広く浅く

秋田市を中心に青森県津軽・動植物・旅行記などをご紹介します。

太平山とローソン

2024-06-02 15:53:14 | 秋田の季節・風景
本荘から見る鳥海山の記事でも触れた、山梨県のローソンに載った富士山。目隠しを設置したはいいが、破ってすき間を作られてしまい、目隠しの材質を変えることになったらしい。
一方、弘前経済新聞のサイトには、5月29日に「津軽地方では「コンビニ岩木山」 富士山をまねる投稿も」がアップされた。触発された津軽の人たちが、SNSにコンビニなどと津軽富士・岩木山を組み合わせた写真を投稿し、トラブルもなく平和に盛り上がっているとのこと。サイトではローソン弘前国吉店、ファミリーマート鶴田境店、ローソン弘前石渡店、ローソン弘前津賀野店、マックスバリュー樋の口店(コンビニじゃないし、正しくは伸ばさないマックスバリュ)と岩木山の写真が添えられている。

そういえば、以前、静岡県富士市を訪れた時、マックスバリュ(富士富士見台店。店舗正面ではない)に富士山が載ったような写真を撮ってアップしていました
それに、2012年頃にはセブン-イレブンのCMで、店の上に富士山がそびえるシーンがあった。セブン-イレブン富士市吉原店とのこと。その裏にはローソン富士吉原店が2022年にできたが、位置的に載らない。


先を越されてしまったが、5月半ばに秋田市内で、太平山とコンビニ(本家にならって主にローソン)を組み合わせられる場所を、Googleマップストリートビューや現地で探してみた。
秋田市内あちこちから太平山は見えるものの、角度が微妙にズレてしまう店もあったし、角度は一致しそうでも、背後にほかの建物があったり、公道上からは店舗自体に隠れたりして、うまく載っかる店は少なかった。そんな惜しいところは、ローソン秋田保戸野原の町店、ローソン秋田泉南一丁目店、ローソン秋田新屋大川町店、ローソン秋田広面蓮沼店、ファミリーマート秋田広面北店など。
太平山の標高は富士山の3分の1以下だし、いちおう市街地だから住宅が建てこんでいることも理由だろう。

そんな中、太平山が載るローソンもあった。
ほら載ってる!
惜しいことに、ローソンの裏側だけど。

これは県道56号沿い、秋田大橋の北にあるローソン秋田茨島六丁目店。店の正面が道路に面しておらず、駐車場を囲むちょっとしたショッピングモールの1店。もし、道路に面していれば、斜めながらローソンの看板とからめた写真になったかも。
後ろの紅白のアンテナは、イオンタウン茨島にある秋田放送のラジオ送信所。

ローソンより南では、秋田大橋の架け替えによって、県道がカーブしている。少し橋寄りの向かい側から見ると、
ここから見ると雄大。街全体に載っているよう

市街地がダメなら郊外へ。
これならどうだ
電柱がうるさいのと、店の裏の樹木も入ってしまうが、なんとか載っているのでは。
横山金足線(秋田市道区間)沿い、飯島字薬師田(やくしでん)にあるローソン秋田飯島薬師田店。太平山は、他の山とつながった連山であるが、秋田市北部からでは、南部や中央部から見るよりも、より横長に見える。※過去の記事
店の背後は、飯島変電所のほかは一面の水田。道路向かいは、飯島鼠田(ねずみた)で住宅が多く、道は複雑だけどJR奥羽本線 上飯島駅もわりと近い。

ただ、ここは横金線の向かい側からでは、店舗や裏の木に隠れてしまって、太平山が見えない。
向かい側歩道から
道路外側へ少し下がると見えるのだが、そこは私有地。だが、ここでは幸運にも(?)わずかな私有地をはさんで、別の既存の市道が並走する。既存の道が横金線に突き当たる「y」字状の丁字路がある配置。そのため、2本の道に挟まれた民地は三角形で、何も建っていない。既存の道から、三角の土地越しに、太平山とローソンが見られるという形。
既存の道から。最初の写真より左寄りでの撮影なので、太平山がズレている
三角の土地は、以前は草が茂っていたが、今は整地されている。もしかしたら、建物や看板ができるようなことになるかもしれない。そうなれば、見えなくなってしまいそう。


ほかにストリートビューによれば、県道41号沿い、金足片田字横関のローソン秋田金足片田店にも、太平山が載る。間に低山があって、そのすき間からちょこんと太平山が見える。
熱心に探せば、ほかにもあるでしょうけれど、とりあえずこれにて終わり。
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山王あれこれ'24.5

2024-05-28 23:14:16 | 秋田の季節・風景
秋田市の官庁街・山王を久々にぶらぶら。
山王七丁目の秋田放送(ABS)本社跡地に、2025年春開店予定でイオンスタイル山王(総合スーパーではなく、茨島や広面のようなマックスバリュ級の食品スーパーの模様)が着工したとのことだけど、すっかり忘れて立ち寄らないでしまったことを、先に記しておきます。

七丁目内でABS跡地より東側。2019年からは隣に仮庁舎を建てて、裁判所(仙台高裁秋田支部秋田地家簡裁庁舎)の建て替え【31日補足・旧庁舎を解体し、同じ場所に新庁舎を新築】が行われていた。2023年11月6日から新庁舎での業務が始まっている。
新庁舎

(再掲)旧庁舎
新庁舎は、今の流行りなのか、縦方向の線が目を引くデザイン。縦線は太さが3種類あって、一定の規則で並ぶ。
あまり違和感はない。よく知らない人なら、建て替わったのに気付かないかも。
そして、旧庁舎は5階建て、新庁舎は8階建てだそうで、大きくて存在感・圧迫感のある建物になるかと思っていたが、現地で見てみたらそうは感じなかった。敷地の広さのためか、デザインのためか。
右奥は秋田地方気象台が入る秋田第二合同庁舎

