眠りたい

疲れやすい僕にとって、清潔な眠りは必要不可欠なのです。

転校生

2022-09-22 | 
小学校五年生の三学期に僕は転校生になった。
見知らぬ校長室で、担任になる先生に両親に連れられて挨拶にいった。
両親が家に帰ると、僕は担任の女性の先生に連れられて教室に向かった。ちょうど給食の時間で教室はとても賑やかだった。先生はここがあなたのクラス、皆と仲良しになりなさいね、と云ってすぐに何処かへ消えてしまった。残された僕は教室の端で居心地悪くもじもじとしていた。教室の後ろには何冊かの本が置かれていた。手持ち無沙汰の僕は、その中の一冊を引っ張り出しペラペラとめくっていた。
急にヒステリックな声がした。本から顔を上げると、一人の女の子が腕組みをして僕を睨みつけていた。
 
  教室の本はこのクラスの人しか読んじゃいけないの
   あんた誰?
    この教室に用が無いんだったら出て行ってよね。

女の子の後ろでやんちゃな少年達が大笑いしていた。彼女の周りには同じように腕組みした女子が同じように僕を睨み付けていた。僕は部外者だったのだ。
ごめん、と呟いて僕は教室を後にした。運動場の隅っこのジャングルジムにもたれかかりポケットからマイルドセブンの箱を取りだし煙草に灯をつけた。ため息と共に煙草の白い煙を吐き出した。やれやれ、なんてめんどくさいのだろう。
僕は煙草を吸い終えるとさっさと家に帰った。両親は心配そうにどうしたのか?と尋ねた。何でもない、先生が今日は帰っていいって、と云って僕は部屋に閉じこもり「シャーロックホームズの冒険」を読みふけった。

僕は数日でクラスの皆から孤立した。少年だった僕は神経質で上手くあたらしい環境に馴染めなかった。教室にいると僕に向けた皮肉な冗談や冷笑が浴びせかけられるようになったので、めんどくさくなってほとんど教室に居ることはなかった。授業中にはぼんやりグランドを眺めて過ごした。昼休みに教室の皆がサッカーやら野球を楽しむグランド。なかなかクラスに馴染めない僕に担任の先生はイライラしているようだった。僕は提出物やらテストをさっさと書き終えて誰も居ない家庭科室やら理科室を転々とした。煙草に火を点けるライターをよく忘れたのだ。家庭科室のガスコンロで煙草に火をつけた。かがみこみながら点けた火は僕の前髪も燃やした。
嫌な匂いがした。僕はため息をつきながら、午後の時間を何処で過ごそうかぼんやり考え込んでいた。校舎の裏や屋上といった界隈は、やんちゃな少年達の溜まり場だったし、そこで因縁をつけられるのも厄介だったからだ。
一週間が過ぎた。

ふと覗いた小さな図書室は案外と居心地が良かった。そう多くはないけれど暇つぶしの本はそれなりにあったし、図書室の先生はなにかと融通のきく気が利いた先生だった。さっさと提出物を出して教室からいなくなる僕に、担任の教師はやたらとうるさかった。いじめにあっている子供は沢山いたし、当時家庭環境に若干の諸問題がある子も少なくは無かった。問題児は僕だけではなかった。ヒステリックに僕を探して回る担任に、そんな暇があるならほかの問題の優先事項を先に片付けた方がいいのではないか、と何度か云おうとしてやめた。病的なヒステリーで個別面談になるのは目に見えていたからだ。何もかもがめんどくさかった。
図書室の先生はそんなヒステリックな担任に、わたしが何とかしますからと図書室の窓際にいる僕を指差した。
そんなこんなで、僕は小学校生活の大半をジュナイブル版のSF小説や江戸川乱歩を片っ端から読む時間に費やした。夕暮れ時まで本の匂いにかこまれて過ごし、窓の外から眺める夕映えのグランドをぼんやりと眺めた。

