眠りたい

疲れやすい僕にとって、清潔な眠りは必要不可欠なのです。

春のバスタブ

2024-03-30 | 
虚飾された世界で
 粉飾された電波を打電する
  不可思議な世界で
   ただ眠りたいと想う朝の10時頃
     バスタブに湯を張って
      何も考えずにビールを飲んだ
       生暖かい風が
        何だか春らしい
         小鳥のさえずり
          庭に咲く花びらの加減
           光が差す日曜日
            安息の日を望み沐浴した

            神様と試行錯誤した深夜
             sionの「12号室」を聴いた
              病室の静けさと清潔なシーツ
               無音の錯誤
                誰かがピアノを弾いている
      
                 届かぬ想いは辟易とした記憶の有象無象
                  歌うたいの少女が
                   ギターを抱え
                    水の無い噴水で歌をささやく
                     誰のためでもない世界  
                      君は笑うのだろうか?
                       あの頃と同じように   
                        皮肉な陽光の加減で

                        小さな鍋で水を沸騰させ
                         卵を三つ入れた
                          ラジオから流れてくる音楽を聴いていて
                           忘れかけた頃
                            卵をそっと救い上げる
                             割れたゆで卵に塩を塗し
                              ワインで流し込んだ
                               そっと優しい酩酊が訪れる
                                縁側で煙草にそっと灯を点け
                                 庭の木々を眺めた
                                  

                                  あなたがここにいてほしい


                                  春だ
                                 日差しの優しさにまどろみ
                                ワインのボトルを空けながら
                               なんだか少しほっとした
                              酔いつぶれて眠っても
                             誰も意義を唱えなかった
                            あの頃を想い出し
                           苦笑しながら独りで酒を飲んだ


                          あの頃の僕等は
                         ただ楽しくて
                        終わりが来るなんて誰も気付かない

                       お風呂から上がると 
                      縁側でビールの空き缶を作る事に余念がない12時
                     ギターを取り出して歌った
                    陽気なふりをしてジャンゴ・ラインハルトを弾き
                   ブルースを手癖でひとつふたつ
                  いつの間にか僕は此処に居る
                 煙草を吸った1時頃
                フランスパンをちぎってワインで租借し嚥下した

               人が何と忠告しようと
              僕の成分はお酒と煙草で出来ているらしい
             気だるい朝
            眠れない夜
           きっと月夜の晩に
          テインカーベルが囁きにくる
         パレードはあの街の向こうよ

        窓から逃避した夜空は静かで
       永遠は
      摩耗された記憶の層に鎮魂された鳥の化石
     深い井戸の底に眠るかつての友人達
    あの洋館で繰り広げられた終末さえも
   やはり訪れなかった

 永遠を探しているの?
緑の草原で少女が尋ねる
 僕は珈琲を飲みながら苦笑する

  永遠なんて無かったよ
   皆、消えてしまった
    すべからく僕らがそうであるように

     あなたは歌を忘れたの?

      そうじゃないさ、
       毎日が忙しすぎるんだ。
        或いは
         毎日が退屈すぎるのさ

         少女は黙ってギターを弾いた
          酔いどれの僕は
           少女の伴奏にでたらめな旋律を付け加えた
            時が優しくほほをなぜる
             居なくなった誰かが僕に合図を送る

             思念は表層の自堕落
              ゆっくりとさ、
               お湯に浸かるといいよ

                午前のお風呂は優しい

                 鳥の声が聴こえる

                  静けさの中

                   ほろ酔いで花びらを眺める
   
                    静かだ

                     そんな春の訪れ

                      眠りには

                       魂を再生させるちからがある

                        柔らかな眠りを

                         そっと君に贈る

                          君を愛している

                           たとえ冗談にしか聴こえなくても

                            永遠に君を愛しているんだよ

                             君はきっと笑うだろうね

                              いつもの皮肉な微笑みで

                               くすくす

                                くすくす















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緑の庭園

2024-03-27 | 
緑の庭園
 宙空に漂う密やかな場所
  僕等が暮らした有象無象の夢の在りか
   凝固した記憶の楽園
    世界の在り様が時間を超越した
    
