎麦。

もちろん蕎麦の風味バツグン。スーパーのとか立ち食いみたいな出来合いのものとはぜんぜん違う。

今回は“信州産”の蕎麦。山葵もセットですりおろします。ツ~ンと山葵のいいかおり。

まず「蕎麦」をつゆもつけずにそのままツルツルと。

つぎに「蕎麦」を半分つゆにつけてツルツルと。

そのつぎにおろしたての「山葵」をちょこんと「蕎麦」に直接乗せてツルツルと。

これでこの「蕎麦」の良し悪しがわかります。

「蕎麦」本来のあの風味と鼻を刺激する「山葵」との融合・・・・・ここが決め手です。

あくまでも「蕎麦」が主役であって、「山葵」「つゆ」「薬味」はそれを引き立てる役なのです。だから蕎麦以外は“控えめに”がポリシーです。

最近「うどん」よりは「蕎麦」にはまっています。まだまだ「蕎麦」を極めなければとおもう今日この頃です。
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大山登山④ -ケ-ブルカーで-

2010-08-28 00:00:09 | 行ってきました
午前11時。大山頂上。

カキ氷をほおばりながら、真っ白い雲海の景色?を堪能しています。

ここまでの苦闘を忘れるくらい、このままいたい気分。



なんで「カキ氷」かというと・・・・・・「おにぎり」買うのを忘れた!!

計画では山頂から混沌とした下界を見下ろしながら「おにぎり」をパクつくつもりだったのだが、時は遅し、途中で気がついた頃にはもうお店はなく、あるのは「水」だけ・・・・・。

「カキ氷」のまあおいしいこと。

さあ出発です。
見晴台を経由して、ケーブルカーで下山します。

見晴台への下山道は「あれっ」と思うくらい整備されている。
おいおい、行きと帰りでこんなに違うんかい。
行きが登山道ならこっちはハイキングコースって感じです。



まあそんなこと考えながらスタスタと降りるのですが、下りはこれまた「足に負担」がかかります。登りは「足を上げます」が下りは「足に体重がかかって」これまたあしがつりそう。とにかく一歩一歩確実に降りてゆきます。

森の中をひたすら下りますので眺望もきかず、なんか「ただ下りる」って感じです。

そしたら突然・・・・・・「鹿」が3頭あらわれました。
人間と同じちょうどお昼時でしょうか一生懸命草を食べています。
口笛吹くと1頭がこちらを凝視します。おもわずパチリと。



放し飼いではなく野生なんでしょうなぁ。こちらはあまりかまうことなく極自然にふるまってその場を離れました。(動物園じゃないから、お互いに干渉しない。)

下山道の途中には大きなブナの巨木があったり、大山も手付かずの自然がまだまだ残されています。



見晴台で休憩をしてケーブルカーの駅がある「阿夫利神社」の下社についたのは午後の1時でした。もうさすがに麓まで歩く気力もありません。すなおに「ケーブルカー」で下山です。

今日は大山山頂まで、往復約5時間行程でした。(けっこう歩きました!!)

落語で有名な「大山詣り」。そんなことがきっかけで以前から是非行こうと決めていた「大山」
ケーブルカーもあり、ガイドブックを見るとけっこう気軽に登れる山の印象がありましたが、「甘かった」いやいやそんな気軽なもんじゃない。
気力・体力・忍耐力・・・・・ひさびさ自分でもここまでやるかっと思うくらい「いっぱい・いっぱい」の一日でした。でもそれだけ「充実感」もあり、「達成感」に満足した「大山」でありました。
 
   
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大山登山③ -雲海の中へ-

2010-08-27 17:29:42 | 行ってきました
午前9時。 大山阿夫利神社下社でまったりしてると、家族連れが数組石段を登ってくる。

どうやらケーブルカーで登って来たみたい。
こちらはもう死にそうになるくらいの汗びっしょり、へとへと気分なんですけど。

どんどん山頂への道を歩いていきます。
今回は正直「大山を甘くみていました」、もうここで(下社)帰ろうとしていましたが・・・・・まだ9時か。こんな時間に下界に降りてもなぁ。みんな山頂に行くし(元気に)せっかくここまできて帰るのも・・・・・・・行くか!!(だいぶ体調も良くなったし)