(再掲)
旧庁舎のほうが重々しい感じがするかも。

仮庁舎は解体済みで、外構工事が続いている。
官庁街の新しい風景
↑裁判所の奥は秋田県庁、同第二庁舎、向かい(写真左)は秋田市役所など。


けやき通りへ曲がって、山王一丁目、秋田市役所の北西。当ブログでは初登場。
道路向かい側からの撮影で恐縮です
市役所の先代庁舎時代は、その背中とこの建物の側面がぴったりくっ付いていた(つながってはいなかったはず)が、現庁舎になってからはぽつんと建つ。
1階に消防車両の車庫があり、「秋田市秋田消防署」と表示があるので、ただの消防署だと思う人がいるかもしれないが、秋田市消防本部も入る建物【29日補足・市役所旧庁舎時代は、上の階に市長部局の一部も入居】。「(秋田市)消防庁舎」という名称だと思っていて、市サイトの施設案内でもそうなっているが、「(秋田市)消防本部庁舎」とも呼ぶらしい。
この消防庁舎は1985年にできたそうだ。それ以前(1964年から?)も、ここにあったはず。1981~1982年頃に幼稚園で見学に訪れて、はしご車のカゴに喜んで乗る同級生を見て、よくやるなと思った記憶がある。

消防庁舎が、以前とちょっと変わったのにお気付きでしょうか。
2021年11月撮影
上の写真右側の南面が、金属製の網で覆われた。2~3階は、側溝の蓋(グレーチング)みたいな格子状で細かい網の目で、4~5階は縦方向がメイン。南西角には、はしごみたいな線が入るパネルも設置された。
2022年4月から2023年10月まで、庁舎を使い続けながら(フロア移動や一部仮庁舎)大規模改修工事が行われたため。
外観などだいぶ変わるのかと思っていたら、南面以外はまったく以前と同じなのではないだろうか。これで済むのなら、以前のイメージを変えずに使い続けることは好ましい。【29日補足・シンプルなデザインで、40年経っても古臭さを感じさせないのが功を奏しているとも思う。】


消防庁舎から北東、山王一丁目と高陽青柳町の境の旧国道。
東方向。右が山王一丁目
↑右手前は、昔はスーパー・マルダイがあって、後に建て替わった建物に、ローソン山王一丁目などが入っていた場所(ローソン跡は今は美容室)。
ここに若干の変化。
以前は、右手前の電柱のすぐ先(真横)にあったものが、交わる道路を越えた、向こうの電柱に移動していた。
上の写真と反対向き
通町経由将軍野線の「高陽青柳町」下り側バス停。
少なくとも2023年6月時点では、まだ動いていなかった。動いた理由は「危険なバス停(関連記事)」だったからだろう。
以前の位置では「バスがバス停留所に停車した際に横断歩道にその車体がかかるバス停留所」として、危険度Aランクに該当し、秋田中央交通は「安全対策検討中」と国土交通省の調査に回答しており、その結果。
※バス停は、将軍野線を秋田市交通局(秋田市営バス)が運行していた当時から同じ位置にあったはず(マルダイ時代も同じだったかと思う)なので、中央交通だけに責任があるわけではない。
だけど、移設後の位置でも、危なさはさほど変わらないように見える。「バス停留所に停車した際に横断歩道の前後5mの範囲にその車体がかかる」と思われるので、危険度Bランクに下がっただけでは。


飛んで山王三丁目、県庁第二庁舎裏・市立山王中学校隣。

山王第一街区公園。街区公園=児童公園にしては、遊具がなくだだっ広いだけ。昔は砂地で、山王中のサブグラウンド的(サッカーなど)に使われていた。2012年のバリアフリー工事で手が入ったのが原因なのか、2016年には一面、シロツメクサ(クローバー)に覆われ、その後刈られて芝生っぽくなったり、2016年秋にはぬるぬるになったりしていた。今は、
正面奥が山王中、右奥の紅白の塔は東北電力秋田支店

草ぼうぼう
わずかにシロツメクサも残って花が咲いているが、膝丈ほどの草が幅を利かせるようになっていた。草原と呼ぶべきか。
草刈りにも人手と費用がかかるが、これでは、ほとんど意味がないスペースになっているような。
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本荘あれこれ'24.5

2024-05-22 22:54:34 | 秋田の季節・風景
5月初めの本荘シリーズ(前回の記事)。最後に小ネタ集。
羽後本荘駅前から西へ延びる県道165号を、まっすぐ800メートルほど。裏尾崎町(うらおざきまち)。
奥が駅
柱に「大門街商店会」とあるが、裏尾崎町の1つ西隣の町名が大門。
バス停のポールは2つ。羽後交通に委託運行する、由利本荘市循環バス(ピンク色のごてんまり号側。向かいは青い無名のバス)のバス停名は「裏尾崎町」。羽後交通の一般路線のバス停名は「北都銀行前」。
写真左奥の建物が、北都銀行。
秋田市の同名バス停は、交差点や銀行合併の歴史があるため、「前」とは言い難い場所にあるが、こちらは「前」でしっくりくる。

この北都銀行は何支店かといえば…
本荘支店/西目支店/岩城支店/本荘石脇支店/本荘東支店
5支店が列記。話には聞いていたが、実際、目にするとなんとも。
もともと本荘支店だった店に、周辺の4支店が支店内支店・ブランチインブランチとして吸収されたもの。実質的には店舗統廃合である。

ところで、この付近を2019年1月に撮影した写真がある。
右、黒い看板のセブン-イレブン由利本荘大門本町通店の向こうが北都銀行
県道は何年(何十年?)も前から、段階的に拡幅事業や無電柱化が進められていて、裏尾崎町~大門付近が狭いまま残っていた。2019年は工事途中だったわけだが、今回訪問時は、さほど気に留めず、いつの間にか広がったのかと思っていた。
5月14日に秋田県のサイトに「都市計画道路「停車場栄町線」裏尾崎町工区の完成について」がアップされ、工事が最近終わったばかりであることを知った。長さ389メートルにわたり、道幅が7.0メートルから18.0メートルに広がった。6月30日には、歩行者天国にしてイベントが行われる。
秋田市の通町などもそうだが、以前の雑然としながらも生活感や活気のある街並みが懐かしく思えてしまう。感傷にすぎないけれど。


由利本荘市文化交流館 カダーレ(過去の記事)で、確認したいことがあった。
渡部製パンの自動販売機である。30年前から本社工場前に自動販売機があったのだが、2023年春にカダーレ内にも設置されたとのことだった。ただ、秋田魁新報によれば「無人店舗の運営方法などを調べる県立大の実証実験を兼ねており、1年間設置する予定。」とのこと。1年経ってどうなっているのか情報がなかった。
奥が正面玄関
写真の通り、玄関を入ってすぐのところに、引き続き設置され稼働していた。