     古びた茶色に変色したポスター
      もう
       決して訪れない音楽会の案内文には
        君が不遜な態度でアジテーㇳした論文が掲載されていた筈だ
         珈琲の黒の中
          夢見ている
           夢見ている

           フェアリーテイル
            緑の刻印
             少女のお茶会に呼ばれ
              僕はオレンジ色の着色された明かりの下
               煙草を咥えてギターを弾いた

                チムチムチェリー
                 ロンドンデリー
                  哀しみの礼拝堂

                   誰かが
                    壊れかけたピアノを弾く
                     グリーンスリーブスが流れ
                      僕等はくすくす微笑んで紅茶を嗜む
                  
                      あの頃の僕たちは
                       ただ楽しくて
                        終わりが来るなんて
                         誰も想わない

                         緑の庭園
                          緑の楽園
                     
                           大好きな人に
                            あの花を贈れたら
                             失った記憶も
                              安寧の寝床に辿り着けるのだろうか
  
                              眠れない夜が
                               幾つも通り過ぎる
                                消えない傷跡
                                 笑わない傷口

                                 不遜な態度で
                                  侮蔑した存在に
                                   何時しかかような価値が付与されうる
                                    だがしかし
                                     ねえ
                                      僕はまだ楽器を抱えているよ
                                       可笑しいね
                                        まだ詩を歌っているんだよ

                                         眠れない夜
                                          眠れない夜

                                          くすくす

                                         くすくす

                                        記憶の君が微笑む
                                       あの理科の準備室で
                                      煙草に灯を付け
                                     存在の在りかを模索し
                                    丹念に黒板に落書きした

                                   緑の庭園
                                  其の地図を描こうと
                                 仲間達は航海に出た
                                辿り着けぬ果てに
                               彼等彼女等は大人になり
                              僕だけが
                             記憶の最果ての国を目指したのだ

                            庭園には緑の薔薇が咲いている
                           庭園の中央には
                          温室の蝶園があって
                         不思議な蝶達が舞っているのだ

                        ウバでいいの?
  
                       少女が紅茶の葉を吟味している

                   僕はクッキーを齧り頷いた
                     少女がカップとポットを暖める
                    そうして僕等のお茶会が始まった

                   我々は静かにお茶を飲んだ

                  あなたには帰る場所はないの?

                 突然少女が呟いた
                僕は途方に暮れて煙草に灯を点けた

               考えた事ともなかったよ

              ねえ
             あなたは何処に行きたいの?

            最果ての国

           最果ての国?

          少女が不思議そうに聴き返す

         そう
        いつか
       此の現世の肉体がきれいさっぱり消えてしまえば
      きっと辿り着けると想うんだ

     其処で誰かが待っているの?

    どうだろう?
   もう記憶が曖昧で
  大切な友人の面影も想い出せないんだけれどね

でもあなたは行くのね
 最果ての国に

僕は黙り込んで少しだけ頷いた
   少女は優しい瞳で僕を見つめた

    あなたはどうして眠れない夜に詩を描くの?

     誰かに

      誰かに伝えたいんだ

       君の事を忘れない

        決して忘れない

         風鈴の音が聴こえる

          幻聴だろうか

           風の通り道

             緑の記憶

              緑の庭園


               君を

                大好きだよ


                 大好きだよ

                 
                  深夜3時に呟いた

                   少しく

                                    
                      
                 ねえ




                      愛しているよ






























































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プレゼント

2024-03-17 | 
あの日あの時間違えた別れ道で
 僕はいつだって憂い
  煙草を吹かせて哀し気に微笑んだ
   何時かの微笑
    困惑した世界の中心点で黒猫があくびする
 
     ねえハルシオン
      どうして僕は現世にいるのだろう?
       もう誰も居なくなってしまった世界で
        どうして僕は楽器を弾いているんだろう?