ここ下社から90分。たぶんここまで以上の登りが考えられますが、甘く考えていた自分に「活」を入れればなんとかなる。体力・持久力・忍耐力を鍛えねば・・・・。

下社の脇にある半開きの門「登拝門」をくぐり、いきなり約90段の石段。登頂にふさわしい“セレモニー”です。



さてさてここから山頂までは、いままでの「石段」ではなく「登山道」ていうか岩・石のゴロゴロしたところをとにかく歩きます。

歩き出してフト思いました。

「ペース配分」

そうだ、下社まで行く気マンマンで「ハイペース」で来たのだ。(なるほど。)
そんなに急ぐものでもないし、たとえ抜かれたっていいじゃん。一歩一歩登ればいいじゃん。休憩をとりながら一歩一歩のぼればいいじゃん。

そうだよ、競技じゃないんだから自分の体力に沿って「マイペース」でいいんだよ。



そんなことであいかわらず岩と石が連続する山登りですが、ちょこちょこ休憩して風景を楽しみながら・・・・・・風景を楽しみながら・・・・・・ガスっぽくなってきましたよ。下界の夏真っ盛りとは違って、やはり「山の天気」です。いつのまにかまわりが「真っ白」世界に。

しかも前半の「石段登り」からか左右の足のふとももがつり始めてきました。
足を上げるのも苦痛に。エッチラホッチラ一歩一歩足を動かしてゆきます。(遅かろうがいいんです)



そんな岩と石のつづら折の道をゆっくり歩いてゆくと、ヤビツ峠との分岐点に。
ヤビツ峠からの夫婦連れと声を交わしました。峠まで車でこれるそうで、尾根伝いに山頂までこれるそうです。こちらはケーブルを使わずに下から登って来ましたと伝えると
「へぇ~たいしたもんだ」と褒められてしまいました。(そんなすごいことなんだ。)

山でのマナーで「こんちわ」と声を掛け合います。お互いの無事と励ましあう意味でとっても気持ちの良いことです。今回の大山登山でも声かけは当たり前ですが、見知らぬ人とちょっとした会話を楽しむことができました。こういう登山・ハイキングというのは一種の仲間意識というのがあるのでしょう。

山頂に近くなると尾根伝いになり、ほどなく「山頂」に到着しました。



なんどか山に登っていますが、「達成感」というのは何度登ってもいいものです。
ただ雲海の中の大山山頂で、期待していた眺望はありません。やはり真夏は下界の熱気がガスになるようで、ちょっと季節をはずすと良いようです。

カラダはぼろぼろですが、念願の「大山詣り」「大山登頂」達成です。
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大山詣り② -阿夫利神社の勝守り-

2010-08-26 23:42:10 | 勝守り
なんとか登ってこれた「大山・阿夫利神社下社」

まずはカラダにご褒美を・・・・社殿したの「神水」をゴクッと。

あっここにも・・・・・・・「勝守り」

ここまであきらめないでがんばった自分に「勝守り」

~誰もあなたのことを信じていないときに、自分を信じることだ。そうすればあなたは勝つことができる。~



さあ頂上めざし「出発だ!!」
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大山詣り① -石段に目がまわる-

2010-08-25 23:52:45 | 行ってきました
早朝の町田駅からの小田原行きは下りにもかかわらず混んでいた。

通勤・通学 6時半過ぎの電車だけど「大変だなぁ」
こちらはそんなことを思いつつも・・・・・・・。

「大山詣り」

丹沢・大山登山ときたもんだ。(お勤めごくろうさまです。申し訳ない。)
・・・・・と考えていたら、厚木をすぎるとめざす「大山」が快晴の青空に見えてきた。

伊勢原に到着。駅前から「大山ケーブル下」行きのバスに乗り込む。
これまた混んでいる。
この前の「昇仙峡」行きのバスを思い描いていたが、結構「通勤客」が乗り込んでいる。
こちらは「観光客」・・・・・・申し訳ない、お勤めご苦労様です。