2台ある本社前と比べると、ラインナップは若干少なめか。QRコード決済、電子マネー決済対応。


羽後交通のハイエースも健在
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ツツジ/東通の栃並木

2024-05-12 23:18:22 | 秋田の季節・風景
晴天が続くいい季節で、どこも花盛り。秋田市内から2つ。
千秋公園。ソメイヨシノよりも見応えがある、ツツジ。当ブログで紹介するのは2017年以来?
逆光ですが、二の丸・胡月池越しに本丸方向

フジも咲いて

白いツツジはこれから見頃か

本丸から見下ろす

秋田駅の東側。城東消防署の通り、秋田トヨペットスマイルパルやビフレ東通店の交差点で交わる、北方向・市立東小学校角まで(東通四丁目と五丁目の境)、約200メートルの市道。

歩道があるものの、幅は広くはない道路に街路樹が植えられ、そこに目立つ濃いピンク色の花が咲いていた。
一部の木だけピンク色
芽吹いたばかりだろうに、大きな葉っぱがうっそうと茂っている。樹形や葉の形は全部同じように見えるが、花が咲いているのは小ぶりな木のみ。
大きな木の一部では、ごくわずかに、同じ形の白い花が咲いているのがあった。

ピンク色の花は、ずっと前にサン・パティオ大町のものを取り上げていた
ベニバナトチノキかと思われる。外国原産のトチノキの仲間どうし(アカバナトチノキ×セイヨウトチノキ)の交雑種。「マロニエ」と通称されることもあるが、本来のマロニエはセイヨウトチノキを指す。
白い花、花が咲いていない木は、日本原産のトチノキだろうか。秋田市民市場の道路沿いには、同じような木があり、花は同じような状態だった

今回は、通りかかった時にピンクの花が目に留まって知ることができた。この区間では、ピンクの花の木は両端に多い印象。割合(本数)としては半分よりやや少ない感じ。意図したのか、偶然なのか。
岩手県庁と栃木県庁の前など、トチノキ並木はそれなりにあるようだが、秋田市内にも、しかもこんな目立たない場所にあったとは。
モクレン並木とか、ニレ並木もあった。知らない・気付かないものがまだあるのかもしれない。

この道路自体は古くからある。周りは一面水田で、消防署の通りはまだない、1971年改測の地形図で、既に記されている。東小学校開校が1977年だから、その辺りに、歩道や街路樹が整備されたのかもしれない。
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鉄腕鳴る本荘

2024-05-09 23:04:22 | 秋田の季節・風景
鳥海山が美しい本荘の続き。
由利橋と子吉川と新緑の新山公園(しんざん~)

由利橋のすぐ上流、本荘グランドホテルや大沢川排水機場(ポンパル)の付近に、
青い河川名看板
以前記事にした、側面に標語というかキャッチフレーズ(たまに独特の表現が見られる)が記されたバージョン。本荘の子吉川と秋田市の雄物川で確認しており、建設省時代、おそらく平成初期頃の設置と考えられる。
由利橋上流の道路向きは、ストリートビューで「みんなで守ろう魚の住めるきれいな川」であることが確認済み。では、反対面は…
向かいの建物がポンパル。西向きの「子吉川」はだいぶ文字が薄れている

「清流に鉄腕鳴るボートのまち」
そう来たか。

子吉川で盛んなボート競技を題材にしたのは、理解できる。
「鉄腕」も、鉄のようにたくましい腕という意味で、ボートをこぐのに適した表現だと思う。
多くの人は「鉄腕」といえば「鉄腕アトム」だろう(1952年連載開始)。手塚治虫の造語というわけではないと思うが、この作品で広く知られるようになった言葉かもしれない。稲尾和久というプロ野球投手は「鉄腕」と呼ばれたそうだが、時期的にアトムの影響を受けていそう。1995年放送開始の「ザ!鉄腕!DASH!!」も、そしてこの標語も。
余談だが、1998年頃、僕と同世代の秋田県外の人が、秋田市保戸野鉄砲町(ほどの てっぽうまち)のことを「ほ、と、の、てつわん?」と読んでしまっていた。

で、この標語では、その鉄腕が「鳴る」ことになっている。
どんな音? ボキボキ? ギシギシ? ガクガク?
鍛えた腕なら、音など鳴らないのでは。音がするのなら、鉄腕によって漕がれる、オール(と水)が立てる音なのでは?
【10日補足】「腕が鳴る」という言い回しからの連想だろうか。
【10日追記】大魔神でおなじみの元プロ野球投手の、横浜ベイスターズ時代(1990年~1999年)に作られた応援歌(?)「佐々木主浩のテーマ(作詞:井辺清、作曲:高浜輝夫)」の歌詞に「鍛え抜いた 鉄腕鳴る」があった。鉄腕は鳴るものなのか?!

鳴るよりも「光る」はどうでしょう。清流に鉄腕光るボートのまち。今さらですが。
【10日追記】元プロ野球投手の応援歌では、広島東洋カープ(1995年~2008年)の「高橋建のテーマ(作者不明)」は、「鉄腕光る サウスポー」が歌い出しらしい。鉄腕は光ってもいいのだ。

雄物川と子吉川で存在を確認している標語入り看板は、これですべて判明した。実はほかにも標語入り看板が存在する(由利橋の上流の新二十六木橋、表示方法は違うが能代市の米代川など)。全貌を知りたいけど、難しい。
本荘の話題は続く
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本荘市街の鳥海山

2024-05-06 23:44:36 | 秋田の季節・風景
5月2日の本荘の続き。快晴で、残雪の鳥海山が美しかった。
羽後本荘駅跨線橋から

拡大
2018年にも取り上げたように、本荘市街地のあちこちから見ることができる。
道路の向こうに、家並みの間に、人々の暮らしの一部として、それを見守るように山があるのは、景勝地から眺めるのとは違う良さがある。静岡県の沿岸部の町でも、富士山がそんな存在だった。

と、ここで昨今ニュースになっている、オーバーツーリズムの1つを連想してしまう。
山梨県富士河口湖町で、ローソンの建物の上に富士山が載っているように見える店があり、そこに外国人観光客が押し寄せている。横断歩道でない箇所を渡ったり、向かいの歯科医院の敷地に立ち入ったり、ごみを捨てたり、地元の迷惑になっている。というもの。
コンビニと富士山の組み合わせが人気スポットになるなんて、地元住民、もしくは多くの日本人には理解できない現象かもしれないが、僕には理解はできる。上記のように、その土地でしか見られない光景の1つなのだから。決まりを守って、周りに配慮することは必須だけど。

