クーたんとココ君のお家

燕尾服を着た女の子クーたんと神戸から来たやんちゃ坊主ココ君の小さなドラマ。

不思議だニャー

2007-11-19 05:01:36 | Weblog
おはようココだよ。元気だよ。寒くなったけど、神戸のみんな元気かニャー。ぼくは風の子、これ位の寒さなんてへっちゃらさ。昼間はお廊下も、お日様がいっぱい入って、ぬくぬくだよ。
ぼくはここのお家に来て、プリンターってのを初めて見たんだけど、この機械不思議ニャンだよね。10ヶ月たった今もそうだよ。お口で紙をスーっと食べちゃって、お腹をドンドコ・ドンドコ鳴らしながら、揺さぶって、下からはぼくのお顔なんかが、出て来るんもの。あれは何回見ても不思議だニャー。お父さんがパソコンに「印刷しろ」って言うと、紙が入って行くよ。それをぼくは、手で押さえちゃうの。プリンターは空回りして怒り出すよ。お父さんもね。「ココお邪魔虫止めろ」って怒られるけどね。でもこれが止められニャインだなー。紙を少し引っぱった後で離すと、グチャグチになったぼくの顔が出て来るよ。
ぼくは何でもおもちゃにするニャンコさん。色んな物で遊んじゃうんだ。時々お父さんとお母さんが目を三角にして「ココ君いい加減にしなさいよ」って怒られるけど、目の奥は笑ってるよ。ぼく良く分かってるんだからニャー。楽しいおイタは、幾ら怒られても、カッパ海老煎のコマーシャルのように、止められない、止まらないんだよ。今日も昼間は、お廊下でトンネル作って、その中に潜ってお昼寝するんだ。バイバイ。

無償の愛

2007-11-18 10:38:47 | Weblog
今日でこのブログも、550話となった。それにふさわしい話は無いかと考えていたところ、昨晩郵便小包で、まいにちにゃんこ2008と言うカレンダーが届いた。小さな日めくりカレンダーに、可愛いニャンコさんの写真とコメントが載っている。7月6日日曜日は、ココが神戸のユッキーに添い寝をしてもらっている写真だ。写されたのは、テケトさんである。同じような構図の写真は、昨年テケトさんもやましたさんも多く写され、ぐりぐら写と、やましたさんの撮られたものは、このブログに載せている。
テケトさんは次のようなコメントを寄せている。素晴らしいコメントであり、僕自身共感したゆえ全文を引用させて頂く。
『Cats in red
子猫のココは友だちのお嬢さんに拾われ、養子に行くまでこのうちの猫たちにかわいがられて育ちました。ココを抱いているユキヤナギはこのときまだ7ヵ月の男の子で、血縁関係もありません。優しさとか、無償の愛とか、いろんなことを猫は教えてくれます。』
全くその通りで、このユッキーの姿は感動しますし、今のココの性格に大きく影響をしました。
彼らが示す愛は、無心であり、代償と言う言葉は全くありません。クーを抱き上げた時、ココの写真を初めて見た時の感動がまたよみがえりました。

愛情の中で

2007-11-16 05:09:38 | Weblog
ココはリングちゃんに抱かれて、ビート家に来ました。そこには、杏父さんはじめ6ニャンが仲良く暮らしていました。ココが来ると杏父さんはみなを集め「このチビも、今日からこの家の一員だ。何れ他所の家に行く事になるだろう。その時ビート家から出た者として、恥をかかぬように、みんなで協力して育ててくれ」と話したのだろう。ココは親から早く離され、愛情に飢えていた。ビートさんに愛され、リングちゃんに可愛がってもらい、同家のニャンズからも可愛がられた。可愛がられると同時に、生活面の躾も年長のニャンズから受けた。雪君や若いニャンズからは、遊びを通して、猫としての基本を教わった事であろう。
側に居た訳ではないが、ココはビート家に居た1ヵ月半の間に、身体だけではなく、精神面でも大きく成長した。人では出来ない猫生活の基本も、多くのニャンズと眠り、食事をし、遊ぶ中から教わった。
杏父さんはそれを1段高い視線で見守り、紫陽花姉さんは木目細かく猫らしさを教え、雪柳兄さんは愛情の手で包んだ。ココの精神面は、ビート家のニャンズによって作られたと考える。
何度も繰り返すが、ココは猫らしからぬ猫である。天性もあるが、それに磨きをかけてくれたのが、ビート家のニャンズだろう。チビゆえに多くのニャンズからも可愛がられ、のびのびとした大らかな心が、愛情いっぱいの家庭で育まれた。真に、リングちゃんに抱かれた事が、命を輝かせる第一の扉であり、多くのニャンズと共に暮らせた事が第二の扉であった。

