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昨日のお昼、BS1で放映火野正平「こころの旅」小野町からいわき間の旅を見た。
福島から郡山へ、ここから磐越東線で旧滝根町のすがや?入水鍾乳洞の看板の駅から自転車で小野町へ、小野中学校校門まで上り坂がアイスばんになり何度も転び、校歌にもある矢大臣の山 (私も3度登山している)を眺める。いい天気である。
しかし、小野新町駅からいわき駅に着くと雨が降り、転びそうになりながら北白土から高久へ海岸線(四倉~小名浜県道382号)を南下、新舞子ハイツの東を通り120名の犠牲者を出した薄磯の基礎だけが残る道を黙々と走っていた。ちょっと止まって昨年来たという塩屋岬の灯台を左に見て豊間へ。この灯台北側に美空ひばりみだれ髪の歌碑が建ち、手前500mには豊間中学校があり、体育館の中で津波の砂をかぶり修復したピアノを、昨年の紅白で嵐の桜井翔が持ち込まれたピアノを会場で演奏している。
旧道を通り、二見ヶ浦バス停で休憩していると、雨が上がり、そのまま降りて海岸へ左に塩屋の灯台の岬と豊間海岸、右手に合磯岬の二見ヶ浦の合磯海水浴場が見えた。近くまで行き、坂本さんが同封した08.1.1の写真と照らし合わせ、左の岩が欠け落ちていることを確認した。狭くなった海岸を眺めて考えた火野正平のこころの旅であった。画像は震災前の二見ヶ浦。
福島から郡山へ、ここから磐越東線で旧滝根町のすがや?入水鍾乳洞の看板の駅から自転車で小野町へ、小野中学校校門まで上り坂がアイスばんになり何度も転び、校歌にもある矢大臣の山 (私も3度登山している)を眺める。いい天気である。
しかし、小野新町駅からいわき駅に着くと雨が降り、転びそうになりながら北白土から高久へ海岸線(四倉~小名浜県道382号)を南下、新舞子ハイツの東を通り120名の犠牲者を出した薄磯の基礎だけが残る道を黙々と走っていた。ちょっと止まって昨年来たという塩屋岬の灯台を左に見て豊間へ。この灯台北側に美空ひばりみだれ髪の歌碑が建ち、手前500mには豊間中学校があり、体育館の中で津波の砂をかぶり修復したピアノを、昨年の紅白で嵐の桜井翔が持ち込まれたピアノを会場で演奏している。
旧道を通り、二見ヶ浦バス停で休憩していると、雨が上がり、そのまま降りて海岸へ左に塩屋の灯台の岬と豊間海岸、右手に合磯岬の二見ヶ浦の合磯海水浴場が見えた。近くまで行き、坂本さんが同封した08.1.1の写真と照らし合わせ、左の岩が欠け落ちていることを確認した。狭くなった海岸を眺めて考えた火野正平のこころの旅であった。画像は震災前の二見ヶ浦。
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