        黒猫は何も答えずに優美に紙煙草を嗜んだ
         それから一枚のタロットをめくった
          「道化」
           くすくす微笑んで
            黒猫は楽しそうにワインをグラスに注いだ
             僕は途方に暮れて空を見上げた
              あの日に少しだけ似た
               重く垂れ込めた灰色の世界
                地団太の孤独
                 少年時代から出遅れた足音
                  オルゴールが鳴り始め
                   世界が終焉を迎える頃
                    あの日あの時の一瞬
      
                    僕はギターを弾いていた
                     カルリの練習曲を弾き
                      回らない指でジュリアーニの楽譜をさらっていた
                       中庭の卓球台で試合を楽しんでいた男性が
                        お調子者らしく
                         エリック・クラプトンは弾かないのかい?
                          と口笛を吹いた
                           「ティアーズ・イン・ヘブン」
                            その頃
                             みんなこの曲に浮かれていた
                              僕は黙って
                               ランディーローズの「Dee」を弾いた
                                退屈そうにみんな中庭を去った
                                 僕は黙々と楽器を弾いていた
                                  とてもとても寒い冬の日だった

                                  寒くないの?
                                 声に驚いて顔を上げると
                                先生が優しそうに珈琲カップを僕に手渡した
                               口にした珈琲がとても暖かかった
                              寒くないの?
                             彼女はもう一度確かめるように尋ねた
        
                            寒いですよ、もちろん。

                           手袋をすればいいのに。

                          手袋をしたらギターが弾けないんです。
                         僕の答えに彼女は
                        それもそうね。
                       と呟いて巻いていた緑色のマフラーを取って
                      僕の首に巻いてくれた

                     暖かいよ、それ。

                    でも先生が寒いでしょう?

                   大丈夫。医局は暖房が暑いくらいなの。
                  それに素敵な音楽で気持ちが暖かくなったから大丈夫。
                 あとね、
                煙草は控えめにね。

               そう云って彼女は建物の中に姿を消した
              残された緑色のマフラーはいい匂いがした

             先生は忙しそうにカルテを抱えて歩き回っていたけれど
            僕がギターを弾き始めると何処からか現れて
           曲が終わるまで興味深そうに聴いていた
          それから
         また聴かせてね、と云ってすぐに何処かに消えた
        不思議な先生だった
       でも僕はその先生となんとなく気が合った

      こんにちは。

    そう云って先生が中庭のベンチの僕の隣に座った

   今日は忙しくないんですか?

  私、今日お休みなの。

 休日出勤ですか?

そんなところ。
 ね、良かったら何か聴かせて。

  僕は魔女の宅急便の「海の見える街」を弾いた
   曲が終わると先生は満足そうに微笑んだ
    それからキャンデーを僕にくれた
     煙草のかわり。
      そう云って自分の口にもキャンデーを放り込んだ

       不思議よね。
        どうしてそんなに指が動くのかしら?
         私の指も練習したらそんなに動くのかな?

          出来ると想いますよ。

           彼女は笑って無理よと呟いた。

           私、不器用なの。手術もそんなに上手じゃないし。
            
           僕はなんて云ったらいいのか分からず黙り込んだ

          先生は悪戯っぽく、嘘よと微笑んだ。
         僕等は二人でくすくす笑った

        先生は他の先生たちと飲みに行ったりしないんですか?

       どうして?

      いつも此処にいるから。

     そうね。人が多い処が苦手なの。それに。
    それに他の先生たちとは大学が違うから

   そういうの関係あるんですか?

  それはやっぱり人間関係だから。

 なんだかままならないですね。

そうね。ままならないわ。
 そこにいつも貴方のギターが流れてくるのよ。
  花を見つけた蜜蜂みたく吸い寄せられるの。
   お陰で仕事が溜まって休日出勤なの。

    ごめんなさい。
     僕が謝ると、
      嘘よ。信じないで。
       と可笑しそうにくすくす微笑んだ

        此処を出たら大学に戻るの?

         キャンデーを舐めながら先生が尋ねた
          僕は途方に暮れて空を眺めた
           
           あなたはたぶんもう大丈夫。
            何処に行ってもね。

             僕は先生にマフラーを返そうとした

              いいの。あげる。

               いいんですか?

                うん。
                 あなた今日何の日か知ってる?

                  知りません。此処にいると時間や日にちが曖昧になって。

                   クリスマスよ。
        
                    プレゼント。それ。
                     いつもギターを聴かせてくれたお礼に。
                      

                      ね、いつか私にも教えてくれる?


                       何をです?

 
                       ギター。


                      教えてね。


                     そう云って先生は建物の中に入っていった

      
                    三日後


                   僕は其処を去った


                  先生に挨拶をする事は叶わなかった


                 ねえハルシオン。


                先生ギター弾いているかな?