寒くても平気だよ

2007-11-15 05:08:39 | Weblog
おはようココだよ。元気だよ。今週はぼくのオチビの頃の、お写真を載せるんだって。今朝も寒いよね。寒くても僕は平気だよ。お部屋の中で駆けっこしてると、体ポカポカになるよね。クーちゃんも今朝ぐらいだと、お台所のお椅子に座って、ぼくの事見ているよ。
今お父さんと遊んでるの。パソコンのモニターの前に行ったら「ココ邪魔するな」と言いながら、ぼくを退かそうとするから、指の間にガブリしたんだよ。「痛てて。止めろ」と言いながら手を離したよ。パソコンテーブルから下りる時に、次いでだから、プリンターのスイッチを押して、ONにしてあげたの。飛び降りたのが、温風器のスイッチの上で、今度は温風器止めちゃった。これ位なら寒くないのに、ガス勿体無いもんね。猫の砂の袋を引っ張って、遊ぼうとしたけれど、いっぱい入ってたから、重たくて引っ張れなかったんだ。悔しかったよ。
今日のお写真は、このお家に来た次の日に写してもらったんだ。ぼくが乗っかっている箱は、ぼくの宝物を入れてあるんだ。プーさんのぬいぐるみでしょ、羽・羽でしょ、ボールも入っているよ。隣の箱はぼくのベットだよ。今もお昼寝の時には、ここで寝んこしているんだ。
このごろ夜寒くなると、お父さんのお布団に潜っちゃうの。温かだし、お父さんの腕がぼくの枕になるんだ。夕べも一緒に寝てたよ。クーちゃんは、お母さんのお布団には、入らないんだって。お布団の中温かくて良く眠れるのにね。
今日もお日様顔出して欲しいね。お廊下で、トンネル作って遊びたいもん。バイバイ。

命輝く

2007-11-14 05:35:45 | Weblog
11月28日の里親募集のページの写真は、僕のPCに保存されているのですが、写真自体の容量が大きくて、このブログに添付出来ませんでした。あの時、テケトさんが載せられた写真は、インパクトがあり、コメントも多く寄せられております。特に3枚目の、ココが叫ぶ姿は強烈でした。
今日載せた写真は、12月16日に、やましたさん、テケトさんお二人が、BEAT家を訪問され、ニャンズ撮影会を行った時の画像です。撮影者はやましたさんです。「ぼくどこのお家に行くのかな」とココが首を傾げているポーズが、ニャンともかんとも可愛い一枚です。
テケトさんは、ココを我が家で引取る事が決まった後も、度々ご自身や、やましたさんの撮影された画像を、ぐりぐら写の中で紹介して下さいました。たれ目でショボ目(猫風邪の後遺症で、結膜炎になっていた)ココは、命の輝きを見せてくれました。ココのファンになった方も多いのではないでしょうか。BEATさんもブログへのコメントを通して、ココの持つ素晴らしさを語って下さいました。それは決して誇張されたものではありませんでした。僕や家内へは、毎日のように、ココの様子がメールで送られて来ました。
ココを一言で申せば、“猫らしくない猫”です。子犬のように明るく、人や大人のニャンコさんが大好きですし、ちょっぴり寂しがり屋です。何時も誰かの側に居たいのです。そして、お茶目さんで、乗りも良いニャンコさんです。クータンとは正反対の性格を持っております。この性格は、神戸で育てられた時も、1歳を過ぎた現在も全く変わりません。今ココは僕の隣の椅子で、マッタリと休んでいますが、お腹を触ると直ぐに、悪戯モードに切り替わり「そんな事するとこれだぞ」とガブリをして乗って来ます。
ココの猫らしくないところが、やましたさん、テケトさんにアピールし、多くの写真を撮って頂く事になったのでしょう。
ただの捨て猫が、多くのみなさんの温かな手で、命を輝かせた事に感謝している僕です。

