眠りたい

疲れやすい僕にとって、清潔な眠りは必要不可欠なのです。

修理

2023-07-02 | 
車庫から車を出した瞬間
 お隣さんの家の壁に突っ込んだ
  激しい衝撃にふらふらになりながら
   ドアを開けて外に出た
    愛車は見るも無残に変わり果てた姿になっていた
     ボンネットから
      白い蒸気がゆらゆら立ち込める
       近所の子供達がたくさん集まってきて
        ものめずらしそうに僕の車を鑑定し始めた
         
         ねえ、この車壊れたの?

        少年少女たちが容赦なく質問を浴びせかける
       見ればわかるじゃないか、
      と大人気なく呟いた僕は
     いたたまれなくなって煙草をポケットから引っ張り出した
    子供達は実に楽しそうにバンパーやら
   破損したライトやらを解体し始めた
  危ないから止めなさいと大人たちの怒声が舞う
 僕は地面にしゃがみこみ
青い過ぎる空を眺めて煙草を吸った
 愛車に悪いことしたな、と想った
  溜息しかでてきやしない

   修理工場の昔馴染みは呆れた顔をした

    先輩、派手にやっちゃいましたね。

     癒るの?

     エンジンはかかりますよ。

      ぶるるる、と車が声を上げた

       ちょっと時間かかりますけど家で預かります。
        この状態だと今日持って帰るの無理なんで
         明日の朝レッカーします。
          それにしても、
           それにしても先輩相変わらずですね。

            迷惑かけるね。

            慣れてますよ。

           僕等は車庫の前で一服した
          青い空の真下で


        後輩が置いていった代車を使わせてもらう事にした
       エンジンをかけると
      カーステレオから音楽が鳴り響いた
     ミシェルガンやらハイロウズや矢沢栄吉やらイースタン・ユースが
    爆音で流れた
   後輩の音楽センスが変わらない事になんだか嬉しかった
  ロックンロール
 そうして僕の夏が始まりを告げた
  咥え煙草で運転した
   いつもと同じ路がなんだか違う風景に見えた
    ぶるるる、とエンジンが音を立てる
     僕はゆっくりアクセルを踏んだ

      長い坂道を登る頃
       カーステレオから歌声が流れた
        僕はその声に聴き入った
         あいつの声だった
          忘れもしないしゃがれた濁声だった
           ノイジーなギターのリフに刻まれ
            激しく声が叫んでいる

            或いはただ声質が似ていただけなのかも知れない
           それでも僕は
          もう長い間会った事も無い仲間の声を想った
         魂の限界まで叫び倒す歌声
        あんた、まだ歌ってたんだ
       僕はそっと呟いた
      煙草の灰がジーンズに落ちた
     まるで燃え尽きた記憶の残骸の様に

    そのバンドには洒落たテンションコードも無ければ
   饒舌で技巧的なギターソロも存在しなかった
  ただただロッックンロールだった
 やけにロックンロールだった
まるでやけくその様なノイズだった
 どうしてこのご時世にデビュー出来たのか
  皆目見当のつかない音楽だった
   僕は何度も何度もその歌を聴いた
    仕事に向かう時
     疲れきった夕方
      少し風の出てきた夜
       僕は車を走らせた
        公園のベンチや海沿いのテトラポットに座り込み
         煙草を吸いながら
          何時かの風景を想った
           それは断絶された筈の世界だった
            奇跡のように
             しゃがれた歌声が僕に勇気の成分をくれた
              まだやれる
               握り拳を握った


              二週間後に愛車が戻ってきた
             後輩は代車は禁煙なの常識でしょう、と
            ぶつぶつ云っていた

           ねえ。

          なんです?

         いや。なんでもない。ありがとね。

       僕は結局あの曲が誰の曲なのか確かめなかった
      あの歌声が古い友人だったのか訊かなかった
     それでも僕の中で
    彼は歌っていた
   あの忘れもしない独特のしゃがれた声で

  戻ってきた愛車はまるで余所行きの洋服を着させられている様だった
 清潔な新品の部品の匂いとオイルの匂いがした
僕はすぐに煙草を吹かせて匂いをつけた
 懐かしい匂い
  愛車の中では
   修理に出す前に聴いていた
    スティングの曲が流れていた

     ジョン・ダウランドの曲

      古い歌だ


      「流れよ、我が涙」





      僕の夏が始まった








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2 コメント

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Unknown (まかろん)
2022-07-06 07:21:25
いやあ、このあふれるメランコリー。
それと夏。
「僕の夏が始まった」も、
sherbetさんにかかると、始まりとともに
なにかを失ったような、
つきんとしたものを感じさせますね。

でも、つきんとするだけでなく、
夏の日差しのなかをこの帰ってきた車と進んで行く、
そんな様が目にうかびます。

お気に入りの音楽をかけてね。

これだけではこの詩はとても言い尽くせませんが、
素晴らしく詩情にあふれた作品だと思いました。

またの投稿を楽しみにしてますね。
Unknown (sherbet24)
2022-07-06 23:14:25
まかろんさん今回も読んで下さって本当にありがとうございます。僕はお酒のちからを借りてぼんやり酔いのまどろみの中で物語を描くので下書きをしたことがないです。だからこの物語は僕の深層心理の原風景たちなのかも知れませんね。気に入ってくれてありがとうございます。まかろんさんの作品にも触れたいと想います。

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