ブログ仙岩

各紙のコラムや報道番組、読書の感想、カメラ自然探索など。

大根葉炒めの料理

2019-03-31 05:54:53 | グルメ
頂いた葉つき大根から、葉を切りとり冷蔵庫で保存、2回目28日の朝、葉を細かく切り酒を少し入れてフライパンで熱しオリーブオイルで炒め、味噌味にシラスを少し加えて鰹節で味を調えたもの。

朝のご飯と混ぜて頂くと、大変食欲がわきます。スーパーから買う大根ではできない料理です。

金子みすゞ詩集第2弾

2019-03-30 05:46:37 | 問題
大漁

朝焼小焼だ 大漁だ 大羽鰯の 大漁だ。
浜は祭りの ようだけど 海のなかでは 何万の 鰯のとむらい するだろう。

お菓子 (写真はバウムクーヘンチョコ、薄甘で大変おいしい。)

いたずらに一つかくした 弟のお菓子。
たべるもんかと思ってて たべてしまった 一つのお菓子。
母さんが二つッていったら どうしよう。
おいてみて とってまたおいてみて それでも弟が来ないから たべてしまった 二つめのお菓子。
にがいお菓子 かなしいお菓子。

こだまでしょうか

「遊ぼう」っていうと 「遊ぼう」っていう。
「馬鹿」っていうと 「馬鹿」っていう。 
「もう遊ばない」っていうと 「遊ばない」っていう。
そして あとで さみしくなって 「ごめんね」っていうと 「ごめんね」っていう。
こだまでしょうか いいえ 誰でも。

積った雪   (東大の入試に出題)

上の雪 さむかろな。つめたい月がさしていて。
下の雪 重かろな。何百人ものせていて。
中の雪 さみしかろな。空も地面もみえないで。

私の感想・・・相手になって 物事を考えている すばらしい深みのあることば。いいですね。

金子みすゞ名詩集を読んで

2019-03-29 05:54:17 | 問題
27日のマイグログに、「今朝は4時から「美宙天文台長佐治晴夫・人生の星をつかみ続けて」を聞いた。世界中には見えないものだらけ、昼の星のようにと、金子みすゞの詩星とタンポポを合わせてお話ししていた。」と載せた。写真はいわき市久之浜A工房の餡小餅。

青いお空の底ふかく 海の小石のそのように 夜がくるまで沈んでいる 昼のお星は眼に見えぬ。
見えぬけれどもあるんだよ 見えぬものでもあるんだよ。

散ってすがれたたんぽぽの 瓦のすきに だァまって 春のくるまでかくれてる つよいその根は眼にみえぬ。
見えぬけれどもあるんだよ 見えぬものでもあるんだよ。

私と小鳥と鈴と

私が両手をひろげても お空はちっとも飛べないが 飛べる小鳥は私のように 地面を速く走れない。

私がからだをゆすっても きれいな音はでないけど あの鳴る鈴は私のように たくさんな唄はしらないよ。

鈴と 小鳥と それから私 みんなちがって みんないい。

小さな動植物に対する愛情や悲しみ、そして見える見えない、できるできないなどの対比の言葉で 心に響く詩集である。




デコポンと蕗の薹

2019-03-28 05:58:21 | 問題
先日、ハクビシンに我が家のデコポン被害を載せました。登山の友がいつもリックにそのデコポンが入っていた。

はやり食べたくて、スーパーから買ってきて頂いた。大変おいしい。昨日畑の小松菜を採りに行くと、蕗のとうが3個目に付いた。こんなに遅く出てと撮影、もう3度も酢味噌和えにして頂いているから、ソーとしておいた。そのうち、花は綿毛になって、タンポポの花と同じように、風に乗って子孫を増やすのであろうと。

自然の食べ物が大好きである。ミツパ、芹、タラの芽、そして蕨、蕗と春の山菜の季節がやってくる。待ち遠いですね。

3/26は一年後のJ・ヴぇレッジから、石神一小の桜がモチーフになったトーチが東京五輪の聖火としてスタートする。昨夜の人生歌があるの五木ひろしではないが、生きていることは幸せだね。

大石邦子の「終列車が行く」を読んで

2019-03-27 05:41:12 | エッセイ
3月は別れの季節、福島ラジオ「こでらんに5」では今週卒業がお便りのテーマである。今朝は4時から「美宙天文台長佐治晴夫・人生の星をつかみ続けて」を聞いた。世界中には見えないものだらけ、昼の星のようにと、金子みすゞの詩星とタンポポを合わせてお話ししていた。音楽と数学の関係、私も音楽と数学をやっているから、全く同感である。

さて、大石邦子さん宅の裏には、只見線が走っている。2011年の豪雨被害で、川口~只見区間はまだ復旧していないが。高校3年間、この只見線で通った。駅からは、まっすぐにこちらが見える。電車がホームに入ってくる。眠い朝のギリギリに家を出る通学生は、時として遅れそうになる。私たちは手を振り、声を張り上げながら必死で走る。電車はそんな私達に向けて「急げ!」とばかりに汽笛を鳴らす。また、鳴らす。どれだけそんな朝を繰り返しただろう。しかし、列車は決して私たちを置き去りにはしなかった。汽笛は運転手さんの優しさ、穏やかな時代だったと思う。

人生に何が起こるかわからない。けれど苦しみから学ぶことも大きい。道に迷って道を覚える。出会い別れ、未来を築く新成人の人に心からのエールを送りたい。写真は我が家の塔に立った小松菜。