今日はココ君記念日

2007-11-13 05:29:36 | Weblog
今日はココ君記念日です。今日乗せた写真を見た事はありませんか。1年前の今日、テケトさんが“ぐりぐら写”で、珈琲(今のココ)の里親募集を始められた時に掲載された写真の1枚です。撮影者はBEATさんで、写真データーを見ると、2006年11月13日18時とあります。多分、ココがRINGちゃんに助けられ、BEATさんのお宅に入った直後の写真でしょう。僕が頂戴している写真の中では、一番古い日付です。
魔の手から助けられたのは、この日若しくは、1日か2日前であると推察します。霧の様に空に散っても可笑しくない命が、この日を境にして輝き始めました。BEATさんの頼みを快く引き受けられた、テケトさんが里親募集の、特別なページを作って下さり、23日には、やましたさんがプロ並みの写真術で、ココの可愛い写真を撮って下さり、28日付けの募集の記事に掲載されました。その写真のキャプション(説明記事)で「おとうさーん、おかあさーん、ぼくの里親になってください」とココ自身が訴えたのです。
この日迄全く知らなかった、テケトさんのブログと里親募集のページを、何気なく開けました。その瞬間僕は仔猫が、自分に語りかけられているように感じました。その日僕と家内は、何回も繰り返して、この日の記事と里親募集のページ全てを飽きる事無く見たのです。そして決断しました。翌朝応募の両手を挙げて、テケトさん宛てのコメントを書きました。一抹の不安もありました。近畿圏に住む方とあったからです。O型で猪年生まれの僕は、しゃにむに突っ走る事が得意です。この時も猪突猛進でした。何と僕が里親に応募した一番乗りだったと言う事です。
これを“偶然”の二文字で言うのは簡単です。しかし違います。そこには、目に見えぬ天の配裁があったと思うのです。
今ココは僕の側で楽しそうに遊んでおります。僕にとって至福の一時であり、仕事へ向かう勇気を貰う時です。
明日は、やましたさんが撮られた写真と、この続きをお話します。やましたさん、写真を掲載する事をお許し下さい。

元気になれよクータン

2007-11-12 05:15:48 | Weblog
クーが手術を受けてから、今日で8日目になります。クーは今日医師の診察を受けた後で、抜糸の予定です。手術以来元気がありません。化膿止めの薬を飲ますと、その直後に、食べた物を吐いてしまいます。体重も4.5kgから4.3㎏に200gも減ってしまいました。歩く姿も何かよぼよぼとしています。台所に来ても、ご飯を少し食べた後はじっと座っています。お代わりのおねだりもしません。ましてや、ブログを書いている、僕の側に来て「おんもに連れてって」等は言いません。痛々しくて可哀相です。ココともバトルはこの一週間していません。ココもお姉ちゃんが元気が無いので、つまらなそうです。
今日の夕方ドクターの許可が下りて、首のカラーが取れれば、元気を取り戻せるのでしょうか。僕も家内もそれを願っております。クーが沈んでいると、僕達の気持ちも、落ち込んでしまいます。「クータン元気になれよ」と祈らずにはいません。
クーは今、傷口がかゆいのではないでしょうか。それを舐められず、相当いらいらとストレスが溜まった精神状態でしょう。カラーが取れれば、自分で思う存分に、身体を綺麗にする事が出来ます。今日クーの願いが適う様に祈るものです。
明日からココと、ガラス戸越しの鬼ごっこをする姿を見たいと思っております。

黒部に

2007-11-11 14:06:44 | Weblog
夜行急行能登は定刻5:20に、蜃気楼の街魚津に到着した。駅前は深閑としており、眠りの底にあった。東京では考えられぬ。それでも、6時発の宇奈月温泉行き、富山地方鉄道始発列車には、地元の方、旅行者、登山者合わせて10名程が乗車した。40分で終点に到着。見上げれば、赤、黄に染まり、針葉樹の緑が混ざった山々。小雨がしっとりとした落ち着きを演出してくれる。
7時前と言うのに、黒部渓谷鉄道宇奈月駅には、観光客と鉄道・発電所工事に向かう、ニッカズボンを履いた職人、技術者が入り混じって、大賑わいだ。工事人の中には女性の姿もちらほら。これも時代の変化か。一般旅客列車の前に、資材、機材と工事人を乗せた、貨客混合の工事列車が2本工事現場に向けて出て行った。これがこの鉄道本来の敷設の目的である。いよいよトロッコ列車に乗り込む。往きはカメラをポケットにしまい、紅葉の山の景色を心に仕舞い込む。山の天気は、雨から晴れ、そして雨へと刻々変化し、山の風景も微妙に変化する。終点の欅平は、標高530mとそれほど高くは無い。家内の故郷、中央線小野駅は、標高850mと300mも高い。しかし、谷が深く高山に登ったような気になる。帰路は窓の無い、トロッコ車輌に乗り、写真を撮り、自然の風を楽しむ。防寒着のフードを被るが、顔と足先は冷えてくる。
富山に出て、名物の鱒寿司と鰤寿司を土産に買い求めて、高山線ホームに行くと、特急ひだ12号が出発を待っていた。昨夜の寝不足もあり、疲労感が強くなっている。無理をせずに、この特急に乗る事にした。高山駅で増結車輌に移った。運転席の真後ろ、汽車好きには、特等席に陣取る。車掌に払った差額は僅か250円だ。タバコも吸える。飛騨の山々も美しい紅葉の姿を見せてくれる。
名古屋駅では、きしめんでおやつを食べ、新幹線に乗る。今の新幹線は、大都会の電車並みの間隔で運転されている。僕がきしめんを食べている間にも、2本の列車が発車した。乗ったのぞみは、新型のN700系だった。全席禁煙で、タバコは喫煙室でしか吸えないが、その分気兼ねなく吸えるのがありがたい。
夜8時半に帰宅すると、カラーは着けていたが、少し元気になったクーと、元気をもてあますココが出迎えてくれた。

