眠りたい

疲れやすい僕にとって、清潔な眠りは必要不可欠なのです。

祖母

2009-06-25 | 
薄い氷の上を歩くようだ
 細心の注意を払っても
  僕らは表面に傷をつけてしまう

   安かったトマトを
    気を使って大量に買い込み
     半分を駄目にした冷蔵庫の中
      ソースにしても良かったのにね
       頭が悪いのさ

    表皮に雫を垂らす植物の葉には
     精神的な重さが存在して
      朝一番の雫を集めて
       それでお茶を点てると
        植物の言葉がわかるようになるんだってさ
         魔法使いのお婆さんが
          覗きこむように僕の顔を眺めてそう云った

       魔法を信じるかい?

      老婆は呟く

     銀行の資産運用の説明よりは信じられるかもね

    彼女は苦笑し干し柿をくれた

   あんたはすこし変わっているよ、昔からね

   昔?僕は貴女にいま出会ったばかりじぁないか?

    忘れているのさ
     人は多くの事を忘却するからね
      あんたのことは生まれる前からよく知っているよ
       あんたは魔法の勉強を怠らなかった
        だから今こうして あたしが見えるのさ

      見えない人もいるの?
        たいがいがそうだね。皆 忘れてゆく。

        僕は奇妙に寂しくて
         でも涙が出ないんだ
          いつも焦ってばかりいる
           苦しいんだ
            割れた氷の下の
             冷たい水の中を何世紀も彷徨っているんだ
      
               苦しい

       老婆は朝露で点てたお茶を僕にすすめた

      お飲み 楽になるから

     お茶は不思議な味がした
    飲み終わると身体が暖まって
   自然と涙が零れた
  自分でもびっくりするくらい涙が止まらない

 気のすむまでお泣き
  あんたを責めているのはあんたさ

    見上げた魔法使いの顔に見覚えがあった
     僕の優しかった祖母の顔だ
  
      泣きなさい
       お腹が空いたら魚汁を作ってあげようね

       そうして僕は目を覚ましたんだ

        最近よく夢を見る
     そこで会いたい人の影を追いかける
          永遠に届かない地平
           僕は野良猫で
          宙に舞った魚の影を追い求めている
         猫は飛べない生き物だから
        どんなに跳ねておどけてみても
       空には届かない
      地を這う存在
     魔法のありかを思い出そうとして
    眠りにつけない夜には

   お酒を舐めながら
  古臭い音楽を
 ただぼんやりと眺めてみる

薄い氷の上を歩くようだ
 細心の注意を払っても
  僕らは表面に傷をつけてしまう

   哀しい生き物

    想い出す

    病室の白い壁と

    

     暑い夏の日




  


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2009-06-24 | 
君の声が聴きたい

  傾けたグラスの氷が音を立てる
   静けさに封印された切なさが声を震わせる
    記憶
     断層の階層の厚さに
      不安や孤独を秘め
       こんな眠れぬ夜には君に会う夢を想像する

       君の声が聴こえる

      「梅雨前線が活発化し
       今夜半にも局地的に雨になるでしょう」

       ぴー ぴー ぴー

       ガガガ

       混線した受話器越しに君の唄を探し続けた
        やがて通り来る落雷に息を潜め
         バーボンを舐め世界を耽溺した
          丸い球体
           地球と云うんだよ
            猫がしたり顔で教えてくれた
             ゆっくりと毛並みを揃えながら
              やがて意識は避雷針のように
               電流を落雷さす
                極めて不穏な一夜
                 パンを齧る
               灰色の壁の部屋に
              どうして僕は独りぼっちなのだろう?
             揺らいだ街の記憶
            交差した運命線
           手のひらをなぞり続ける
          地上60階のレストランでステーキにナイフを入れる
         味なんて覚えていないけれど
        あのシェフはまだこの現世に存在するのだろうか?
       ワインを少しだけ注いでくれたソムリエの革靴が
      やたらとピカピカしていて素敵だった
     そう多くない客の顔をぼんやり眺める余裕など
    或るはずも無い十七歳の僕
   いつか君に繋がる路を選び取ったんだ
  きらびやかな夜景を背景に
 ピアニストが洒落た運指でショパンを弾いた
高速で動くエレベーターの様に
 
  ねえ
   君に会いたい
    君の声が聴きたい

     立ち食いそば屋のカウンターで
      寒さを暖めたかけそばの一杯

       店の親父がやたらと無口だ

        誰も余計な事など云わなかった
         ただそばをすする音
          咀嚼する音
           嚥下する音
            電車の駆け抜ける音

