眠りたい

疲れやすい僕にとって、清潔な眠りは必要不可欠なのです。

Romanze

2009-10-27 | 音楽
甘く切ない甘味料。ノスタルジーの緑の地平の甘美さ。
少年時代の熱病の如き大きすぎる期待と不安の目分量。皮肉を気取って見せた心の裏側で、満開に咲く桜の花びらの春。大好きだった君に届かなかった機転は、もしかしたならば十年後の僕になら造作なかった仕草なのかも知れない。
僕は誰かを愛していたのだろうか?
もし、なんて言葉が無いのは明白な事実なのだが。
脳内パルスを刺激するモルヒネの要領で、観察する人物描写の白昼夢。いや、僕は誰も愛せなかったのだ。僕を愛したのは僕自身の巨大化した自我。密やかな夢は其のほとんどが妄想癖の安っぽい甘く気だるい怠惰なお菓子。
まるでヘンゼルとグレーテルが舌を出すほど甘ったるい美学。
Romanze。
その言葉が僕の想像を喚起するのはそういう現象だった。

一枚の楽譜を眺めて僕は想像した。
甘美に浸り悦に入る演奏に師匠が言葉を発した。

 待て。それがお前のRomanzeか?

師匠は続けた。

 世にも甘いRomanzeなんて存在するのか?

そうしてギターを手にし曲を弾き始めた。
それはまるで絶望的な慟哭のような演奏だった。

 いいか、哀しみと絶望的な虚無だ。俺だったらこう弾くね。
 Adagioでゆっくりと絶望の淵で嘆き哀しむんだ、まるで。
 まるでギロチンがゆっくりと落ちてゆく最後のように。

最後の和音を奏でた。まるでギロチンがゆっくりと落ちて来るように。

 Romanzeは甘ったるい描写だけじゃない。絶望的な虚無なんだ。
 男らしくRomanzeを弾いてみろ、確固たる信念を持って。

僕はギターを抱え譜面とにらめっこした。
何度試しても僕には絶望的なRomanzeが表現できなかった。
あるいは感情が先走りあるいは音の強弱が神経質すぎた。

 あんたには物語りを構成するテクニックがまるで無いんだ。
 感情ばかりが先走ってバランスが滅茶苦茶だ。
 テクニックというのは、指が速く器用に動く事じゃない。
 いかに音をコントロールして感情を表現出来るかなんだ。
 お前に致命的に足りないものだ。
 修行しろ。

それで僕はJ.K.MertzのRomanzeを弾き続けた。
いろんな弾き方を試してみた。いろんな物語を引っ張り出した。それでもハードボイルドなRomanzeは弾ききれなかった。
途方に暮れてギターを置いた。
とりあえず煙草を一本吸った。
楽譜を眺める。
絶望的なまでの虚無感の表現。
ため息をついた。

大切な何かを失った時。大切な誰かが消える瞬間。
あの声にならない感情の叫び。
人生は愚らなくて汚物に塗れ美しく気高い。
地を這う存在が青い月まで飛翔する。

あんたにはテクニックが致命的に足りないんだ。

師匠の言葉が頭の中をぐるぐると回る。
それは僕自身の生き方其の物なのだ。

それでも時間は容赦なく流れ演奏会の当日がやってきた。
僕は、曲を弾き終わった瞬間ひどく失望した。
大切な者を失った慟哭から程遠い演奏だったのだ。

あんたにはテクニックが致命的に足りないんだ。

演奏を聴いてくれた人々はどう感じたのだろう?
僕は怖いもの見たさに尋ねて回りたかった。
それは舞台の後片付けに忙殺されて叶わなかったのだが。

あんたにはテクニックが致命的に足りないんだ。

人生に於いてやらなくては為らなかった事柄を、避けて通り過ぎてきた僕自身の生き方そのものだ。

 修行しろ。

緑のビール瓶を振りながら師匠が云う。

地に足を着けた人生。

生き方。


死に様。







 
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魔法

2009-10-10 | 
ここは一体何処だい?
僕の質問に誰も答えなかった。もう一度尋ねたけれど返事は無かった。
たぶん、答えというものが存在しなかったのだろう。僕は黒いギターケースを抱えて街の路地の隅々を徘徊した。目的地が何処なのかも分からなかった。当たり前だ、だいたい自分が今何処にいるのかもわからないのだから。
白い壁に落書きがしてある。地図を探したけれど、そんな物何処にも無かった。路地裏のカフェで珈琲とサンドウィチをかじった。店のウエイトレスにも尋ねてみたが答えは同じだった。ここは何処だい?不思議そうな微笑と哀れむような視線で僕を眺め、彼女は珈琲のおかわりは?と付け加えた。僕は店を出て白い壁ずたいに歩いた。歩き始めてどれくらいの時間が流れたのだろう。僕は不意に気付いた。
人も車もいなくなっているのだ。いくら振り返ってみても、そこには誰ひとり存在しなかった。人の気配さえしなかった。僕は街に取り残されたのだ。
公園のベンチでため息をつき、ギターケースを開けてギターを調弦した。まるで僕の存在のように危うい感じの微妙にずれた調弦だった。
噴水のある公園のベンチで途方に暮れて僕はギターを弾き続けた。
誰も聴いてくれる人もいない。まるで独り言みたいだ。紙袋に包んだボトルのワインを飲み干して、煙草に灯をつけギターで音を紡いだ。

       魔法をつかえるんだね?

