ずっと励まし合ってきた患者仲間の話に心を痛めている。
再発した臓器の病変が画像上消えたということで、何年も続けた抗がん剤をお休みして、ハーセプチンとホルモン剤の内服で1年半ほど落ち着いていらした。
私もそんな寛解状態に続くことが出来たらな、と眩しく頼もしく思っていた。が、先日、別の臓器への転移が判ったということを聞き、かける言葉を失った。
詳しい検査の前には原発腫瘍だと思って、摘出手術をするために情報収集をしたり、これからの仕事の調整等を始めたり、と着々と水面下での準備を進めていらしたらしい。が、結果は乳がん転移の疑いが濃いとのこと。だから、手術は出来ないという。
今後、今までの薬物療法を見直し、新しく治療方針を立て直していくことになるのだろう。
こうして何年も再発治療を続けながら、普通の暮らしを続けることが出来ていると、ああ共存出来ているのかなと思う。すると、またがん細胞が悪さを始める。そのタイミングは本当に人様々だ。何年も静かに眠ってくれていることもあれば、そうそう長いことじっとしていてくれないこともある。
けれど、その間も治療を休んでいるわけではない。再発してからというもの、何年もにわたって黙々と通院を続け、地道にしぶとく治療を続けているわけだ。
だからこそ、こんなに真面目に治療を続けているのに、こんなに頑張り続けているのに、またか・・・という、言葉に出せないくらいの悔しさ、辛さ、動揺が痛いほど伝わってくる。
穏やかにごく淡々とお話されるので、その下に隠されている思いが却って私の胸を打ち、その心中を慮ると、こちらの方がやり場のない気持ちになる。
そして「前の私だったら検査の結果を聞くのにももっと早くなりませんか、と騒いでいたと思うけれど、なんだか不思議と受け容れているというか、そうなんだ、という感じで・・・。けれど、こんなふうに強くなってしまうのが、なんだか哀しい。」とおっしゃる。
強くなる-そう、このしぶとい病気と長く付き合っていくため、冷静に向き合っていくためには、哀しいかな、知らず知らずのうちに強くならざるを得ない。その都度、涙を流してしゃがみこんで動けなくなっていたら、それこそ病気の思う壺だ。
だから、たとえ転んでも、こけても、膝についた土埃を掃って、態勢を立て直して、もう一度前を向いて、歩き出すのだ。命を繋ぐためには、頑張り続けるしかないから。もちろん、治療を続けながらも、少しずつ病状が進んでいくのかもしれないのというのは哀しい現実だけれど。
けれど、そういう私たちは決して強くなっているだけではない、と私は思う。一回一回、その都度強さを得た以上に、色々な人、色々なものに対してどんどん優しさも増していると感じている。
だって、自分で何度も痛い目にあえば、相手がどれほど痛い目にあっているのか、判るのだから。間違いなく、相手を慮る優しさが研ぎ澄まされてくるのだから。
だから、私は信じています。
貴女は、強くなっているだけなんかじゃない。今まで以上にうんとうんと優しくなって素敵な人になっていらっしゃる。
神様は必ずやそんな貴女を見ていてくださる。きっとこれからの治療も上手くいく。ファイトです!
日曜日のセンター模試の日、朝起きたら急に気持ちが悪いと言って食事もろくにとれずにしぶしぶ出かけた息子のこと。
その日の夕食は夫と焼き肉食べ放題だったというのだから、またも試験前シンドロームかと思っていた。が、間1日おいて、今朝。喉が痛いから熱を測ってみた、と私のところに持ってきた体温計は7度3分を示していた。とりあえずクリニックで診てもらい、大丈夫そうなら学校に遅れてでも行くようにと言い置いて出勤した。
結果、扁桃腺が化膿しているとのこと。帰宅すると7度8分に上がっていたと連絡があった。やむなく学校には欠席のメールを入れた。
今月から学校帰りに毎日塾に寄っている。待ったなしの課題が山積とのことで、帰宅時間は押し、夕食は遅くなるし、就寝時間も当然後ろにずれこんでいる。受験生は健康管理が何よりだけれど、かといって、やるべきことが殆ど出来ずに試験に臨むのでは、不安で気持ちの上から具合が悪くなるというのも頷ける。
これからは勉強と同様、メンタルトレーニングが彼の課題なのかもしれない、と思う母である。
昨日今日と蒸し暑さが酷い。
昨日は都内での研修で、空調が効いた部屋で終日過ごすことが出来たが、私の職場では、夏季の空調はどんなに暑かろうが7月1日から。机上の温度計は既に29度を示している。どうにも消耗する湿気と暑さである。扇風機は出してもらえたけれど、汗ばんだ手で触れる書類がよれよれに波打つほどだ。
胸痛、胃痛に加えて早くも夏バテです、などとは言っていられない。なんとかコンスタントに空調が入る迄、体調管理をうまくしていかないと・・・。
