眠りたい

疲れやすい僕にとって、清潔な眠りは必要不可欠なのです。

粉雪

2012-02-22 | 
君を失った街角
 清潔で静かな光景に
  ちらほらと粉雪が舞った
   誰にも知られない化石の記憶
    ほら
     ごらん
      寒さにかじかんだ手のひらの上で
       滲んだ希望が方向を見失う
        大切な何か
         大切だったはずの場面には
          僕らの虚像が白黒フィルムに刻印されていたのだ

          澄んだ井戸の底に
           鳥の化石が眠っている

           時間だ
            僕は先生のスタジオに足を運んだ
             ノックを三回し
              扉を開けた

              先生は変わらない笑顔で僕を向かい入れてくれた
               楽譜の山と19世紀ギターが置かれた教室で
                久しぶりに出会う先生の笑顔だけが変わらなかった
                 町並みはこんなにも景色を変え
                  人込みの不安が僕を凍てつかせていたのに

                  澄んだ小さな空の様に
                   雲が流れ静かに万物が流転している
                    此処は世界なのだ
 
                  先生は月光を弾き
                   バッハを弾き
                    シンプリシタスを弾いてくれた
                     その音が限りなく澄んでいて
                      優しすぎて
                     僕はただ訳もなく泣きじゃくった
                    まるで家出をした少年が
                   旅を終え
                  家に戻る安堵感と
                 幾ばくかの不安を抱え込み
                出発点に戻ったのだ

               猫のハルシオンが微笑みながら告げる
              お帰り。
             此処は始まりの場所で終わりの場所なんだ。
            君は長い旅路の果てに
           この世界に戻ってきたんだよ。
          
          しゃらん

         と鈴の音が響いた

        誰かに会いたいと想う不遜な態度で
       煙草を咥え
      擬色された町並みを歩いた
     古い友人が道案内をかってでた
    あの頃と同じ様に
   僕らは方角を失い路地裏の細い界隈に迷い込むのだ
  いつもと同じ冗談じみた滑稽さを持って
 それでも僕は古い友人と歩く石畳の坂が好きだった

汝の手に無限を握れ
 そしてひと時のなかに久遠を

  ハルシオンが道案内する路地を抜けると
   砂漠が広がった
    双眼鏡で僕らの未来を覗ったけれども
     そこには何ひとつ確かな物など無かった
      
      君がくれた物は全体なんだったんだい、ハルシオン?

       おいらは君になにも与えてはいない。
        雨が止んだんだよ。
         ただそれだけの話さ。

          猫は赤い舌で世界を舐めまわした

           雨が止んでいる
            静寂な世界の果てで
             僕らは立ち尽くしている

              やがて
               パトカーのサイレンが鳴り響き
                交通事故の現場で
                 警官が世界に白線を流すのだろう

                 雨が止んでいる

                  僕らの時代は

                   封印された虚飾の向こう

                    間違えなんか無いよね

                   ハルシオンが髭をぴんと伸ばし
                  優しく歌い始める
                 行こう
                僕らの世界へ
               最果ての向こう側
              パレードの始まりは
             あの夜の向こう
            野良猫がすっとんきょうな声で云う

          ね
         
         間違えなんかじゃないよね

        世界の混濁の下

       僕はただ清らかな音楽を探している

      君と歩いた石畳の坂道を想って

     お帰り。

    ハルシオンが優しくささやく

  始まりの世界

 そして終わりの世界

街角に粉雪が舞い

 無分別な断罪に遮光されようとも

  旅を続けるべきなのだ

   呼吸をしてごらん

    先生が優しく語り掛ける

     白いシーツの上で

      僕はただ無邪気に泣きじゃくる

       世界が優しくて哀し過ぎるから

        

