眠りたい

疲れやすい僕にとって、清潔な眠りは必要不可欠なのです。

風邪

2017-09-21 | 
あなたの中の
 なにかに似ているの

そう云って、少女は古びた小説や誰もが忘れた、ぜんまい式の時計を僕に自慢げに見せる。僕は肌寒い冷気にあたりすぎて毛布をあたまからかぶっていた。ひんやりとした空気が、少しだけ上昇した体温をなぐさめてくれる。咳き込みながら煙草を吸うと、いいかげんにしなさい、と少女が煙草をとりあげた。

 風邪をひいた時は暖かいものを飲むべきよ。
  たとえば?
   僕が云うと彼女は変な顔をした。声がでないのだ。
  あなた、熱があがっちゃったんじゃないの?
そう云って僕の額にあてた手のひらはひんやりとして心地よかった。

  たとえば?
   暖かいミルクとか、紅茶とか。
  牛乳きらい。ワインじゃ駄目かな?
 呆れた表情で彼女は僕のボトルを奪い取った。

部屋の灯りがぼんやりと世界を浮かび上がらせる、そうして、とても寒くて静かな夜だった。散々飲んだ、昨日の晩の余韻は、重苦しい熱と倦怠感だった。僕は毛布に包まって、少女の入れてくれた紅茶を飲んだ。
ちょっとだけね。そう云って彼女は秘蔵のコニャクを紅茶の琥珀にまぜてくれた。
僕はすこし疲れたようだ。

  ねえ。
   こころの風邪には何が効くの?
 こころにも風邪があるの?彼女ははっか煙草をくわえて火を点けた。
   からだの風邪があるんだから、こころも風邪をひくさ。きっと。
    それより、なんで君だけ煙草すってるのさ、いんちきだ
   癖よ。ただの
 いんちき、とうるさい僕の口に彼女は吸いかけの煙草をつっこんだ。
風邪、ひどくなるわよ、きっと。
 ひとくちだけよ。そして煙草を取り上げた。

  ね、こころの風邪には何が効くの?
 
黙って、少女は一枚のレコードを、そうっと再生機にのせた。ピアノの音が優しく僕らを包み込む。その旋律は、いつかどこかで聴いたことのある懐かしいメロディーだった。
  
   素敵な音だね。
  昔の音楽よ、街の店で見つけたの。あなたと同じ。古臭いの。
   でもね、

少女ははっか煙草を揉み消しながら微笑んだ。

   でもね、きっとこころの風邪にいちばん効くの
      たぶんね

静かに夜が通りすぎる。追いつけないほどの記憶が呼吸を始めた。ひそやかな音楽が僕を眠りに誘った。

   朝になれば
    きっと治ってるわよ。風邪。

  忘れないでね。この音楽。

    眠りの淵で、少女の言葉が優しかった。



  
コメント (2)
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