再発した臓器の病変が画像上消えたということで、何年も続けた抗がん剤をお休みして、ハーセプチンとホルモン剤の内服で1年半ほど落ち着いていらした。
私もそんな寛解状態に続くことが出来たらな、と眩しく頼もしく思っていた。が、先日、別の臓器への転移が判ったということを聞き、かける言葉を失った。
詳しい検査の前には原発腫瘍だと思って、摘出手術をするために情報収集をしたり、これからの仕事の調整等を始めたり、と着々と水面下での準備を進めていらしたらしい。が、結果は乳がん転移の疑いが濃いとのこと。だから、手術は出来ないという。
今後、今までの薬物療法を見直し、新しく治療方針を立て直していくことになるのだろう。
こうして何年も再発治療を続けながら、普通の暮らしを続けることが出来ていると、ああ共存出来ているのかなと思う。すると、またがん細胞が悪さを始める。そのタイミングは本当に人様々だ。何年も静かに眠ってくれていることもあれば、そうそう長いことじっとしていてくれないこともある。
けれど、その間も治療を休んでいるわけではない。再発してからというもの、何年もにわたって黙々と通院を続け、地道にしぶとく治療を続けているわけだ。
だからこそ、こんなに真面目に治療を続けているのに、こんなに頑張り続けているのに、またか・・・という、言葉に出せないくらいの悔しさ、辛さ、動揺が痛いほど伝わってくる。
穏やかにごく淡々とお話されるので、その下に隠されている思いが却って私の胸を打ち、その心中を慮ると、こちらの方がやり場のない気持ちになる。
そして「前の私だったら検査の結果を聞くのにももっと早くなりませんか、と騒いでいたと思うけれど、なんだか不思議と受け容れているというか、そうなんだ、という感じで・・・。けれど、こんなふうに強くなってしまうのが、なんだか哀しい。」とおっしゃる。
強くなる-そう、このしぶとい病気と長く付き合っていくため、冷静に向き合っていくためには、哀しいかな、知らず知らずのうちに強くならざるを得ない。その都度、涙を流してしゃがみこんで動けなくなっていたら、それこそ病気の思う壺だ。
だから、たとえ転んでも、こけても、膝についた土埃を掃って、態勢を立て直して、もう一度前を向いて、歩き出すのだ。命を繋ぐためには、頑張り続けるしかないから。もちろん、治療を続けながらも、少しずつ病状が進んでいくのかもしれないのというのは哀しい現実だけれど。
けれど、そういう私たちは決して強くなっているだけではない、と私は思う。一回一回、その都度強さを得た以上に、色々な人、色々なものに対してどんどん優しさも増していると感じている。
だって、自分で何度も痛い目にあえば、相手がどれほど痛い目にあっているのか、判るのだから。間違いなく、相手を慮る優しさが研ぎ澄まされてくるのだから。
だから、私は信じています。
貴女は、強くなっているだけなんかじゃない。今まで以上にうんとうんと優しくなって素敵な人になっていらっしゃる。
神様は必ずやそんな貴女を見ていてくださる。きっとこれからの治療も上手くいく。ファイトです!
日曜日のセンター模試の日、朝起きたら急に気持ちが悪いと言って食事もろくにとれずにしぶしぶ出かけた息子のこと。
その日の夕食は夫と焼き肉食べ放題だったというのだから、またも試験前シンドロームかと思っていた。が、間1日おいて、今朝。喉が痛いから熱を測ってみた、と私のところに持ってきた体温計は7度3分を示していた。とりあえずクリニックで診てもらい、大丈夫そうなら学校に遅れてでも行くようにと言い置いて出勤した。
結果、扁桃腺が化膿しているとのこと。帰宅すると7度8分に上がっていたと連絡があった。やむなく学校には欠席のメールを入れた。
今月から学校帰りに毎日塾に寄っている。待ったなしの課題が山積とのことで、帰宅時間は押し、夕食は遅くなるし、就寝時間も当然後ろにずれこんでいる。受験生は健康管理が何よりだけれど、かといって、やるべきことが殆ど出来ずに試験に臨むのでは、不安で気持ちの上から具合が悪くなるというのも頷ける。
これからは勉強と同様、メンタルトレーニングが彼の課題なのかもしれない、と思う母である。
昨日今日と蒸し暑さが酷い。
昨日は都内での研修で、空調が効いた部屋で終日過ごすことが出来たが、私の職場では、夏季の空調はどんなに暑かろうが7月1日から。机上の温度計は既に29度を示している。どうにも消耗する湿気と暑さである。扇風機は出してもらえたけれど、汗ばんだ手で触れる書類がよれよれに波打つほどだ。
胸痛、胃痛に加えて早くも夏バテです、などとは言っていられない。なんとかコンスタントに空調が入る迄、体調管理をうまくしていかないと・・・。