そんなわけで、鳥海山が載っかったコンビニがないか、羽後本荘駅周辺をうろついてみた。駅の西側に2店あるローソンは、どちらも看板と鳥海山は組み合わせられなくもなさそうな程度。駅西側は、建物が建てこんでいることと、本荘公園にさえぎられる場所もあって、なかなか難しい。
南側、国道105・107・108号(重複区間)は、道幅が広く開けている。
ガソリンスタンド前を通過する羽後交通のバス。いつの間にか新車が増えた

エネオスエネジェットと載ってはいないけれど鳥海山
少し東へ進んで、
地味な建物
この辺りは、地名としては「御門(ごもん)」だそうだけど、これは、マックスバリュ御門町店。
羽後交通や由利本荘市コミュニティバスのバス停も「御門町」となぜか「町」が付く。ホームページの店舗紹介のアドレスは「gomonchou」だから、読みは「ごもんちょう」らしい。
本荘は、イオン東北株式会社の前身の1つである、「つるまい」の創業地。その名残か、つるまいとして開店し、建物も変わらずにマックスバリュとして存続している店舗がある。ここもその1つ。
ネットの情報によれば、御門町店は1979年に開店し、つるまい→ウエルマート→マックスバリュ→マックスバリュエクスプレス→マックスバリュと変遷しているとのこと。マックスバリュエクスプレスについては、当ブログでも過去に触れたが、マックスバリュ東北(当時)初のエクスプレス店舗であったが、いつの間にかマックスバリュに戻っている。
エクスプレス化された時、レジがコンビニ風の対面式になったとのこと。現在も、レジはそのままのようで、たしか3台のレジが横に並ぶ(客の動線としては、横というより縦方向)。その他、売り場は昭和のスーパーの面影が漂う。駐車場がそこそこあるのが、今も存続している理由だろうか。
これも載っていない
さらに東へ進んで、御門跨線橋で羽越本線・由利高原鉄道鳥海山ろく線を渡る。
跨線橋を東へ下りると、南へ国道108号が分岐する「二番堰」交差点。
その手前、跨線橋の坂の途中から
若干無理があるが、108号に面したリコーの上に鳥海山が載っている。右の「マルホン」は、酒田の本間物産株式会社が運営し、かつては秋田市にも店があったマルホンカウボーイ本荘店。

東方向は、国道105・107号となって、
タカヤナギ グランマート一番堰店。かろうじて載っている?
今は、本荘にグランマートが3店あるが、ここ10年くらいにできたと思っていた。個人的には、本荘でタカヤナギ・グランマートのイメージは薄かった。
実際には、1985年にタカヤナギ南御門町店が薬師堂谷地に開店したようで【7日補足・「日本全国スーパーマーケット情報(https://ajsm.jp/Shop010063.html)」より】、それが2010年にグランマート本荘南店として移転。2012年にグランマート石脇店、一番堰店は2014年11月13日オープン。

すぐ東が「一番堰」交差点。国道105号が北へ、107号が東へと分かれる。
北都銀行に半分載ってる?
この北都銀行は、2018年に新設された本荘東支店だったが、2024年3月に本荘支店内へ移転(ブランチ・イン・ブランチ化)。今は「北都のほけん相談 本荘店」。

北都の左隣は2024年4月にできたばかりのオートバックス・由利本荘店、向かい(手前)の交差点角はアポロステーション。載っていないけれど、日常の暮らしの中の鳥海山という感じ。
駆け足の今回はこんなところ。じっくり歩けば、また違う街と鳥海山が見られることだろう。本荘の話題は続く
秋田市内の太平山とコンビニの組み合わせ
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快晴の連休谷間の本荘へ

2024-05-04 23:15:07 | 秋田の季節・風景
快晴の5月2日、羽越本線の特急「いなほ」で、秋田から由利本荘市・本荘へ往復。
帰り・羽後本荘駅へ入線する下りいなほ
※以下、車窓の写真は、ガラスの汚れや逆光のため、反射した手などが写りこんでいます。
二古信号場(岩城みなと~羽後亀田)付近
日本海も穏やか。

羽後亀田付近
20年くらい前は、連休前半には水田の代かきが盛んに行われていたと記憶するのだが、栽培技術の変化なのだろうか、現在は遅くなった。
2日の沿線でも、水が入って代かき作業が行われていたのはごくごく一部。それ以外は、乾いた茶色い田んぼで、畔と背後の山々だけが新緑で鮮やか。山は常緑樹と新緑の緑の濃淡がくっきり。

今回は、行きに「いなほ10号」、帰りに「いなほ5号」を、いずれも自由席で利用。この1往復は、以前は定期で秋田まで来ていたが、2022年に酒田止まりに短縮された列車。短縮後は、繁忙期限定で秋田まで延長運転される。今年のゴールデンウィークは、上下とも4月26日から5月6日まで。
羽後岩谷付近
2日は連休の谷間の平日ながら、上下ともそれなりに乗客がいた。といっても、特に10号では、上の写真の通り、空席のほうが圧倒的に多かったけど。旅行客・帰省客の風情の人が大部分。自由席では、日が当たるのに海側の席を選ぶ人が多いのは、海を眺めたいということだろうか。
上下とも秋田~羽後本荘の1駅だけ利用する人も意外に多かった。10号は前後に普通列車がなく、5号は直後に普通列車が続行するが、5号に乗れば秋田で1本前の「こまち」に接続できるからだろうか。

3月に乗った「スーパーつがる」よりは、乗車率がいい。平均的な速度もいなほのほうが、多少は速い印象。運転停車もなし。表定速度は10号80.3km/h、5号75.5km/h。スーパーつがるの東能代→秋田は77.3km/h。

それでもポイント通過の速度制限などにより、「沿線の小駅は石のやうに黙殺された。」駅は少ない。羽後岩谷駅などは黙殺に近いかな。
行き帰りとも、かなり減速して通過した小駅
ホームは近年新しくされたこの駅は、
折渡駅
普通列車でさえ、多くが通過する駅なのに。

車掌は、秋田から酒田まで10号で行って、5号で秋田へ戻るという、僕と同じ行程のはず。その車内検札。
ここ数年は、新型コロナ対策で接触を避けるために、見るだけでスタンプは押さないことが多かったが、今回、久々に押してもらえた。
自動改札がないメトロポリタン口から入って、秋田駅の入鋏印ももらった
「秋田統括C」とは、かつての秋田運輸区が2024年3月に再編(秋田営業統括センターと統合?)された、「秋田統括センター」。
以前、日付が入っていた部分が「入鋏済」表示になったのは、全国的な流れ。JR東日本では2019年頃からのようだ。

