眠りたい

疲れやすい僕にとって、清潔な眠りは必要不可欠なのです。

お話

2012-03-29 | 
 「神様の話をして。」
少女がまだあどけなさの残ったでも真剣な眼差しでつぶやいた。
残念ながら、僕は神様のことをよく知らないしもちろん友達でもないので勝手に話すことはできない。そう云うと、彼女は少しがっかりした様子で爪を噛みながら「なんでもいいから話して。」と云う。昔の友達の話でもいいかい?と聞くと「それでいい。」と答えた。
それで僕は昔の友達の話をすることにしたんだ。

Mさんはベーシストだった。この人は大きな体格に似合わずとても優しく、繊細だった。
その頃、僕は自分達のバンド活動が思いのほか上手くいかずとても悩んでいた。もちろん思春期特有の恋愛上の問題もあって僕はベースを人に売り渡した。なるべく誰とも会わず、お酒を舐めながら昼なのか夜なのかよくわからない生活を続けていた。Mさんは3日に一度は電話をくれ、僕のくだらない話を真剣に聞いてくれた。そして電話を切るときには必ずありがとう、と口にした。
ありがとう、というのは僕のほうだったのに。

ベーシストとしてのMさんのプレイは当時、とても斬新だった。メロディアスなフレーズをハードな
ギターのカッティングにのせてプレイする、ベースソロがクライマックスに達するころにはトレースエリオットのアンプのメモリは全開になっていた。珍しかったアトランシアのベースを掻き鳴らして強烈なインパクトを残した。みんな耳が痛い、と口にする。でも僕はMさんのソロが大好きだったんだ。

あるいつかの僕の誕生日に、Mさんは一本のベースを僕にくれた。
フェンダーのジャズベースだった。それはかなりいじられていて、むりやりフレットレスにされていたりピックアップもかなり乗せかえられていた。ボディは傷だらけだ。「音、出ないけど俺には大切なベースなんだ、でもおまえさんにあげるよ、よかったら練習用にして。音楽止めんなよ。」そういって人なっこそうに笑った。

Mさんはとても繊細な人だった、アグレッシブなプレイがまるで嘘のように。
或る女性との関係が上手くいかなかったとき、Mさんは自分の愛車にガソリンをまいた。
でも、たいていは穏やかな人物だった。家族や友達をとても大切にした、もちろん音楽も。
忙しすぎる仕事に追われても、けっして音楽を手放さなかった。そして友達の健康をきずかった。

「どうして音楽を続けるんですか?」そう尋ねると、笑って好きだからさ、といった。それに、オレから音楽とったらただのデブだろ。やめられないだろうな、たぶん。

あまりにも仕事が忙しすぎて、だんだんとMさんに会う機会は減っていった。そして僕は彼に挨拶も出来ずに逃げるようにして街を出た。僕も限界だった。

「・・・の結婚式でM先輩みたよ、体調、崩してるみたいだ。かなり痩せてたぜ。」
人ずてにそう聞いてはいた。


しばらくして、Mさんの訃報が島の僕の耳にもとどいた。癌だったんだ。
僕は呆然とした。僕を、友達のことをあんなに心配してくれたのに自分はそんなになるまで無理をしていたんだ。最後まで優しかった。

引越しをしてから何年たったのだろう?僕の手元にはMさんのくれたジャズベースが梱包されたままの状態で残された。どうしてもあけて取り出せない。ケースを開けると、あの時の匂いがするだろう、たぶん。そしてまだ僕はその記憶の重みに耐えられないんだ。

「Mさんが神様と会っているなら、一緒に音楽してるかな~?」
「たぶんね」
少女は云って、煙草を一本取り出し口にくわえて灯をつけた。
「神様とセッションするのって悪くないね、Mさんよろこんでるかな?」

   神様はハードロックすきかな~・・・?




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片翼

2012-03-23 | 













     


          君の正義で僕の罪を罰して


























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寓話

2012-03-18 | 
夕暮れ時の雨脚に
 煙草屋の軒下でたたずむ昨日
  街頭演説の煽りが鼓膜を不自然に揺らす
   当たり障りの無い毎日
    赤い公衆電話が苦々しく微笑む

    赤い公衆電話

     そんな物
      この御時世に観た試しが無い
       記憶の底に座礁した昨日
        何時かの風景
         何時かの香り
          誰かが電話口で囁いている

           ジリジリジリ

           赤い電話が鳴っている
            僕は想わず受話器を取った
   
           もしもし?
     
