【 紫草の にほへる妹を 憎くあらば 人妻故(ゆえ)に 我(あれ)恋ひめやも 】
大海人皇子( 天武天皇 )
紫草のように
ぁなたが
思ってたら
わかっていて
思いませんょ
ぁんっ
すき
そうです !
自分( 大海人皇子 = 天武天皇 )さまと
娘( 十市皇女 )さまを
おいて
( 中大兄皇子 = 天智天皇 )さまのもとに
嫁いでしまった
額田王さまの
憎くんではいないと
まことの心で
おられますね
夫を姉妹に
差し上げるなんて
どうなってしまうか
わかりませんものね
兄のことが好きで
行ってしまったのなら
つくでしょうけれど
ぉ歌を聞きますと
やはり
愛しておられたのではないでしょうか
大きな
お役目のある方々の
間で
相手に気付かせてしまうことは
とても
つながってしまうかもしれないですね
でも
( 大海人皇子 = 天武天皇 )さまは
万葉集巻第2・166で
大伯皇女 = 大来皇女さまが
弟
死を悲しまれています
そのぉ歌でも
いろいろな子供達が
父のくるしいときを
悲しい出来事が起こってしまいますね
伊賀国
名張の
夏目廃寺のお寺跡地は
大伯皇女 = 大来皇女さまが
父
天武天皇さまを
のではないかとされています
愛する人を
なくしてしまうことは
本人も回りも
額田王さまは
正式な
なかったのですね
天武天皇さまの
その頃は
兄天智天皇さまと
談山神社の藤原鎌足さまの
娘さまでしたので
愛されたが
元を
去らなければ
のでしょうか
おつらいことです
死ぬか
選択を
せまられたことに
なりますけれど
額田王さまは
生き抜く人生を
あゆまれます
娘の
母を
さかさかがみ
なされたのでしょうか
母を見て
永遠の命の
光のほうへ
のでしょうか
お父様の
ご性格を
十市皇女さまの
お葬式で
人目も気にしないで
人間味のある
男性だったようですので
くすぐられてしまいますね
私がもし
額田王さま
子を残して
出ていく限りは
生きてゆくことでしょう
ほかに
何もみないで
迷惑かける様なことが
起こらないように
と
ね
額田王さまは
伊賀采女宅子さまも
愛された
天智天皇 = 中大兄皇子( なかのおおえのおうじ )さまの
奥様に
なられます
伊賀采女宅子さまとの間に
お生まれになられて
いますけれど
額田王さまに
おられなかった
せめてもの
お気持ちでしょうか
天智天皇さまが
滋賀県の
妻となられます時に
滋賀の
太郎坊山から
田園あたりの
蒲生野で
2首だそうです
天智天皇さまも
お気持ちを
おられたのですね
ありがとう於良