        澄んだ井戸の底に

         鳥の化石が眠っている


          眠っている















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不可思議な問題

2012-02-03 | 
「本当の優しさを証明せよ」

 寒い冬の日
  テスト用紙をひらひらさせて途方に暮れ
   僕は窓から外の風景を眺めていた
    2Bの鉛筆をくるくる指先で回して
     鉛筆を取り損ねて床に落としてしまった
      数学の教師が鋭い眼差しで僕を凝視し
       困惑した僕の後ろで
        君がくすくす笑った
         あたらしい研ぎたての鉛筆で
          僕はテスト用紙の裏に
           ジョン・レノンのイマジンの歌詞を書いた
            それから程なくチャイムの音が流れ
             レノンの夢は無造作な
              ベルトコンベアーの機械的な流れ作業で回収された
               
        「本当の優しさを証明せよ」
 

        僕等は理科室の準備室で
       ビーカーで沸かしたお湯で珈琲を淹れ
      コンロの火で両切りのピースを吸った

     なんで笑ったのさ?

    僕の問いに君は面白そうに紫の煙を吹きかけた
   
   あんたが「想像せよ」なんて書き込むからだよ

  なんのことさ?

 テストだよ。数学の証明問題。
絶対書くと想ってたら案の定だったからね。
 あんたはいつも僕の期待を裏切らない。
  僕を裏切らないのはあんたの冗談じみた滑稽さだけだよ。
  
   皮肉に微笑んで君は珈琲を飲んだ
    君はなにも信じなかった
     教え込まれる知識やら道徳や観念や
      零れ落ちる砂時計の砂や
       優しさや饒舌なアジテートや
        大人とよばれる者すべてを拒否した
         もちろん
          君が一番信じなかったのは
           狡猾な君自身だった

           君は煙草と珈琲と音楽と詩が好きだった
            本当のところ
             どうして君が僕なんかを友人に選別したのか
              はっきりした事は分からない
               いつだって君の領域に侵入した者達を
                君は軽蔑した眼差しで嘲っていたのだから
                 君には過去も未来も無かった
                  過ぎ去る直前の瞬間
                   其の瞬間だけに価値を与えた
 
                     
         「本当の優しさを証明せよ」

        君が消え去った世界で
       僕は呑気なあくびをしている
      街から遠く離れた此処でも
     寒さが増してきたような気がする
    暖炉の前で少女がタロットをめくっている
   僕はワインのボトルを空にする作業に追われていた
  赤い雫がグラスの表面に数滴浮かんだ
 
 ねえ
そのカードで僕の人生も占えるのかい?

 あたりまえよ。

  少女は難なく一枚のカードを切った

   「愚者」のカード

    あきれ果てた僕を尻目に少女はくすくす微笑んだ

     カードを切るまでも無いわよ。
      あなたのことならね。
       本当のところ。
        あなたのそのちんぷんかんぷんさにほっとするのよ。

        少女はカードをめくり続けている

        そんな言葉を何処かでおなじように聞いた事がある

         
        「本当の優しさを証明せよ」

         何の事?

        不思議そうに茶色い目が覗き込む

       なんでもない。懐かしい想い出の話だよ。

      あいかわらずちんぷんかんぷんね、あなた。

     うん。

    そう。ぼくはちんぷんかんぷんな存在なのだ

   寒い夜にただワインやらウイスキーを舐める

  時代錯誤な存在

永遠に証明されない公式

 そういえばさ。

  なによ、今度は?

   少女がうんざりしたように問い返す

    冷蔵庫に隠しておいたピクルスは何処にあるのか占ってよ。

     少し顔を赤らめて彼女は怒り始めた

      ピクルスなんて存在しないわ。

       どうして?

       食べちゃったからよ。

        ふ~ん。

       占うまでも無いわ。

      存在はいつか磨耗され消滅するのよ

     跡形も無く

    きれいさっぱりね

   きれいさっぱり?

  そう。

 きれいさっぱりに。

少女はそれから可笑しそうに問いかけた


  「本当の優しさを証明せよ」


   





   消えた君を想う






  理科の実験室と謎解きのテスト用紙の行方























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