眠りたい

疲れやすい僕にとって、清潔な眠りは必要不可欠なのです。

清潔な夜

2012-05-15 | 
もう君との連絡網も途絶えてしまった清潔な夜
 どんなに大切な物でもいつかは消えてなくなってしまうよ
  気をつけるように
   ハルシオンの忠告を僕はもっと真剣に聴くべきだったのだ
    事象はやがて磨耗され記憶の残渣となり
     やがて現実界隈のそこいらに散布される
      まるでDDTの白い粉の様に
       全てが消毒を余儀なくされた世界では
        いつだって僕等は君を失ってしまうのだ
         そしてその事が
          哀しい出来事であったことですら
           優しい粉雪の下に化石のように埋没されゆく
            あたりまえだった筈の日常
             あたりまえだった筈の君の言葉
              全ては封印されるのだ
               なんの前触れも無く
                なんの約束すらも無く

                僕等の日常
               珈琲を淹れ
              マグカップで大事そうに飲む君は
             寒さに打ち震え毛布に包まり夢を見る
            見果てぬ地平
           決して僕が到達出来ぬ領域
          ね
         彼等は何処に消え去ってしまったんだい?
        僕の問いに黒猫が答える
       
       あんたのやり方は流行らないんだよ
      今時モールス信号なんてね

     それでも僕は努力した
    決して忘れないように記憶を暗号化し
   短い手紙にしたためて
  ジェリービーンズの空き瓶に入れて大切にしたんだよ

 あんたは
あんたはその記憶の飲み物の残りを
 全て飲み干しちゃったんだ
  もう何も残っちゃいない
   その空き瓶には何も残っちゃいないんだ
    哀しいかもしれないけれど
     失われたんだ
      永遠に
       だからもう失う心配はしなくていいんだ
        だってもう全ては永遠に失われたんだからね

        どうして?
         なにがいけなかったのさ
          僕はただ君の声が聴きたかっただけなのに

          僕はウィンストンの空箱を握り締めた
         黒猫のハルシオンは
        憐れむ様に指を鳴らした

       ぱちん

      世界が闇に覆われた
     誰かの匂いがする
    わずかな残り香だけが頼りの推理劇
   手探りで辺りを徘徊しても何処にも触れられなかった
  地団太の孤独
 広げられた世界地図に
僕の国は存在しなかった
 僕は呆然と旅を続けるのだ
  だめだ
   君を消し去ることなど出来るはずも無い
    虚構で構築された世界の果てで
     もはや失われた大切な物を想い
      僕はやがてうずくまる
       もう疲れ果てたのだ
        この世界や僕自身の存在の証明に
         ありふれた言葉で粉飾したかった
          ね
           君の国は全体何処なんだい?

           浜辺で拾った空き瓶には
          あの時の字体で僕のサインが署名されている
         誰もいない浜辺で波の音だけが鳴り響いた
        為にならない落書きは
       修正液で綺麗に消されていた
      
      無駄だよ
     何回書き記したって消えてなくなる
    あんたはあんたの国の地図は描けないんだ
   もうあんたは国には戻れない
  
  ハルシオンの声がそう呟いた
 それでも僕は何万回も地図を描いた
次の瞬間永遠に消毒され行く世界の中で
 ただひたすら言葉を紡いだ
  記憶の匂い
   夕暮れ時だ
    君の影がながく伸びた
     くすくす
      と小人たちが僕を笑い物にした
       緑の小人がバニラエセンスを振り撒き
        僕の行く手の邪魔をする
         光が射した
          突然に


          タクシーが止まった
         扉が開き運転手が退屈そうに云う

        お客さん、乗るなら早くしてくれよ
       そうでなくても此処には長く止められないのに

      僕は手を上げたのだろうか
     記憶が混乱している
    
    最近は取締りが厳しいのさ
   やたらに車を止めることは出来ないんだ
  
  夜はとても寒かった
 僕は耐え切れずに無言でタクシーに乗り込んだ

それでお客さん、行く先は?

 運転手がごくあたりまえの言葉を口にする
  だがしかし
   僕には僕自身の行く先など解る筈も無かった
    煙草を取り出し
     昔馴染みの友人から届けられたライターで灯をつけた

      波止場まで

       僕はそう答えた

        波止場?
         何処の波止場のことだい?

          何処でもいいんだ
     
           何処でも



       もう君との連絡網も途絶えてしまった



         清潔な世界の清潔な夜










       
             
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遊園地

2012-05-13 | 
子供達の声が聴こえた
 少年がボールを追いかけ
  夕映えのグランドに伸びる影を
   校舎の二階の窓から
    小説のページをめくりながら少女が眺める
     夏が去り秋がやって来る
      全てが過ぎ去る
       記憶という表層に
        万年筆で傷を付けるのだ
         無垢な子供達の
          想いは砕け散る

          砕けちった破片を眺めて
         僕は公園の付近を歩いていた
        小さな石を見つけ
       そっとポケットに忍ばせた
      まるで壊れやすい想いの様に
     古びた廃墟の様な遊園地には
    傷ついたメリーゴーランドがあって
   僕はベンチに腰かけはっか煙草に火をつけた
  ぼんやりと煙が風に流された

 ペンキの剥がれかかった白い馬
壊れた腐敗臭をたなびかせるかぼちゃの馬車
 鏡館の不可思議な虚像
  誰も乗らない車の玩具に百円玉を三枚入れたが
   やはり車は動かない
    断裂した記憶は決して動かないのだ
     缶珈琲の空き缶に吸殻を入れ
      僕はこの限りなく虚無を感じさせる
       壊れかけた世界をぐるりと眺めた

       遊園地のの中央には観覧車があった

      かき集めたコインを入れると
     観覧車が音を立ててゆっくり回り始める

    ぎぎぎ

   さびついた扉を開け
  僕は観覧車に乗り込んだ
 音を立てながら世界がゆっくりと流転する
僕は黙って視界の下の風景に別れを告げた
 こうして見ると
  こうして見ると遠ざかる風景は
   まるで記憶の断層の様だった
    沢山の想いや君やかつての少年少女達が遠くに見えた
     それ等は記憶の国だった
      遠ざかる世界にはなにもかもが或る様な気がした
       其処に大切な何かを置き忘れたような気がした
        僕が持っている物は
         煙草とライターと拾い上げた小石だけだった
          
         子供達の声が聴こえた

         僕はぼんやりとこう想った
        今この瞬間は
       あの時校舎の二階で少女が読んでいた
      誰かの小説の類じゃないのだろうか?
     僕等が呼ぶ世界の記号は
    黒板に白墨で描かれた記号暗号のの公式ではなかったのか?
   蝶が蜜を探して花の無い花壇を飛んでいる
  今は届かない想いを探す僕の様に
   無意味に散策する庭に於いて
    僕は虚無に煙草の煙を送り続ける
     誰にも届かない瓶詰めの手紙には
      世界の構成要素の成分が書き記されている
       そうやって時間が流れた

       子供達の声が聴こえた

       
        記憶の国から


       グランドに長く伸びた影


      誰かが影踏みをして遊んでいた






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