じじい日記

日々の雑感と戯言を綴っております

ウクライナ どーした? の罵詈雑言

2024-09-05 20:59:42 | 日記的雑談
いや、北海道ツーリング顛末記を仕上げるのを優先したのでウクライナVSロシアを書くネタ探しもままならずアレしていましたがやっと終わったので明日からは平常運転に戻れます・・・へっ? どーでも良い、ですか? 

あいやぁーDavid Axeセンセー渾身のウクライナ強い!!!の作文ですが、これは作りすぎでありましょう。

いや、局所戦での戦果を嘘だとは言いませんがこの地は既にほぼ包囲されているわけでして投降しないとウ軍は全滅でありましょう。

🇺🇦ユジノドネツク方面:ヴォジャノエでの戦いとプレチストフカの解放
2024年9月4日15時現在の状況

ユジノドネツク方面では、過去数週間で、ロシア軍の襲撃グループがT-05-24高速道路のエリアとウグレダルへの進入路の支配地域を大幅に拡大した。これは高速道路沿いにあるいくつかの大きな拠点を占領した直後に可能となり、その後ウクライナ軍はヴォジャノエ方向への後退を余儀なくされた。

▪️後者では現在、工業地帯への接近だけでなく戦闘も続いている。さらに、ユジノドンバスカヤ第3鉱山と第1鉱山の領土内にあるウクライナ軍の監視所と陣地に対して、戦車とFPVドローンの両方から射撃攻撃が行われた。ロシア軍は以前に後者の領土に上陸し、その地域での足がかりを確保していた。ヴォジャノイ解放の際にこの方向での成功がさらに発展すれば、ウグレダルは右翼から半包囲されることが可能となり、市内におけるウクライナ軍の位置は著しく複雑になる。

▪️同時に、ロシア戦闘機はプレチストフカ近くのウグレダルの西で成功を収めた。過去数日間、ロシア軍は村の地域の敵の防空に対して積極的にミサイルと爆弾攻撃を開始しており、ソルンツェペック重火炎放射器システムも使用した。

9月の初めに、先遣攻撃部隊が数キロ北へ前進し、村の郊外に足場を築いたことが知られるようになった。今日、ロシア国防省はプレチストフカを完全に管理すると発表したが、その前に敵の情報源が入植地の解放について書いていた。現在、前線はカシュガラッハ川に沿って走っています。

▪️同時に、プレチストフカの西に位置するノヴォマヨルスキーへの進入路には、ウクライナ軍の駐留が依然として残っている。東ではヴグレダルの敵陣地への砲撃の激しさが増している。一部のチャンネルは、パブロフカからロシア軍による同市方向への攻撃を発表することにさえ成功したが、これはまだ噂に過ぎない。

🔻西と東からの同時攻撃がなければ、パブロフカからの正面攻撃は無意味であることを理解する価値があります(これは、昨年のウグレダルへの攻撃が失敗したことで複数回確認されています)。要塞地域を襲撃する戦術の変更により、敵の最も重要な拠点の1つがすぐに解放されることを期待できます。

何と申しましょうか、ドネツク州での戦局と戦闘状況はこの記事で大凡分かるわけですが、どー読んでもロシアが押していてウ軍の寿命は時間の問題と思いますが、まっ、いいでしょう。

さらに、ロシア軍は過去の失敗を織り込んだ新しい作戦で攻めているようなのでウクライナの対応は困難を極めると思います、なんちゃって。

ロシア軍、ウクライナの外国人教官を事実上攻撃 - クレムリン

ロシア、ウラジオストク(スプートニク) - ロシア軍はウクライナの外国人教官を効果的に攻撃するようになっていると、クレムリンの報道官ドミトリー・ペスコフ氏は述べた。
世界中の教官がウクライナ領内におり、ウクライナ軍の戦闘作戦や訓練に参加していると、当局者は述べた。
「わが軍はこうした標的に対する攻撃をますます効果的に行っている。これは、特別軍事作戦の観点から、また設定された目標の達成という観点から、非常に良いことだ」とペスコフ報道官は東方経済フォーラム(EEF)の傍らでイズベスチヤ紙に語った。

何と申しましょうか、このニュースがロシアの嘘だと笑い飛ばすには重過ぎる内容でして、現実はNATOとロシアの戦争に入っていて、だからウクライナを支援した西側諸国も退くに引けなくなっていると私しゃ思うのであります。

いや、ロシアが勝った形で終戦してしまうと西側が隠してきたインチキがバレてしまうわけでして、方法は二つしか無くなったわけであります。

一つはロシアを打ち負かす、でありますが、現実としてはダラダラと戦争状態を続ける、であります。

ねっ、どーいう理由で財政苦のドイツやイギリスが身を削ってまでウクライナに肩入れするのかや、何で物乞いゼレンスキーがあれほど強気なのかも辻褄が合いますよね、なんちゃって。

9月4日 ロシア発表 戦況図

ヴォルィニ州ルーツク
ニコラエフの親ロシア派地下組織のコーディネーター、セルゲイ・レベデフ氏は、ロシア軍がヴォルィニ州の自動車工場付近で攻撃を実施したと述べた。

リボフ州リボフ
ロシア国防省は、ロシア軍がウクライナの航空機やミサイル兵器の電子部品を製造・修理する防衛産業企業を攻撃したと述べた。

ドネプロペトロフスク州ドルギンツェボ
ニコラエフの親ロシア派地下組織のコーディネーター、セルゲイ・レベデフ氏は、攻撃当時、ロシア軍がミグ29航空機と多数のドローンが駐留していた飛行場を攻撃したと述べた。