5・10号に充当される7両編成のE653系電車は6編成(6本)ある。うち2本がハマナス色と瑠璃色の単色塗装で、残りは同じ塗装。今回の行きはU105編成、帰りはU103編成で、いずれも通常塗装。でも、帰ってからU103編成の先頭部側面の写真を見ると、
「羽越本線全線開通100周年」
JR東日本新潟支社のプレスリリースで見た覚えがあった。「「羽越本線全線開通 100 周年」ラッピング車両が走り出します!」とあったが、このロゴマークのみの貼付で「ラッピング」は大げさでは。それに全編成でなくU103とU104編成のみなのも、ケチくさい。100周年なのに。
通常秋田までは来ない、4両編成のうち1本は、485系電車がまとっていた、白地ですそに青とエメラルドグリーンの帯が走る「上沼垂色」に復刻塗装されている(塗装は土崎の秋田総合車両センターで施工したようだけど)。ネットで写真を見ると、角度によっては、1990年代後半頃まで一部混ざっていた、485系のボンネット型を彷彿させる。似合っているし、実物を見てみたい。
E653系では、土崎で塗装して水戸周辺を走っている、国鉄特急色の復刻塗装編成もある(この記事に写真あり)。あちらは、運転席の下が黒いままで、車体形状の制約もあってヒゲの位置に違和感があった。上沼垂色では、運転席下も白くされ、一直線の単純なデザインであることが功を奏したのかも。

奥左は秋田県立大学本荘キャンパス
残雪の鳥海山が美しくくっきりとそびえる本荘へ到着。続きは本荘の話題
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ぽつんと消火栓

2024-05-01 23:59:22 | 秋田の季節・風景

歩道の真ん中に立ちはだかる、赤い突起物。

ど真ん中よりはやや外側にあるものの、歩道の幅を考えれば、充分にジャマな障害物。

奥のほうにバス停があるため、歩道が切り欠かれているのはいいとして、それと無関係な突起物周辺でも、車道との境の縁石が少々カクカクしているのも気になる。

少し離れて、赤い柱。

突起物の正体は消火栓。雪国(積雪地)に多い地上式。
赤い柱は、消火栓の位置を示す目印だが、棒だけなのは珍しい。もともとは「消火栓」の看板が付いていたのが取れたのだろうか。

逆光ですが反対側から

どうしてこんな位置に消火栓があるのか。
この場所は、秋田市茨島(ばらじま)二丁目(向かい側は一丁目)。茨島交差点南の県道56号。バス停は「ハローワーク秋田前」。

2020年7月まで、ここはこんな風景だった。当時、記事にしたとばかり思いこんでいたが、未アップでした。
横断歩道橋があった

撤去直前
「茨島歩道橋」という名称。
地下横断歩道「バラロード」ができる1993年までは、茨島交差点にも歩道橋があった。4方向に行き来できる形の。そっちはどういう名称だったのか気になるところ。
銘板
茨島歩道橋の銘板によれば、1967年12月にできていて、「秋田経済大学建造」とある。この一帯にかつてあった、秋田経済大学→秋田経済法科大学が設置したもの。設置後の維持管理は誰がやっていたのか不明だが、「建造」とあるからには設置直後に道路管理者(当時は国道7号だったので建設省)へ寄贈というか譲渡されたのかもしれない【3日補足・学校側は造っただけで、供用と同時に道路管理者管轄となったとのこと。コメント欄参照】。大学は1983【3日訂正】1986年に下北手へ移転(2007年にノースアジア大学に改称)したので、遅くともその時までには、道路管理者管理になったはず。
縁石がカクカクしているのは、歩道橋の階段設置部と脚の1本と一致する位置に当たるが、あえてそうした理由はよく分からない。

バス停があって、ハローワークやパチンコ屋へ行き来するために道路横断する人がそれなりにいる場所だが、歩道橋の老朽化が理由のようで、2018年には南側の交差点の自転車横断帯が横断歩道化(参考記事)され、歩道橋撤去に至った。
2018年7月撮影 Googleマップストリートビューより。赤丸が消火栓と目印
歩道橋があった頃は、階段の下にひっそりと位置した消火栓が、歩道橋がなくなったことで目立つ存在になってしまい、4年近く経っても移設などされていないことになる。
そして、秋田市消防本部では、消火栓の更新をわりと行っているが、この消火栓はサビが多い。更新対象なのでは。
サビと退色により消火栓の視認性が低下していること、何より、歩道のほぼ真ん中にぽつんと消火栓が立っていることにより、夜間などに自転車が衝突するような事故になってしまいそう。
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日新小学校 校舎建て替え

2024-04-28 23:04:55 | 秋田の季節・風景
秋田市南西部、狭義の新屋(あらや)地区(=勝平地区を含まない、雄物川放水路南側)を通学区とする、秋田市立日新小学校(にっしん~)。
学区が広いことも一因かと思うが、秋田市で児童数が多いほうの小学校。2023年5月1日現在の児童数(令和5年度教育要覧)は、桜小(870)の次に多い767名。3位は港北小(598)。なお、2024年4月の新入生(広報あきた4月19日号)は、桜114、港北110、日新97。
秋田市内でいちばん古い小学校の1つで、今年度で創立150周年を迎える(1874年開校は複数校ある)。

そんな日新小の校舎は、以前記事にした通り、坂に面した広くはない土地にきゅうくつそうに建っている。秋田市の小学校では珍しい4階建てなのも、土地の制約と収容力確保のためだろう。そして、秋田市立学校としては現存する最古の部類に入る、1974年築。

その校舎の改築(全面建て替え)工事が、2023年3月から2024年11月の工期で進められている。
ここ20年ほどは、古い校舎の耐震改修が多く、新しい校舎ができたのは2019年に上北手小学校が増築された程度。まっさらの新校舎はかなり久々。雄和・河辺地区を除いた旧秋田市内では、2008年の秋田北中学校以来、小学校では2002年の勝平小学校以来かと思われる。