          十秒程の沈黙の後
         少女の声が聴こえた

        もしもし、
       聴こえていますか?

      はい、聴こえていますよ。

     少女は続けた

    伝言です。
   
   「忘れないで。」

  電話が切れた

 つーつーつー

僕は途方に暮れて煙草に灯をつけた

 混線し遮断された連絡網
  あれは確かに遠い記憶
   忘れた記憶
    忘れそうな風景
     雨が止んだ
      水溜りで子供達がはしゃぐ
       水の底で鳥の化石が眠っている
  
        はしゃぎ過ぎた
         子供達の想いは
          砕け散る

         忘れないで

        中庭のテーブル椅子に腰掛け
       彼女は少し目を伏せた

      ごめんなさい。
     あなたの何の助けにもなれなかった。

    いいんです。
   貴女はここで訪れる人々の話を聴いてあげて。
  たぶん。
 たぶんそれで救われる人も居る筈です。

僕は。
 僕は此処を出て行きます。
  そうしなくちゃあいけないんだ。

   我々は最後の握手を交わした

    夏が去り秋が来て
     やがて白い冬が訪れる頃の寓話
      遠い記憶
       鮮明だったのは
        事務所の窓口の赤い電話
         誰それが語り尽くした公衆電話
          人々の懺悔を赤い電話だけが知っている
           寂しさ
            悔しさ
             投げつけられた優しさ
              孤独の沈黙と
               消えてゆく十円玉

               僕は呆然とした
              一体
             一体僕は何処に辿り着いたのだろう

            煙草屋の軒下
           フィリップモーリスの白い煙
          流れ行く白線
         雨が止んだ
        だがしかし僕は其処から一歩も足を踏み出せない

       忘れないで

      僕は郷愁に身を焦がした
     失落した希望的観測
    此処を出てゆかなければ

   忘れないで

  誰の伝言だったのだろう?

   忘れないで


   僕は佇み動けない

    まるで意識的に動かないパントマイムの様

     いつか動き方すら忘れ

      赤い公衆電話のように

       悪戯に排除される

        それでも


        声がする


        忘れないで




       煙草が白く燃え尽きた


       







    
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迷宮入り

2012-03-13 | 
縁側でビールを飲み続ける残暑のカルテ
 万年筆で記される表記記号の行方は
  途方も無い理科室の黒板に於ける化学記号の羅列
   コンクリートが熱を反射し
    アスファルトがわずかに降った夕立の水分を蒸発させる

     点と線の記憶を吟味し
      酔いのまどろみ
       僕は居るはずも無いあなたに語りかける
        木立の影の優しさについて
         或いはフライパンのオムレツへの考察
          ケチャップは大量なほうがいい
           ガーリックトーストと共に
            ちょっぴり遅い朝食の風景
             昨日のワインの残りを少し
              ご飯が美味しいというのは
               とても素敵なことだ

              「おいで
                ハルシオン。」

              少女が野良猫の名を呼び
             魚の骨を皿の上に置いた
            ざらついた舌先で小骨を舐める子猫の影が
           いつか見た君の後姿にとてもよく似ていて
          僕は白球の行方を虚空に追い求める
         全体 君は何処へ旅立ったのだろう?
        どうして僕を置いて行ったの?
       台北の街並みに君の影が微笑んだ
      赤い公衆電話
     僕は店先で買った砂糖菓子を齧った
    
    「おいで、ハルシオン。」
   少女が呪文の様に繰り返す
  えさが上等じゃないならそっぽを向く
 可愛げがないよね
僕がそう云うと少女は諭すようにこう云った
 ノラはね、高貴な生き物なの。誰にもなついたりなんかしないわ。
  僕には
   それが黒猫をさしているのか少女自身をさしているのか
    見当もつかなかった
     また ささやかな雨が降った
      静かな控えめな音で空間を愛でた
       