しかも終点「大山ケーブル下」まで結構乗っている。聞き耳たてると、どうやらここ大山にお勤めしているようだ(なるほど。)

さてさて、バス停を降りてトコトコと「こま参道」とよばれる門前商店街を歩いて、いよいよ登頂です。ちなみに「大山ケーブル」の始発は9時です。当たり前のように今日はすべてあるいて「頂上」まで行きます。

まずは女坂から大山寺、そこから大山阿夫利神社の下社まで。

スタスタと手軽なハイキング気分で、ほんとスタスタと歩きます。
真夏です。セミが泣き叫んでいます。くもの巣があちこちに。朝一番「しまへび」と出くわします。(あさからへびとは、これは縁起がいいかも)
そんな軽~い気持ちだったのが、途中から「なんか変だぞ・・・・・」

取り付きはなだらかな山道だったのが、途中から急坂、しかも石段がつづら折り状態に。



まあそれでも途中の「大山寺」にたどりつく。
まだ8時半。まだだ~れもいない。
関東三大不動の1つですけど、だ~れもいない。ただ犬がほえまくって歓迎してくれたけど。「かわらけ投げ」もできず、先をいそぎます。(通過!!)



そこから「下社」までが本格的な登り。
それはまるで天までつづくような「石段の嵐」
足を上げても上げてもつづく石段・石段・石段。
平地にある寺社のそれとは違い、登山道の石段ですから不規則この上ない。
しまいにはまわりの景色を楽しむ余裕もなくなってきて、「石段」しか視覚の中に入ってきません。

「石段に酔ってきました」

石段・足を上げる・石段・足を上げる・石段・立ち止まる・足を上げる・石段・石段・・・。

「石段に目がまわってきた」

いかん・・・・立ってられん。
すわりこんだ。



ハっとまわりを見たら「休憩所」が・・・・あそこでヨコになろう。

まわりは誰もいない・・・・・・どうしよう・・・・・・こんなところで。

ハァ~と大きく息をはきだし、しばしヨコになってセミの声に耳をかたむけていると・・・・心臓のバクバク感がだんだんなくなって、いくらか気分が楽になってきた。

こんなだれもいない山のなかで「討ち死に」してなるものか、とにかくこの「石段」を克服せねば。

こんな真夏の炎天下の下で、なれない登山をして、あげくは「熱中症」、冗談じゃ済まされない。

まだつづく「石段」を一歩一歩「あ・し・を・あ・げ・て」登ります。

・・・・・・と、公衆トイレの看板。人の気配。建物の気配が・・・・石段を登りきると・・・・・・そこには山の風景にはそぐわない「真っ白い石段」(なんだこれは!!)

大山阿夫利神社・下社に到着です。



下社の長く続く真っ白い石段の登りやすいこと。さいごはスタスタと登りつきました。

ケーブルカーだとわずか6分。でもえっちらこっちら1時間の、それはそれは長い下社詣りでした。

つづく・・・・・・・。
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“生七味”にはまっています。

2010-08-24 22:43:25 | いま、これです。
いま、食卓に“生七味”がかかせません。

冷奴にいいぞ。
ギョーザにいいぞ。
焼肉にいいぞ。(これ1番かな)
パスタにいいぞ。
とんかつにいいぞ。
冷麦にいいぞ。(これもいいかな)
もちろんそのままでも・・・・・・いいぞ。

生のとんがらしに、絶妙の加減で山椒やゆず、ごまを練り合わせたもの。

辛さもあるのだが、風味がまた良く「味をひきたてる」ちょっとした調味料に。

とある駅の構内のよくある産直品のコーナーで見つけて以来はまっています。
「食べるラー油」があいかわらずもてはやされていますが、こっちの「生七味」のほうがくどくないし、応用がきくかも・・・・・・・。

当分食卓にはかかせない「一瓶」になりそうです。
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“日焼け”について一考