日新小新校舎には、大きな特徴があるのだが、そこは後回しにして現地へ。
2024年2月下旬
坂の下・東側。敷地全体としては北東角。敷地の西~南側にL字型に建つピンク色の現校舎は、以前と変わっていないかのように見えるが、写真手前・仮囲いで隠れている、いちばん東側にあった2階建ての一角が解体され、工事スペースになった。おそらく2005年に増築された部分。
新校舎は、グラウンドの東寄りに建てられ、すでに骨組みは形になっていた。3階建て。
新旧が並ぶ

2024年4月下旬
現時点では外壁ができつつある。少し離れて見ると、
木材!
日新小の新校舎は、木造で造られている。
正確には木造一部鉄筋コンクリート(RC)造。また、体育館は鉄骨造・RC造で別棟の模様。

建築基準法の改正や木材の利用促進もあって、耐震・耐火を満たした大規模な木造校舎が、全国的に建てられている。昔のような木造校舎ということではない。
とはいえ、秋田市立学校の木造校舎は、1988年の高清水小学校、1989年の下北手中学校、1991年の上新城中学校が最後だったから、35年ほどの空白を経て、新たな木造校舎ができる。
その是非とか費用対効果については、どうなのだろう。
気になったのは、屋根があること。雪国としてはどうかのか。3階建ての高い位置から、子どもがいる狭い敷地に落ちるのだから、命に関わる落雪の危険がある。対策がされているのかもしれないけれど。

敷地の南西側にはプールがあり、南辺は車は通れない細い坂道があったのだが、この工事に先立ってどちらも廃止された。坂道周辺の畑などが買収され、少し敷地が広くなった。
そんな南西角が、メインの工事車両出入口になっていて、そこからも新校舎が見られる。
南西角から
手前左の切妻屋根が現体育館、このさらに左が現校舎。見えている建設中のものが新校舎で、この右に体育館ができそう。つまり新校舎がL字型、その横に体育館ができて、全体ではT字型になるはず。

続きはまたいつか。
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太平川の桜2024

2024-04-22 22:50:50 | 秋田の季節・風景
千秋公園のソメイヨシノさえ散りかけの今(22日)、時間ができたので牛島・楢山地区の太平川へ行ってみた。※直近では2021年に記事にしています
愛宕下橋から上流方向
意外にも、全体的に千秋公園よりも遅い感じ。かなり散りつつある木が多いが、まだ満開と言えそうな木もちらほら。土手のところどころにあるスイセンは、ほぼ花が終わっていた。
川面には、散った花びらが浮かんで花筏(はないかだ)となっている。※2015年の記事

太平川橋上流
旧道・商店街の太平川橋付近には、恒例の屋形舟もどき。
太平川橋から上流方向
のぼり旗やちょうちんは下がっていて、観桜会の雰囲気ではあるが、愛宕下橋付近の出店はなし。
例年、平日昼間はあちこちの高齢者施設の人たちが花を見に訪れて(連れてこられて)いた。今日は、晴天で暑すぎず寒すぎずなのに、まったくいなかった。花見がてら散策する人もまばら。この段階では遅いわけではあるが、もう少し来ていると思ったのに。

さらに下ってイオン秋田中央店・県道28号太平大橋方向へ。
猿田川合流点の手前
川のカーブしたところに、
花筏が集結
太平川橋の下流にもたまっていた。

24日夕方まで天気は持ちそう。それまではもうちょっと花見ができるかな。
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千秋公園の桜2024散りかけ

2024-04-21 23:04:34 | 秋田の季節・風景
2024年の秋田市のソメイヨシノは、4月10日開花(平年-7日、昨年+6日)、4月14日満開(平年-8日、昨年+7日)。15日の最高気温が28.3℃など、高温が続き、一気に咲き進んだ感じ。
この間、病院関係などいろいろあって、花見をできないでしまっていた。20日・土曜日になって、やっと千秋公園に行くことができた。※2023年の千秋公園
千秋公園桜まつりは4月12日~23日開催。市内各所ではおおむね散ってしまった木が多い中、例年遅い傾向の千秋公園では…
本丸。やはり散っていた
まだ散らずに木に残っている花もそれなりにあり、かろうじてまだ咲いているように見えなくもない状態。したがって、今年は咲きかたの評価はしません。
ケヤキなどの葉が芽吹き始めている。

千秋公園では桜の更新が段階的に行われており、昨年紹介した通り、本丸の桜のトンネルの片側が、幼木(ジンダイアケボノ?)になってしまって、トンネルではなくなっていた。当然今年も変わらず。
右が新しい木、既存の左も貧弱

桜のトンネルを慎重に進んできたのが、
佐川急便!
八幡秋田神社辺りに配達に来たらしい。

昨年は、新型コロナ流行後、初の平常開催であったが、来た時は平日かつ黄砂襲来時で、ほとんど人がいなかった。
今回は、昼から天気が回復した、気温12℃ほどの土曜日の午後だけに、多くの人が花見に訪れていた。少なくはないが、そんなに多くもないか。
宴会をする人たちは、本丸では、佐川急便の後方に大規模×2団体。意外に少ない。

今回も、裏側である西側から登ったので、下の二の丸は後回し。本丸から見下ろすと、
恒例アングル。屋台も並び、人も多くにぎやか
露店は約60店。

久保田城 表門を抜けて、御物頭御番所横から二の丸広場を見下ろす。
花より人が目に付く
下を見るより前に、どわっという喧騒のような音が耳に飛びこんだ。
芝生では中小規模の宴会が多数開催中だったが、すき間のほうが多い。コロナ前は、花の盛りが過ぎても、休日ならばもっとびっしりと埋まっていたはず。ベンチや階段に腰掛けて飲食する、家族や若者は多い。
喧騒が聞こえたのは、今回、イベントステージはないようで、スピーカーからの音楽や声が流れていないこともあるだろうが、とにかくここ数年の中では、滞留する人が多いことを示している。
ここは花も遠いし、風や日が当たりやすくて、花より団子だとしても本丸のほうが花見に良さそうな気もするが。

そんなわけで、人ごみを避けるべく、ここで退散。

翌々日の太平川の桜
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入学式は二枚看板

2024-04-14 19:09:07 | 秋田の季節・風景
4月も間もなく折り返し。
13日(土曜日)の秋田市立泉中学校正面。

泉中は、新国道側の西が正面。面する道路はやや広いが、通行量は少ない。南面(校舎の記事で触れた)の道路は新国道と直結するため車が多く通るが、道幅はやや狭く歩道もなく、歩きにくい。宅地開発と道路建設計画のタイミングがずれた、スプロール現象に近い状況かもしれない。体育館は敷地南東にある。