ふいに声がした。驚いて目をあげると少年が地面にしゃがみこんで微笑んでいた。

       君、誰?

少年は僕の質問を完全に無視した。
   
   そんなことはどうでもいいんだ。あんたは魔法が使えるんだね?
    魔法なんて知らない。使ったことも無い、ただギターを弾いているだけだよ。

   楽器で音楽が創れるんでしょう?素敵なことさ。
     それ、魔法なの?
      彼は大きくうなずいた

   音楽はね、人のこころを柔らかくしたり緊張させたりするんだ。
    でも、あんたの音楽は少し哀しげだ、悪くないけれど。

     そんな物が魔法なのかい?
      少年はのんびりあくびをして答えた
 魔法さ。人の嬉しさや優しさや切なさや痛みを自由自在に操れるんだから。
ふーん。そういうものなのかな?
半信半疑で僕は煙草を取り出し、少年にも一本薦めたが彼はそれを断った。
 ありがたいけど、煙草を吸う習慣がないんだ。
  この街には魔法がなくなったんだよ。だからみんな消えたんだ。
   少年は後ろを振り向き街並みを一瞥して呟いた。
    昔はね、みんなで音楽を創って歌を歌ったんだ。
     でもね、それは遠い記憶。みんな消えてなくなってしまった。
   
     どうして?

 みんなが魔法を捨てたんだ。あるいは無くした事にさえ気付かなかったんだ。
魔法を忘れて、この街を去ったんだ。そうして音楽の魔法を使えるのは・・・。

    僕なんだね?
     そう。だからあんたはこの街にあらわれたのさ。
      僕はどうすればいい?何処に行くべきだろう?
   
それは。それはゆっくり考えればいい。焦りは禁物なんだ。魔性が使えなくなるからね。いま、云えることは音楽を続けることさ。誰もいなくなっても、聴いてくれる人が消え去っても。あんたはギターを弾き続けるんだ。唄い続けるんだ。
そうしてやがて朝が来る。

    少年の姿が朝日のなかにうっすらと消えていった。

    朝だ

 枕元で馴染みの野良猫が背伸びをして僕の瞳を覗きこんだ。
  ハルシオン、変な夢を見たよ。
   猫につぶやいて苦笑し、仕事に出かける用意をしはじめようとした。
    ハルシオンがじっと僕を眺めている。
     その瞳はあの夢の中の少年の瞳とまるでそっくりだった。

      お前だったのかい、ハルシオン?

      彼は答えず、窓の外に飛び出していった

      今日は久しぶりにギターを触ろう

      魔法を想い出すんだ

      珈琲を急いで飲み干して

      僕は毎朝の通勤ラッシュの人の波にもまれた




 
    
  
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追い詰められた群像

2009-10-04 | 
書き捨てられた瑣末な事象
 紙屑に残る懺悔への戸惑いは
  遥か天上の流れ落ちる一滴の彗星の様に
   愚かさに塗れ
    そうして存在の虚無に怯え暮らした
     薄明かりの中
      煙草を唯吹かし
       アルコールで精神を消毒しようと試みる
        静かな夜という空間が現実を乖離させる

         行こう。
          君が壊れかけた車のクラクションを鳴らす
           あんたと俺は離れちゃいけないんだ
            あんただけでも駄目だし
              その逆もだ
               不可逆なんだ
                行こう
               あんたの孤独を地平にばらまこう
              此処にいることなんて大したことじゃない
             理由なんかないんだ
            捨てるんだ。
           捨てるんだ、始めから何も存在していなかったんだ
          僕はじっと君の車を窓際から凝視する
        
         ハジメカラ存在シテイナカッタンダ

        何度も云わせるな
       早く降りて来い
      ギターケースだけ担いでさ
     しやらん、と鈴の音がした
    行こう。お願いだ。
   僕の体は指一本動かなかった
  神経が全て断裂された
 
 お願いだ。返事してくれよ。
君の今にも泣き出しそうな声
 きっと憶えている
  その声を決して忘れたりはしないと想った
   君が旅に出た朝方
    空気がやけにひんやりとした
     一睡もせず僕は朝日が昇る光景を眺めた
      部屋中のアルコールが無くなった
       君のかけらが宙に舞っている気がした
        書き捨てられたメセージ
         僕には存在する義務が解らなかった
          
          やがて僕は仕事を見つけ
         穏やかな暮らしを選んだ
        空虚さに塗れていても
       それは大切な暮らしだった
      ご飯を食べ働きそうして眠って起きる
     毎朝 朝日が昇った
    呼吸の回数を数えるのが面倒な様に
   暮らしを並べ立てるのは難しい難題だった
  それでも
 息を吸い吐いた
夜には下らない言葉と戯れる
 そんな夜
  月明かりが覗いた瞬間
   激しい孤独な焦燥感に駆られ
    君の声を思い浮かべる

     行こう。

      ごめん。
       もう動けないんだ。
        
        許してはくれないだろうか?

         この孤独はその報いだね、きっと。

          不思議だ

           時間が流れ行くたびに

            この孤独は深さを増してゆく

             
             追い詰められた群像




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