       お昼ごはんの時間よ。
        目玉焼きとスクランブルエッグどっちが好き?
         僕には体制と反体制、どっちが好き?としか聴こえなかった
          あまり代わり映えのしない選択肢
           今日は体制的な目玉焼きで。
            少女が不可思議な表情をする
             あなた酔っぱらっているの?
              分からない
               何もかもが迷宮入りした事件の後日談
                君の影も永遠に迷宮入りしたのだ

                届かない想い
               届かなかった地平
              僕はビールの空き缶を
             十四時間かけて地上に現存させる
            光あれ、と誰かが云った
           僕は中国製の煙草の匂いを嗅いで灯をつける
          深く呼吸した
         
         ハルシオン、えさ食べたかな?

        もちろん残さず食べたわ
       私達も食事にしましょう
      少女が体制的な目玉焼きを作ってくれた
     くるみパンと一緒にテーブルに繰り広げられる世界の様相
   
    食事の時間だ

   独りきりの泥酔者はこの辺でおしまいにしよう



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景色

2012-03-02 | 
景色は消えやすい。そんなことをぼんやり考えていた。二本目のワインの瓶が空いた。そうとう酔っぱらっていたようだ。僕は緑色のソファーに横になり、眠っていたらしい。目を開けると、少女が心配そうに僕の眼を覗き込んでいた。

 大丈夫?

少女が大きなマグカップに水をくんで来てくれた。それを一息に飲み干し、煙草に火をつけた。少女は時計を指差した。
 
 もう、夜中の三時よ。
  君はずうっと起きてたのかい?
   だって、あなたすごく酔っぱらってたから・・・。
    どうしたの?

煙草を吸い終えて、僕は少女に呟いた。
  ね、ギター持ってきてくれないかい?

彼女はうさんくさそうな目で僕を見つめた。
  そんなに酔っぱらって、ギター壊さないでよね・・・。
僕は少女が抱えてきたグレッチのカントリー・ジェントルマンを調弦した。

  狂ってるわよ。

  僕のこと?

  馬鹿ね。調弦よ。

僕からギターを取り上げて彼女は音を合わせてくれた。僕は音を紡いだ。まるで、夢の中で見た景色に触れられそうだったんだ。メロディーを酔っぱらったあたまで奏でた。それは夜中の三時に丁度良い音だった。

  どうして、そんなに哀しい音を弾くの?
   少女が呟きながら、スコッチを舐めていた。
    哀しい夢でも見たの?

僕は何も答えなかった。ただ音を弾き続けた。
カーテンを空けた窓のそとは、青い三日月で寒いほど清潔な明るさだった。今日は野良猫たちも大人しかった。僕は夢見たのだ、あの景色を。僕らは皆一緒で、酒を飲んだり煙草を回しのみしていた。誰も居なくなったり、消えてなくなったりしなかった。ワインはたっぷりあったし、マスターが作るカレーライスと豆のスープはとても暖かかった。終わりなんてないんだと思っていた。世界は夢で出来ていたし、僕らは仲間だったのだ。酔っぱらって、皆で店を出て公園を散歩した。消えるはずのない音楽が突然止まったのは一体いつのことだったのだろう?一人ずつ消えていった。そうして、僕だけがいまだに此処にいる。だから、音楽が続くように祈っているのだ。封印された景色を思い出そうと努力する。たまに夢を見る。皆が笑っている。だけど、いつのまにか彼等の名前を忘れてしまっていることに気ずく。僕はやるせなくて酒を飲む。ね、明日会おう。約束は約束のままだ。瞬間が永遠に同化した。景色は消えやすい。
少女が二杯目のスコッチをロックで飲みながら、僕のメロディーに合わせて口ずさむ。とても素敵な声だった。

  月の雫の眠る夜
   電線が伝言する
    哀しいから手紙は書かない
     けっして残らないアリバイ
       野良猫たちがすっとんきょうに歌いだす

僕らはこの部屋で音楽を創り続けた。それだけが移ろいやすいこの世界で、きっとたしかな想いだった。外は青い月の光に照らし出される。

    それだけが
     きっとたしかな想いだった

      景色の記憶が目の前をざわめかせる

       けれど二度と触れることは出来ない

        二度と










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