門を入ってすぐに広い階段があり、上がった2階が生徒玄関(昇降口)。昭和末建設の校舎では、わりと見られたスタイルだろうか。

そこに、看板が2つ立っている。
「祝 入学式々場」が2枚
入学式や卒業式で、校門や玄関に立てられる看板は、全国どこでもだいたいこんなものだろう。「祝」、年度、学校名の有無、「入学式」のみか「~式場」まで記すかの違いはあれど。
文字は、昔ながらの看板屋さん独特のタッチの手書き、達筆な毛筆、活字、パソコン印字など。試験会場の看板同様、年に1回の出番なので、長年使い続けることもありそう。
報道された、今年の秋田市立寺内小学校の入学式では、玄関に「祝秋田市立寺内小学校入学式」と、全部同じ大きさの文字(祝は赤文字)をびっちり詰めた、看板屋さん手書き文字の看板が立っていた。1990年の開校時からの看板かもしれない。

泉中の看板は、左側は「祝」は細く、それ以外は太い明朝体。遠目に見る限り、「祝」はワープロ文字っぽく、太いのは素人っぽい手書き見える。右側はナールらしき活字の丸ゴシック体。金属の枠もあり、秋田大学入試会場と同じような、業者に発注したものだろう。


この“二枚看板”を撮影したのは、2点引っかかったから。
まず、玄関の左右に、同一の看板を立てるのが珍しい。ほかには千秋公園の門の表示くらいでは。2枚あるのなら、門と玄関に1枚ずつ設置したほうが…
看板の前でこぞって記念撮影するだろうから、それをスムーズに行うため、2か所で分散させるということかな。

そして、どうしてこの時点で看板が立っているのか。
秋田市立中学校では、4月9日(火曜日)に一斉に入学式が挙行されたはず。4日も経って、しかも週末になっても残っているのはなぜ? 汚れたりいたずらされたりしかねない。
入学式後もしばらく、登下校する新入生を歓迎するという意図なのか。


秋田市立20中学校のうち、2023年5月1日時点で生徒数がいちばん多いのが泉中(575人。以下、500人台は城東、山王、城南)。
泉中の入学式は、今年が第44回とのことだから、今春の入学は46期生ということだろうか。
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旭川護岸復旧工事2

2024-04-04 23:00:17 | 秋田の季節・風景
2023年7月の大雨で崩落した、秋田市の旭川の護岸復旧工事。前回の2024年2月までの推移の続き。
まずは広角で四丁目橋の対岸寄りから現場全体を見た推移。
3月初め

3月半ば

3月末
新しい護岸ブロックが積み上げられ、川幅中央の盛土が撤去された。

3月18日
1週間見ないでいたら、
3月25日
盛土がほぼなくなってしまった。上流側から、道路に出入りする下流側に向かって作業が進んだ。
盛土は、現場に水が入らないようにする堤防と、作業用重機が入る通路・作業場所を兼ねたものだが、思ったより早期に、かつ簡単に撤去された。
3月25日

3月30日

今度はブロック周辺に注目。
3月1日

3月5日
ここまでは、床というか水中で川底となる部分は土だったようだ。
3月18日
護岸と接続する床の一部もコンクリートになった。
3月25日
水が入って、大きな土のう=フレコンバッグが置かれた。
4月初め。川底になった新しいコンクリートが見える。

崩落しなかった、既存の護岸とのつながり。
3月28日
新旧はあれど、遠目に見ればあまり違わない。

川の中での工事はおおむね終わったのだろう。
(再掲)被災直後

4月初め
増水の影響で工事が遅れて、車道の交通規制解除は新年度にずれこむとのことだった(歩道は当初から、当面規制継続)。新聞報道やバスの迂回告知では、4月上旬にも、車道規制が解除されるとあった。
上の写真の通り、現時点では新しいブロックの上部と、道路のレベルとの間には空間が残っている。
3月18日。四丁目橋たもとの歩道から

3月25日
看板の工期は「5月30日まで」に書き換えられた。
工期=交通規制期間ではないが、4月上旬=あと1週間での規制解除は無理だと思う。だったら、ちゃんと知らせてほしい。道路管理者=発注者の秋田県には。
【9日追記】9日に中央交通のサイトが更新され、4月12日(金)13時に規制解除・対面通行化されるとのこと。9日時点で県のサイトには未掲載。

いずれまた続く。
コメント (2)
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スーパーつがる

2024-03-24 23:29:02 | 秋田の季節・風景
2024年3月16日のダイヤ改正でなぜか出現した、特急「スーパーつがる」。
土曜日に、東能代→秋田の1駅だけ、スーパーつがる2号に乗車した。どうせ空いているだろうと、自由席利用で。
見た目は「つがる」と何ら変わりなし。「356」は福島駅からの距離を示す356キロポスト

東能代駅改札口上の発車標
秋田駅では、掲示やデジタルサイネージで、停車駅が少ないことを周知している。利用促進のためというより、誤乗防止の意味で。
東能代駅でも掲示のほか、発車標でも、
「次の停車駅は、終点 秋田です」

ほかに、発車10分以上前から、駅社員がほぼひっきりなしにその旨、放送を入れていた。
それと重なるように、あらかじめ駅社員らしき人の声で録音された、「スーパーつがる1号青森行き」がどうこうというのも繰り返し流れていた。「13時32分発」とも。ってもう発車済みでしょ! 大丈夫でしょうか。

列車内では、通路ドア上の案内情報装置や、堺正章【25日訂正】堺正幸さんの自動放送は「スーパーつがる」に対応していた。しかし、ネットで指摘されているように、車外の行き先表示は、
「特急「つがる」」
↑しかも「特急」の上部数ドットが切れて、下の「席」の上に表示されてしまっているようだ。

東能代駅のホームでは自動放送がなかったが、駅によっては「スーパーつがる」に対応していないらしい。なんとも…


東能代から乗車したのは、5人ほど。秋田で「こまち」に乗り換えるらしき3人組は指定席。
車内は指定席・自由席ともガラガラ。自由席は1両に10人いるかどうか×2両。
スーパー化される前と変わらない、予想通りの利用状況であった。※乗り放題きっぷの利用期間中は、かなり混雑することがあるようです。

東能代~秋田は56.7km(営業キロ)。
この区間を、森岳と八郎潟に停車するつがる42・44号は49分、ノンストップのスーパーつがる2号は44分かかる。表定速度は69.4km/hと77.3km/h。わずか5分の短縮だけど、表定速度が70km/h台後半になったと思えば、速いような。