六年生に進級すると、この若い大学出たてらしい図書室の女の先生は、僕に図書委員にならないか?と持ちかけてきた。とくに異存もなかったので僕は図書委員になった。本が読めれば別に何だって構いはしなかったのだ。
図書委員は各クラスから集まって確か四、五人程度だったはずだ。読書週間用のポスターを作ったり本の貸し出しカードのチェックをする以外にはほとんんどやることが無かったので、僕は相変わらず窓際でぼんやり本を眺めて過ごしていた。

ある日、図書委員の女の子のひとりが僕に声をかけてきた。
 面白いの、その本?
  うん。宇宙戦争の話。
   ふ~ん。

女の子は僕のクラスの学級委員の副委員長もしていた。可愛らしい顔立ちをしていたし誰にでも優しかったのでクラス中の男子から人気があった。ややこしい男子生徒のいざこざにも巻き込まれたくなかったので、彼女の存在は僕には高嶺の花だった。
  ねえ、詩は読まないの?
   詩?読んだことないよ。
    じゃあこれ読んでみて。とても面白かったの。
彼女は図書室の本棚から一冊の詩集を選んで僕に手渡した。
   ありがとう。読んでみる。
    うん。読み終わったら感想きかせてね。

僕は密かにこの女の子に好意を寄せていた。
そうして、彼女が手渡してくれた詩集が僕が初めて読んだ詩集だった。

それから気が遠くなる時間がながれた。
僕はお酒を舐めながら詩のようなものを酔いの淵に紡ぎだしている。
ふいに、転校生だった少年時代の僕と、僕に詩集を手渡した彼女の記憶を想い出した。


遠い記憶。








 
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中心点

2022-09-16 | 
世界の中心点に向けて
 右肩を傾けてゆく
  物言わぬ顔は遥か記憶の後姿を
   覗き見るかのように
    向背筋がほぐれてゆく
     記憶の顔が残像として点在し
      万物が流転する夜のひと時に
       猫が安穏とあくびをしじゃれつく
        
       或る絵描きが云った
      独房みたいな部屋に監禁されてさ
     そこで絵を描きたいんだ
    小さな食器口から食べ物が日に3度出てきて
   そこから一歩も出ずに
  ただひたすら絵を描いていたい
 そうしてさ
ちょうど十年後に部屋を出たら
 世界中に俺の作品が飾られているんだ
  そんな夢をみる
   豆腐に醤油とねぎをかけてつまみながら
    僕らは酒を飲んだ
     悪くない夢だろ?
      僕はどう答えていいのやら数秒迷って
       こう答えた

       その場合
        世界の中心点は何処になるのですか?
         中心点?
          彼は奇妙な物を見る眼差しで
           僕の顔を覗き込んだ
            中心点が無ければ
             振り返る過去の基準点が曖昧になります
              僕が呟くと
             彼は優しく笑いながらこう云った
            どうして過去を振り返らなければならない?
           どうして?
          ドウシテ?
         言葉が輪廻し
        気付くと緑の草原に立ち尽くしていた
       澄んだ風が吹き抜ける
      青空の下
     僕は草笛を吹いてこう想った
    家に帰ろう
   
   猫が云った
  でもさ、君。
 家に帰るには世界の中心点を見付けなくちゃならない
決まりなんだ

       しゃらん

          と鈴の音が鳴った

            僕と猫は草原の中旅に出る

           可能性は微小だが
          君には選択の余地が或る
         猫はしっぽを立てて僕に忠告した
        けして安穏としてはいけない
       ましてやあくびなんてもっての他だ
      云いかけて猫は大きくクシャミをした
     僕は笑いながら水筒のワインを一口飲んだ
    旅だ
   草原は何処までも続く
  緑のカーペット
 右上に月が上がり左下で太陽が沈んだ
奇妙な世界
 
 ストレンジデイズ

  ジム・モリスンが云いかけて止めた

   とにかく

    世界の中心点を探すんだ
     じゃないと君の世界へは帰れない 永遠に
      猫が真剣な表情で云った

      戻りたくないなら?
       僕は思わず呟いてはっとした

        僕は戻りたくなんてなかったのだ

         しゃらん

         鈴の音が鳴った




 
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王国

2022-09-08 | 
僕らは夢を見ていた
 誰も知らない王国で  
  君はレスポールを抱きしめてジャックダニエルを飲んでいた
   薄暗がりのバーの深夜三時
    僕はどうでもいいスケールを繰り返し弾きながら
     テレヴィの遠い国の戦争を想った
      僕らの王国
       酒と音楽に酔い
        自堕落に世界を俯瞰したあの日
         祈るべき神を持たなかった
          ただ音楽だけを信じた
 
