串本西小学校だか有田小学校だか有田中学校だかよく分らない学校の前の道は、有田川という小川沿いに伸びていて、川は蛇行を繰り返しながら基本的には道に沿って流れています。というか、そういう風に道を造ったという方が正確なのでしょう。山道ではありませんが、川に沿っているので、少しづつでも登り道になっているようです。
普段仕事で歩いている道は、基本的に住宅地なので何の感動も無いのですが、良い天気の日にこういう長閑な道を歩いていると、幸せな気分になります。
歩いていてこういう神社を見つけると、「おぉ、ネタになる」とばかりにカメラを取り出します。何の信仰もしていないのに神社があると近寄りたく思う人間は、世間広しと言えども私ぐらいとは申しませんが、そう多くはいないのかも知れません。
鳥居の神額には『有田神社』と書いてありました。神社って○×八幡神社とか×○天神とかいうネーミングが多いように思うのですが、こういう固有名詞的な神社はきっと土地の人達に大事にされているんだろうと思います。
拝殿かと思ったら、ただの門みたいなもので、この奥に拝殿だか本殿だか判らない小さな社があしました。
一番手前の燈篭が倒れたままになっています。狛犬はありません。そして賽銭箱も無いのです。
この境内の奥に巨大なクスノキが現存していました。
1100年も前にこのクスノキの芽が出て、平安時代の初期から現在までを見つめてきた大樹ですよ。このクスノキが芽を出した頃って、この辺りに人は住んでいたのでしょうか。
門のところに掲げてあった絵馬、誰が描いたのでしょうね。柄はトラですが、表情はネコかイヌ、いやネコもイヌも笑いません。草原を走っているような雰囲気ですが、トラってそんなところに住んではいませんよね。
願い事が書かれた絵馬も奉納されていますが、これらの絵馬は何処で買ったのかな?この神社には社務所も無いから、ここで買ったものではないですよね。他所で買った絵馬に願い事を書いて、違う神社に願い事を叶えてもらうというのは、何となく筋違いのような気がしないでもないのですが・・・
というような、どうでもいいことなどを考えながら、有田神社を後にしたのでした。
普段仕事で歩いている道は、基本的に住宅地なので何の感動も無いのですが、良い天気の日にこういう長閑な道を歩いていると、幸せな気分になります。
歩いていてこういう神社を見つけると、「おぉ、ネタになる」とばかりにカメラを取り出します。何の信仰もしていないのに神社があると近寄りたく思う人間は、世間広しと言えども私ぐらいとは申しませんが、そう多くはいないのかも知れません。
鳥居の神額には『有田神社』と書いてありました。神社って○×八幡神社とか×○天神とかいうネーミングが多いように思うのですが、こういう固有名詞的な神社はきっと土地の人達に大事にされているんだろうと思います。
拝殿かと思ったら、ただの門みたいなもので、この奥に拝殿だか本殿だか判らない小さな社があしました。
一番手前の燈篭が倒れたままになっています。狛犬はありません。そして賽銭箱も無いのです。
この境内の奥に巨大なクスノキが現存していました。
1100年も前にこのクスノキの芽が出て、平安時代の初期から現在までを見つめてきた大樹ですよ。このクスノキが芽を出した頃って、この辺りに人は住んでいたのでしょうか。
門のところに掲げてあった絵馬、誰が描いたのでしょうね。柄はトラですが、表情はネコかイヌ、いやネコもイヌも笑いません。草原を走っているような雰囲気ですが、トラってそんなところに住んではいませんよね。
願い事が書かれた絵馬も奉納されていますが、これらの絵馬は何処で買ったのかな?この神社には社務所も無いから、ここで買ったものではないですよね。他所で買った絵馬に願い事を書いて、違う神社に願い事を叶えてもらうというのは、何となく筋違いのような気がしないでもないのですが・・・
というような、どうでもいいことなどを考えながら、有田神社を後にしたのでした。