               懐かしそうな目で黒猫は空を眺めた


              冬の日


             掠れかけた記憶の残像


            クリスマスプレゼントの想い出
























         
                        
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優しさと哀しみ

2024-03-12 | 
 「優しさと哀しみ」

   いちばんきれいな心
   優しさと哀しみ
   精神のあやうい均衡
   脆くなった気持ち
   大好きな君と
   あの捨て猫は
   飼い主を見つけられただろうか

   たまごは
   見るのも
   食べるのもすきです
   空から
   たくさん 空き缶が降ってくる
   それは
   どしゃぶりの雨のような音
   長い長い夢を見た
   目覚めた時
   ぼんやりとしていた
   窓ガラスを
   石で叩き割った
   評判が悪くても
   僕は
   僕でいたい
   ただ 抱き締めた
   君の背中が
   茶色の下の遠い景色のようで
   猫が泣いていた
   自転車の
   油の切れた音がする
   頭を
   ボリボリ掻いて
   しらんぷりした

   「少シ様子ヲ見テミマショウ」

   永遠に続くものなんて
   ありはしないんだね

   みんな夢だった
   夜更かしの夜も
   あの子供の夢も
   手首切りたくなるような
   心の震えも
   誰かを愛したことや
   裏切られたことや
   それら 全ての犠牲は
   もう忘れなくては

   「残念ナヨウデスガ
    君ニハ 印ガ
    アリマセン」

   いちばんきれいな心
   優しさと哀しみ
   僕は
   みすぼらしい
   花壇の花にさえ
   存在をおぼえた

   僕らは残酷だ
   自分より
   弱い生物を
   探している
   ねぇ 僕
   僕は何もしていないよね
   何も知らないとき
   僕はいつでも
   そんな風に言っていた
   
   ごはんを残すと叱られるので
   無理してでも詰め込んだ
   食事のあとに
   一本だけ
   煙草がもらえた
   食堂の明かりが おれんじ色で
   夜の太陽なんだね
   冷房が効きすぎていて
   空気が
   とてもひんやりとしていた

   「   サン、大丈夫デスヨ」

   でも
   雨に濡れていた
   三本足の犬の
   その目が忘れられない
   そうして逃げ出した
   夜の道端で
   あの猫が
   ぐちゃぐちゃになって
   動かない
   限界だと思った
   何度も吐いた
   
   壁を叩く音がする  
   強く叩く音
   弱く叩く音
   あの声は
   誰のものだろう
   たどたどしく
   日本語で言う
  
   「タスケテクダサイ」
   「タスケテクダサイ」

   繰り返されるフレーズ
   暗転
   あのとき
   あのとき 僕は
   疲れていた
  
   ダカラ ドウカ

   神さま
   見捨てないで
   どうか
   皆をあわれんで

   いちばんきれいな心
   優しさと哀しみ
   僕は
   祈る術を
   知らない

   そして
   それだけが残った


   優しさと哀しみ



                   1997・11・29






   
   
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眼鏡屋

2024-03-05 | 
不穏な空気に誰もが身を潜めた
 雨の雫がぽとりと落ち
  やがて灰色の空から激しい豪雨が地上に降り注いだ
   家路を急ぐ傘の群れが
    足早に交差する
     街角には誰一人存在しなくなった
      まるで誰かの涙のように雨が降り注いだ
       
      彼等には帰れる場所があるんだよ

      眼鏡屋の軒下で雨宿りをしていた僕に
       店から出てきた老人が声をかけた
        僕はぼんやりと意識を取り戻した
         そう、雨なのだ

      あんたには帰る場所は無いのかい?