これから一寸旅に

2007-11-09 20:39:34 | Weblog
思い立ったら吉日と言おうか、今日9日の夜行で、旅に出る事にしました。明日のブログの更新はお休みします。
今朝会社でテレビを見ていると、黒部峡谷からの生中継があり、紅葉が最盛期を迎えておりました。旅心がくすぐられ、毎年乗りたいと思っていた、黒部峡谷のトロッコ列車に乗る旅に出る事にしました。ネットで調べると、宇奈月付近は明日の午前中の降水渇率10%です。紅葉とトロッコ列車の写真を沢山撮りに出かける事にしました。
歌の歌詞ではありませんが、今夜11時半に上野駅を出発する、夜行急行能登号で富山県の魚津から宇奈月に行きます。宇奈月から黒部渓谷鉄道で欅平迄乗り、帰りは、富山市に出て名物の、鱒寿司とぶり寿司を買います。その後は、災害復旧工事が終わり、全線開通したばかりの、高山線を鈍行でのんびりと行き、乗り継ぎの時間を利用して、飛騨高山の街も少しだけ見物します。岐阜から名古屋に行き、きしめんで夕食を取り、居眠りをしている間に、新幹線は東京に付く事でしょう。
カメラ、お財布、お酒とタバコを持ち、通勤着の上に、防寒着を羽織っただけの、気軽な格好で行きます。終日丸24時間汽車に乗りっぱなしの旅に、家内は付き合ってはくれません。一人でのんびりと旅を楽しんでまいります。
夜になり、クーもココも眠りました。彼らを起さないように、忍び足で玄関を出る事にしますか。

ぼくつまんニャイ

2007-11-09 05:14:15 | Weblog
おはようココだよ。元気だよ。ぼくつまんニャイんだよ。だってさ、クーちゃん元気がないんだもの。広いお部屋に入って来ても、じっと座っているだけだよ。ぼくがお廊下から「クーちゃん遊ぼうよ」って言っても、知らん顔してるんだ。何時ものクーちゃんじゃ無いんだよ。切ったところまだ痛いのかなー。お首のカラーが嫌なのかなー。それとも、苦いお薬が嫌なのかなー。銀のスプーンのお魚缶なのに、あんまり食べないみたいだよ。春にぼくが手術した後は、こんなに美味しいのくれなかったよ。ぼくはカラー巻かれた時も、元気に遊んでたよ。狭い所には入れなかったけれどね。それと、お体舐めてきれいに出来ないのが、辛かったよ。ぼくもあれは好きじゃないけど、クーちゃん落ち込み過ぎだよ。
今朝も広いお部屋に、走って来たけど、クーちゃんは居なかったんだ。かくれんぼしようと思ってたけど。クーちゃんが居れば、かくれんぼしながら、いっぱい駆けっこ出来るのに。ぼくまで落ち込んじゃったよ。だから、お父さんの側で、静かにひもで遊んだだけなんだ。つまんニャイよ。
くーちゃん、後3つ朝が来ればカラー取ってもらえるよ。ぼく、早くクーちゃんと、かくれんぼして遊びたいんだよ。
今日もお日様顔見せてくれるって言うから、お廊下でお庭に来る、小鳥さんとお話ししようかニャー。バイバイ。