電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩する風情で身辺の出来事を記録。退職後は果樹園農業と野菜作りにも取り組んでいます。

帚木蓬生『風花病棟』を読む

2015年11月11日 06時05分30秒 | 読書
以前、ラジオの朗読番組で聴いた「かがやく」という作品がたいへん印象的だった(*1)ために、その原作が収録された、帚木蓬生著『風花病棟』を探しておりました。過日、さいわいにその本が新潮文庫の中に見つかり、ようやく入手することができました。

作者は1947(昭和22)年に福岡県に生まれ、東京大学仏文科を卒業後にTBSに勤務し、二年で退職したとのこと。その後、九大医学部に学び、精神科医として働くかたわら、作家としても活動した方のようです。

本書の内容は、次のとおり。

第1話:「メディシン・マン」
第2話:「藤籠」
第3話:「雨に濡れて」
第4話:「百日紅」
第5話:「チチジマ」
第6話:「顔」
第7話:「かがやく」
第8話:「アヒルおばさん」
第9話:「震える月」
第10話:「終診」

文庫版のあとがきによれば、「小説新潮」の依頼で毎年7月号に短篇を1作ずつ書き継ぎ、十年後に「終診」で完結したのだそうですが、十年の歳月など感じさせない、思わず「うるっ」となる短編集です。

第1話:「メディシン・マン」。医局の同門会で、少し前まで沖永良島にいた後輩に声をかけられます。そこで、一人の患者の消息を耳にします。若者が二人、釣りにいきますが、酒に酔って寝ている間にもう一人が行方不明になってしまいます。舟から落ちて流されたらしく、さんざん探し、また村人にも捜索してもらいますが、結局見つかりません。二人の若者は、仲の良い同級生であるだけでなく、実は同じ一人の娘に思いを寄せていたのでした。村人の総意で、彼への疑いを晴らしてほしいとの依頼で、医師は麻酔薬を用いたインタヴューを試みます。その結果は……。
第2話:「藤籠」。市立病院の医師が、30歳で二児の母の患者を担当します。骨盤の右側に悪性の腫瘍の転移巣が見つかり、一時的に良くなって退院したものの、再発してまた入院してきます。本人に告知をするべきかどうか。夫の意向で告知しないことにしますが、病状はしだいに悪化するばかりです。患者が亡くなった後に、医師はまだ幼い自分の娘に絵本を読んでやりますが、その中に亡くなったあの患者が話していた山藤の景色とそっくりの場面が描かれているのです。もし、彼女に告知していれば、後に残される二児のために、美しい物語を書いていたかもしれない……。
第3話:「雨に濡れて」。医師が癌になるとき。第4話:「百日紅」、父親の医院を継がず、田舎を捨てて都会で医師となった息子が、火災で焼死した独居の父親の遺体と対面します。村人の話の中に、自分の知らない父親の姿と医療を知り、後悔と尊敬の念を抱きます。大人になった息子が、その父親の姿を再発見する物語です。
第5話:「チチジマ」。太平洋戦争中に、父島で目撃した米軍の救出劇。父の戦友だと言った元米軍軍医との不思議な交流。第6話:「顔」、苦い話の中に、医師としての心理を見つめます。
第7話:「かがやく」。朗読によるラジオ番組の印象は変わらず、なお余韻が残ります。第8話:「アヒルおばさん」、まだ若い女医さんの経験。第9話:「震える月」こちらも、軍医であった父のベトナム従軍記が関係する話です。民族解放戦線の成立が、そういう経過だったことを初めて知りました。
第10話:「終診」、古稀を迎える老医師が診療から身を引くときの話です。



たいへん興味深く読むとともに、何度も「うるっ」となりながら、感銘を受けました。どうやら、著者もまた急性骨髄性白血病を発病し、「雨に濡れて」と同様に「終診」を経験したらしい。初めて読んだ作品が良かっただけに、もう少し同氏の作品を読んでみたいものです。

(*1):ラジオ文芸館「かがやく」を聴く~「電網郊外散歩道」2015年9月

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