           たこ焼きをほお張る少女を見つけたのは
            潰れかけたビルの屋上だった
             僕の姿を無視し
              少女は黙々と口にたこ焼きを放り込んだ
               僕は煙草をポケットから引っ張り出し
                一服して彼女の食事の終わりを待った

                 あなたまだ禁煙してないの?

                  呆れた表情で一瞥して
                   少女は緑色のセーターの袖で口元を拭った

                    止めれなくてね、これだけは。

                     僕は試しにピースの両切りを彼女に勧めた
                      少女は一瞬戸惑い
                       それから銀色のシガレットケースから一本抜き取った
                        僕はくすくす微笑んでライターで丁寧に灯を点けた
                         深々と煙を吸い込み
                          少女は僕に告げた

                           一年ぶりに煙草を吸ったわ
                            お陰でくらくらするわよ。

                             僕らはビルの屋上で黙りこくって喫煙した
                              まるで校舎の裏の時代遅れの不良の様に

                               それで、
                                それで何の用なの?
                                 
                                 別に。
                                  ただ久しぶりに君に会いたかっただけさ。

                                  少女は胡散臭げに僕を眺めた
                                   それからもみ消した煙草の吸殻を僕にプレゼントした
                                    携帯用の灰皿に吸殻を片付け 
                                     僕は灰色の空を眺めた

                                      嘘よ。
                                そんな理由でわざわざこんな処まで探しに来るあなたじゃないわ。
                              
                               僕は皮肉な少女に微笑んだ

                              相変わらずだね。
                             それに
                            それに僕の事をよく知っている。

                           当り前よ。
                          あなたの分析をさせたら私の右に出る人なんていないわ。
                         それで、
                        それで何が願いなの?

                       夢。

                      夢?

                     怪訝そうな少女は不思議そうに僕の瞳を覗き込んだ

                    ね、
                   君、まだ楽器は触っているのかい?

                  楽器?
                 たぶん部屋の押し入れの中よ。

                僕はくすくす笑った

               それは嘘だよ。

              どうして嘘だと決めつけるのよ。

             少女の機嫌は最高潮に悪かった

            君が大切な楽器を押し入れに片付けるはずないもの。
           神様に誓ってもいいね。

          どうせ神様なんか信じていないくせに。

         少女は呆れたように口をすぼめた

        ね、
       音楽好きかい?

      あたりまえじゃない。

     それで十分。

    少女は僕の顔を何度も覗き込んだ

   何なの、いったい?

 楽団を組まないかい?

楽団?

 そう。
  また音楽がしたいんだ。

   音楽?
    あなたこのご時世にまだ夢を見ているの?

     そう。
      君のようにね。

       少女は少し赤くなって僕に煙草を請求した

        で、どんな音楽をするの?

         でたらめな音楽さ。
          まるでサーカス団の音楽隊みたいなさ、荒唐無稽な音とリズムの羅列。
           悪くないと思うんだけど。
            君がノイジーなギターを弾いて滅茶苦茶な詩で歌うのさ。

             私がギター弾くの?
              で、あなたは。

               ベースかな。

                どうしてあなたがベースなの?

                 いろいろと訳ありでね。

                  僕は昔、先輩にもらった古びたジャズベースを想った

                   ふ~ん。

                    ひとしきり考えて少女は呟いた

                     ドラムはどうするの?
                      あなたのややこしいリズムを叩けるドラマーは相当変わり者よ。

                       一緒に探すさ。
                        君とね。

                         それに
                          変わり者は幾らでもいると想うんだ。

                           変わり者じゃなくて壊れ物でしょう。

                            少女は可笑しそうに笑った

                             私のギャラは高いわよ。

                              知ってる。

                               払えるの?

                                う~ん。
                                 自信ないけど。
                                  支払いは来世でいいかい?