この区間は、単線と複線が混在していて、ポイント通過時に速度制限がかかる駅が少なくない。場合によっては、反対列車との行き違いのため、特急でも停車させられる(運転停車)こともある。
スーパーつがる2号の東能代→秋田では、さすがに運転停車はなかった。
スーパーであろうと速度制限は避けられず、分かった限りでは、鹿渡(60km/h制限)、鯉川、羽後飯塚、大久保、追分の各駅ではかなり減速して通過。泉外旭川も70km/h制限
八郎潟は、若干減速した程度で通過。14時49分40秒頃。したがって、東能代→八郎潟は、42号が26分、44号が24分、スーパー2号が21分。八郎潟→秋田は、42号と44号が24分、スーパー2号が23分。
八郎潟手前。森山はうっすら積雪

羽後飯塚手前。男鹿半島・寒風山も白い
スーパーつがるは、総じて以前と何ら変わりなかった。
100年前の横光利一「頭ならびに腹」の特別急行列車とはだいぶ違うようにも思えるが、当時の蒸気機関車の「全速力」や加減速性能は、今の電車には及ばないから、速度としてはスーパーつがるのほうが速いと思われる。
でも、やっぱり「満員のまま全速力で馳けてゐた。沿線の小駅は石のやうに黙殺された。」ではないな。
ガラガラのままそれなりの速度で
【26日追記】一方で、追分駅通過時には、ポイントを減速して渡った後、ホームの途中から直ちに猛然と加速するという、特急ならではの走行も楽しめた。そういう時は、頭ならびに腹を連想してしまう。

写っている緑茶のペットボトルは、JR東日本クロスステーションのオリジナル商品「acure(アキュア)」ブランドの「日本の茶事」。赤い六角形にそう書いてあるのだが、読みにくく分かりにくい。
以前、「朝の茶事」だったのが2024年2月27日にリニューアルされたそうで、引き続き伊藤園との共同開発。朝の茶事の発売当初は「お~いお茶」のブランドも冠していたはずだが、いつの間にか外れたようだ。また、NewDaysでは独自ブランドの安いお茶を売るようになったせいか、~茶事は扱わず、自販機のみでの販売のようだ。
朝の茶事時代の味の記憶はおぼろげだけど、日本の茶事はきりっとした感じでなかなか良かった。
その他、acureにもいくつか変化があった/あるので、いずれまた。→新商品について。 自販機について
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旭川護岸復旧工事1

2024-03-17 21:02:19 | 秋田の季節・風景
2023年7月中旬の大雨の増水により、秋田市中通(川反の対岸、四丁目橋下流付近)の旭川の護岸が崩落。その上を通る県道28号(土手長町通り)の歩道も崩れた。直後の記事応急処置された7月下旬の記事
四丁目橋たもと~五丁目橋たもと(五丁目橋交差点)間の全面通行止め、歩道のみ通行止めを経て、2023年11月20日から北行き車道(と引き続き歩道)を終日通行止めにした本格的な復旧工事が、2024年3月中旬までの予定で始まっていた。
五丁目橋交差点。北行き車線が封鎖(封鎖区間内の車は工事関係車両)

四丁目橋たもとの歩道(信号機は作動しています)
開始と同時期に入院してしまったので、現場はなかなか見られなかった。SNSの投稿もあまりなさそうだし、報道も少なく、写真が出ても上の写真のような道路部分だったりして、現場=川の中の状況が分からなかった。
退院して1月下旬。
五丁目橋から上流方向
川幅の半分ほどに土を盛って県道とつなぎ、重機が下りているが、遠いし、盛土にさえぎられてよく分からない。また、南行き車線からは、距離と高低差により、ほぼ見えない。

被災直後と同じく、四丁目橋からはよく見える。道幅が狭く、迂回車両で通行量が増えてしまったけれど。
ちなみに、被災直後の通行止め時には、大町通りの南側、新政酒造付近で北行きが渋滞気味で、秋田駅行き新屋線が大町五丁目交差点を抜けるのに時間がかかった。現在はそのような事態にはなっておらず、通常並みの流れ。信号機のサイクルの調整などしているのだろうか。


(再掲)被災直後
護岸のブロックが川に崩れ落ち、それによって歩道部分がたわんで沈んだ状態だった。

1月下旬
川の中央部に、護岸と平行に盛土をして、川の水が入らないようにするとともに、その部分に重機が入っている。
崩れた護岸と歩道は、表層や上部だけでなく、下の土の部分も掘って削り取られている。歩道部分が完全になくなって、川底レベルまで掘り下げられた感じか。
工事区間の街路灯は、何本か一時的に撤去されたようで、現地に横倒しにされたものも。街路樹のシダレヤナギは、以前からなくなっていたので、工事に伴う変化はなし。
2月初め。県道歩道から。歩道の先が削られて落ち込んでいる

2月中旬
削って掘られたところに、グレーの物体が並び始めた。通行止めされた県道部分には、
グレーの物体が積み上げられた

拡大
ほぼ立方体のコンクリートブロック(?)で、一面だけが凹凸のあるタイル状に加工されている。これで護岸表面を覆う、つまり護岸ブロックなのだろう。専門的には「間知ブロック(けんち~)」と呼ぶらしい。

2月15日は、この時期の秋田では珍しい大雨だった。その直後。
増水


やや水が引いた時点での撮影なので、実際はもう少し増えたと思われる。盛土で隔てられた、護岸を掘った部分にも水が溜まっている。

当然、工事は中断。この後にも、若干雨が降って、しばらく続いたようだ。
2月下旬。うっすら積雪
ポンプでの排水も行って、工事再開。

橋の架替えなど川の中の工事は、冬の間に行われることが多い。これは、冬は台風や雪融けなどによる増水が発生しにくい時期だからだそう。今回は異例の2月の大雨で、その常識が通用しなかった。
この中断により、工事が遅れ、工期と通行止めが延長された。といっても、大きくは告知されていない。秋田県建設部道路課「あきたの道情報」ホームページには、延長のことも、そもそも「いつまで」通行止めなのかを示していない。
3月7日付 秋田魁新報によれば、規制解除は「4月上旬以降」。路線バスの迂回を告知する秋田中央交通公式サイトでは「令和6年4月上旬(予定)」としている。

写真が多くなったので、今回はここまで。続く
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