2010-08-23 00:42:08 | ちょっと気になる
「日焼けしてなんぼのもんじゃい」

夏の炎天下の下で懲りずにゴルフ。
当然夏だから日焼けは避けられない。一応世間体を気にして「日焼け止め」を塗るが・・・・。

いつの頃かな、日焼けが“絶対悪”みたいな風潮になってきたのは。

一時期は「健康的な小麦色の肌」なんて言われて、コパトーンなんて“きれいな”小麦色を作るローションがテレビのCMでガンガン流されて・・・・・そんなコパトーンでさえも「日焼け止めローションSPF50」だって。

いわゆる日本人は“黄色人種”西洋は“白色人種”
その白色人種が紫外線にもともと弱いものだから、「日焼け」の影響を気にして広まり、そこになんでも“健康なりたがり症候群”の日本人が群がり、いつのまにかこんな風潮が出来上がっちゃった。その前までは、だれもかしこも小麦色だったのに、手のひらひっくりかえすように・・・・・。

なんかの記事で「適度な日焼け」は肌の抵抗力を増し肌を守ってくれるとあった。
“過度な”ではなく“適度な”日焼けは、人間が持ち合わせている本能、カラダを防御する反応を促している。だから肌が小麦色になるのだ。

するってぇ~と。
“日焼け絶対悪”論はカラダをもしかしたら“いたわる”ではなく、自序能力を“むしばむ”ものなのかもしれない。

“冷房依存”といい“日焼け”といい、もっともっと「自分のカラダ」というもののチカラを信じる。もっともっと自分のカラダをいたわる。もっともっと自分のカラダをみてあげる。

これだぁ・・・・・・・ジャンジャン。

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“暑さ”について一考

2010-08-22 01:31:58 | ちょっと気になる
今日も“むんむん”暑い。

フト思った。

夏だから“暑い”のだ。決して“すずしい”ものではない。
暑いのが当たり前だ“夏”だもん。

こんな事をいうと、今に「熱中症」になるかもしれないが、「平気平気」が一番恐いらしい。

でもこの“暑さ”天候だけのものでもないらしい。都市熱・都会熱、これも一種の「冷房病」「冷房依存症」も一因である。

あのエアコンの室外機からでる“季節と真逆”の熱風。あれだけ熱風が吐き出されているのだから気温が上がるわなぁ。
またあの冷房がビンビンと効いて冷えた室内から“冷房”で暑くなった室外に出たとたんカラダが“ノックダウン”しちゃうのが当たり前でしょ。

古来から四季のある日本で日本人は知恵をしぼり“夏”を“暑さ”を受け入れ、時には生活の一部として楽しんだものだ。

現代、現代の知恵としてのエアコンが従来の「夏の生活」を壊しつつあるんじゃないかな。

人間のカラダはたいしたもので暑くて“汗”をかくことによって、カラダの体調管理・体温調節をしてくれている。エアコンはこの人間が本来持ち合わせている“自序能力”をも壊している。

・・・・・・かと言って、ここまできたら「エアコン無し」の生活も考えられなくなっているのだが。
猛暑・熱中症・温暖化とニュースにはのぼるが、この日本人の生活様式の変化も一因であるのは間違いない。
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“鍋島”を見に行く

2010-08-21 23:30:49 | ちょっとそこまで。
“鍋島”を見にサントリー美術館へ。

「誇り高きデザイン 鍋島」

“鍋島”江戸時代に佐賀鍋島藩で作られた焼き物で「鍋島様式」といわれる磁器。
主に贈答品・献上品として作られたもので最高級の磁器としてその名を知られているようです。



染付けの「青」がまず眼に止まります。この青・藍色がさまざまな構図のなかでひときわ引き立ち洗練された印象があります。

「色鍋島」「献上鍋島」「鍋島青磁」など代名詞があるくらいの正統派でありますが、上品な実用品のお皿って感じで非常にわかりやすいイメージを持ちました。

いつか「おっ鍋島みたい」なんて言葉が出ると箔がついたりしてね。

そのくらい「鍋島」というコトバが新鮮でした。
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