                                   呆れた顔をして少女は立ち上がり
                                    ジーンズの誇りを払った

                                     行くわよ。

                                      何処に?

                                       ドラムと夢を探しによ。
                                        その為に私を必要としたんでしょう?

                                         僕も立ち上がりたこ焼きのごみ屑を拾った

                                          今日のお酒をあなたのおごりよ。

                                           そうなの?

                                            当り前じゃない。
                                             再会を祝さなくっちゃあ。
                                              それから旅に出ないとね。

                                               屋上に風が吹いた

                                                夢を探しに

                                                 ね、


                                                  聴いているかい


                                                   大切な友達




                                                    聴いているかい



                                                     僕はまだ


                                                   呆れるくらい

                                                  
                                                 音楽を愛している
                                                  
                                                君のいない王国で

                                               君の旋律をなぞって

                                             メロディーを奏でたいんだ


                                            早く行くわよ。


                                          少女が僕に声をかけた


                                         失われた旅が始まる






















                                           

                               
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雨の夢

2022-09-05 | 


   救って


    石畳の回廊を抜けると大広間に辿り着いた
     赤い絨毯に目を落とし
      僕はぼんやりとしていた
       過去と未来と現在に想いを馳せていた
        
        あなたは此処に来たわ。

         哀し気な表情の声で
          言葉が流れてきた    
           頭を挙げると深紅の玉座に少女が座っていた
            気怠そうに僕を一瞥し
             それからもう一度云った

              あなたは此処に来たわ。

               此処は何処?

               ぼんやりとした意識で僕は少女に尋ねた

                あなたが帰る場所
                 永遠の「最果ての国」よ。

                  ひどく水が飲みたかった
                   僕は少女に尋ねた

                    煙草を吸ってもいいかい?

                     構わないわ。

                      紙煙草を咥え
                       僕はダンヒルのライターで灯を点けた
                        白い煙が白線の様に流れた

                         今は何時だい?

                         月が昇り太陽が沈む頃よ。

                        少女は自分に言い聞かせるようにそう呟いて
                       ヴェネチアグラスに赤葡萄酒を注いだ
                      そうして其れを神様の血の様に大切に口に含んだ

                     深紅のドレスがとても似合っていた
                    それで僕はその色が赤だとやっと認識で来た

                   此処は本当に最果ての国なのかい?

                  煙草をブーツで踏みつぶして僕は少女に聴いた

                 あなたは此処を探して沢山の旅をしたわ。
                此処は王国なの。

               あの幕の開かなかった舞台は此処で始まるのかい?
              あの永遠のパレードは此処にやって来るのかい?
             あの訪れなかった革命前夜は?

            そう。

            少女は宙空をぼんやりと眺め気怠そうに呟いた

           輪廻する魂

          贖罪されるはずの僕の現存在

         「我が創りし人を
           拭い去らん
        
           人より獣

          天空の鳥に至る

         滅ぼさん

        我 創りし 悔ゆればなり
      
       かくて   後

      洪水地に望めり

     大淵の源皆破れ

    雨四十日夜

   注げり

  方舟は雨に漂えり」




 ねえ

  僕は唱える

   君は何処へ行ったの?
    辿り着いた果ては此処ではないの?


     雨宿りの古本屋の軒下
      傍に佇む少女に傘を差しだした

       良かったらこれ。

        少女は一瞬怯え
         それから言葉を紡いだ

          あなたはどうするんですか?

           僕は微笑んで呟いた

            いいんです。雨が止むまで待ちます。
             僕には急いで帰る場所なんてないから。

              少女は僕の目を見つめた

               この雨が
                この雨が永遠に止まなくても?

                 僕は煙草に灯を点けた

                  永遠に待ちます。
                   其れが僕の贖罪だから。

                    雨は晴れたのだろうか?

                     あれから長い月日が経った


                      何度も月が昇り太陽が沈んだ

     
                       方舟は


                        最果ての国に辿り着いたのだろうか?


                         君の後姿を探して


                          僕は古本屋の軒下で煙草を吹かしている


                           永遠に


                            永遠に






                             救って





















































     




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