             十七歳の僕は
              ただひたすらに奇跡を待ち望んだ

              君に会う夢


             野球中継を流していたラジオが

            不意に
           ホテルカリフォルニアを歌いだす
          
          君の声だけが聴きたい



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泥酔

2009-06-08 | 
ノイズが聴きたい
 爆音の音圧で感覚を塞いでほしい
  エフェクトの効いた鉱物の音で
   訳の分からない想いを寸断したかった
    雨が降っている
     クアーズの瓶を飲み干して
      ジャクダニエルのボトルに口をつける
       氷なんて上等なものは要らない
        ただ弛緩した筋肉に
         アルコールを静脈注射したいのだ
          意識を消毒したい
           長い髪をはさみで切った午後の様に

           街の雑音はきらびやかで
          時折吐く空虚感に苛立ちを見せる
         ジャグリングに失敗した大道芸人に
        道行く人々が冷淡な笑みを浮かべる
       舞台に立ち尽くした道化
      雑踏の踏み絵が甘い郷愁をかき消す
     ワインの空き瓶が路上に転がる
    グレッチの音がフィードバックした
   空間が爆音で満たされる
  トリルが永遠に止む事は無い
 バスドラムのロールが重低音をこの世界に刻み込んだ

少女が歌う
 ギター一本持って歌う
  王女と兵士の歌を歌う
   誰かがつまらないと鼻で笑った
    酔いが足りないのさ
     僕は口走る
      だって二万人の聴衆相手にギター一本だなんて
       あんたにそんな度胸があるのかい?
        重い荷物を背負って
         あのアルプスのピレネー山脈を登り切れるのかい?
          少女が歌う
           哀しみについて歌う
            永遠に聴いていたかった

             刹那が邂逅する瞬間
            花が綺麗だ
           お花畑で帽子が笑った
          世界が其の回転速度を上げる
         お願いだ
        時間を止めて
       君の声が聴きたい
      電話越しの無言
     寸断された連絡網
    穏やかな包丁さばきで
   キャベツを千切りにした
  猫が鳴いている
 あれは魔法の呪文
君に届かない永遠の呪文
 
    唯 君之声ダケヲ望ム
     叶ワヌ願イナラ イッソ
      雑音ノ戯レ二 意識ヲ 沈殿サセ
       白夜ノ往来二  
        一筋ノ白線ヲ流スダロウ

         虚無に似て
          虚空はわれを関せず
           一切の雑事は
            沈黙のうちに凝固す
             まるで
              イギリスで発狂した夏目漱石の手紙の様に
               呉博士が紅茶を飲みながら
                診察室で一服を嗜む
                 消毒液の洗面器で丁寧に手を洗う

                 まるで清潔なウイルスだ
                誰もが羅漢している事にきずかない
               その咳だ
              マスク越しの遊覧飛行
             
             情景は孤独の琥珀色をした
            ただ
           君の声が聴きたい
          叶わぬのなら
         意識を消し去る
        適度なアルコールと爆音の壁を
       
       嗜む一本の煙草を恵んで貰えるのなら
      
      娑婆もまだ極楽だ

     大切な存在が消えてしまう




 
               
       
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真夏の青

2009-06-05 | 
酔いどれた僕らの空を
 青い月が繊細に受け止めた
  それはどんな明かりよりも哀しい
   零れ落ちる明かりの一粒が
    僕らの時代を優しく包み込むのだ
     やがて小雨の降りしきる夜に
      廃墟と化してしまった想い出の地において
       僕らは呆然と立ち尽くし煙草を吹かした
        どこかで口笛が聴こえた
         僕らは怒っていたのだ
          この愚らない世界の境界線に

      どうして何もかもを抱え込もうとする?
     絵描きのmasiyaさんが呟いた
    sherbet。お前の親父も俺の親父も何時か死ぬ。
   俺達は俺達の子供よりも早く死ぬ。
  それはどうしようもないことなんだ。順番があるんだ。
 人は遅かれ早かれいつか死ぬ。
それはルールなんだ。ルールは守られなくっちゃならない。

 人はいつか死ぬ
  当たり前のことだ。
   病室のベットでいつか誰かが呟いた
    僕は暑い日のことを忘れない
     親父がつぶやいたんだ
      真夏の青さの中
      
       震える手のひらが指し示す
        青の領域

        浴びるように酒を飲んだ

         会おう。

         君に。

        青い月の光が

       柔らかな雨粒の粒子と共に

      僕らを優しくしめつける

     純粋な青

    追い求める雑居の中の存在の軽さ






      masiyaさんは僕の頭を抱え込んだ
       自分ひとりで背負い込むな。
        俺もいる、皆がいる。忘れるな。
         酒臭い吐息が耳元で木霊した
          な、sherbet。
           お前は何してる時がいちばん楽しいんだ? 
            何をいちばん大切にしている?
             僕は持たれかかる絵描きの言葉に
              答えを出そうと試行錯誤した