     老人に云われるまで
    僕は自分に帰る場所が無いことに気付かなかった

   お入り、
  珈琲くらい淹れてあげるから。

 僕は云われるまま眼鏡屋の中に足を踏み入れた
老人は眼鏡屋の店主らしい
 古ぼけた陳列棚には眼鏡のフレームが並べられていた
  そのどれもが奇妙なデザインをしている
   あるフレームの柄は螺旋状にぐるぐる巻きになっていたし
    あるフレームにはレンズをはめる場所が三箇所もあった
     時計が付いているフレームを眺めていると
      年老いた店主が語りかけてきた
      
      私は酸味がある奴が嫌いでね
       
     店主が淹れてくれた珈琲はとても温かかった
    僕はカップに口をつけ
   それから珈琲の黒の中を見つめていた

  何処から来たのか聞いても答えないんだろうね?
 あんたはこの店に入ってから一言も喋らない
だが珈琲の味の感想くらい聞きたいもんだ。

 僕は自分がとても失礼な訪問者であることに少し恥ずかしくなった

  美味しいです、珈琲。

  やっと言葉に出来たのはそれだけだった
   それでも店主は満足げに頷いて紙煙草を取り出すと
    それに灯をつけて美味そうに煙を吸い込んだ
     そうして僕にも一本薦めた
      両切りのピースは
       久しぶりに煙草を口にする僕には
        若干へヴィーな代物だった
         すぐに頭がくらくらして目が回った
          店主はそんな僕を面白そうに眺めながら
           新しい煙草にマッチで火をつけた

           どうして
          どうしてあなたは僕を店に入れてくださったんですか?

         僕が尋ねると
        店主は面白そうに微笑んで
       静かに語りかけた

      外はご覧の様に雨だししばらく止みそうにも無い
     君は店の前で雨宿りをしていたし
    珈琲で一服する相手にはふさわしかった
   それに
  私は楽器が好きなんだ
 もちろん楽器を演奏する演奏者には少しばかり好みもあるがね

店主は僕のぼろぼろになって傷だらけの黒いギターケースを指差した

 この眼鏡たちはどうして変わった形をしているんですか?

  僕の質問に店主は答えた

   私がデザインして造ったものばかりなんだ
    変わった形に見えるかい?
     私は変わった物や壊れ物が好きなのさ
      だからこの眼鏡たちには全て致命的な欠陥がある

      趣味だから何とも云えないのですが、それは売り物になるんですか?

     年に一回くらいの確立で売れるんだ。
    物好きな人間はこの世界には案外と多いらしい。

   店主はとても可笑しそうに微笑んで三本目の煙草をつまんだ

  あんたに雰囲気がよく似ているよ。

 がらくたの玩具の様な眼鏡のフレームに手を伸ばした僕に店主は呟いた

 壊れ物。私は嫌いじゃないけれどね。
珈琲のおかわりはいるかい?

 僕等はとても濃いマンデリンを飲みながら煙草をふかした

  楽器を見せてもらってもかまわないかね?

  僕は雨に濡れたケースからギターを出して店主に手渡した
   慣れた手つきで彼は愛おおしそうにギターを扱った
    職人特有の繊細さで楽器をひととおり観察して彼は僕にギターを返した

    古い楽器だね、ずいぶんと。
     だが状態がすこぶる良いね、いい持ち主に恵まれてきたんだね。
      大切に扱われているのがわかるよ。
       何か弾いてくれないかい?
        私もできるなら音楽を弾いてみたいんだがね。

        店主は残念そうに呟いて左手をかざした
         左手には小指と薬指が無かった

        僕はギターを手にして何を弾こうか迷った
       それから昔の映画音楽を弾いた
      店主は煙草をふかしながら目を閉じている

     演奏が終わると彼は満足そうに微笑んだ

    懐かしい曲だね。若い頃にその映画を観た事があるよ。

   
   
   年を重ねるというのはどんな気持ちなんですか?

  
  まだ少年だった僕は迷いながら質問した

 どうだろう?
 良いことも半分。そうでないことも半分。
  世界はそのように構築されている気がするね。
   これは私の私見だが。

   やがて雨が止んだ
   
   僕は珈琲と雨宿りの礼を云って店を出ようとした

    これをプレゼントするよ。

    そう云って店主は別れ際に僕に丸眼鏡を手渡した

    昔、こういう眼鏡をかけて素敵な音楽を創った音楽家がいたんだ。
     いろんなことを云う人々がいたが私はわりと好きだった。


    僕は礼を云って眼鏡屋を去った


   それから長い間


  僕は店主からもらった丸眼鏡をかけていた



 雨が上がった空は



 奇妙に空気が澄んでいて


  
  なんだか世界が近くに見えた
















      
 
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