あれです、戦況図のウクライナ領の西側の赤ポチ2箇所の翻訳が上二つでして、その下のはドネプロペトロフスク州ドルギンツェボで、中央の国境寄りの街であります。

で、共通しているのは工場や空港などの重要インフラでして、ウクライナは国の経済が日増しに追い込まれているわけであります。

で、気になるのがヴォルィニ州ルーツクの自動車工場の攻撃なんですが、ロシアの攻撃でスウェーデンの自動車メーカーであるサーヴの幹部がし使用したってニュースがあるわけです。

が、それがこの攻撃なのかはわかりませんが、まっ、いいでしょう。

おおっと、明日はスズメバチの巣を退治に行くんで体力確保にサッサと寝ます。

では、皆様と自分の明日がそこそこ良い日でありますように願いまして、おやすみなさい、と。


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北海道ツーリング 顛末4

2024-09-05 19:59:41 | 日記的雑談


9月1日(日曜日)快晴

 縄文 ユネスコ世界遺産 制覇の日

6泊7日のツーリングは今夜のフェリーで仙台に帰って終わるのだが、今回の旅の一番の目的は千歳市の周堤墓群(縄文時代の墓の集まり)を訪れる事だった。

たぶん林の中を歩くであろう周堤墓群を見るのに昨日までのような豪雨ではあまりにも冴えないので快晴が嬉しかった。

札幌市埋蔵文化財センター(無料)

札幌市埋蔵文化センターへは8時45分開館ぴったりに到着。

しかし、中に入ってビックリ!!! 
やたらと人が多く、それもほぼ全員が学生風なのである・・・なんだこりゃ?

そーか、札幌市民は休日に埋蔵文化財を見るのが慣わしなのか、とは思わなかったが、若者は9時開館の図書館に並ぶ列だったのだ。

列の整理をしていた警備員に「最後尾はここです」と示されたが「私しゃ埋蔵文化を見にきたのです」と言うと、既に扉の開いた方を指差し「あーあっちへどーぞ」と案内されたのだった。

ああ 何と凛々しい土偶なんだ!!!

さて、展示室に入って2度目のビックリ!!!

あちらの混雑とは裏腹に誰も居ず、最後まで一人でゆったりと見学できたのだ。

もう一つビックリしたのは、この展示施設が無料という事で、充実した内容には500円くらいは払いたい気持ちだった。

今日は苫小牧港に午後5時まで着けば良く、走る距離は150キロ程度と短いので時間に余裕があった。

1時間以上も掛けてじっくり見学させていただき、満足感と新たな疑問を抱え次なる目的地の千歳市縄文文化財展示室へ向かった。

千歳市縄文文化財展示室はキウス周堤墓群からの数少ない出土品を廃校になった小学校を利用して展示されていた。

興味深い土偶の破片が見られたが残った部分が少なすぎ想像力を働かせても自分の脳内では復元できなかったのが残念だった。

キウス周堤墓群

文化財展示室で下知識を入れここから10キロ足らずのキウス周堤墓群に周った。

周堤墓群に着くとボランテイアガイドが出迎えてくれ、さあー行きましょうと言うのだったが、別に私を待っていたわけでは無く、丁度11時の出発時刻だったようだ。

東北地方にも墓群はあるがキウスのものは形と配置が独特で類似するものが無いのだが、発掘される資料が少なく、全ての説明は当然ながら仮説だった。

しかし、もしもガイドの説明なしで周堤墓群を見ても唯の野原を見ただけで終わった筈だが他の遺跡との対比などを交えた説明で観察は感慨深いものになった。

キウスを出たのは11時40分と、もはや昼飯時になっていたが支笏湖湖畔で味噌ラーメンを食う予定なので空腹を我慢して走った。

支笏湖には外国人が多く見られた

私は、支笏湖の駐車場から湖に向かって一番左端の食堂の味噌ラーメンが大好きで訪れるたびに食っていた。

インバウンド景気に沸く支笏湖ではハンバーガーが1300円するがあの店の味噌ラーメンは950円と昔の値段のままでほっとした。

しかし、癪に触るのはラーメンを食うだけで支笏湖など見る気もないのに駐車代を200円払う事だった。

観光客は韓国からの団体

とは言え、折角来た事だし時間も余っているので取り敢えず湖面を見に行った。

これ以上は無いでしょうと言う晴天で青く染まった湖面は神秘的だったが賑やかなインバウンド衆に参って早々に退散した。

この後は苫小牧市に向かい「苫小牧市美術博物館」に立ち寄り時間を合わせてフェリー埠頭に行って北海道内の走行は終わった。


白い恋人ソフトクリーム 390円

バイクに積んであるバックにはほとんど余裕は無く大した土産は買えないのだがフェリーターミナルの売店を覗いた。

結局は無難なところで白い恋人の小さな箱を買って土産とし、他の人が旨そうに食べているソフトクリームも買って船の見える窓際の席に腰を落ち着けた。

今日の完璧な晴天は、典型的な終わり良ければすべて良しを演出し、昨日までの豪雨と烈風も良い思い出になっていた。

あとはフェリーに乗って寝て起きれば仙台港という事で、旅は終わった。

 総走行距離 1720キロ
 ガソリン代 52.12リットル 8.900円
 フェリー代 往復 51.600円
 宿泊代 道内4泊 (酒代込み)41.000円
 昼飯・土産・雑費等 20.000円

 旅の総額 121.500円

 あー楽しかった、と。

 

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