              詩、ですかね。
             死か?
            詩です。
           誰に向けて描いてる?
          たぶん自分自身に向けて。
         自分自身に銃弾を浴びせかけているのだ
        ネットで描いてるあれか?
       はい。
      お前さ。sherbet.いいかよく聴け。
     お前は紙に描け。
    何万枚でもいい。そうしたら、
   そうしたらお前の詩を俺が街中にくばってやる。
  masiyaさんは僕をぎゅうと抱きしめた
 一人だなんて想うな。俺達がついてる。
哀しいことを云うな。
 
 絵描きで郵便局員のmasiyaさんは崩れ落ちるように
  コンクリートの地表に倒れこんだ
   僕はmasiyaさんの背中をさすりながら独り言をつぶやいた

    ねえ、masiyaさん。
     僕は酒を飲み、詩を描く。
      誰に迷惑をかけている訳でもない。
       ただ、描かないと死んでしまうから描くんだ。
        僕は僕の人生を生きる。
         誰にも文句は云わせない。
          これは僕自身の人生なんだ。
           いろんな人がいろんな銃口を突きつける。
            それでも。
           誰にも何も云わせない。
          僕の人生なんだ。
         僕は歌い続ける。それでいじゃないですか。
        ねえ、masiyaさん。
       地べたに這いつくばった背中から言葉はなかった
      僕は煙草に灯をつけた
     それでいいじゃないですか。
    二度、激しく嘔吐したmasiyaさんを介抱しながら 
   僕は熱病のように繰り返した。
  描き続けてください、masiyaさん。
 それで。それだけでいいじゃないですか。

僕は残ったウイスキーをラッパ飲みした
 世界が回る
  僕たちは怒っていたのだ
   僕ら自身とこの不条理な仕組みについて。
    酔いどれの戯言なのだろう
     会おう
      いつか君に。
       きっと会おう。
        青の世界の悲しみに向けて
         自己嫌悪した醜態をさらし
          巡査に職務質問されることも。
           
          きっと青の悲しみに放つ悲しみの虚脱した領域










            
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絵葉書

2009-06-01 | 
駱駝が砂の原を歩く
 旅の商人と沢山の荷物をその背に乗せ
  駱駝が灼熱の砂漠を歩き続けた
   少年は駱駝の上から世界を俯瞰した
    何処までも続く砂丘
     何処までも続き続ける日常
      虚ろな瞳で太陽を見上げた
       光が眩し過ぎて
        灼熱がじりじりと魂を焦がす
         
        全体
         僕らの旅は何時まで続くのだろう?

         一枚の絵葉書が届いた
        昔 友人だった旅人からだ
       元気か?
      おいらは今、エジプトに居る
     良かったら遊びに来いよ
    此処はいい処だ
   日本とはえらい違いだ

  僕は明日の仕事の準備をしていた
 バーボンを舐めながら
突然、奇妙な焦燥感に駆られた
 僕は何時までこの日常に埋没しなければならないのか?
  少年だった頃
   僕はこんな世界を夢見た筈じゃなかった
    
   彼とはそんなに親しい間柄ではなかった
    学生時代
     彼は世界中の山を登る登山家だった
      エヴェレストに登頂した後
       ある喫茶店で初めて僕らは出会った
        屈託のない笑みを浮かべて
         人懐っこい彼の笑顔からは
          旅の話がひっきりなしに飛び出してきた
          それは僕らの日常とはおよそかけ離れた世界だった
            僕はマンデリンを飲みながら
             彼の撮った山頂の写真を眺めていた

             今想うと
            僕らは旅を続けているのだ
        それがエジプトであろうがエヴェレストの山頂でなかろうが
          僕らはこの世界を旅しているのだ
         気に入りの音楽を流すとき
        職場までの道のりを車で通るとき
       ささやかな休日に縁側で冷えたビールを飲むとき
      眠れない夜に金子光春の詩集をぼんやり眺めるとき
     繋がらない電話に絶望し捨てられた子犬の気持ちになるとき
    不安で抱えきれない問題に直面したとき
   星空を眺めながらはっか煙草に灯を点けるとき
  
    僕らは世界を歩き続けているのだ

    てくてくと
 
    水筒に入れたワインを飲みながら
     夜の道を歩く
   僕らの旅は何時まで続くのだろう?

    猫が微笑んだ

    歩き続けるんだ

    答えは必要ない

    ただ

    歩き続けるんだ

    其れがこの世界に産まれた存在意義

        
    僕は絵葉書にもう一度目を通し
    引き出しの中に仕舞い込んだ

    それから顔を洗い
   歯を磨いて
  朝食を食べた
 靴の踵の減りに気をとられながら
 歩きはじめるのだ

  道端に小さな花が咲いている
  まるで気の利いた魔法の様に
  僕は微笑む

  不自由さの中の自由

  世界が構築されている不思議

  もしかして
  この僕の日常は
  砂漠を旅する少年のみた夢なのかも知れない

  駱駝がのんきにあくびをした

  夜空で別の世界が回っていて

  誰かが僕に信号を送る

  別れの信号

  出会いの信号
 
  
  ぴぴぴ

 

  











   
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